置くな
タバコを買ってコンビニを出た。今日は日曜日で、恋人の真美と映画を観る約束をしている。
オレは待ち合わせ場所の映画館に向かって、朝の街を歩いていた。すると、横から男の声がした。
「ちょっと、お兄さん」
見ると、路地にダンボールの箱を持った男が立っていた。帽子を被り、サングラスをかけてマスクを付けている。絵に描いたような不審者だった。
「な、なんすか?」と、オレはとまどいながら答えた。
「ちょっと、こっちに来てくれませんか」
男の口調が至極丁寧だったので、オレは怪しいと思いつつも路地に入っていった。
男が言う。
「悪いんですけど、これを少しの間だけ持っててくれませんか」
男はオレの返事を待たずに、持っていた箱を強引に渡してきた。縦、横、深さが30センチくらいの箱で、そこそこの大きさだが、ずいぶん軽かった。
「いや、これ、なんの箱ですか?」
「爆弾」
「は?」オレは耳を疑った。「爆弾って、あの、爆発する……」
「そうそう、爆弾です。だから絶対に地面に置かないでくださいね。爆発しますから。僕が戻ってくるまで持っててくれるだけでいいんです。心配せずとも、すぐに戻ってきます。後でお礼にお金も渡しますから。いいですね、絶対に地面に置かないでくださいよ。あーあと、それから、僕から受け取ったことも絶対に誰にも言わないでください。規則違反なので、本当はこんなこと頼んじゃいけないんです。それでは、頼みましたよ」
男は矢継ぎ早にそう言うと、走ってどこかに行ってしまった。
オレは呆然と路地に立ち尽くした。いったい自分は何に巻き込まれてしまったのだろうか。男の言っていることが本当であれば、確実に犯罪がらみだ。あいつはテロリストか何かだろうか。
オレは視線を箱に落とした。ガムテープでしっかりと封がされていて、剥がさない限り中身を確認できない。本当に爆弾が入っているのだろうか。確かめるため、そっと耳を箱に近づけてみる。何の音もしない。爆弾が入っていれば、カチカチと時計の音が聞こえてきそうなものだが。いや、それは時限爆弾に限った話か。音だけでは判別のしようがない。
それにしても、異様に軽い。中に何も入っていなくても不思議じゃないくらいだ。箱を軽く振ってみると、中の物が動いているのが分かった。どうやらこれが爆弾らしいが、こんなに軽い爆弾なんてあるだろうか。
とにかく、あの男には早く戻ってきてもらわなくては困る。オレは腕時計を見た。9時35分。約束の時間は10時だから、早くしないと遅刻してしまう。だいたいなんで見ず知らずのオレなんかにこんな大事な仕事を任せたのだろうか。こっちだって予定がある。もし箱を放り出してどこかに行ったらどうするつもりだろう。
いや、待てよ。やっぱりおかしい。あいつがテロリストだったとして、どうしてオレなんかに箱を渡して、しかもその中身が爆弾だってバラすんだ? 警察に通報されたらどうするつもりだろう。普通に考えればあり得ない。
もしかしたら、ユーチューバーのドッキリにでも巻き込まれているのかもしれない。どこぞの馬鹿が再生回数欲しさに、オレを利用しているのかも。今も誰かがこっそりオレの姿を撮影しているのだろうか。
オレは辺りを見渡した。カメラマンらしき人間は見当たらない。だが、小型の隠しカメラが仕掛けられている可能性もある。
今頃、仕掛け人はオレの様子をモニタリングしてニヤニヤしているのかもしれない。そして、オレが地面に箱を置いた瞬間にぞろぞろと出てきて、ドッキリでしたーとかなんとか言うのかもしれない。もしそうだったら全員ぶん殴ってやろう。
オレはそうなった時のことを想像し、頭の中でユーチューバー達をぼこぼこにした後、ふと腕時計を見た。9時46分。35分に箱を貰ったから、もう10分以上経っている。
何がすぐに戻ってくるだ。これじゃあ約束の時間に間に合わないかもしれない。映画館まで、おそらく走れば5分ほどで着くから、タイムリミットは9時55分だ。箱を持っていられるのはあと9分。それが過ぎれば箱は置いていこう。約束を破ることになるが、先に破ったのはあの男だ。すぐに戻ってくると言っておいて、全然戻って来ないのだから、オレが箱を放置しても怒られる筋合いはない。
「はぁー」
オレは大きな溜息を吐いた。箱は軽いが、ずっと持っていると疲れる。箱を左手だけで抱え、右手をぶらぶらと振った。それを左手と交互にやって筋肉をほぐしていると、路地の奥の方から声をかけられた。
「よっ、お疲れさん」
声がした方に目をやると、そこには見知らぬ男が立っていた。さっきの男とは違い、サングラスやマスクで顔を隠していない。どこにでもいそうな中年男性といった感じだ。
あの男の仲間だろうか。それにしてはオレがあの男と入れ替わっていることに気づいていないようだ。オレの役目は顔を覚える価値も無い下っ端がやる仕事なのだろうか。
この男もダンボールの箱を持っていた。大きさは同じくらいだ。もしかしたらこいつの役目は箱を回収することで、箱を渡してしまえば仕事は終わるのかしれない。
オレは内心喜んでいたが、その期待は裏切られた。
「じゃ、これも頼んだよ」
そう言って男はオレの箱の上に、持っていた箱を乗せた。
「え、ちょっ」
オレはまた箱を無理やり持たされるはめになった。とまどっているオレをよそに、男は路地からそそくさと去り、表通りに消えていった。
