武装の砦
■
先生は佐奈を正式な部へと戻した。
アニキはと俺たちは対象外で…
正式な部は、もちろんこのトーナメント戦に参加していないし、第16学区の覇者の資格は佐奈にある。
今回、アニキの予想に反する戦いぶりで、佐奈の覇者の資格についての印象が非常に薄くなった。
先生と、俺は内部で連携をとり無所属のアニキの広報活動に専念し、それで、今回の佐奈の件をごまかすことを決めた。
大手からの引き抜き、マスコミからの問い合わせ。
全部、うまく断って、できるだけ期待させ、この大会が終わるまでやり過ごそうといった話である。
第16学区の支配が、王立や側の本来の目的ではない。
結果的に企業の論理で、そういった可能性やスキがあれば、当然そこを突いていくが基本的に、“側”は新大会の成功。王立は、その側に対する示しといった形。
大会が終わった後にも、この残存勢力は残るが、次回は、インドで開催されるそうだ。
当然ながら世界覇者のシー・ライオンは、俺たちのことになんか眼中はない。
アニキの戦いぶりは耳に入ったかもしれないが、それ以外にもレジェンド的な白熱した試合が続き、トーナメントが進むにつれ、アニキの関心さえも薄れていくようになった。
俺は、半年後に再結成するチームの構想を練りはじめる。
だが、チームとしてアニキの試合で得ることのできたハンパないファイトマネーを、どう有効利用しようかと悩むところだ。
大手のチームに行くかなと、気持ちも揺らいだりする。
アニキは最近、学校を何日か休んでいるが、洋子から聞いた話だと、「疲れた」と言っているくらいらしい。
とりあえず、半年間は、俺も自由に考えよう。
■
目立たない進学校ではある高校に通う身としては、進路相談を心待ちにしているエリート層と、宙ぶらりんのまま、良くもなく悪くもなくといった層。そして落ちこぼれと言われる層がある中で、エリート層以外は進路相談をそれなりに負担と考えている生徒が一定数いる。
あの大会が終ってから日常に戻ると、チーム解散をした手前、当然ながら結束する場がオセロ部くらいになり、同じクラスであれば多少の交流があるわけだが、以前のように密接な関係とは言えず、それぞれの将来のことを少し考えるようになっているようだった。
俺もアニキとの会話時間も減り、そして将来のための準備を着々と進めていた。高校生でいられる時間も限られている。高校受験戦争を経て常に文武両道。勉強を疎かにできるわけもなく、将来的には技術的、開発的な仕事をしてみたいと考えているような理系の生徒である俺は当然その方向性に沿った進学先をいくつか考えている。
スカウトや推薦という選択肢もあるが、あまり乗り気ではない。研究に対して資金力のある進学先を選ぶのは当然だが、組織の中で埋もれていくような所にはあまり行きたくない。
Jも世代は違うが、それなりの理系のエリートコースを経て、独立した結果俺のチームに参加してくれた。だから、Jと似たようなことを考えることもある。
また、ただ自分の人生は自分の人生である。安易に他人と同じコースを選択するほど野暮ではない。大学に進めば、より高度な大会にエントリーしやすくなる。そして、これまで以上にいろんな連中と出会える。高校を卒業すれば、もう社会人とも言え、プロは沢山いる。
王立側に行くか、“側”系列大学に行くか、または、群雄割拠の様々な大学へ行くのか、はたまた海外という選択肢もある。理系なら王立ともいえるが、古臭い体質はあまり自分好みではない。
それにマイケルという名を持つハーフな俺として、血筋として国内目線でいつまでもいられるようではいけないと考えている。いずれ世界に打って出る。成長も進歩もないようでは、この先の見通しが悪くなるだけだ。
だけど佐奈とはうまくやっていきたい。佐奈も佐奈で野望みたいなのもある。
彼女は彼女の望むままに。そして俺も触発されて前に進みたい。次のチーム作りは、今までと同じというわけにはいかないだろう。当然変化はある。優秀なスカウトマンとしての才能も発揮していきたい。佐奈が入りたければ受け入れ、入りたくなければそれを尊重する。アニキも佐奈も出会った頃に比べ格段に進化したし、それに見合う称号も手にいれている。また同じチームへと勧誘したとしても、それなりの金額を提示しなければ失礼なことになるだろう。同窓生としてではなく、有望な選手として迎え入れたい気分であることは確かだ。うかうかしてれいればほかの組織に組み込まれてしまう。そうすれば強大な敵となり、この先厄介になる展開だって十分にありえるわけだ。別に喧嘩別れしたわけではないから、できればなるべく穏便に事を進めて行きたい。
ただ、次のビジョン。目標が必要なことは確かだ。もうルーキーとしての時代は終わった。アニキは実力以上の結果を出したし、これからはまたそれ以上のものが求められるのは目に見えている。敵は増え、さらに強力な戦闘が待ち構えているのだろう。それはアニキも望むところだ、より強い武装。それを求めてまるで弁慶のような人生を歩もうとしている。究極の戦闘狂がアニキの目指すところなのかもしれない。普段は間が抜けているところもあり穏やかだが、タイマンでは殺気が漲る。より最高なバトルへ、より最高な舞台を目指していることは確かだ。
■
オセロ部に顔を出すと二北アニキがいた。
「よお」
アニキは声をかけてきた。
「休みが十分とれたのかい?」
「まあまあ。あまり休みすぎると鈍るからね。そろそろと思っていたところだよ」
「オファーはあったの?」
「まあね。まあ、返事はしてないけど」
「そっか、アニキも地位を追われる身か」
「気にしないけどね。俺は…で、そっちはどうなのよ」
「模索中かな」
「そっか。まあ、マイケルには選択肢がいろいろあるからな、うらやましいよ」
「アニキももっと利己的になればいいのに」
「俺は十分自分中心主義だとは思うよ。ただビジネスの才能はあまりないね」
「本当かな。賞金王でも目指せるのに」
「管理運営みたいなのはマイケルが専売特許でしょ」
「そういうの好きだから」
「マイケルにも武者修行っていうのをお勧めしたいけどね。個人のプレイヤーとしても腕を上げてほしい」
「なんかいい話でもあるの?」
「いや。俺が勧めても乗らないでしょ」
「戦闘能力強化プログラムには、いろいろ参加した経験はあるよ。だけど、適性はアニキと違いすぎるし、個人競技にそれほどハングリーな精神持ってはいないから」
「それをやってわかることもあると思うけどね、これから先を考えるなら」
「今日のアニキは結構言うね」
「そうかな。まあ普通の話だよ。俺だっていつまでも脳筋バカじゃない」
「へえ…まあ、脳筋バカとまでは思ってなかったけどね。いつも想定以上のことをしてくれるわけだから、単純にそれに魅せられていただけだけどさ。その戦闘センスは天性のものだし、そういう資質は限られた人にしかない」
「でも、これから先は限られた相手しかいないはずだろ」
「確かに」
「だから、先に進まないと…」
「…そうだね」
「佐奈も洋子もJもきっと考えかたは違っても、そう思っているはずだし…」
今、部室に佐奈も洋子もJもいない。華がないのは寂しいが、ようするに行くとこまで行って、また同じことをしても成長の余地がない、そういうところにたどり着き、おのおのが考え、将来を考えるいいキッカケになったのかもしれない。でも、何かやれる。まだ先がある。そう思っているに違いないとも思う。“遊泳衆”は、あの戦いが一つのピークで、さらに先に進むには違う道を選ばなければならない。そう自分は思ったが、みんなもそうだったのかもしれない。
別にキャリアがゼロになるわけではない。ただ、同じところに留まれば、同じ化学反応みたいになり、また、ピークを維持し続けることも難しかったのではないかと思う。瞬間的に能力が上がっても、それを平均値までにするには相当の研鑽を積まなければならない。
だから次の強者に当れば、総崩れになる。そういう予感がした。だから降りた。その決断は間違ってはいなかったと今でも思っている。
ニシジマ先生のように自分の能力を温存して、相手の出方を見ながら行動するようなレベルではない。まだまだ青い。そういう段階にすぎない。
「俺にはマイケルのマネージメントが必要だと思っているよ。いつも…」
「じゃあ話は簡単、今は各自研鑽を積めだな」
「研鑽か。会社員みたいだな」
「別にそう思ってもらっても構わない」
「そうか」
「そうそう。プロってそういう意識だから。能力が発揮できなければ報酬もない」
「まだ学生だぜ」
「いずれ学生ではなくなるでしょ。それもそんなに先じゃない。そうしたら報酬で生活していかなきゃならないんだからさ」
「王立の雇われ将校は大した身分だよな。そう考えると」
「政府の犬とも言われるけど、そういう相手がいるのも一つのモチベーションになるんじゃないの?」
「どうかな」
「クロックスのコネを使って、政府の犬にでもなる? まさかね」
「ははっ、あいつの下で戦うのは御免だね。喧嘩になる」
「まあ、クロックスだけじゃない。いろんなやつがいるだろうけどね」
「それもそうだな」
「どこに行くのか、それが重要ってことだな」
「それはそう」
「別に前のチームも全然悪くはないぜ」
「お世辞はいいよ。今までのチームでできることはやったんだ」
「そうかな?」
「そう思っている」
「俺だって、別に常に勝ちたいわけじゃない。全力で負けて得ることもある。マイケルは負けるのを怖がっているんだ。それでいいのか?」
「価値観の違いだよ。勝敗のデータは重要だし、それが信用や価値に繫がる。そしてそれが報酬に繋がる。単純な話だよ。常に勝ちを目指す。そうしなきゃ生き残れない」
「だから優秀なマネージャーだって言っているんだよ」
「アニキはリスクを恐れない。俺は恐れる」
「誰だって負けるのは怖いさ。でも、戦う相手だって恐怖心はある。だから、自分の恐怖心だけに飲み込まれないようにするのが大事だと思っている。相手が強ければ強いほど、自分も強くならなきゃいけない。そういうことでしょ」
「そりゃそうだけど。アニキ。でも無謀なことはリスクだよ。十分俺はアニキをサポートしてきたし、これからも別にサポートをしていくことは、全然嫌じゃない」
「…なら少し安心した。マイケルは俺の歯止め役だから…」
アニキが片手を差し出し、握手を求める。そして握手する。
「ある意味の新しい契約成立みたいだね」
