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食事中は誰一人として口を開くことはなかった。 これは単純に、食事中は会話厳禁という当たり前のルールである。
彼らの父親であるカリスト・ヘイラー・アルケイディスはこの食事会には参加しない。 むしろ、彼は傀楊が物心ついた頃から顔を出さなくなっている。
事情を知っている一部の兄妹は知らんぷりで話題にも出さなかったが、この国の事情をよく知らない者たちはいまだに姿を見せない父の体調を気にしている。
食事が完了し、人造人間たちが食器を下げに来たタイミングで、円卓の中心に電子画面が出現した。 その画面を目視した全員が目の色を変える。
電子画面に映し出されているのは現在の支持率。 それを確認すると同時に、各々の所持する通信用紋章符にも通知が届く。
国王からのメッセージが届いたのだ。
眼前に電子映像を出現させた兄妹たちは黙々とその文面を確認し、やはりといったような表情で息を吐く。
「王選の通達だなぁ。 今日から一年後、この支持率を元に時期国王が決定する」
「支持率の計算方法は今まで通りの方針」
「自らが支配する領民から寄付された怪の量と、住民の数を元に順位をつけていく」
「ここ数年病床に伏せっていて、我の愛しき子供たちの顔を拝見できないのは心苦しい」
「しかし我のことは気にするな、この国を存続させるためにもお前たちはこの王選に全霊を尽くせ」
「それぞれが王としてふさわしい振る舞いをするように」
「それでは愛き我が子たちよ、健闘を祈る」
それぞれが小声で音読を済ませ、途端に鋭い視線を交差させる。
心苦しそうな視線をドゥーレに向けるベネトナシュ。
警戒したように蓮蝶を睨め付けるドゥーレ。
注意深く禄遜の様子を伺う蓮蝶。
助けを求めるような視線をベネトナシュに向けるメレク。
憎悪を帯びた視線をメレクに投げる天幻。
訝しげな視線を傀楊に向けた禄遜。
ほんの一瞬だけ天幻を睨み、道化のように口角を吊り上げた傀楊。
沈黙が支配していた円卓で、始めの一手を打ったのはやはり、
「メレク、二人で話がしたい。 帰りがてら俺の飛空車で少し話そう」
「ドゥーレ兄? なんで僕なんすか?」
素っ頓狂な声で返事をしたメレクを見て、隣に座っていた天幻はありえないと言いたげな顔でドゥーレを直視する。
「ドゥーレ兄様。 なぜこんな偽善に塗れた男と話をしたがるのです? 蓮蝶姉様との対談のことを詳しく聞くおつもりですか?」
「お前には話していないぞ天幻。 俺はメレクに用がある。 外野は黙っていろ」
ギリと奥歯を鳴らしながらキュッと拳を握りしめる天幻、隣に座っていたメレクは額に汗をうかばせながら苦笑いを浮かべ、
「幻くんもドゥーレ兄さんに話しあったんすかね? だったら僕の話が終わったら———」
「黙れ、気安く話しかけるな」
飢えた獅子のような凶悪な視線を向けてくる天幻に、メレクは萎縮しながら肩を窄める。 しかしメレクが罵倒されれば黙っていない者がいる。
「いつ兄! メレクおにー様に向かってなんて口を聞きますの! 謝りなさい!」
「なぜ僕がこいつに頭を下げなければならない。 僕よりもはるかに劣っているこいつに!」
「またそれですの? わたくしたちに必要とされるのは個人の才能ではなく支持率ですの。 支持率で圧倒的に負けてるからといって、負け惜しみで罵倒されているメレクおにー様がかわいそうです! 今すぐ頭を垂れなさい!」
一触即発の口論が始まり、ベネトナシュは慌てて二人の間に割り込んでいく。
「まーまー二人とも落ち着いて!」
「やる気のないひと兄様は早くお帰りになられた方がよろしいかと?」
