Ⅺ
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会食が終わり、天幻は連れてきていた従者統括者を迎えにいく道すがら、背後から突然声をかけられた。
「幻坊! 少し話をしていかないか?」
背後からかけられた声に、不機嫌極まりない表情で振り返る天幻。
「何の用ですか? 蓮蝶姉様」
「おお、私のことはまだ名前で呼んでくれているのだなぁ。 お前は気に食わない者の名前は呼ばないからなぁ」
「はぁ、無自覚でしたね」
「と言っても、名前で呼ばないのはメレ坊だけだったかな? あの穀潰しもしっかり名前で呼んでいた覚えがあるからなぁ」
相変わらず胡散臭い笑みを貼り付けたまま、ゆっくりと歩み寄ってくる蓮蝶を注意深く睨みつける天幻。
「世間話をしにきたわけではないでしょう。 お話というのは何ですか?」
「おいおい、そうカッカするんじゃあない。 少し待て」
胸元から二枚の紋章符を取り出す蓮蝶。 途端に腰につけていた紋章符に手をかざし、臨戦体制をとりながら蓮蝶が取り出した紋章符の柄を注視する天幻。
警戒する猫のような天幻の挙動を見て、蓮蝶はおかしそうに微笑みながら紋章符を天幻に見せつける。
「遮音と視閉の紋章符だ」
「なるほど、極秘の対談をご希望ですか」
腰につけていた紋章符から手を離し、ニヤリと口角を上げる天幻。
「お前の才能と政策を見込んでの対談を希望だ。 お前にしか頼めないことがあってな」
「僕の、才能ですか。 話だけでも伺いましょうか?」
先ほどまでの緊迫した雰囲気は薄れ、機嫌良さそうに鼻を鳴らす天幻。 その様子を見ながら蓮蝶はしめたとばかりに目を細めた。
「飛空車が一番安全だと思うが、どちらの飛空車で対談を希望だ?」
「無論、僕の飛空車に決まっているでしょう。 あなたの飛空車など、何を仕掛けられているかわからないから迂闊には近づけない」
「おいおい、随分と信用がないようだなぁ。 まあ、それでも構わん。 お前の統括者はどうする? 連れてくるなら格納庫で待ってやってもいいが?」
格納庫の方へ足を向けながら、背中越しに語りかけてくる蓮蝶。 しかし天幻はおかしそうに笑いだす。
「必要ありませんよ。 所詮、統括者なんて少し怪象を使いこなせる一般人でしょう。 僕たち王族の駆け引きに、あいつらは何の役にも立たない。 僕の統括者は能力だけを考慮した、いわば駒です。 いなくても構わない。 早く飛空車のところに案内してください。 話が終わったら通信で統括者を呼び出すので」
蓮蝶の後を追うように歩きだす天幻。 その年齢に似合わない邪悪な笑みをこぼす天幻を横目に、蓮蝶は気づかれないように口角を吊り上げた。
*
禄遜は統括者の双子を呼びにいかずに魔城アルクーダの地下に足を向けていた。
魔城アルクーダには王族でも侵入禁止の区画があるが、禄遜が足を踏み入れたのは地下にある貯蔵室。 ここには人造人間たちが作った野菜や穀物などの食料が保管されている。 そのため誰でも入室可能だ。
ここアルカディアでは酪農家業も人造人間の仕事となっており、長年研究され尽くしたデータをもとに人造人間たちは昼夜問わずに食料を量産している。 量産された少量は怪を寄付した国民に配布されるため、魔城アルクーダに作られた転移用の紋章からそれぞれの王族艇に配布される。
そのため貯蔵室には無数の野菜類が敷き詰められていて、薄暗い上に視界も遮られているため身を隠すには絶好の場所なのだ。
禄遜は野菜が詰められた木箱に背を預けながら周囲に視線を配る。
遮音結界を手元の紋章符で展開すると、耳元に通信用の紋章を当て、口元を掌で覆いながら声を顰めて何かを呟き始めた。