ほかのみんながどう思っているのかが気になる。各自が迷って悩んだ時、俺は積極的にサポートはしていきたい。今もそう思った。洋子も佐奈もJも、離れ離れになってしまったとしても、意思疎通がなくなってしまうのは寂しい。チーム解散しか手がなかったとは言え、ずっとこの先、音沙汰なしでは、これからの各自の成長も見届けることができなくなる。それでいいとは言えない。やはり、洋子も佐奈もJにもコンタクトを取ろうと思った。みんなの本心をさぐりたい。
■
佐奈は真面目な女の子だ。少し考え方が固いところがある。でも、そういう女の子はそれなりに一定数いる。意思が固く、自分の意見をあまり曲げない。出会った当初もまさか自分のような男と付き合うような人とは思えなかった。
だが、新入生で同じクラスになり、帰りの教室の掃除当番の時に一緒になり、佐奈が武装の砦のプレイヤーであることを教えられてから急に親近感が沸き、話すようになった。佐奈は入学する前からニシジマ先生のことを知っていた。もちろん、俺もチェックはしていた。だから、率先して佐奈は公式の武装の砦の部活に入部していた。ニシジマ先生も佐奈の能力を当初から高く評価していたらしい。学校の公式の部に所属している以上、自分の自作のチームに引き抜くのは気が引けた。
ただ、意外にも佐奈はそんな俺を高く評価してくれた。また、俺の存在もこの学校に通う前から知っていたらしい。そういうところが行き当たりばったりのアニキとは違い、情報通であり、研究家気質だった。
入学したての頃、俺はかしこまって正式の部活に入部して優等生をするつもりはさらさらなかった。その頃は高校に入ったら、いろいろなことを試したい。そう思っていたからだ。小遣い稼ぎもしたかったし、チームへ誰を誘うか色々考えていた。
佐奈とは性格がまるで違うが洋子を誘うまでそれほど時間はかからなかった。洋子は佐奈とは違い、スポーツレディタイプの女子高生だった。物事をじっくりかけて研究するよりは、ひらめきと瞬間的な判断で機敏に活動していくタイプ。また内気ではなく、他人の気分を害したとしてもひるまず本音を言ってしまう性格だった。
洋子と比べると自分の守銭奴ぶりは、かわいいものだと思える。勝負、勝利、収入。といった具合の思考で、結局どうすれば収入を得られるのかに対してかなりカンがいいと言える。だから小銭稼ぎで、少々名が通っていた俺は接近がしやすかった。
「で、あんたは幾ら私にくれるわけ?」
それを真面目な顔で言ってくれる。洋子は提示した金額に対してケチはつけたものの話は早かった。チームのお金のやりくりはある程度洋子にまかそうと思うまであまり時間もかからなかった。資金不足では、チームは弱体化してしまう。また、最初は洋子を戦闘員としても活躍してもらいたかったのだが、その話はうまく進まなかった。なるべく自己犠牲したくないということもあったらしい。
「私にいい考えがある」と洋子はチームに加入してから間もないうちにそう言って「二北っていうやつが同じ組にいるの。バカだけど、戦闘の素質がかなりあって、一人にしておくのはもったいないから、誘っちゃお」
武装の砦に関係している者であれば、その参加者は容易に分かる。アニキのことは前々から噂では知っていて、この学校に入ったからには、一度は直接接触してみたいと思っていた人物だった。
破壊屋稼業をしていると、どうしても悪いイメージがあるというのが一般的だ。チームに属さず、戦闘狂の一匹狼で実力者荒らしをする。
だから、普通にオファーしても中々いい返事はもらえないし、警戒される。
当初は喧嘩売られたら嫌だなと思っていた。タイマンで勝てるわけがない。それより、どうやったらこの話の乗ってくれるのかだけを考えていた。
それについては意外にファーストコンタクトで波長が合い、杞憂も晴れ、うまくいったのだが、それも今はいい思い出となっている。
そう考えると、とんとん拍子に高校最初のチームが結成され、それなりにうまく運営できた。スケールもでかくなったし、名声も手に入れた。
佐奈は称号を得ることを求めていた。実績のないまま活動することを嫌ったからだろう。俺自身はそれよりは知名度や獲得賞金のほうに目が行っていた。
アニキの加入は知名度を得るということにおいては飛躍的な役割をした。戦闘センスはそこらの優秀な高校生人材よりも図抜けていたし、何よりも高校生の枠から出て、プロを相手に戦っていたからだ。
もちろん同世代にもプロはいるが、数は大人より限られる。
学生である限り、身分として社会的な保護が手厚い。また、学生だけの括りの中での活動のほうが一般的。あえてその枠組みを超えるには、それなりの理由があるはずだった。
アニキが直接その理由を俺に伝えることはなかった。俺もあえてそこを追求しようとは思わなかった。
ただ、アニキと活動するようになって、結局アニキが狙っていたのはニシジマ先生の武装なんだろうということに気が付いた。教師と生徒の関係ではなく、プロとプロの戦いを目指して、虎視眈眈とこの学校にやってきたに違いない。
そういうことでアニキとは利害が一致しやすかったのではないか。とも思う。俺自身もニシジマ先生の配下に加わろうとは思っていなかったわけで、敵対するつもりもなかったけどね。
ただニシジマ先生の配下にいることになった佐奈はアニキを警戒していた。いつけしかけて来るのかと思っていたかもしれない。ニシジマ先生に手が出ないように先に潰してしまおうとも思っていたのかもしれない。
そういうふしは佐奈には十分感じられた。ニシジマ先生に対する忠誠心は俺も驚くほどで、嫉妬はしなかったけど、ある意味尊敬のような対象なのかもしれないなと思っていた。
また佐奈の攻撃スタイルもニシジマ先生と共通点もある。そういう意味での師弟関係でもあったのだろう。俺も遠距離砲を得意としているわけだから、アニキよりは先生のほうが戦闘スタイルで参考になることがあったかもしれないが。俺は戦士で活躍するモチベーションはやはり低かった。
戦闘センスがあるかないかくらいは自分でも分かる。まったくないわけではないけどアニキほどではない。そういう線引き。
佐奈の強さの求め方と、アニキの強さの求め方にも違いがある。そういうことを知っていると個人的には楽しい。佐奈はトレーニング型。アニキは武者修行型と言ってもいいかもしれない。
瞬時に計算される掛け率が覆される瞬間も楽しい。その分析に根拠はあるのだろうけど、実際は戦ってみて変わることがある…。
佐奈は放課後一人でお茶をしているようだった。学校の近くにある喫茶店。馴染みの店だ。佐奈は抹茶フロートが好みでよくそれを頼んでいる。気を静めて、リラックスしているのだろう。
誰だってスポーツになれば、熱くなるように、トレーニングを終え、その熱さを冷やし冷静になる時間が必要だと言う。
佐奈が物思いにふけると、何か深刻な悩みでも抱えているのではないかとそう見えることがある。しかし、意外にそれほど何かを思い悩んではいない。常にベストを尽くそうという意識があるため、あまり後悔はしないタイプなのだ。それに覇者の資格も得て、風格さえ漂うようになっている。
「どう、立場を追われる身になってみて、何か変わった?」
喫茶店の席につくと、俺はそう佐奈に質問した。
「そんなに気にはしてない」
佐奈は、言葉数少なくそう言った。
佐奈は気にしてなくても、もう王立と“側”にはがっちりマークされている。研究対象にされ、追ってを派遣しているという情報もある。
覇者の称号を持っている以上、それから避け続けることはできない。
「それに、また大会がある。それに参加するつもりだから…」
「それは初耳だね」
「マイケルは今後どうするの?」
「思案中」
「案外何も考えてなかったりして…」
「そうでもないよ。進路はずっと考えてる」
「私は大体決めてる。もう高校での目標はある程度できているし」
「先生はなんて言っているの?」
「…相談はしてるけど、大体分かっちゃうみたい」
「そうなんだ」
「私は王立に行こうと思ってる…」
「王立か…」
「頭固いと思わないでね?」
「いや、そんなことは…。佐奈らしいと思ったよ」
「マイケルは、王立は考えてないの?」
「どうだろう…。いままで結構邪険にしていたかもしれないし…」
「そんなの関係ない」
「え?」
「もう遊泳衆も解散したんだし、もう囚われることもないでしょ。私と一緒に来ない?」
「…確かにそういう考え方もあるよね」
「私には貴方が必要だから」
「…」
「そうしてほしいの」
佐奈は真剣な眼差しをしている。王立か。と思う。王立の武装の砦に対する研究費は確かに高い。それも選択肢の一つだし、ずっと王立かということに決まったわけではない。学びたい分野が共通であれば、より高い可能性求めて、高いレベルを目指す。それは誰しもが考えることだろう。佐奈が王立にこだわるのは何か特別な理由もあるはず。きっと明確なプランがあり、やりたいことがあるはずだ。だが、俺には王立で絶対やりたいことは?と問われると、少し悩む。いままでわりと自由な発想で突き進んできたため、将来に対する確固たる理想像のようなものが希薄なのかもしれない。どちらかというと周りからの触発を受けて閃き考え行動を起こすタイプだからだ。
王立は国が滅びない限りなくならない。ただ拡大もすれば、縮小もしていくが、それは世論の動向にもよる。一方、多国籍企業で巨大なグローバル会社でもある“側”は国が滅びても残るかもしれない。アイデンティティが王立よりも幅が広く、世界にまたがっている。双方巨大なマネーを管理しているが、それぞれの立場を堅持している。“側”以外にも、そういった巨大資本を背景に地位を確立している企業も多数あり領域を広げていくためにしのぎを削っている。
佐奈は王に使え、国に使えるつもりらしい。それは王にとっても、国にとっても有益なことだと確信することができる。
王立の教育機関は非常に魅力的で、かつレベルも高く功績もある。佐奈は自国の文化を大事にし、そしてそれを誇りに思っているのだろう。誰もそれを否定できないし、俺は大いに尊重する。
しかし、この国だけの血筋ではない俺は、なぜだか、王立以外の選択肢に惹かれてしまう。世界が変われば、国も変わる。世界はどんどん変わっていく。そういった変化、トレンドに関心が惹かれる俺は、佐奈のような方向性にはなびかないのだろう。
まったく同じ指向性だったら、話が合うような関係になれなかったかもしれない。
「考えさせてもらうよ」
佐奈は不満げな顔だ。
これ以上の返答はきっと誤解を生む。佐奈は頭が固い。意思も強い。信念を曲げない。だから期待した以外の答えは、そう簡単には受け入れてくれない。自分も考え、佐奈も考えている。自分だけの世界ではない。それは当然の事。
