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ドゥーレの飛空者に乗車したメレクとパメラは、向かい合って座っているドゥーレと統括者含めた四人での対談を行っていた。
メレクは人造人間に命じてドゥーレの飛空車を追わせている。 飛空車の中で話があると言われ、ドゥーレに連れ出されたため移動しながら話を聞いているのだ。
普段なら飛空車で話を聞く際移動しながら対談をする事はほぼないのだが、ドゥーレは基本的に無駄な時間を好まない。 そのため半ば無理やり移動しながらの対談を決行したのだ。
そのためメレクの飛空車は人造人間以外誰も乗車していない空車の状態。 仕方がなく後ろについて来させている。
誰にもきかれたくない対談だったのか、真っ黒の結界に囲まれた状況でメレクは冷や汗をこぼしていた。
「それにしてもひさしぶりねぇメレク様。 前にあったのは何歳の時かしらぁ?」
「多分、十二の時かと思うっす」
「あらあら、今は何歳になったんです?」
「十六になったっす」
「あらあら! 四年ぶりの再会なのね?」
メレクに質問攻めしているのはドゥーレの統括者、シンシア。
臀部を隠すほどの長さをした空色の髪は毛先だけが結ばれており、母性を感じさせる優しい垂れ目をメレクにじーっと向けている。 微笑みながら頬に添えた右腕の手首にはバングルがついており、ドゥーレの瞳と同じ藤色をした宝石が埋め込まれている。
「シンシア、くだらない世間話は後にしろ。 俺はメレクに交渉を持ちかけるのだ」
「あらあら? ドゥーレ様の弟なんだから、そんなに畏まらないで普通にお願いすればいいじゃない?」
「そう簡単な話ではない。 王選が始まっている以上、俺たちは敵対していると言っても過言ではないのだ」
「あらら! 敵対だなんて、そんな物騒なこと言っちゃあダメでしょう? ドゥーレ様はいっつもそう、物事を難しく考えすぎなんだから」
「お前は楽観視しすぎだと思うがな」
ぷっくりと頬を膨らませながら腰に手を当てるシンシアを横目に、ドゥーレはため息をつきながら頭を抱えてしまう。
二人の問答を黙って聞いていたメレクは愛想笑いを繰り返していた。 隣に無言で座り続けているパメラは人形のように動かない。
「すまんなメレク、シンシアの言葉は真に受けるな」
「あらま! ひどいわドゥーレ様! わたくしの意見はちっとも聞いてくれないっていうのね? そういう悪い子には………」
「ああもうわかった。 うるさいから一旦静かにしてくれ。 俺はメレクと戦おうだなんて思っていない」
ぷんすかしながら迫ってくるシンシアを、うざいとでも言いたげな手振りで落ち着かせようとするドゥーレ。 血はつながっていないのだが、思春期の青年と母親の喧嘩のようだ。
ほっこりする場面を見ながらメレクはニンマリと口元を緩めてしまう。 しかしその様子を目ざとく指摘するドゥーレ。
「おいメレク、なんだその間抜けな顔は。 もしや俺を馬鹿にしているわけではないだろうな?」
「い、いやいや! 馬鹿にするなんて滅相もないっす! 仲良さそうだな〜ってほっこりしてただけじゃないっすか!」
「それを馬鹿にしてると言っているのだ!」
たまらずといった顔で声を上げるドゥーレ。 メレクはたまらず「ごめんなさいっす〜」などと言いながら頭部を守って蹲る。
「こら! ドゥーレ様? メレク様をいじめてはいけません! メレク様は大切な弟なんだから、あなたはしっかり守ってあげる立場なんですよ!」
「いじめてなどいない! ああもう、お前あっち行っててくれ」
「飛空車は狭いからあっちなんていけません!」
「減らず口を………もう、埒があかん! 単刀直入に要求をするぞメレク。 俺と同盟を結ばないか?」
