逃亡
その道をキョウコの強い光は道の奥を照らし、ユイの淡い光は足元を照らしていた。
突如、階段の上の方から複数の銃声が響き渡る。
2人に緊張が走る。
「今のは――――」とユイが声を漏らした。
そして、何かを察したかのように、「……ジンさん」とだけ言って、地下の一本道を歩き始めた。
ただ、彼女の声はいささか震えていた。
その不安をキョウコは感じ取っていた。
彼女はそれを拭い去るかのような力強い口調で言った。
「彼はきっと、大丈夫よ。あと、これは余談だけど、私の勘はよく当たるのよ」
「そうですよね、ジンさんは大丈夫ですよね……!」
ユイは思わず、後ろを振り向いていた。
ユイの瞳に映ったのは、優しげな面持ちのキョウコの姿。
キョウコは彼女の肩に両手を置くと、その表情を崩さずに口を開く。
「心配なのはよく分かるわ。でも、この場を乗り切らないと会えるものも会えなくなってしまうわ。生きていれば、いずれまた会えるわ、きっとね」
気づくとユイはキョウコに抱きついてしまっていた。
その事実に気づくと慌てて離れた。
「すいません、こんなことしてる場合じゃないのに……」
「いいのよ、本来ならまだ甘えても良い歳なのだから」
「キョウコさんって、良い人ですね……」
「それは今更って感じね?」
キョウコは冗談めかして言った。
続けて、「さあ、どこに繋がっているか知らないけど、こんな暗くてジメジメしたところから抜け出すわよ!」
「あ、どこに繋がっているかは分かっています」と予想外の返答が。
「え、そうなの? この通路、ちなみにどこに繋がっているの?」
「それはですね――――」
○
――――それから2人はそのまま地下通路を歩いていき突き当たりにあった階段を上がるとそこには鉄製と思しき扉が。
キョウコはその扉を重々しい音を上げながら開けると、扉の隙間から、柔らかな光が漏れてきた。
その光は、地下から地上に戻ってきたのだという紛れもない証明。
2人の間に安堵の空気が流れる。
地下にいた時間は10分にも満たない短いものであったが、それでも、閉塞的な空間から解放される気持ちは何物にも代えがたい。
キョウコは扉を開けると、その先に繋がる部屋へと入り、危険がないことを確認すると続けてユイを部屋の中に招いた。
その部屋は事務用の机や椅子が乱雑に置かれているだけであり、人がいるような雰囲気はなかった。
キョウコはその向かいにある扉のドアノブに手をかけて開けると、見慣れた光景が広がっていた。
砕け散ったショーウインドウ、古ぼけた衣服が散在する光景。
そこは、キョウコとユイがついさっき出会ったあの洋服店だった。
「まさか、本当に繋がっていたのね……」
「はい、何かあった時のための非常通路でしたから……。ジンさんもそれも考慮してあの家を住処にしたんだと思います」
「そこまで考えられるような人なら、きっと、なおのこと大丈夫なはずよ。何度も言ってクドいかもしれないけれど……」
「クドいなんてとんでもないです。でも、キョウコさんの言うとおりジンさんは無事に逃げ切っているはずです。逃げ足が早いなんて言っていたこともありましたしね」
「だったら、私たちも逃げ切らないとね……?」
キョウコはそう言って表に向かって歩き始め、くっつくようにしてユイが後に付いていこうとしたが、それをキョウコが「ちょっと待って」と制止した後に続けて言った。
「私が先に安全かどうか見てくるわ」
「気をつけてくださいね……」と不安げな表情をするユイ。
そんな彼女の心配を無くすように「すぐに戻るから」と一言だけ返事をしてキョウコは表の方へと向かった。
その後、1分も経たずにキョウコは戻ってきた。
「大丈夫、誰もいないわ」
「良かった……」と安堵の声を漏らすユイ。
そして、2人揃って、洋服店に立ち入って、パリパリとガラス片を踏み鳴らす2人分の足音。
その音を聞いて、おもむろに動き出すもう一つの足音は洋服店の外からだった。
そんなことつゆ知らず、2人は表へと出ると、ユイがその足音に気付いた。
「キョウコさん、追っ手が……」と恐れを抱きながら彼女の服をギュッと握りしめる。
一方のキョウコは冷静そのもの。
「たぶん、これは……」と言ったまま、音のする方を見据える。
店の角を眺めていると、やがて、その足音の主が店の角から姿を現したかと思うと突如腰を抜かしながら言い放った。
「出たー!! お許しをー!! キョウコお嬢様ぁー!!」
辺り一帯に女執事の絶叫が響き渡った。