誘う側から、誘われる側に。説得する側から、説得される側に。…中々新しい。佐奈が王立に行けば、それと違う道を歩めば、いずれ敵対する。高校生のような自由な制度ではなく、大人に近づけば、そのルールの縛りが強くなる。学校でわいわいやっているような形ではなくなってしまうのは、それは、時間の問題だから…。
敵対はしたくない。だけど、みんながみんな王立に行くわけじゃない。アニキだって洋子だって、王立に行くとは思えない。それぞれ考える道だから、それに介入すべきではないけど、そう思うだけに、何かこのままバラバラになってしまうのではないかと思ったりする。
いつまでも、どこまでもと。それは本当にどこまでなのか。そういうことをチームにしたときはあまり考えなかった。このまま先に進んでいくとも思っていた。
だが、現実は想像を超えた。今だってそうだ。みんな次の段階を見ている。
中学生の時、高校生活を夢描き、進路選択したように、次は、大学生やプロを目指して、進路選択をする時期に差し掛かったということだろう。いつまでも高校生というわけにはいかない。
優秀な学生たちは、次のステップを考えている。高校生での実績を手に、鎬を削っていくわけだ。俺個人としてアニキや佐奈のように覇者の称号は得ていない。アニキや佐奈はそれを手にしているわけだから引く手あまたなわけだ。俺がマネジメントしなくても、成長はしていたはずだが、この2人に限ってはサポートをしていかないとどんな暴走をするのかが分からない。アニキも佐奈も俺を必要としてくれているみたいだが、佐奈とアニキが今後仲良くやっていけるのかは、それは俺の行動次第だとも思える。
■
洋子の話は単純明快だった。洋子は金で動く。基本はそういうこと。誰だってそういう部分はあるだろうけど、洋子ほど徹底している人は少ないのではないかと思う。名誉よりも金。結局チームを解散した後、資金を管理していた洋子は各自の清算をした後、収入が減ったことを惜しく思っていたらしかった。
「早く決めちゃえばいいのに」と洋子。
時間は限られている。高校に入った当初より今のほうが高校生生活の先が短い。
「新しい戦力を増強して、チームを新しくすればいいだけじゃない、今のほうが口実だって作りやすいし、どんどん引き抜いていけばいいだけなんじゃないの?」
洋子は放課後、オセロ部室でプリンを片手にそう言った。
「でも、王立と“側”が対立している真ん中に学校がある以上、下手な動きはできないよ」とマイケル。
「でも、それってかなり長く膠着状態になりそうじゃない。いつ終わるとも限らないなら、待ってたら卒業しちゃうことになる」
「クラスに編入する生徒も増えたしね」と俺は言う。
「アニキ。もうめぼしのついた相手でもいるのかい?」とマイケル。
「気になるやつはいる」と俺。
「まあ、やるのはそれはアニキの自由だけどさ。後先考えて行動してくれよ」とマイケル。
「全然自由じゃないじゃんそれ」と俺。
「戦う前に私に相談してちょうだい」と洋子。
「相談も何も、オセロ部にいる限り、情報ダダ洩れだろう」と俺。
「それもそうね」と洋子。言った後プリンを一口口に入れる。「私の目が黒いうちは、自由になんかさせない」
「チームじゃないのに?」と俺。
「そんなの関係ない。ニキータの恩人なんだから。私を尊重しなさいよね」と洋子。
「アニキ、おとなしく従っていればよいのかも」とにやけるマイケル。
「破壊屋出身の覇者なんて、すぐに叩かれるんだから」と洋子。
「それはそう」とマイケル。
「素行を改めなさい」と洋子。
「厳しい」と俺。
「喧嘩ふっかけられたらすぐに喧嘩を買うなんて、ただの子供だわ」と洋子。
「正論」とマイケル。
「覇者なんだから、品性を持って行動してよね。三日天下なんて目も当てられないんだから」と洋子。
「品性ねえ…」と俺。
「アニキが品性だって、ウケる」とマイケル。
「ニキータの戦いかたじゃ。破壊屋どころか、壊れ屋になる。もっと自分を大事にしてよね」
「いいこと言う」とマイケル。
「これまで、ニキータが壊れなかったのもチームのおかげでしょ。もっと感謝しなさい」と洋子。
「頼りにしていたのは本当だけど、そんなに簡単に壊れはしないさ」と俺。
「これからは絶対勝てる相手だけと戦いなさい」と洋子。
「冗談でしょ」と俺。「そんなのつまらん」
「面白いだけが勝負じゃないの」と洋子。「それだけじゃ、今後ずっと続かないよ」
「それはやってみないとわからないさ」と俺。「まあでも助言は助かる」
「アニキはどうしたいの?今後」とマイケル。
「ほしい武装があれば狙う。それだけ」と俺。
「全然チームの事考えてないじゃない」と洋子。
「そんなことない。だけどこうやって生きてきたんだから、ある程度理解してほしい。マイケルのように頭脳的に生きるってことで、生きてきたわけじゃないからさ」と俺。
「言い訳はいいの。もう戦う相手が決まっているようなら、教えなさい」と洋子。
洋子はプリンを食べ終えた。
「クロックスと戦う…」と俺。
「…ふーん。勝てる自信はあるの?」と洋子。
「負けるつもりはない」と俺。
「欲しい武装のため?」とマイケル。
「それもある」と俺。
「ほかには?」と洋子。
「あいつのでかい面が気に食わない」と俺。「一度上下関係を決めておきたい」
「マイケル。どう思うの?」と洋子。
「いいんじゃないかな。実力差はもうほとんどないと思うし、ある意味対等とも言える。でもイージーな試合になるとは思わない、クロックスも成長している」とマイケル。
「王立からの直々の通達でもあった?」と洋子。
「そう」と俺。
「そうなのか」とマイケル。「アニキを叩く気満々だな」
「私はクロックスがただ単にやりたいだけだとも思ったけど」と洋子。
「その通り」と俺。「この件に関しては俺だけで、他を巻き込むつもりはないよ」
「そうなの?」と洋子。
「別に知らん相手でもないし、今まで何回もシュミレーションしてきた相手。まあ、遅かれ早かれぶつかる相手だと思っていたからさ」と俺。
「クロックスはなんて?」とマイケル。
「それを教えるなら、少し手助けしてくんないかな」と俺。
「それは、別にチームでなくたって、友人だからね」とマイケル。
「嬉しい」と俺。
「ちょっと。私を無視しないで…。久々にビジネスの到来じゃない。私を混ぜなさい」と洋子。
「マイケルには、いろいろ最新のデータを探ってほしい」と俺。
「巻き込まないんじゃないかったの?」と洋子。
「チームでなければ、巻き込むことにはならないよ」と俺。
「じゃあ、なんなの。今この状態は」と洋子。
「元メンバーからお知恵を拝借」と俺。
「そんなのありなの?」と洋子。
「ありだと思う」とマイケル。「だけど、勝負は水物だからね。事前のデータは必要だけど、当日何が起きるかはわからない」
「そうそう」と俺。
「このやり取り、デジャブ感ある」と洋子。
「このメンツならね」とマイケル。
「Jはどうするの? 呼ぶの?」と洋子。
「できれば、そう願いたい」と俺。
「じゃあ、みんな元鞘ってこと?」と洋子。
「そういうわけじゃない」と俺。「チームは保留。あくまでクロックスと戦うためだけの臨時の集会」と俺。
「都合いいのね」と洋子。
「チームになれば、すぐに王立と“側”が潰しにかかることは明白」とマイケル。「数で潰しにかかるから、そんなのには立ち向かえない。それはみんなわかってることだし」
「そうそう」と俺。「だけどタイマンは別」
「なんで、わざわざ王立はそういうことをけしかけるわけ?」と洋子。
「つまりは気に食わないのさ。潰して吸収してしまおうと思っていた相手がトンずらしたわけだから。それにクロックスが敗れても、今の王立の痛手にはならない」とマイケル。
「俺を食っちまえば、やつらにとってこれほど好都合なことはないんだろ」と俺。「だが、相手がクロックスっていうのが、アレだけどな」
「王立はクロックスをかなり強化してくるはずだけどね。当然」とマイケル。
「クロックスは戦闘狂のバカでも。王立はバカじゃない」と洋子。「私なら危惧するし、躊躇する」
「“側”はどう動くと思う?」と俺。
「様子見に徹すると思う。俺ならそうするよ。アニキ」とマイケル。
「ところで、“側”が俺にいい武装を提供してくれるとしたら?」と俺。
「何?そんな話もあるの? アニキ」とマイケル。
「“側”もクロックスを煙たく思っているわけね」と洋子。「でも“側”に貸しを作るのは癪だわ」
「そこで。Jに長年の経験値から、いろいろとお知恵を拝借したいわけさ」と俺。
「クロックスがすんごい武装をしてくるだろうと俺は思うよ。アニキ」とマイケル。
「私もそう思う」と洋子。
「俺もそう思う」と俺。
「クロックスは、シー・ライオンに負けて、イメージを挽回したいと思っているはず。圧倒的な力でホープをねじ伏せることができれば、クロックスにとってこんないいことはない。ってことだろうね」とマイケル。
「クロックスの個人的な名誉なんてどうでもいいのにね」と洋子。
「そんな名誉のために勝たせやしないよ」と俺。
「私は心配…」と洋子。「クロックス個人より、クロックスの武装が怖い」
「Jのシュミレーションがいるね」とマイケル。「Jどうしているだろ。ちゃんと連絡通じればいいけど」
「通じるよ」と洋子。「私も昨日連絡とってたし」
「なんだよ。みんな。解散したっていうのに」とマイケル。「何も変わっていないじゃないか」
「変わる必要なんてあるの?」と洋子。「それがプラスになるかマイナスになるかなんて誰にもわからない」
「確かにそうだな」と俺。「それ一理ある」
「チーム再結成ってわけね」と洋子。
「話が早すぎるよ」とマイケル。「まあ、チームじゃなくても助け合える」
「じゃあ仲間だな」と俺。
「ほぼ同じでしょ。面倒ね」と洋子。
「武装の砦の中ではチームではなくても、学校では同級生なんだし、話合える。オセロ部だし。情報交換は可能。Jは関係ないけど。まあ、洋子が繋がっているって言うし」と俺。
「爺さんはJKと交流したいんでしょ。ただ単に」とマイケル。「あの爺さん、めっぽう若い女の子に弱いからな。注意してくれよ」とマイケル。
「あら~。別にいいじゃない。Jがいなきゃ、稼げないんだし。優秀なエンジニアなんだから。そこを評価してあげてよね」と洋子。
「まあ、いい武装を提供してくれるなら問題はいらない。でも、今はフリーだから、頼むとお金がかかるんだろうな」と俺。
「交渉してみようよ。アニキ。まあ、喧嘩別れしたわけじゃないからね」とマイケル。
Jは果たして、この話に乗ってくれるのだろうか?