頭を抱えて蹲っていたメレクは、ドゥーレの突然すぎる申し入れにキョトンとした顔を向ける。
「同盟? ですか?」
「そうだ。 俺たちは支持率トップを独走してる。 おそらく他の兄妹からなんらかの妨害を受けるであろう。 それに対し、俺たちは正攻法の方法で対抗するために力を組まないか?」
「そんなこと言われても、僕なんかにドゥーレ兄を助けることができるっすかね?」
首を傾げながらパメラに視線を送るメレク。 するとパメラは機械のように首を捻り、メレクの方に顔を向けながら人差し指をビシッと立てる。
「メレク様の突出する点は領空の警備。 怪象師団は戦闘特化の人型機械で編成された軍隊よりも統率と実績が備えられているため、臨機応変な行動が可能です。 それを駆使すればドゥーレ様の領空の護衛も容易にこなせるでしょう」
「その統括者の言う通りだ。 人型機械は天幻の領空が量産しているが、あれは量産しすぎると国民の不安を煽ってしまう。 その点、自ら望んだ領民を訓練し、空賊から助け出した元怪奴隷が多いメレクの領民は怪の扱いがうまい。 しかも、突出する点は訓練を望む領民にしか怪象師団に招かない点だ。 本来ならこの方法だと怪象師団は集まらない。 なぜなら働かなくてもいいアルカディアで、好き好んで師団に入りたいものなんてそうそういないからな」
饒舌に語り出したドゥーレの賞賛を全身に浴び、頬を赤く染めてしまうメレクだが、一度舌が回り出したら止まないのがドゥーレの特徴だ。
「空賊から助けた領空民を手厚く保護し、それに恩を感じた領空民は怪象師団に志願して恩を返そうと奔走する。 この関係は望まれる形でもあり、この関係を形成するには並大抵の覚悟では成り立たない。 国民も俺たちと同じ人間だ、下心が少しでもあればそれに気づかないわけがない。 愚直に国民を思うメレクだからこそうまくいく方法なのだ。 一方で闇雲に人型機械を大量生産して空賊を始末しようとする天幻のやり方だと………」
「ちょ! あの! ドゥーレ兄! 話がすごくややこしいっす! えーっと、僕と協力したいのは、僕の怪象師団の力を貸して欲しいからなんすか?」
ドゥーレの長ったらしい説明を半ば無理やり区切ったメレクが困ったように後頭部を掻きむしる。 すると小さく喉を鳴らしたドゥーレは何事もなかったかのように座り直し、
「空賊団ステュークスが俺の領空に攻めてくる可能性が拭いきれんからな。 ぶっちゃけた話蓮蝶の揺さぶりかと思いつつあるが、可能性はゼロじゃない。 念のため対策を整えたいのだ。 だからこそ、空賊と戦う際の心得をうちの師団に教授願いたい」
「蓮姉がこの前言ってたことっすね? 確かに、噂かもしれないけど放っておくわけにはいかないっすからね。 情報が早い国民にもおそらくその話は広まってるでしょう。 特に、禄ちゃんのところの領空民はこの手の情報に耳ざといですからねぇ」
「一番いいのは禄遜から情報を買うこと、しかしあいつは高額の怪をふっかけてくるからな。 王族艇に貯蔵した怪の何割を使えば欲しい情報を売ってくれるかわかったもんじゃない」
「あ、はは。 それもそうっすよね〜」
禄遜が現在三位に位置しているのはなぜか大量に集めている情報を、大量の怪と引き換えに取引しているからだ。 彼女の領空民は蓮蝶の領空民よりも少ないが、この圧倒的な情報で他の兄弟と交渉しているため大量の怪を有している。
領空民から寄付された怪は王族艇に貯蔵され、ひと月に一度魔城アルクーダに献上する。 怪を貯蔵するための極彩色の宝珠に怪を貯蓄できる仕様になっており、これに溜まった怪の量と、今まで魔城アルクーダに献上した怪の量を合算した数字が支持率に影響を与えている。
