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動かなくなった男が騎士たちによって運ばれていく。
「馬鹿だなぁ。既に決まったことを蒸し返して。それで首が飛んでいった奴がいたのに」
黒い騎士服を着た顔立ちの整った男は、常に口角が上がっているせいか、人を寄せつけそうな雰囲気を持っている。見た目だけだと騎士というよりは多くの貴婦人を虜にする貴公子のようだった。
ふわふわとした紺青の緩い髪と常に上がっている口角から人懐っこい人物のように見せているが、皇帝に命じられ殺した数は数えきれないほどであった。
死んだことすら気付かずに相手を葬る時もあれば、見せしめとして殺す時もあった。その惨状は誰もが口を噤むしかないもので、皇帝の顔を伺う者達は皇帝とこの男を恐れていた。
一方で、プラチナブロンドの髪を持つ騎士は白をベースに胸元や袖には黒が入っており、胸には金の飾緒を身に付けていた。口を横一文字に結び、表情だけでは何を考えているか分からず、透き通った碧眼が綺麗というよりも無機質のよう雰囲気の騎士であった。
「口を慎めアルニタク。陛下の御前だ」
アルニタクと呼ばれた黒い騎士服の男は、肩をすぼめて薄く笑った。
「やれやれ、お堅い総副団長様は厳しいこった」
おどけた彼はこの帝国の主に目をやる。
先程と変わらずに玉座に肘をついている皇帝は何やら考え事をしているようだった。
手入れをしなければあちらこちらに跳ね上がる自身の髪とは違って、真っ直ぐな髪は漆黒である。服装も髪と同じく上下黒に統一されており、金の刺繍が施されていた。
この国で黒というのは皇族を表す絶対的なものであり、燃える星のような青い光彩の瞳はこの帝国の皇族の血を指すものであった。
アルニタクの騎士服が黒なのも皇帝の手と足となって動く「皇帝の犬」であり、皇帝の命にしか従うことをしない。
騎士の序列でいえば、騎士総団長、副総団長、隊長格と続くが、自分のいる隊は総団長から命令を受けたとしても皇帝の勅命でない限りそれに従うことはない。それ故に厄介者が集まっていた。
それに対して皇帝の後ろに控えたプラチナブロンドの髪の男の名タビトといい、総副団長でありながら皇帝の近衛騎士であり、その隊を纏めている。皇帝が最も信頼している騎士だった。
生まれた時から共にしている乳兄弟でもあって、タビトが皇帝の側を離れるということはこれまでほとんどなく、皇帝の側にいることを本人が望んだため、役職上すべきことが多い総騎士団長ではなく総副団長として地位を与え、近衛騎士として皇帝の盾となった。
「タビト、変化はあったか」
「…少し反応がありましたが、それ以外は何も」
先程の姿勢から動くことなく問うた皇帝に淀みなく答えたタビトは普段から言葉数少ない皇帝が何について問いているのか分かるようだ。皇帝の口数が少なすぎてこちらは毎度苦労しているというのに。まぁ、今の皇帝の関心は1つだけなので流石に何について聞いたのか分かるが。
栄華を極め、全てを手にしている皇帝の望みは、玉座に座り続けることでも大陸の覇者となることでもなく、自身のたった1人の妹の帰りを待ち詫びていることだった。
そのために多くの魔核を集めていた。
(妹って言ってもなぁ。その存在を知っているのは陛下とタビトと一部の元老院くらいで俺も会ったことないし。)
本当に存在しているかは定かではない。
集めた魔核は城の奥にある小さな湖がある場所へ運ばれている。そこにはかつて紅の殺戮者と呼ばれた双子の弟を葬ったと云われている精霊の力が宿った剣が納められている。
その聖剣がある湖には皇帝とタビト、それからもう一人の者しか行くことができず、他の者が行こうとしてもすり抜けたように城の裏側の森に辿り着くのだった。
皇帝の妹に何があったかは分からない。皇室の記録にも妹についての詳細は書かれていなかった。
当事者である皇帝とタビトも何も明かさない。尋ねてみたりしたが、二人とも苦い顔をして口を結ぶだけだ。
(魔核を集めて皇帝の妹である皇女が帰ってくるのかねぇ)
そもそも魔核について詳しいことは分かっていない。それがどうやって出来るのか、誰も分かっていなかった。分かっているのは膨大な魔力が蓄積された石であり、その石を原動力として魔道具が使えること。精製しない限りは魔核自体は媒体として使えない。
だから先程死んだ男も核を魔石とした魔道具を開発すべきと言ったのだ。でなければ膨大な魔力があったとしてもただの石である。
幸い、この国には<精霊の痕跡>といって精霊の魔力が帝国内の至るところにある。それによって魔道具を通して生活をしなくても魔力を扱えるものは精霊が残した魔力を補助に生活出来るため何の問題もなかった。
妹のために魔核を集めてそれをどう使うかは知らないが皇帝が不要なことをする人間ではないので、それは必要なことなのだろう。不用意に首を突っ込んで物理的に首が飛ぶのは頭が足りない馬鹿がやることだ。