■
さすらいのJ。優秀なエンジニアには、引く手あまたの世界があるだろう。予算と年齢分けにされた階級の中でJは、かなりコスパに優れた武装を開発提供してくれた。マイケルと洋子がチームの財政をしきり、そしてそれを運用しながら、勝利で得た資金を投入して武装とチームの力を向上させていたわけである。高校生レベルにしては、かなり稼いでいたわけだが、アニキの戦闘センスで、その武装も通常の能力を何倍にも引き上げた。武装の能力が高いからといって、必ずしも、それが絶対的な勝利につながらないのがこのゲームの面白いところ。いい武装を装備するにこしたことはないが、あくまで使い手の能力によってバトルの結果は変わる。
アニキの戦闘センス、Jの武装開発力、俺ことマイケルのマネージメント、洋子の財政運営。それが歯車を好循環させ成長していったわけだ。ただ、相手が強くなれば強くなるほど、勝負は拮抗し、行方が分からなくなる。高校生レベルで図抜けていて、プロとしても経験もあったアニキは、ある意味、もう高校生という舞台ではなく、完全にプロを相手に戦うことになり、高校生クラスでは連戦連勝だったものの、それが地域のプロの覇者クラスになっていけば、一戦一戦が死闘になる。もちろん、レベルが上がれば賞金の規模も上がる。そういう意味でホープ潰しが起きても仕方なく、それが俺にとっては不安の種だった。
「別にいずれ、高校生ではなくなるんだし、それが早く分かったほうがいい。別に高校生というくくりにこだわっているわけじゃないし、そういうことに興味もない」とアニキは言う。
Jも高校生ではないから、そういうアニキの発言、考え方を否定しなかったし、むしろ果敢な姿勢と評価をしていた。
ただ、高校生というくくりを抜けたプロの世界は容赦がない。高校生だからというのは、あくまで甘えにすぎない。アニキにはバトルにおいて甘えはないが、それにしても目の敵にして潰そうという連中がたくさん沸いて出てくることは間違いなかったため、それを相手にするのは無謀だと俺には思えた。
アニキが再起不能になれば、同じチームを組むことはできない。それは、いままで作り上げたものの死を意味する。それだけは避けたかった。また、そんな危うい賭けに賭けるわけにはいかなかった。
その判断は今も間違っていなかったと思う。気が付かないで、そのまま突っ込んでいたら、本当にみんなバラバラになっていたかもしれない。
「私が一枚噛むんだから、負けられないからね」と洋子。「クロックスがどんな武装を装備していても勝つ。それが絶対条件」
洋子が通信端末を取り出し。「J。そういうことだから」と洋子。
「何、今の全部Jが聞いてたわけ?」とアニキ。
「そりゃそうよ。私が間接的に話すほうが、伝わりにくいじゃない」と洋子。
「最初っから、こうなるってわかっていたのはすごい」とマイケル。「予知能力といってもいいかも」と俺は笑った。
「絶対勝つってことは、最後の最後まで諦めない。そして死ぬ気で戦うこと」と洋子。
「覚悟はしているよ」とアニキ。
「これはアニキだけじゃない、みんなにとって大事な一戦となるよ」と俺。
クロックスは王立の将校。そして佐奈も所属する予定の国家組織。生ぬるい戦いにはならない。“側”が提供すると言っていた武装も気になる。しかし、その話を受ければ、王立と“側”の全面戦争へと火をつけかねない。しかし、いままでの武装で立ち向かって勝てる案件なのか、そこは非常に厳しい視点で見ていかなければいけないだろう。
「ニシジマ先生には、このことは内緒で頼むよ」とアニキ。
「どういうこと?」
「ニシジマ先生は王立寄りの立場というかこの学校の教師だから。私立であったとしても、公の人に近い。正式の部の顧問でもあるしね」と俺。
「あの先生なら勘づいているんじゃないかしら」と洋子。「でも、私たちはオセロ部だから強くは言えない」
「先生っていう立場があるからね」とマイケル。「J聞いているなら、どう思う?」
「何もいうことはない」とJの声「生徒の思うとおりに動いてはくれんだろ」
「私もそう思う」と洋子。「それに、否が応でも、口を出してくるかも。そんな気がする」と洋子。
「先生はクロックスに負けたからな」と俺。「それがどんな形であれ」
「生徒思いかもしれないけど。なんか食えない感じなのよね」と洋子。「あの時は大損したし」
「生徒の期待を裏切っても生徒のことを考える。そういう先生なんだと思うけどね」と俺。
「私は苦手。…っていうかあの試合からかな」と洋子。
「まあ、俺はクロックスのほうが鼻につくけどね」とアニキ。
「似たもの同士だからじゃないの?」と洋子。「戦闘狂で、バカで、周りの忠告をあまり聞かない」
「忠告を無視するくらいじゃないとアニキの戦闘は成り立たないんだよ」と俺。「もし計算通りにアニキが戦っていたら。今までの結果がどうなっていたか…」
「そういう戦いっぷりを、許してあげてたんだから感謝してほしいくらいよね。こっちはヒヤヒヤしてたんだから」と洋子。
「で、アニキはどうやってクロックスを倒そうとしてんの? プランは?」と俺。
「まあ、いつも通り…」とアニキ。
「いつも通りじゃダメ」と洋子。
「相手はアニキの弱点を総攻撃するはず。攻撃方法だって今までと同じということは考えにくい。それに追い詰められたら、第二弾、第三弾と戦力を増強して立ち向かってくる」と俺。
「クロックスの頭が単細胞ってことは弱点じゃない?」と洋子。
「Jの武装提案も、聞きたいところだね」と俺。
チームがまた起動しはじめた感じだ。この感じ。つい最近失ったもののように感じていたけど、戻ってきたようでありがたい。
あのトーナメント戦が終り、各国の覇者たちもそれぞれの故郷へと帰還していった。第三勢力が割り込む隙がないほど、この学区を境に王立と“側”が拮抗したまま対立を維持している。
だが、状況はあの時とまったく同じではない。
四大覇者のマーガレット・リーが王立として、この学区に駐在することを正式に宣言。同じく四大覇者のシー・ライオンもほぼ時を同じくして宣言した。
しかし、その後双方過激な動きのないまま硬直し続けている。その中で、今回のクロックスとアニキのバトルは、かなり過激な要素を持ち得ていると考えた。
先生は遅かれ早かれ、気が付くだろうし、それは先生でなくても話題にはなるだろう。クロックスも派手にシー・ライオンに負けたことで知名度もかなり上がった。嫌になるほどあのバトルの動画が拡散され、武装の砦に興味のない、関係ない人も名前を知ったくらいだ。
武装の砦は日々拡大を続ける。全世界の全人類すべてが、それに参加することが目的なのかもしれないと思うほどだ。また仕様のバージョンアップも随時行われている。
自分の成長と共に、武装の砦も成長している。そういう世界観の中で生きている。
王立の雇われ将校も年々増加している。将校になるには厳しい選抜試験をくぐり抜けないといけないのだが、その試験さえも難化し続けていると言われている。
その将校の一人であるクロックス。性格はアレだが、その厳しい試験をくぐり抜けた猛者。また極東の覇者の一人である。
それを考えれば、今回の一戦はかなり厳しいと言える。前の大会でアニキがぶつかるはずだったバトルも、クロックスがかなり優位の評価だった。それがどれだけ縮まっているのか、さらに引き離されているのか、これには情報がいる。
“側”が提供しようとしているという武装のレベルを知ることで、そこから王立の用意しようとしている武装の強さを測れるかもしれない。もちろん、“側”に借りは作りたくないが、決して落としてはならない一戦。その情報はかなり有益だろうと伺い知ることができる。
この考えについてはJも同じ考えだった。“側”と接触するのはリスクを孕むが、負けることは許されないし、“側”もクロックスの復活を良いことだと思ってはいないだろう。
同じ将校が立て続けに潰れれば、これは王立にとってかなりの失態となる。それを“側”は望んでいるのだろう。だからクロックスは死に物狂いでアニキを叩きにかかるはずだ。そこに容赦はない。
クロックスにはクロックスを支える強大な組織、いわば国家の威信がある。階級的に無謀とも言えた戦いに負けたことはあったにせよ、あの時も、屈服して負けたわけではない。戦い抜く姿勢を見せて勝負が決まった。その姿勢が将校であり、また、戦い抜くことが課せられている戦士なのである。
性格がアレにせよ。その闘志は称賛に値する。アニキ自身にも、そういった闘志はあるが、王立の将校の闘志とは、まさにそういうものなのだろう。それを、まったく意に介せず、クロックスの善戦も霞んだシー・ライオンの実力ぶりには、これは格の違いというよりも、生命体、種族の違い、言葉に表すことのできない篩の中で選ばれに選ばれた卓越な王としての実力といったものが垣間見えた。しかも、実力といっても3割ほども出していたかどうかという具合である。
これが努力や武装センスを磨いたところで埋まるものなのか。というのはあまりに計算外すぎて言葉が出ない。世界覇者レベルというのはそういうものではないかと思っている。
そのシー・ライオンが統治する“側”が提供する武装は、クロックスの弱点をかなり突くものであることは間違いない。
借りを作らないという前提ならぜひ拝借したい。いや借りを作ってでもそれを拝借すべきだとアニキに進言したいくらいだ。
しかし、アニキが“側”寄りになっていけば、佐奈との距離は開いていく。これは今回の一戦には対外的にはあまり関係のないことだが、個人的にはそれが頭にひっかかる。
高校に入ってからアニキと組んでここまで進んできた。そしてこれからもそうでありたい。だが、佐奈ちゃんとこれからも関係を続けることになれば、その距離感は広がり続け、いつか2人の間に立つことはできなくなるだろう。ということが見え始めている。
しかしアニキにとって、その私情は無関係だと割り切りたいし、クロックスを相手に戦うという前提であれば、それは協力したいと思う。
そして以前よりもハードルが高くなっていることに対して燃えないわけにはいかない。“側”との連絡、そして内容の把握については買って出ることにした。この動きなしに今回の一戦を交えるのは厳しいと見たからだ。
“側”が提案する武装の提供も、タダとはいかないだろう。こちらが不利なことをあからさまにすれば足元を見てくることは目に見えている。だから、Jに頼んで、こちら側だけでも相応の実力があるという裏付けを作っておく必要がある。奇跡的にメキシコの覇者に勝った一戦でも、Jの武装の意外性が勝利を呼んだ。
それと同等か、それ以上の武装作りをJに頼むしかない。相当の費用もかかるだろうが、それは仕方ない。それで戦うこともあり得る。だが、こちらには“側”が把握しているほどの相手の武装の情報はない。まったくないわけではないが、“側”は世界有数の企業。その情報収集力はケタ違いだ。そこらの超高校生レベルでは手も足も出ない情報などもいともたやすく手にいれる。そこは資金力・組織力の絶対的な違いもある。
“側”は少なくとも遊泳衆の実力を認め、そして、それを利用することを検討している。彼らは盤石で、この話が失敗しても痛手はない。だが、下手に“側”の好意を受け入れなければ、それは今後、どういう形になるのかは分からないが、“側”とのやり取りに支障が出ることは考えられる。
王立に盾突き、“側”とも関係不全であれば、それはかなりのリスクになることは想像にたやすい。クロックスよりも階級が上の将校もいるし、“側”もそう。この巨大な2つの勢力を同時に相手して成立するチームはどこにもない。
