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目的

 男の真の目的。

それは、少なくともお金ではないということ。


「貴方、本当は――――」


キョウコは男をまっすぐに見据えた。


「お金なんていらないんじゃないの?」

「何をバカなことを……」

「その言葉をそのまま返すわ。そうじゃないと、バカなのは貴方よ。正体も分からない人間に後払いを持ちかけ、挙句の果てには『用意が出来たら』なんて、人が良いにも程がある」


「……」


 男は沈黙した。


「貴方、わざと悪人を装っているわよね……? というより、貴方は実際この子を大切に保護してきた。自らの私腹を肥やすために働かせるなんて以ての外」

「……そんなことはない」


「じゃあ、この子の顔は何? 足蹴にされた者がこんな顔をするとは思えない。ひどい扱いを受けていたのなら、離れることが出来てもっと安堵したかのような表情をするはずよ」


 俯いていた少女がいつの間にか、顔を上げ、今にも零れ落ちそうな潤んだ瞳で男をまっすぐに見つめていた。

泣かないように必死に堪えているのは傍から見ても分かるほどだった。


「はぁ…………」と深い溜め息をつく男。

「だから、そういう顔だけはするなってさっき言っただろう?」


 中腰になり、少女に目線を合わせ、頭をポンポンと優しく叩く男。


「降参だ。アンタの言う通り、金に興味は無い。俺はコイツが幸せに暮らしていってくれればそれで良いんだ」

「どうして、こんな芝居を打ったのか理由を話してもらえるかしら」

「ああ、話すさ。いくらでもね。会話を通して分かった、アンタは信用に値する人間だとな」

「その前に、名前を教えてもらえる? 私はキョウコ、水鏡キョウコ」

「水鏡さんね。オーケーオーケー。だったらこっちも名前を言わないとな……。まあ、名乗るつもりはなかったんだが……」


 男は自らを『ジン』と名乗った、その後、少女の名前を言った。

その名前を聞いて、キョウコは運命のようなものを感じた。


その少女の名前は『ユイ』であったからだ。



それから、ジンによって理由が話された。


 ユイがキョウコと出会ったあの後、家へと向かい、ジンに『私を引き取ってくれる人がいる』という話をした。

それを聞いた彼はこのように思った。

こんなところにいるよりも、安定した生活を送ることが出来るかもしれないと。


 だが、相手が善人とは限らない。

 実際、ユイは過去に人攫いから攫われそうになったことがあった。

ジンは悲鳴を上げる彼女の元へと駆けつけて、命からがらなんとか救い出したわけだが、今回もその類かもしれない。

だからこそ、直接、話をして相手の人柄を確かめる必要がある。


 そう思い、ユイに連れて来るように頼んだ。

もちろん、一人で来るように。


 再び、キョウコの元へと戻ろうとするユイに対してジンはある約束をした。

もしも、その相手が良い人間であり、ユイを引き取ってくれるという話が上手く進んだその時は、絶対に泣くような真似はしないこと。


 ユイが泣き出そうものなら、引き取る者からすれば無理矢理に引き離しているようで罪悪感を覚えずにはいられないだろう。

そうなってしまうと、話はなかったことになり、ユイはいつまで経ってもこの最底辺の生活から脱却することが出来なくなってしまう。


 それに、聞いた限りでは、その者は良い人間である可能性が高い。

自分たちのことを灰被りという蔑称で呼ばなかったという話がそれを物語っている。


 だからこそ、ジンは自分の目で見極めたかった。

そして、ジンは彼女と対面し、会話を通じて確信した。

 彼女は良い人間であると。

だったらあとはユイのことを彼女に託すだけ……そう思った矢先、ユイは今にも泣き出しそうな顔を見せてしまった。


「そういうことね……心配性なのね。貴方」

「まあ、ろくでもない人間が彷徨くのがこの街だ……」


 そう言って、廃墟となった建物が立ち並ぶ様子を窓から眺めるジン。


「ちなみに聞くが、まだ引き取るつもりはあるか?」

「あるわ、もちろん」

「そうか、だったら安心だ」


ジンから笑みがこぼれた。


「もう一つ、いいかしら?」

「ああ」

「貴方は今後、どうするつもり?」

「そうだな、いずれはこんなところとはおさらばして新天地でも見つけるよ」

「そう、良いところが見つかればいいわね」

「それじゃ、ユイのことは頼んだ」

「ええ、今までありがとう、貴方もお元気で」


 こうして2人の話が終わる。

そして、ユイを連れて部屋を出ていこうとするキョウコ。

だがそれに反し、ユイは歩くのを止めた。

その後、何かを訴えかけるかのような目つきをキョウコに向けながら、ユイが口を開く。


「ジンさんは――――」


「それは言うな」とジンが険しい顔つきでユイが今言わんとしていることを制止した。

だが、ユイは話を続けた。


「N粒子に汚染されたままなんです……!」


 キョウコに衝撃が走る。

この街の人間は既にナノマシンによる治療を終えている――――という自身の知っている情報と食い違っている。

実際、ユイの話したことは何かの間違いなのではとキョウコは思った。


「いや、そんなはずはないわ……ナノマシンが全員に投与され、治療は完了したと政府が公表していたはずよ」

「その通り、治療は完了している」とジンは食い気味に答えた。


ユイはジンを見上げる。


「だから、問題ないんだ。コイツの言っていることはただの妄言だ」


 ジンはユイに厳しい視線を向けたままにそう言った。

その様子にキョウコは違和感を覚えた。


「……本当のことを言って」

「本当のことだ、俺は――――」

「ナノマシンの治療を受けたものは首筋に丸い模様が浮かぶ」

「そうなのか……?」とキョウコの発言を真に受けるジン。


 この反応を見てキョウコは確信した。

ジンは治療は受けていないと。

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