「みつ姉といつ兄が極秘対談を。 視閉結界まで使うということはまず面倒な事を計画しています。 蘭太郎、いつ兄に監視をつけなさい。 他はふた兄とメレクおにー様の対談か、こちらは問題ない。 統括者も共に聞くようですからね。 問題は傀楊。 初日から派手に動くつもりみたいだけど、一体何を企んでいるのやら」
一人小声で紋章に何らかの指示を送っている禄遜。 しかししばらく黙って紋章を耳に当てていたと思ったら、突然眉根を寄せて貯蔵庫の入り口に視線を向けた。
「しまった、みつ姉の対談に注意を裂かれていたせいで監視が散漫に。 杏太郎、いつからつけられていたか把握していますか?」
額に玉の汗を垂らしながらじっと入り口を注視する禄遜。 しかし次の瞬間、肉が焦げたような匂いが鼻口をくすぐると同時に視界が反転した。
どさりと何かが倒れるような音が耳につき、反転した視界のまま自分の手を動かそうとする禄遜。 しかし手を動かせない。 手だけではない、足も、体全体がまったく動かせなかった。
なぜなら首から下が、自分の視界の端で倒れていたからだ。
ギョッと目を見開く禄遜。
「お嬢様、これはしてやられましたぞ」
「失態なの。 赦鶯」
タキシード姿の男が地に伏せた禄遜の側を横切った。 手元には橙色の光を放つサーベル。
苦笑いを浮かべながらサーベルを振り抜くと、橙色に輝いていたサーベルの刀身がシュッと音を立てながら消える。 持ち手だけになったサーベルを腰にぶら下げると、入り口側から歩いてくる小柄の少女に肩を窄めながら視線を向けた。
「さすがの禄遜様も抜かりがないですな。 わしも予想しておりませんでしたよ」
「言い訳は聞きたくないの。 完全に勘付かれてるの。 さっきの口ぶりだと遮音結界だけでは情報を隠しきれない事がわかったの。 しかも、視閉結界があっても油断は禁物みたいだし、この女は本当に面倒なの」
「まあ落ち着いてくださいませ傀楊様。 今この瞬間もどこに耳や目があるかわかりません。 一旦この場を離れて他の王子たちの様子を伺いましょう」
不機嫌そうな顔でこくりと頷いたのは、第七王女の傀楊だった。
傀楊の従者統括者である赦鶯は壮年の男性。 鼠色の髪をオールバックに固めていて、顎髭を上品に整えた渋みのある顔つきだ。 何より目を奪われるのは左目を覆った眼帯と、その中心に埋め込まれた翠色の宝石。 この宝石は傀楊の瞳と同じ色をしている。
タキシード姿は歳のわりにガッチリとした体躯には様になっており、まだ十歳になったばかりの傀楊と並ぶと孫と伯父のようにも見えてしまう。
その赦鶯の足元に転がっていた禄遜の首は、ギョッと目を見開いたままピクリとも動かない。
姿を変えてしまった一つ上の姉を見下ろし、傀楊は不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「まったく、本当に面倒なの」
先ほどの会食中は終始怯えたような表情で視線を泳がせていた少女の姿は見る影もなく、今の傀楊はさながら冷酷な女王そのもの。
何事もなかったかのように貯蔵庫から出ていく傀楊は、紋章符から出現させた青白く輝く紋章に腕ごと突っ込み、中から一枚の紙切れを取り出す。 その紙切れにスラスラと文字を綴ると、背後に控えていた赦鶯に紙切れを渡す。
その紙切れに目を通した赦鶯は胸ポケットから万年筆を取り出し、何かを記入して傀楊に見せると、綴られていた文字を見て不適な笑みをこぼす傀楊。
遮音結界や紙幣結界など使わなくとも、極秘の指示を出すにはこうして紙に暗号を記すのが最も効果的。 周囲に監視の目が会ったとしても、こうして暗号を使用した書面でのやり取りなら、すぐに内容がバレずに済むのだ。
その紙切れに綴られてい暗号の内容は、
【作戦に変わりはないの。 勘付かれていたとしてもあの女では止められるわけがないの】
【そう言われると思い、既に作戦を決行させています】