非常に厄介だなと思う。勝負することで得るものもあるだろうが、転び方次第では最悪の結末を迎えかねない。アニキはそのことに勘づいているのだろうか。そこは自分がしっかりしないとなとも思う。状況を考察するほど、今回のバトルが尋常でないリスク、将来にも影響を与えてしまうような一戦であることに気が付き、慎重にならなければならないと思った。
佐奈にしても、アニキにしても、洋子にしても、Jにしても、そして俺にしても…。この一戦を過ぎて、また同じように付き合っていけるのか…。
■
クロックス対アニキのバトルの情報はすでに対外的にオープンになっていた。16学区は再び膠着状態から一転して騒がしい状態になりつつある。
ただ“側”が提供すると言っていた武装については、まだリークされていなかった。さすが“側”である。
クロックスも以前であればかなりでしゃばって広言するやつだったのだが、今回はおとなしい。クロックス自身もこのバトルの意味を理解しているのだろう。それが不気味といえば不気味で、こちらの動向を伺っているように見えたし、実際伺っているのだろう。
水面下で、俺と“側”はコンタクトを取っていた。と同時にJは新しい武装の開発に明け暮れ、アニキは放課後シュミレーションルームに籠りっきりだった。
試合の日程も決まった。対外的には注目の的になっているが、両陣営は静かだった。心理戦も始まっているが、余計な挑発行為をしたところで、それで何かになるわけがないというのが両陣営の一致した考え方だったのかもしれない。
佐奈はこの一戦があることを知ってから、沈黙していた。別に日常のことについてはやり取りはあるのだが、この試合については口を閉ざしたままだったし、俺もそれを問いただそうとはしなかった。
まずは第一義に絶対に勝たなければならないという至上命令こと、それだけにかかりっきりになっているほうが心理的に落ち着いた。
ニシジマ先生は、このバトルについて静観を保っていた。助言もなかった。そもそも、“遊泳衆”の時から、ニシジマ先生にバトルのことで指示されたことはない。
クロックスと実際対戦したニシジマ先生は、実戦経験として何かを知っていることは確かであったが、過去のクロックスの戦歴が今回の試合に生かすことのできるデータになるのかは判断がつかなかった。
過去の弱点が次の試合で同じ状況にあるとは考えにくい。それほどイージーなバトルにはならないはずだ。
だから、最初っから全力で叩くほうがいい。きっと。小手調べしているような余裕はない。と考える。クロックスであれ、誰であれ、叩き潰すような圧倒的な破壊力。攻防を繰り返すようなものではなく、ただ容赦なく全力で切り捨てる。
それはJには難題だろうか? 理想論ではそうだが、秘伝の最終奥義でもなんでもいいから、最高の武装、最強の武装と頼むしかない。
そして“側”が提供しようとする武装がJのものより劣れば、それが“側”の戦略なのか。とも思う。さて、どれほどの戦力を見積もってくるのか。
現段階ではアニキは、以前と同等。それ以上の準備ができている。と伝えている。“遊泳衆”は解散したもののほぼ同じ形で復活し、このバトルに賭けているということも伝わっている。これはただの一回の喧嘩のためなのだが、対外的に“側”も、ただの一回の喧嘩と思っていないことが分かってきた。
王立の将校を叩き潰したイメージ戦略は成功していて、それを継続的に展開していこうという方針なのだろう。“側”のビジネス戦略にまんまと乗ることは正直どうかと思うが、別に“側”ではない組織だったとしても、そういう方針を打ち出そうというところはあるだろうと思った。
あるいみ反逆のイメージだが、世界にまたがる企業の国家を超越した覇権のイメージにふさわしいということなんだろう。あまりに組織が大きすぎて、そういうことしか思いつかないが。どちらにしてもその2つの巨大組織がにらみ合っている場所にいること自体、普通なら恐怖の対象にしかなりえない。 そして、そんな対立の中心でバトルするなんて命知らず。と言われても仕方がいない。
だが、試合は公式のものだし、下手なことはどちらサイドもできないだろう。少なくとも、大きな動きがあるとしたら試合の後になるはず。
少しは分かっていたはずだけど事の大きさに少し動揺している自分がいる。そして、この試合から逃れるようなことはできない。一時一時、試合に向かって時間が進んでいく。
クロックスとしては若輩を蹴散らして、再び“側”に威勢を張りたいのだろうが、そんな噛ませ犬で負け犬でいいわけがない。
“側”のイメージ戦略がどうであれ、ここは負けられない。勝たなければ、今後存在がかき消されてしまうだろう。そんな予感がする。クロックスも負ければ王立の将校のポジションも危うくなる。そういうリスクを背負った者同士の戦いになる。
もし王立が“側”の武装の提供を得て試合になるということを掴んでいたら。いや、掴んでいるのかもしれないが、不気味な沈黙の圧力はある。ここは情報戦だ。
武装についての情報なら、国家としての情報収集網がある以上、“側”の機密情報とは言え、どんなところから手に入れているかは図りしれない。
それが表面化するのは試合だが、実際そうとなれば、王立は“側”に対して激しい圧力を与えてくることには間違いない。
それをきっかけに、均衡で緊張が保たれていたこの地域に激動が生まれえる可能性はある。それは止めようと思っても止められるものではないだろう。
そうなったとき、どちらへ回避するかと言えば“側”の方であることは間違いない。そうなると、決定的に俺は“側”の方へ加担していることは明白になる。佐奈ちゃん。いい子だったけど、どうやら俺は知らぬ間にそういうところへと歩みを進めてしまっていたのだ。
正直にこの状態について佐奈ちゃんに伝えよう。そして、それがきっかけで離れ離れになるとしても、これは俺に責任がある。
話が先になるかもしれないが未練がないわけではない。しかし、どうだろう。どう考えても今の状況で王立の方へ加担することは難しい。そんなのもっとはちゃめちゃな事になる。ある意味運命ってやつなのかもしれない。でも、どうだろう、それはあまりにも佐奈ちゃんに対して、酷い仕打ちをしている事になるのではないか。王立に誘われていたわけだから。それを保留してこの流れ、これは決別ととらえられても仕方ない。
言い訳も通じないだろう。間接的にではあるが佐奈ちゃんに塩をまいたようなものだ。これは意味深長になるしかない。佐奈ちゃんの本心を受け入れられなかった。これは軽い話ではない。だが、あの時納得して王立側へ行けるような決断ができたとは思えない。そうなれば、今回の話は王立側から見たときに、アニキをある意味放置してしまうことになったと思う。そういう自分が想像できない。しかし、これはこういうこと自体が、佐奈ちゃんに対して非常に悪いことをしてしまったという思いが駆け巡る。
そういう私的な感情を今回の試合に持ち込むことはできないのは分かっている。考えなおしてみても、円満な形の解決方法は見当たらない。戦う相手は佐奈ちゃんではないが、今後、未来、それが振りほどけない思いとして残ることは確実だ。
だけどクロックスには絶対に負けられない。その答えは変わらない。だが、クロックスという挑発的なキャラに目だけがいって彼が王立の将校であるということを少し忘れていたところもある。
佐奈ちゃんがクロックスの仲間になる。それは単純に嫌だ。しかし、それが全てではないが、佐奈ちゃんの意思の表れであり、それを否定することはできない。クロックスには勝ちたい。でも佐奈ちゃんとは戦いたくない。そういう矛盾が今後も起こることは大いにありえる。
今までは前だけ向かって、迎えうつ敵をなぎ倒していけばよかった。だが、今後はそういうわけにはいかない。どんな相手であれ、王立が前に立ちはだかれば、佐奈ちゃんへと思いは向かう。
佐奈ちゃん…。俺はどうしたらいいのだろう…。
友情と恋愛をどっちを取るか。もしくは、仕事と割り切って、まずは目的を果たすか。しかし、もう始まってしまっている。俺はあきらかに“側”の援助を受けようとしている。それ以外の方法が見当たらない。
つまり、感覚的に王立を避け、佐奈ちゃんの提案を拒否し、そして裏切るような形になっている。これはタダではすまないだろう。だけど、佐奈ちゃんと直接戦いたいわけではない。だけど、佐奈ちゃんはきっと許さないだろう。どんな形であれ、2人の間に亀裂を作ってしまうようなことをしているわけだから。そして、それは俺自身が選んだ選択であるからだ。
佐奈ちゃんはアニキをそんなに良くは思っていない。同窓だけど、その関係はそれほど密ではない。友達とも違う。アニキは、アニキなりに対応しているとは思うし、アニキは佐奈ちゃんを悪くは思っていないだろうけど…。
まあ、アニキは佐奈ちゃんが王立に行こうとしているのを知らないし、知ったとしても、それを止めはしないだろうと思う。アニキは我が道を行くタイプだし、他人にあまり執着しない。
俺はアニキと違って他人に執着するほうだし、割り切るのが結構難しい。だから、今回の試合に自分が出場するとしたらと思うとぞっとする。考え込んで普段の実力を出せるのか、なかなか厳しいところだ。心を鬼にしたって、自分の気持ちの中にしこりが何もないわけにはいかないだろう。それを、少なくとも、アニキや洋子やJに伝えてはいけないことだと思う。少なくとも決着がつくまでは、それを障害と思っていたらやりきれない。
またこの試合に、結局前回のアニキの覇者の資格を得たファイトマネーはすべて使いきることになるだろう。もちろん、クロックスに勝てば、それ以上の物が期待できるが出し惜しみはできない。アニキがJの武装を選ぶのか、“側”の提供したものを選ぶのか、まだ判断はつかない。それは試合に臨む者に最終的に選ぶ権利があり、そこはアニキが譲らないし、こっちからそれを止めようとは思わない。あくまでも戦うのはアニキだ。
結局マネージメントといっても今回自分がアニキにしてやれそうなことはそう多くない。Jを信じ、そしてそれを見積もって“側”の出方を見ながら交渉を続ける。巨大資本企業が今のアニキとJの武装がいかほどのものか見極めてもらい、当然Jの武装のできが良ければ、それだけ“側”への要求が高くなる。しかし、タダというわけではないから、勝利のちの様々な報償について“側”が口を出してくることは間違いない。
武装も使わず破壊されなければ、温存もできる。それは次に生かせる。Jの武装にはそういう利点もある。
“側”の情報取集力は凄いものがあり、おそらくクロックスの武装の候補やレベルを計算しているだろう。その情報は欲しい。
だが、別にこちらにも情報がないわけではない。これまでの戦績。そして王立の武装の情報などはもちろん持っている。でもそれは俺が個人的に収集できるレベルのもので、別に王立にスパイがいるわけではないし、“側”が配置している情報員の数など比べることすらできない。“側”も、もしアニキじゃなくて、自軍でクロックスを相手にするなら、絶対に負けられない戦略を練るはず。
さてどうしたものか。絶対負けられない形でアニキを試合に送り出すことが求められる。
■