またしても面倒事を押しつけられ、オレは怒りで頭がおかしくなりそうだった。あの不審者野郎はどこで油を売っているのか。あとで金をくれると言っていたが、千円二千円のつもりだったら、ぶん殴ってやろう。
そういえば、もう何分経過しただろう。箱が二つになったせいで、時計を見るのも面倒になった。箱を右手でしっかりと自分の体に押さえつけ、慎重に左手を離す。時計を見ると、もう9時52分になっていた。55分までもう少しだ。それまで我慢しよう。
オレは壁に背中をもたれ、ただ時が過ぎるのを待った。もう少しでこの苦行から解放される。
時計を見た。9時54分。あと1分だ。50秒……40秒……30秒……20秒……10秒、9、8、7、6、5、4、3、2、1、0。
「よっ、お疲れ」
また誰かが路地の奥から声をかけてきた。不審者野郎の声とは明らかに違う。何がお疲れだ。もう箱をほっぽり出そうと思っていたのに。
苛立ちながら声の主を見ると、そこにはまたオレと同じ箱を持った男が立っていた。しかも、二人目の男と違い、この男は箱を六個も積み重ねて持っている。顔がほとんど箱で隠れているが、前を見るために箱の横から出している目元だけが確認できた。
オレはまた箱を持たされると思い、慌てて言った。
「いやいやいやいやいや、そんなに箱持てませんよ」
「馬鹿、なんでお前がこれを持つんだよ。俺は回収係だ。さっさとお前の箱を上に乗せてくれ」
「乗せてくれって、どうやって」
「どうやってって、投げてに決まってるだろ。何度も練習したはずだ」
「そんなこと言ったって……」
箱でできたタワーは30センチ×6で180センチもの高さがある。それが男の腰辺りからそびえているから、地面から箱の最上部まで3メートル近くありそうだった。手を伸ばしても全然上まで届きそうにない。男の言う通り、投げて置くしかないだろう。
オレはヤケクソになって、箱を下から押し上げるように投げた。だが、箱はてっぺんまで届かず、一番上の箱にぶつかった。幸い、箱のタワーが崩れてくることはなかったが、当然、オレが投げた二つの箱が上から降ってきた。
オレは咄嗟に右手で一つをキャッチし、続けて左隣を落下していく二つ目を取るため、即座にしゃがみ込んで落下点に左手を差し込んだ。すんでのところで間に合い、手の平にストッと箱が乗っかる。箱は無事に受け止められた。
ほっと安心したのも束の間、男の檄が飛んできた。
「何やってんだお前! 死にてぇのか!」
「す、すいません」と思わず謝る。どうしてオレが謝らないといけないのか。
男が言う。
「もういい。お前危ねえから、俺がこの箱全部拠点に置いてきた後に、戻ってきてそれも回収するよ。ったく、世話かけさせやがって……」
男はぶつくさと文句を言いながら、路地の奥へと消えていった。
時計を見ると、もう10時2分だった。約束の時間を過ぎている。こんなことに構ってられない。一人目の男には悪いが、待っていられるのはここまでだ。
オレは箱をその場に放置することにした。三人目の男を見るに、爆発物をあんなに危ない運び方をするわけがないから、やはりこれはユーチューバーのイタズラか何かなのだろう。
しかし、万が一本当に爆発したらと思うと怖かったので、箱は表通りに出てから、路地の奥へと投げ込むことにした。これで爆発しても、即座に隣の建物に身を隠せば、怪我をすることはないだろう。
というわけで、オレは路地から出て、片側の建物に身を隠しつつ、二つの箱を路地の奥へと放り投げた。即座に顔と腕を引っ込める。
その後、路地から箱が地面にぶつかる音が響いた。それっきり何の音も聞こえてこない。そっと路地を覗くと、角が少し凹んだ二つの箱が転がっているだけだった。やはり爆弾が入っているというのは嘘だったようだ。まったく、馬鹿馬鹿しい。
オレはくだらないイタズラに付き合わされたと腹を立てつつ、急いで映画館に向かって走った。路地で待っていればイタズラの仕掛け人が姿を現したかもしれないが、そんなことはもはやどうでもよかった。
***
夕方、オレは彼女とのデートが終わり、自宅マンションに帰ってきた。あの後、10分ほど遅れて映画館に到着し、彼女はカンカンに怒っていた。心配した彼女の連絡に返信しなかったから尚更だ。わけを話したが一向に信じてくれず、むしろ火に油を注ぐ形となった。オレは必死で謝ったが、終始険悪なムードは消えず、結局、彼女の機嫌を損ねたまま帰ってきてしまった。
あの不審者野郎のせいでせっかくの休日が台無しだ。オレはリビングのソファに座り、苛立ちながらテレビをつけた。こういうときは馬鹿馬鹿しいバラエティ番組でも見るに限る。
テレビに映ったのはニュース番組だった。すぐにチャンネルを変えようとする。だが、そうする前にリモコンを持つ手が止まった。アナウンサーが敷馬町の事件を伝えている。敷馬町は、オレが箱を持たされた町の名前だ。
「今日、敷馬町で、男性の体が突如として爆発するという事件が発生しました」
映像がテレビ局から事故現場の路上へと切り替わった。箱を受け取った地点から1キロほど離れた場所だ。事件を目撃した女性がインタビューに答えている。
「前の方からサングラスをかけてマスクをした男が走ってきたんです。なんだか怪しい人だなって思ってたら、突然その人の首辺りが爆発して、頭が吹き飛んだんです」
リポーターが尋ねる。
「それは、何時くらいのことでしたか?」
「えっと、たしか10時くらいでした」




