赤いヒール
2人はキョウコの自室にて、椅子に並んで腰掛けてお風呂上がりのアイスクリームを頬張っていた。
「キョウコさんって、もっとクールな人だと思っていました」
「幻滅した?」
ユイは顔を大きく横に振った。
「いや、むしろ、好きになりました」
「うれしいこと言ってくれるわね」
おもむろにキョウコは立ち上がったか思うとクローゼットからあるものを取り出してユイに見せつけた。
「この靴……!」
「そう、あの時、貴方が履いていた靴よ、こっそり拝借してきたの」
「気持ちはうれしいです……だけど――――」
キョウコはユイの顔色から察した。
「略奪みたいで嫌?」
「あ、いや、そんなわけじゃ……」
「そうだと思って、実はお金は置いてきたの」
「え、誰もいないのに……」
「値段は分からないから、相応の額を置いてきたわ」
「そうなんですね……。でもなんだか安心しました」
「だから、遠慮なくもらっていいのよ」
「はい、お気持ちはすごくうれしいのですが……」
「まだ、何かあるの……?」
一向に受け取ろうとしないユイの様子にキョウコは受け取れない事情を勘繰ったが、ユイからは当然ともいえる回答が返ってきた。
「いや、その……サイズがやっぱりちょっと合っていなくって」
「あー、なるほどね! まだ何かあるんじゃないかなって心配しちゃったわ」
「すいません……」
「別に謝らなくていいのよ、だったらこれはユイがもう少し大きくなったら改めて贈ることにするわ」
「はい、お願いします!」
こうして、ユイにとっての第二の人生がスタートした。
キョウコは当初、学校に通わせることも視野に入れていたが本人の希望によりメイドとして働かせることにした。
覚えは良く、一月もすれば粗方の仕事は覚えてしまっていた。
そして、10月に入りしばらくした時のこと。
夕食を終えて自室で寛いでいるキョウコにユイはプレゼントを贈った。
それは赤いヒールの靴であった。
「キョウコ姉さんにプレゼントです!」
いつからか、ユイはキョウコのことをさん付けではなく姉と呼称するようになっていた。
「すごく素敵よ! 良いセンスしているわね」
「えへへ……」
「しかも、貴方に贈った靴にそっくりね。これはつまり、お揃いで歩きたいってことかしら?」
「そうしたいのは山々なのですが、私ではまだあの靴は履きこなせないので……」
「だったら、それまで待っているわ。貴方の成長が楽しみね」
「えへへ……わたしも早く、本当の妹さんのようにならないと」
キョウコの手から貰った赤いヒールが滑り落ちた。
ユイの言った一言によってある事実に気付いてしまったからだ。
それは自身がどれほど罪深い行いをしてしまっていたのか。
ユイとはキョウコの妹のユイではない。
それは絶対であり、変えられない過去の話だ。
だが、たった今、目の前でユイは言ったのだ。
――――妹さんのようにならないと――――
ユイにはユイの人生があるはずだ。
今を生きる人間が死んだ者の生き方を真似るなどとそんな残酷なことがあってはならない。
あってはならないのだ。
「キョウコ姉さん……?」
「ごめんね、ユイ。ちょっと、大事な用事を思い出してしまってね……」
そう言って、キョウコは落としてしまった赤いヒールを洋服箪笥の上に置くとそのまま部屋から出て行ってしまった。
只ならぬ様子にユイは少し不安な気持ちになった。
〇
その日からというもの、キョウコはユイの在り方について苦悩していた。
ユイは素直で捻くれたところなどなくとても良い子だ。
ずっと一緒に暮らしていたいとさえ思っている。
その気持ちに偽りはない。
だが、彼女の人生を考えると、このまま一緒にいてはいけないと感じた。
きっと、私のために妹の姿を真似てしまうだろうから。
死人の人生を生者が真似しても良いのだろうか。
10月の末日、彼女はとある決意をした。
それは身が裂かれるような思いだった。