試合が近づくにつれ第16学区界隈がクロックスとアニキの話題でヒートアップしてきた。高校生レベルにしてはかなり大々的にクローズアップされ拡散されている。当然話題性にはビジネスがつきもので、この試合にベットする人口も軒並み上がっている。アニキが勝つのか、それともクロックスが勝つのか。これを境に王立と“側”の陣営もおのおの動き始めていた。表面的には王立将校と、一個人団体に近いアニキとの対戦ではあるが、すでに王立陣営も“側”の様子を掴んでいるようだった。
また報道関係の人たちも入り、今後の展開を予想したり、著名人を呼んで意見を交換していたりした。どちらにしてもクロックス優位には変わりはなく、アニキの意外性、突出的な戦闘センスに言及する者もいたが、王立の将校が高校生に負けるわけがない。というのが下馬評だった。
アニキが覇者の資格を持っているということと、それも最近の試合で手に入れていることを評価する者もいた。メキシコの覇者を倒していると。しかし、これが意外にあまり評価対象にならなかった。“遊泳衆”がその次の試合を放棄し、いわゆる勝ち逃げをしたことを指摘する人もいたり、偶然勝っただけであり、もし本当に強ければトーナメント戦を勝ち抜いていたはずだと。言う人もいた。
これについてはまったく自分の決断によるものだったからアニキに悪い気がした。アニキ自体が放棄したわけではない。しかし、強豪ひしめくトーナメントを勝ち抜くことは容易ではなく、二回戦も、三回戦もいわばどれも決勝レベルの戦闘が想定されていたし結果的にもそうだった。それは高校生の個人団体としては決していい話ではなかった。武装だって限りがある。王立や“側”のような資本力をかけた無数の武装はない。そういう見極めだった。
ただアニキはそういう無数の優れた武装の収集家だった。そのために破壊屋稼業で名を売り、自分の実力を高めいった。アニキもJとの共同で、その優れた武装を更にアニキようにチューンナップし更に強化していた。
アニキの武装を全部把握しているのはJだ。アニキも数々の死闘を経て得た獲物をそう簡単に人に披露はしない。まだ俺にも知らせていない武装もあるという。
アニキ自体は“側”に縋りつくという思考はまったくなかった。そこが何か浪人風の侍らしいきっぱりとした立ち位置なのか。
一匹狼的にやってきたアニキとしては、それが自然なのだろう。アニキの究極の目的は、究極の武装を手に入れることなのかもしれない。それも戦いを経て得ることが重要だと。だから、どこに所属するとか、その団体の資本力だとかに、それほど固執しない。
正直アニキほど実績があれば、引く手あまただったし、破壊屋というマイナスイメージがあるものの、目が飛び出るような契約金で引き抜こうとする連中は沢山いる。
しかしアニキが選んだのは俺のチームだったし、同じ高校の同窓だった。学校の正式な部にも所属しなかった。それを考えて選択しているのか、ただの直観なのかそこらへんは俺にもよくわからないのだが、自由気ままがいいらしい。
アニキのおかけでかなり稼げたし、いろいろな経験を積むこともできた。これにはかなり感謝している。
また正式な部の顧問ニシジマ先生からはまだ何も反応はない。こちらからも接触するのを学校用事以外では避けていた。ニシジマ先生が絡むとそれはまた面倒になりそうだ。と思ったからだ。ニシジマ先生に手玉にとられたり、一杯食わされるのは俺もごめんだし。
ただ、ニシジマ先生が何も知らないわけはない。たぶんいろいろ知っている。知っていていまだこちらになんの連絡がないことも、それは違和感であることは確かだ。佐奈ちゃんと連携をとっているのもニシジマ先生だし。正直何を考えているのか分からない。
16学区の均衡を保てたのも、ニシジマ先生の手腕であることは俺も認めている。均衡が保てず戦争状態になってしまったら、そこに参加している生徒に危害が及ぶことは間違いない。
それを監視しているのが先生。逆に言えば試合の情報が流れてても何も言われないのは、ある意味容認されていると捉えていいのかもしれない。正式な部員でもないわけだから、直接指導できるわけでもない。静観を決めながらいざとなった時に何かあるのかもしれないが、それを期待してはいけない。
だとすれば“遊泳衆”のように、というかもう“遊泳衆”そのものだけど、フリーのチームとしてやれることをやるしかない。クロックスの戦闘能力を見積もり、それに合わせてシュミレーションを重ねる。
“側”がある程度情報を提供してくれるのだったら、それをデータとして参考にしたいところではあるが、容易にそれを要求することはできない。
クロックスの潜在能力と今までの戦績。そして予測不能な武装をある程度様々な攻撃パターンを分類して用意してみる。
アニキがそのパターンの中で苦手とする部分を徹底的に強化する。
ただ勝負自体は一撃必殺しかないと思う。波状攻撃して通じるような相手ではない。一気に息の根を止める。そういう戦い方しか勝機が見えなさそうだ。クロックスはかなりタフだし。
これについてはアニキも分かっているし、今更言う必要もない。
さて、武装はどうするかだ。アニキの傾向は強者にすり寄らない。つまり、“側”の武装を使いたいとは言わないだろう。そういう勝負をしたくないと思っているふしがある。ましてやアニキをさんざん挑発したクロックスを相手に、“側”の武装を使って勝ったところでアニキがそれで自分の勝利を納得するのだろうか。
だが、Jが開発を最高レベルまでに引き上げるためには、こちらもJの尻を叩いていくほかない。だけどこの話をなしにするのは違うと思う。ぎりぎりのところまで限界を突破するまでJを奮起させないといけない。アニキはJの武装を使うことになるのなら、つまりはそういうことだ。
こちらもアニキが“側”の武装を手にしないという決断を予測しながらも“側”とは繋がっておく必要があり、またそれと同時に切ってもダメージが極力少なくなるような形で話を進めていくしかない。
武装を選ぶのはあくまでもアニキだ。そして水面下の役割は俺がやることになる。
“側”と接触する密度も、それほど濃くはできない。王立から直接果たし状が来たアニキに“側”から声がかかるのはある意味必然的な流れではある。“側”は一般的にも様々な武装を有償で流通させているが、今回の場合流通しているもので通じる相手ではないということは“側”も承知しているはずである。
公式に流通しているものであれば、王立ほどの組織であればすべて分析済みで、対応策も講じている。その公式の武装のシュミレーションはすでにアニキのプログラムに組み込んでいる。
それで苦戦するようでは先が暗いが、アニキは本番に強い。だからあくまで、その結果は参考程度ということになるが、苦手分野を分析するのには重要なポイントとなる。
Jはそのシュミレーションのデータを参考にしながらアニキと共に武装を錬磨していく。“側”の武装にはこういう過程ができないのが大きなデメリットであり、いや交渉次第では、そこも共同させていくこともできるのかもしれないが、それはやりすぎだとは思う。“側”に吞み込まれるためにこの話があるわけじゃない。
アニキは今はかなりの集中モードで、Jもそう。いつもの俺だったら、もうこれで全然オッケーで心配もない。しかし、今回はそういうわけにはいかない。だが答えはもうほぼ出ている。アニキはJの武装を使うはず…。
その結論の上で“側”と交渉するとすれば、どれだけ“側”から王立の出方についての情報を引き出すかだが、“側”は優秀だから、すぐにこちらの姿勢を見抜くことになるかもしれない。
手を引かれてしまうかもしれない。しかし敵に回すようなことは避けるべきであり、そのバランスが難しい。
実際いろいろ調査していっても、本番は予想を大きく上回ることがある。今回もそれに尽きるだろう…。
Jからメッセージだ「もう8割がた完成しちょる。手ごたえは言うまでもなかろ」
信頼感ある言葉だ。
「もう、こういうことはなくなるかもしれん。と思とったからな」とJ。「腕によりをかけたよ」
「ありがたい」と俺。「アニキの調子はどう?」
「いわずもがな」とJ。「集中しておる、仕上がりは上々」
「勝算は?」と俺。
「ある」とJ。「しかし相手も相当強者。出たこと勝負であるには違いない、お前さんは“側”のこと気にしとろうが、それを背負いこむことはしなさんな」
「J…」
「“側”と王立は表面的には対立しとるが、裏や一部では繋がっておる。今回の誘いもわしは懸念しておるよ。下手に話に乗れば、駒扱いにしかならん。それはつまらんことだ」
「でも、試合の後に戦争になったら…」
「動きはあっても、そうはならんと思っている。ニシジマ君も監視しとるし、王立も“側”も四大覇者が統率する大きな組織。戦争はお互いに尋常でない傷を負うことになる。それは彼らにとってはメリットにはならない。彼らから見たら、今回の試合は余興にすぎんよ」とJ。
「こっちは人生かかっているっていうのに…」
「まあ、確かにな。お前さんが危惧しているのも分かる。今回の試合はお前さんたちのこれからの未来を変えるようなそういう戦いになることは確かなこと」とJ。
「そりゃそうでしょ、だから頼むよJ。アニキに最高の武装を…。正直“側”の目測も、どこまで信用していいのか、なかなか判断が難しい。断りきれない感じになるとまずいし。それはアニキの戦闘において、そういう懸念材料は負担になるだけだからさ」
「“側”が本気でお前さんたちを買って、そして全面的に協力するなんて話は、怪しかろ。漬け込んで何をされるか分からんしな。それに“側”の傘下でもない。王立には“側”の武装のデータもあるだろうし、検討が付いてしまうかもしれん。上層部にしてみれば、今後の争いの前座にすぎんことと片付けられることもあるだろう」とJ。
「うちらはうちらの戦い方でやるしかないのかな、結局…」
「王立はわざわざ格下を相手に戦おうって言っとるのだから、ここは奮起のしどきと言うもの。“側”の情報に惑わされている状況では正確な判断はできん。二北君も、そう思っている。あとは信じてやったらどうだ仲間の事を」とJ。
「俺はこういう性格ですから。なるべくアニキに有利になるように考えるんですけどね」
「仮に“側”の話に乗って勝負に勝ったとしても、“側”のおかげと思うのはしゃくじゃないかね」とJ。
「それは完全に同意」
「二北君も私もそう思っとるよ。でも絶対に負けられんことは確かだが」とJ。
「“側”の話は撤退ということで…まあ、参考になるものがあればとは思いますが、突っ込みすぎると後戻りできない。でも、見せかけでも一応協力しようとしていたことには敬意を払うことが必要かと。このゲームで王立と“側”を無視して生きることはできないですから」
「それはそうだの」とJ。
Jの進言もあって、“側”とのやり取りについてもんもんと悩んでいたことがふっきれた。“側”の武装は使わない。そして敵にも回さない。そういうやり方で行くと。
あくまでクロックスという個人とのタイマンであると割り切り。王立と“側”のチェスには参加しない。 そうすることで、しがらみからフラットな状態になる。裏で王立と“側”が繋がっていることも考慮し、こちらの武装についてのデータを漏らさない。最初からこう考えておけば楽だったかもしれないが、これも苦渋の選択で考えに考えた結果だとしよう。
「アニキ。俺、アニキとJにすべてを託せるようにそれだけを考えるよ」
「今の話聞いていた」とアニキ。「別に“側”に何も期待してなかったし、Jと組めるだけでありがたかったよ」
「アニキ俺。結局何もしてあげられなかったかもしれない、今回の試合…」
「別にいいよ。十分シュミレーションしてるし、これマイケルのおかげだから」とアニキ。