具体的にどれほどの怪を献上したかは支持率には反映されないが、大半の兄弟は取引に使うために毎月魔城アルクーダに献上する怪は貯蓄した怪の三割に留めている。 つまり、それぞれの王族艇には大量の怪が貯蓄されているのだ。
支持率を左右するのは魔城アルクーダに献上した怪の量よりも、王族艇に貯蔵されている怪の量に関連している。
「聞くところによればメレク、お前は禄遜に相当好かれているはずだ。 お前も禄遜から情報を買う際に高額の値段をふっかけられるのか? それとも、多少の値引きはされてると考えていいか?」
「え? まあ、そうっすねぇ」
「なぜ言い淀む? 何かやましいことでもあるのか?」
頬を引き攣らせるメレク。 なぜならメレクは禄遜から大量の情報を無償で提供されているからだ。
別に頼んだわけでもないのだが、メレクの身にかかわる危険な情報や、周辺を飛び交う空賊の居場所など、メレクの助けになるような情報が頼んでもいないのに禄遜から勝手に届いてしまう。
初めは頭を悩ませたメレクだったが、いつも情報をもらってばかりで悪いからと大量の怪を支払おうとしていた。 しかしその要求はキッパリと断られる。
『わたくしめがメレクおにー様に情報をプレゼントするのは愛情ゆえです! 怪をもらってしまったらこの愛が怪目当ての汚い愛になってしまうのですわ! そんなの嫌ですの! だったら、わたくしめと会うたびに、頭をなでなでしてもらいたいんですの!』
三年前にこのような要求があってから、メレクは会食の度に禄遜のダイビング抱擁を潔く受け入れ、いつも感謝を込めて頭を撫でくりまわしているのだ。
しかし、そんなことがドゥーレにバレれば面倒なことになりかねない。 そのためメレクは全身から動揺の汗を滴らせていた。
「お前、もしかして禄遜と裏で繋がっているのか?」
確信を得たような、狼の如く鋭い視線を突きつけてくるドゥーレ。 メレクはどうしたものかと頭をフル稼働させていると、
「実はメレク様、この手の情報に疎く、禄遜様から情報を買ったことがないのです。 そのため禄遜様はメレク様に情報を買わせようと終始媚を売っております」
隣に座っていたパメラが凛とした声音で助け舟を出す。
「ならばなぜメレクはすぐにそのことを言わなかったのだ? やましいことでもないだろう」
「いいえドゥーレ様。 こう見えてメレク様は意外とアホでございます」
「それは知っている」
「ならば察しがつくでしょう。 あまり大きな声では言えませんが、メレク様は情報を買ったことがないなどと知られれば、自分が無能なのではないかと思われてしまうと思っております。 カッコつけたいお年頃なのです」
ドヤ顔でメレクをディスり始めるパメラ。 悔しい事に説得力はあったが………
筋の通った?言い訳を聞き、ドゥーレは冷静な顔で顎をさすりながら思考を巡らせる。
隣で散々ディスられていたメレク本人は、
「あの、パメラさん?」
「失礼メレク様。 もしや聞こえてしまいましたか?」
「聞かれないとでも思ったんすか? せめてアホじゃなくてバカって言ってほしかったっす」
「大変失礼いたしました。 では、わたくしめにお仕置きを、景気良く叩いていただいて結構です」
そう言って自分の尻を向けるパメラ。 向けられた尻を死んだ魚のような目で傍観するメレク。
「尻は叩かないっすよ?」
「でしたら四肢を拘束して放置プレイを。 ご安心ください、収納用紋章符に器具を取り揃えております。 縄よりも手錠がお望みなら、手錠も出しましょう」
「十六歳の純情な青年に何させようとしてるんすか」
目頭を押さえながら梅干しのように顔をシワだらけにするメレク。 必死にお仕置きを受けようと、謎の言動をパメラが繰り返している最中、何か思いついたようにドゥーレが咳払いをする。