「あんたはしゃしゃり出るだけ無駄でしょう。 早急にお引き取りください」
怒りのままに弟妹二人から直球な罵倒を受けたベネトナシュは、フラフラとよろけながら涙目でメレクにしがみつく。
「メレくぅ〜ん僕ちん、この子たち怖いよぉ〜」
「ぼ、僕も怖すぎて膝が笑ってますよ。 結構ガチな兄弟喧嘩なんて何年ぶりですかね?」
二人で仲良く手を握りながら天幻と禄遜の喧嘩を傍観していると、傀楊が耳を塞ぎながら泣き出してしまった。
「喧嘩は嫌なの! どうしてみんないつも怖い顔しちゃうの! 傀が大きくなってから、みんな傀に優しくしてくれなくなったのイヤ!」
声を上げて泣き始めてしまった傀楊を横目に、ヒートアップしていた天幻と禄遜は口をつぐむ。 その様子をずっと眺めていた蓮蝶はにやにやと邪悪な笑みを浮かべながら黙りこくっている。
傀楊へ不遜な笑みを向けている蓮蝶を横目に、勢いよく立ち上がったドゥーレはメレクの襟首を掴んで足早にその場を離れようとし、
「メレク、これ以上は付き合ってられん。 とっとと行くぞ」
「ちょ! ドゥーレ兄? あっ! 待ったまった、バランス取れないから、転んじゃいますって!」
襟首を引かれたメレクは足をバタバタさせながら必死に転ばないよう足を捌き、ドゥーレに引きづられながら部屋を出ていく。
その様子を見送っていた天幻は拳を震わせながら遠ざかる二人を睨みつける。
「なんで、どいつもこいつも僕の才能に気がつかないんだ」
誰にも聞き取れないような小声で呟き、天幻も二人に続いて地面に八つ当たりをするような歩調で部屋を出ていく。
「ふふ、患ってるなぁ〜幻坊」
余興を楽しんだ貴婦人のような笑みをこぼし、蓮蝶も天幻の後を追うようにその場を去っていった。
部屋に残された禄遜、傀楊、ベネトナシュは嵐が過ぎ去ったことに一安心し、ほうっと胸を撫で下ろす。
「傀ちゃんごめんなぁ〜、お兄ちゃんたち怖かったよな〜? ほら、禄ちんも謝っとけよ〜」
ベネトナシュは傀楊の隣にかがみ込んで手櫛を入れるように傀楊の頭を撫でている。 しかし禄遜は反省したような態度を見せようとはしない。
「見苦しいところをお見せして申し訳ありませんでしたわね。 けれど、傀? いつまで猫をかぶっているつもりですの?」
形上は謝罪しているが、鋭い目つきで傀楊を睥睨する禄遜。 しかし禄遜の視線を受けても、傀楊は服の袖で目元を拭ったまま泣き止もうとしない。
ベネトナシュはその様子を見て頬を引き攣らせた。
「ろ、禄ちん? 流石に妹に厳しすぎやしないかい?」
「はて、でしたらこの子がここ最近自分の王族艇に引きこもって何をしていたか教えてあげましょうか? 流石にこの情報は無料というわけにはいきませんがね?」
「僕ちん、そういう冷戦みたいな案件には手を出さないよ〜にしてっからね〜。 遠慮しておく〜」
「ま、そうでしょうね? ひと兄はこの王選に興味すら持っていませんものね? 逆に不自然なほど」
禄遜の言葉尻には強い威圧感がこもっていた。 それだけ言い残すと颯爽とその場を後にする。
部屋には禄遜が入り口に向かう際の足音がイヤに響いており、傀楊の頭を撫でていたベネトナシュが遠ざかっていく足音を聞きながらゆっくりと立ち上がる。
「まったく、あの子はどこまで知ってんだか?」
ボソリとそれだけ言い残し、ベネトナシュはその場から電球が点滅したかのように、一瞬で姿を消した。
一人取り残された傀楊は頬を濡らしていた涙を袖で拭いながら周囲をチラリと確認する。 誰もいないことを確認すると、先程までの怯えた表情は霧散する。
胸元から遮音結界の紋章符を取り出し、自らを遮音結界で包み込むと、煩わしそうに大きなため息をついた。