「そんなの普通だよ。でも“側”が提供しようとしていたものが、もっとグレードが高かったかもしれないけど」
「いいよ。別に。今さらJとやってきたものをゼロにして、それを手に入れようとするのってバカらしいし、正直、今回もクロックスの武装を奪って、戦っちゃうかもしれないし。俺はいつも通りやるよ」とアニキ。「それに俺は王立や“側”の兵隊でもないからさ…まあ負けたら洋子にも見限られるし、怒られる。“側”が入れば、いろんなものがファイトマネーからさっぴかれるし、借りも作って、それは嫌だから」
「アニキがそう言ってくれるなら、鬼のようなシュミレーションをたたき込んで、やるしかない」
「そう願います」とアニキ。「全力で俺を叩き潰すのを組んでくれよ」
この話を機会に、“側”からの提案を丁重にお断りした。これで背水の陣となり、後ろ盾はない。自力で勝利をもぎ取るしかない。
■
アニキとJの決断と了承を経て、自前のやり方でこの勝負を受けて立つことになり、戦々恐々の気分で試合を迎える。
クロックスからの挑発もなく迎えたこの日。お互いに牽制することもなく、それぞれが粛々と準備を進めているかのように見えた。
もちろん佐奈ちゃんとも、この試合のことについて触れることなく、雑念を消し、ただひたすらアニキのためにトレーニングメニューを実行した。アニキはクロックスとはいつかやることを念頭にかなり仮想敵として以前からもクロックスについて入念に研究していることが伺えた。
アニキは欲しい武装を持っている相手なら徹底的に研究する。だから、俺が作るようなシュミレーションにはすべて対応できていた。アニキってここまで凄かったっけ。と驚嘆するほどだった。
ただ、アニキはそれでも満足はしていないようだった。戦闘狂というのは、こういう人の事かと思ったほどである。
沈黙したクロックス陣営は、果たしてアニキをどのように研究分析していたであろうか。少なくともシュミレーションでは以前のクロックスは完全に粉砕できる状態までに仕上がっている。しかし相手は従来のクロックスではない。沈黙はしているし、どのような武装が使われるのかも公表はされていない。ようするに本気なのだ。本気でアニキを潰しにかかっていることが伺える。以前は舐めてかかっているふしがあったが、アニキを本当の敵として認識し準備していたのだ。そして“側”の動向にも注意を向けていたはずだ。
こちらには優秀なスパイもいないが、佐奈ちゃんと密に接すれば、こちらの情報が王立に流れることも少しは懸念していた。アニキや洋子やJは佐奈ちゃんの進路についてまだ知らないが、そういう事で内輪もめになるようなことは避けた。これについては事なきを得た。
シュミレーションにおいてアニキの武装は完全な状態での能力を伏せていた。それでもめっぽう強い。これはもはや高校レベルとは言えない。完全なるプロの領域だった。
そしてその飛躍的成長を想定して、完全に王立はアニキを警戒しているに違いなかった。お互い手の内を見せず、試合へと臨む。お互い余計な言葉はいらないといった状況だ。掛け率はやはりクロックス優位は変わらなかった。アニキはあくまで挑戦者という形にすぎない。
ファイターとファイター同士のため長時間の戦闘になるという予想はなかった。どちらとも力で相手をねじ伏せるため、どっちが先に倒れるか。という展開になるというのが大方の試合の見方だった。
つまりは一発の致命傷で試合が決まる。そういうバトル。
「マイケル。どうなの。本当のところ」と洋子から声がかかる。
「すぐに終わると思う。それがアニキの勝利であることを願うだけ」
「本当に大丈夫なんでしょうね? ここまで来て恥はかきたくない」と洋子。「クロックスに負けるなんて死んでも嫌」
「アニキは自分の事をよく分かっていると思う。俺があえて言うことは何もないよ」
「“側”の提供も断っちゃって、それに見合う武装完成したのよね?」と洋子。
「もちろん。アニキとJが最後の最後までかけて作った武装だからね。結局“側”が入る隙間なんてなかった」
「そんな過程の話はどうでもいいの。ようは勝つか負けるかで、絶対勝てる武装でなくちゃ意味ない」と洋子。
「Jやアニキを信じてやってよ」とJと同じことを言う。
「結果が全て」と洋子はきっぱり。「結果次第で私たちもここまでかもしれないし」
アニキが言っていたようにアニキと洋子はこの試合の結果次第で関係が変わるということは本当だったようだし、それは俺もそこに含まれている。みんな本気なのだ。洋子はビジネスとしてこの試合を見ている。勝てば官軍負ければ賊軍の論理の人なのだ。手段を選ばず、まずは勝利を第一目的とする。俺より割り切って物事を考えるタイプの人。だだ、洋子の意見をすべて受け入れていると長続きはしない。まあ、世渡りが上手な人であることは間違いないが、いつまでも同じポジションに安住する気質ではなく、上昇志向が強い。そうやって切った張ったの世界でやりくりしてきたのだ。今回は格上のとの試合。ナーバスになるのも仕方はない。俺がいままでやってきたのは、そういうイチかバチかを多少緩和するようにしてきたこと、格上を格上と感じさせないように、能力を向上していくことをやってきた。絶対勝ってほしい。というのはそれはみんなが思う事。負けていいわけはない。現実的に掛け金というものもあるし。Jの武装にかなりの費用をつぎ込んでいる。それでもJは格安だと言う。洋子はそういうことであまりJが好きではない。洋子は儲かればいいわけだが、武装に資金をつぎ込むのにかなり躊躇することころがある。
今回は相当投じたわけだが。負けて仏の顔をするほど洋子は甘くない。アニキもJもそれは分かっている。心して試合に全力を注ぐ理由はそれもあったからだ。勝てないための全力ではなく勝つための全力ということで。それは腹が決まっている。
あとは破壊屋アニキが期待をも超えて、クロックスにぶつかるのみ。
試合のグレードは高く、およそ高校生を対象にしたようなレベルではない。アニキの扱いはスーパールーキーだが、それでもアニキの劣勢の予想は覆らない。また、王立が一切この試合について沈黙をしている事も、その予想を裏付けるものとして扱われていた。クロックスはどういう武装を用意するのか。様々な憶測が飛んでいた。
こちらは一撃必殺だけに重点を置いている。どんな攻撃が来ようとも、攻防は選択せず、一機に息の根を止める。
「始まるわね」と洋子。
舞台が映像で出される。設定は砂漠の上に建てられた石の舞台。なんの障害物もない。クロックスは仁王立ちで黒い仮面をかぶり沈黙している。口を開く気配はない。
一方アニキはブルーの装具をまとい。背中に大刀を携えている。クロックスも大刀を石の舞台に突き刺すようにして構えている。
お互いが従来の得意のスタイルを貫くような武装。
アニキもクロックスに話しかける様子はない。戦いが始まる前からお互い何度もぶつかってきたかのような腹の探り合い。一挙一投足が、研ぎ澄まされた経験値から次の行動パターンを読み取ってしまうかのよう。言葉を発することすら致命的なスキとなる異常な緊張感が漂っている。
アニキは背中に手をやり大刀を握っている。と次の瞬間。アニキとクロックスの姿が消える。
次に砂漠の上の舞台が大爆発を起こし、噴煙で回りが見えなくなる。その間に稲妻のような閃光がいくつか走り、閃光も爆発を誘発する。
特殊カメラがとらえた噴煙の中のやり取りが大画面で映る。一撃必殺の試合展開となるはずだが、二人の武装の強度が高く、お互いの攻撃を攻撃でかわしあっている。強度の高い武装がなければ、その武装とともに肉体を引き千切るのが容易なほどの破壊力の中で戦闘が続く。
アニキとクロックスは互角に渡り合っているが、いつその均衡が終るとも限らない。一つのミスで試合は決まってしまう。
しかし、ミスのしようもないほどに仕上がっている2人。この速度を維持したまま攻撃が続けば、スタミナ勝負ともなる。一撃必殺を繰り出し続けるのは長時間は無理がある。アニキが凄いと思ったけど、ここまでとは思わなかった。相手は王立の将校であり覇者。その格上に本気を出させ、さらに寸分も隙のない攻撃で渡り合っている。ただ物理的に武装の強度があっても、これほどの衝撃に耐え続けるのも時間の問題。普通なら一撃で武装は破壊されているだろう。
と思う間もなく大きな稲光が直線で走り、さらに大爆発を起こした。
噴煙がまき散らされる中、クロックスの大刀の先が現れたかと思うと。それを持っていたのはアニキだった。クロックスの姿はない。
そして試合確定のブザーが鳴る。
アニキに勝利ランプが灯る。
噴煙が収まらない中の出来事で、周りの観客はこの試合の真相を知ることができていない。砂漠の上の舞台は消滅し、そして大きなくぼみのような大きな穴が出来上がっている。砂漠が舞台でなければ、もっと破壊的なことになっていたであろう。
クロックスの姿はまだ分からない。
場外がざわめきはじめる。アニキの持っているクロックスの大刀はよく見ると、かなり欠けていた。またクロックスはどうやら、大きなくぼみの底にいるらしく、そこから黒い噴煙が上がっているが本人の姿がまだ見えない。
噴煙が晴れるにつれ、アニキの装具はかなりボロボロになっており、爆発の衝撃による傷が体のあちらこちらにあるのが見える。かなり消耗している様子が伺われた。
勝利のランプの理由は、武装の破壊という結果のようだった。とすれば、クロックス自体はまだ、武装が破壊されていなければ戦闘可能だという状態なのだろうか。すさまじい2人の衝突の爪痕が試合場のあちらこちらに見える。
アニキの様子から見て、もう、これ以上は戦えそうにないということが読み取ることができた。攻防でなく、攻めと攻めのぶつかり合いのため、攻防戦のようなスリルがまったくなかった。
アニキの武装はどういう状態なのか。その武装は戦闘可能な状態なのか。まだ分からない。クロックスの様子が分からないため、審判ロボットが穴の中へと潜り込んでいく。
「っち、もっと楽しみたかったのによ!」と声が響く。クロックスの声だ。あきらかに意識はしっかりしている様子だ。「…こんなやわな武装でなけりゃな」
アニキの持っているクロックスの大刀の刃がぽろぽろと崩れていく。
「どういう事だニキータ。こんな強度のいい武装なんてめったに見られない。俺だって特別仕様の武装でやったんだ」
「お前に言う必要はない」とアニキ。
「俺たちは知ってたんだ。お前が“側”から提供されるかもしれない武装の事をな。だがお前らが選択した道は、間違ってはいなかった」
「っち」とアニキが舌打ちをする。
「お前は見抜いたんだ。俺の武装の強度が、自分の武装よりも劣っていることを。だから武装の破壊に集中した。俺を倒す事より、そういう判断をしたんだ」
クロックスが噴煙の中から現れてくる。
「まあいい…」クロックスの黒い仮面は吹き飛び、覆っていた王立の将校用の重層な鎧もボロボロ。しかしアニキの武装はどこへ…と視線をそらすとくぼみの中心にきらめく光があり、そこにアニキの大刀が突き刺さっていた。
メキシコの強者に勝った時よりも、更に爆発力が数段上がり、そして王立将校の使う大刀よりも強度が高い。クロックスの様子から見れば、自力ではアニキの方が力負けしており消耗度が激しい。Jの作った武装がクロックスのと同等、それ以下だった場合、アニキは確実に敗れていただろう。これはJを称えるほかない。またアニキの戦術も武装の破壊に賭けた判断も勝れていた。