すると、自分の体をシートベルトで縛り付けていたパメラと、それを必死に止めようとしているメレクが一斉にドゥーレに視線を送った。
意味不明な光景に数瞬の沈黙を挟み、
「お前ら、人の飛空車で何をしている」
「違うんですドゥーレ兄、これには深いわけが———」
ゴミに向けるような視線をメレクに向けていたドゥーレが小さく息を吐くと、
「まあ、そっちの統括者の言い分は分かった。 お前はこの王選が始まること自体わかっていなかったからな。 禄遜たちがしていた裏取引に気がついていない理由も頷ける」
「疑いが晴れて本当によかったっす。 疑いが晴れたおかげで大切な何かを失った気もしますが」
涙目で肩を落とすメレク。 嬉しそうな顔で両手を組みながら三人の様子を伺っていたシンシアは、うふふと笑みをこぼしながら
「それならメレク様は、これからドゥーレ様と仲良くしてくれるのね? ドゥーレ様はいつも小難しそうな顔をしているから、メレク様もドゥーレ様の助けになっていただけると、お姉さん嬉しいわ!」
「はいはい、僕にできることならなんでも手伝いますよ? 差し当たっては何すればいいっすか?」
メレクが小首を傾げながらドゥーレに視線を向けた瞬間、
———後方から響く爆破音!
目つきを変えたドゥーレとメレクが飛空車車の窓に駆け寄り、慌てて後方に視線を送ると、
「メレクの飛空車が爆破された、だと?」
「あっぶないっすね〜。 僕、ドゥーレ兄の飛空車に乗ってなかったら最悪死んでましたよ?」
「呑気に話している場合か! シンシア!」
ドゥーレは血相を変えてシンシアに視線を向けると、有無を言わさぬスピードで頷くシンシア。
「メレク、お前を信用してシンシアの能力を見せるが、頼むから詮索は無しで頼む!」
「も、もちろんっす!」
シンシアは両手を飛空車の床について目を閉じる。 数秒間その姿勢で固まっていると、すぐに顔を上げて安心したように息を吐いた。
「この飛空車は大丈夫よ。 そんなことより早く王族艇に向かいましょう」
「そうか、メレク! お前たちも命を狙われている危険がある! 一旦俺と一緒に王族艇へ——」
言葉の途中で遠方から響く爆発音。 今回の爆発は相当の規模だったようで、かなり遠方から響いたはずの爆発にも関わらず、ドゥーレたちが乗っていた飛空車がゆらりと風に揺らされる。
目を見開いて窓のそばに駆け寄るドゥーレ。
「——今の爆発はどっちからだ! どこで起きた!」
「方角は西北! 今調べるから少し待ってください!」
ドゥーレの指示を聞く前にシンシアは動き出していた。 慌てて飛空車の扉を開き、爆発が聞こえた方角に腕を伸ばす。 突然開かれた扉から突風が入り込み、メレクたちの髪が踊るように煽られた。
シンシアが伸ばした腕の先に怪が集まった途端、メレクたちの耳に耳鳴りのような不快感が到来し、若干顔を顰めながらシンシアに視線を向けるメレク。
「こ、こんな遠くからでも場所が特定できるんすか?」
「わかりません。 けど、最大出力で試せば、何かわかる、かも——」
ギョッと目を見開き、影のさした瞳でガクリと膝をつくシンシア。 その異様な慌てように驚き、ドゥーレは飛ぶようにシンシアのそばに駆け寄る。
「どうした! 何があった!」
飛空車内に吹き付ける突風にかき消されないよう、叫ぶような声音で問いかけるドゥーレ。 焦るドゥーレの叫びを聞いたシンシアは、唇を震わせながら絶望的な知らせを漏らした。
「——王族艇が、わたくしたちの王族艇が………墜落しています」
予想だにしない報告を聞き、息を呑むドゥーレ。
額から困惑の汗を滴らせながらパメラが眼前に電子映像を投影させると、支持率一位だったはずのドゥーレの名前は、五位まで陥落していた。