場外のざわめきはまだ消えない。武装の破壊が勝利のルールだったにせよ、観客はどちらかが完全に倒れることを望んでいたようだ。しかし、今回は武装の優劣で試合が決まってしまった。釈然としない客もいるだろう。
さらにクロックスにブーイングする客も出てきた。王立の将校。王立の武装はこの程度のものなのか。ということで。
ルールとは言え、負けは負けで、クロックスの今後の将来は危うい。しかし王立の武装がもっと優れていれば、どうだったのか。
まあ、とにかく。それはさておき、アニキを称えにいかなければならない。究極のところ、アニキでなければ、こんなことは達成しえない。つまりアニキは一人で限界の限界を超えている。
「早く、行かなきゃ」と洋子も言う。
正直、どういう戦いになるのかというのは予想ができなかった。自分で考えうるパターンはシュミレーションで組み立てたものの。今回のような一撃必殺の応酬なんてことは想定外だった。いや、例えそんなことを想定していたとしても、シュミレーションと実践では重圧がまったく違う。そういう意味ではアニキを今回補助することができたのか、はなはだ不明だ。
アニキが自分で戦闘を組み立て、導き出した結果がこういうことであり。それについては何も言えない。しかしそれで消耗しきったアニキのことが心配だ。このゲームは実際の世界や選手にも影響を及ぼす。
アニキは普通の状態ではない。ある意味焦燥しきっている。
とりあえず安静に控室に行けるように取り計らわなければならない。クロックスの御託を聞いている場合ではない。
王立も“側”もこの結果に虚を突かれたような塩梅なのかもしれない。王立も“側”もアニキが潰れることを前提にこの試合を進めていたようにも思える。
“側”は王立の将校をまた破ったという手柄を得ることもなく、また、王立は王立で小童に武装を破壊されたという不名誉と王立の将校が敗れたという二重の負のイメージを与えられることになった。
アニキはクロックスの破壊された武装を杖のようにして立っていたが、救護ロボットが現れ、車の中にアニキを入れて、退場する。クロックスは聴衆に向け何かを発言している様子だが、それはもういい。
洋子と二人で選手控室へと向かう。取材陣が早くも、このネタを報道し始めている。アニキはこういう外野を相手にする余裕はないと思った。
洋子は控室にたどり着くと、「どうなの、喋れる元気あるの?」と控室にいた医者に尋ねた。
医者は「しばらく安静にしないといけない。衝撃が強すぎたようだ」と言う。
アニキはベットの上に寝かされている。
正直このような状態になったアニキを見るのは初めてかもしれない。
一撃必殺をやり合ったわけだから、尋常ではないダメージを残しているはずだった。正直、今後このような戦闘が続くと思ったらぞっとする。やはり無理があったのだ。
「…んまあ。ギリ…」とアニキの声が聞こえる。
洋子がアニキの口に手をやり「無理しなくていい。ちゃんと休んで」
洋子はアニキを看病する体制になった。俺はそれを見て外に出ようと思ったが、外はどうやら報道陣が待ち構えているようだった。
正直、こんな戦い方は、アニキと出会ってからは初めてだった。だから、それを対外的に発信するのは躊躇する。これから先も、こんな戦い方は続けさせられない。
「先生から電話」と洋子の声。「マイケル出て」
携帯を渡され、俺が出る。
「やあ、マイケル君かい?」
「先生。なんですか。こんな時に」
「いやいやいや。とりあえず、二北君の様子はどうなんだい?」
「意識はありますが、しばらく試合には出られないし、ちょっと今はそれ以上は分かりません。相当消耗しています」
「そうか…いや、とりあえず、私も今回の試合がここまでとは想定していなかった。安静にして、今後の事は私も相談に乗りたい」
「はい。…でも、先生に相談っていったって、俺はこんな消耗をアニキに続けてほしいとは思いません」
「それは私も同感だよ。二北君には先の事はとりあえず何も考えず休養に専念させること」
「わかりました」
アニキは先生をかなり警戒している。先生の言うことに素直に従うとは思えない。だから、この事は自分の胸に止めておくことにしたい。
「なんか、プレスが凄く騒々しいみたい。なんか、やる前は噛ませ犬的に見てた人もいるのにね。なんか手のひら返したように、なんかいろいろコメントを聞きたいみたい。どうするの?」と洋子。
「いいよ。何も答えられませんでいいんじゃないかな。アニキは今はプレスでいろいろ語れるような状況ではない。むしろそれはクロックスが雄弁に語っているんじゃないかな。何を語っているのかは知らないけど」
「そうよね。私もクロックスが何を語っているのか知らないし、知りたくもないけど」
「とにかく、アニキは安静に。面倒な事にならないように、シャットダウンするかしない。どうせ、興味を引いたのは王立の武装を破壊したJの武装の事だろ。でも、Jにも黙っててほしいなとりあえず。そう連絡しよう」
「大丈夫、私がもう口止めしてるから」と洋子。
「さすがだね」
「そう簡単にビジネスの秘密を外に漏らすもんですか」と洋子。
「俺たち、これからどうしていこうかな」
「とりあえず、マイペースでいいんじゃない? 私たちは私たちで完結する。王立も“側”も先生も、その他企業にも操られることもない。それで勝ったんだから、それを貫きましょうよ」と洋子。
「そうだね。俺たちは俺たちのやり方で今後もやっていく。それがベストだよね」
「とりあえず、私は今回のファイトマネーで豪遊したい。まあ、その権利はあると思うから」と洋子。
「そうだね。俺も、ずっと悩んでばかりで、ほんと一回、武装の砦から頭を離して休むのもいいかも…」
「かも?」と洋子。
「でもアニキをまず、休ませてあげたいよ」
「それもそうね。結局ニキータがいなかったら、今回の勝利も何もない」と洋子。「それに、本当に勝てるかどうか私には分からなかった。負けてほしくはないと思ったけど」
「本気のぶつかり合いだったからね。クロックスも本当に本気だった。試合が決まってもクロックスは戦意を失ってなかったし。危なかったよ本当」
「そうよね」と洋子。「危なかったと思う。なんか泣けてきた」
「泣くのかよ」
「うん、なんか。よくわからないけど。ニキータには感謝しないと」と洋子。
アニキはもう寝ているようだった。そっとしておいてあげたい。
「俺たちも、アニキが回復するまで、次の事を考えるのはよそう。それでアニキが回復した後に何をしたいのかちゃんと聞いてから次を考えよう」
「そうよね。もし私がニキータだったら、今日の試合なんか無理。でも、ニキータは無理なんて一言も言わなかったし、ただ勝つためだけに専念してた」と洋子。
「アニキはいつも強いやつにぶつかっていくんだよ。まあ、さすがに四大覇者にはまだ先の事だけど」
「とりあえずそれは考えなくていいんじゃない? 私たちがどうこうするレベルの話でもないし」と洋子。
「そうだね」
洋子はそういうと涙も止まって、また違うことを考えている様子になった。俺たちにしてみれば今日の試合はもういっぱいいっぱいの限界の限界ではあったが、それよりはるか上の次元にいる者からすれば、それほどの事でもなかったのかもしれない。しかし、少なくとも16学区的にはかなりの話題になった。
焦点になったのはアニキの武装だった。アニキ自体の戦闘能力は、クロックスよりやはり劣っていたし、体力的にも負けていた。アニキの勝負勘というか、選択肢というか、これでしか勝てないという方法を選び、それだけに賭けた。
アニキは自分の武装の強度をよく理解していた。これが“側”から提供された武装では、そうもいかなかっただろう。数々の戦歴を経て、その経験値から、アニキはクロックスの武装を破壊できると判断したのだ。
Jがそういう戦い方になると予測していたかは、聞いてみないと分からないが、試合の直前まで相手の武装がどういうものなのかというのも予想できなかったため、Jが完全に予測できていたという可能性はそれほど高くない。だが、それにしてもJの武装はあっぱれ。と言うほかない。Jが他のチームに抜き取られないように細心の注意を払おう。頭脳流出は明らかに致命的だし、アニキもそれを望んではいないはず。今“遊泳衆”は空前の評価を手にしていると言っても過言ではない。しかし、誰かが欠ければ、それはもう同じチームとは言えない。
でも、メキシコ戦もそうだったけど、今後、こういう危うい試合を立て続けにやればアニキはゲームで再起不能になってしまうかもしれない。そんな事になってしまったら本末転倒だ。二度と同じチームで試合をすることはできない。
強くなれば強くなるほどそのリスクは上がっていく。
それにアニキはもう追われる立場になっている。アニキとお手合わせしたいと思う猛者もかなりの数になるだろう。
でも、アニキが回復したら、もう辞めたいとは言わない気がする。クロックスが世界最強ではないし、クロックスよりも強いやつはいる。そういう世界だ。
俺たちはアニキが再起不能にならないようにサポートしながら、次を考える必要がある。でも、再起不能のリスクは極力減らさなければならないが、それも容易い話ではないだろう。
とりあえず、試合後、“側”の恩を買ってなくてよかった。と思った。また、それでもなお負けていたらと思うとぞっとする。試合後に、対立している王立と“側”に大きな変化はなかった。王立の武装の脆さは話題になったが、それ以上にJの作った武装に賛美が寄せられた。また、間接的にも王立と“側”が衝突するという要素もなかっため、ある意味今回の試合は拍子抜けのような感じにもなった。
そして再び日常に戻る。アニキは一週間ほど自宅で療養ということになった。
佐奈ちゃんとの日常も徐々にだが、雪解けしそうな雰囲気はあったが、俺は重要な返事にまだ答えられていない。結局のところ、“側”との話を蹴ったことにより、佐奈ちゃんとの絶望的な関係になるかといった心配も減った。これからだって“側”がそういうことをしてこないとも限らない。しかし今は2つの機関からもフリー。そういう気楽さがいい。
佐奈ちゃんはアニキの決断、そして試合の様子を見て、必ずしも敵対心が燃え上がったのかは読み取れないが、クロックスが負けたことについては、何も関心がないようだった。佐奈ちゃんはアニキをライバル視しているのかもしれない。それは、佐奈ちゃんが直接言わなくても感じられることだ。そんなタイマンをあまり見たくはないけれど。佐奈ちゃんはそういう性格の持ち主なのである。
俺は俺で、休みも取れたし、ファイトマネーの一部も手にして、少し浮足立っていたが、自分が危惧していた半面結果はすごく良いものになっていた。アニキといると学ぶことも得るものも多い。俺はそれにかなり救われている。感謝しなくてはいけない。もう本当におんぶにだっこという感じだ。
あまりに非日常的な気分になっていたため、オセロ部にまた再び顔を出し、そこに洋子がいてアニキがいてという状況が何か特別なもののように感じられてしかたない。
1週間してアニキは学校に復帰した。そしてオセロ部にも、当然顔を出した。
アニキも自分でいろいろ分かっているから武装の砦の話は出てこない。授業のことや、オセロの事でぶつぶつ言うことはあるが、こうやって普通の姿になって出てこれるのもアニキの強靭な精神と肉体の賜物だと思う。
だから、これは全然当たり前ではないのだ。何か一つ間違えたり、欠けたりしていれば、この日常の風景も奪われていたわけである。
俺はそういう状況を噛みしめながらふいに窓の外を眺めた。