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接触

「灰被りという蔑称を使うのは止めなさい」


キョウコは立ち上がりながら後ろの執事に毅然として言い放った。


「失礼いたしました……ですが、万が一ということも……」

「この街の除染は済んでいるはず。それにあの粒子が降り掛かった者についての治療は済んでいると聞いたわ。それよりも――――」

「私はこの娘を連れて帰ろうと思っているわ」

「なんと……それは……いけません。水鏡の名に――――」

「水鏡の名が、何……?」


 執事はそれ以上言うことをやめた。

いや、言えなかった。

キョウコが醸し出すあまりの剣幕に言葉が消え失せてしまったのだ。


「……とにかく、私はこの娘を連れて帰るつもりでいるわ。けれど、この娘が私の提案を拒否したのであればそれに従います。私は人攫いに来たのではありませんから」


 キョウコの目が少女に向けられた。

少女は俯いたまま、微動だにしていなかった。


「……」


 沈黙が辺りに広がる。

キョウコは屈んでいる少女と同じ目線になると優しげな声色で尋ねた。


「貴方はどうしたいの?」

「私は――――」


 少女の脳裏に過る記憶、様々な思いが逡巡する。

そして、小さな声で答えた。

その声は、透き通るような声であった。


「少し、時間をもらってもいいですか……?」

「ええ、いいわ。私はここで待っているから」


 少女はぺこりとお辞儀をすると、砕けたガラス片をパリパリと鳴らして洋服店から出ていった。



 程なくして、少女は戻ってきた。

洋服店の前に佇み、店の裏手から伸びる路地を指差しながら言った。


「その……私が今、お世話になっている方が貴方と話がしたいそうなのですが、奥に来てもらってもいいでしょうか……?」

「分かったわ」

「ただ……」と眉を顰め申し訳なさげに話を続ける少女。

「一人で来てほしいとのことです……。つまり、お付きの方には……」

「いいわ。話は聞いていた? ということでここで待っていてくれるかしら」


 キョウコは女執事を一瞥してそう言った。


「さすがに危険すぎます……!」と女執事は止めようとするが、キョウコは意にも介さずに少女の後を追って一人で歩いて行ってしまう。


 少しばかり歩くと少女は質素な造りの小さな建物に入っていく。

そして、キョウコもその中へと入っていった。


 インテリアの類はテーブルとそれに付随する椅子2脚と空の本棚のみであり、室内はがらんとしていた。

だが、テーブルに残った皿とコップから、かろうじて誰かがここで生活をしているのだと推測出来た。


「……来たな」


 声のする方を見ると、部屋の窓から外を仰ぎ見る人影。

ほつれきった衣服を身にまとう瘦せ型の男の後ろ姿が見えた。


 男はゆっくりとキョウコの方を振り向いた。


「こんな街で、得体のしれない男の家へと、女が一人でノコノコとやってくるとは不用心にも程があるよなぁ」


男は呆れつつもキョウコの体つきを舐め回すように言った。


「一人じゃないわ。この子もいるもの」


 キョウコは少女に視線をやった。

この間、二人を代わるがわる眺めていた少女であったが、キョウコと目が合ってしまい俯いてしまった。


男は半笑いを浮かべながら言い放つ。


「ハッ……、そいつが平和ボケした人間を釣るためのただのエサという可能性を考慮しなかったのか?」

「それは無い」


キョウコは断言した。


「これは私の勘だけど、この子は誰かを貶めるような行為をしない」

「なるほどな、女の勘ってやつか」


二人の間を沈黙が包み込む。


この沈黙を崩したのは、キョウコの方だった。


「それで、要件は何?」

「ん? あぁ、そうだったな、お前がコイツを連れて帰るとかいう話……。答えはノーだ」

「そう……」

キョウコは黙り込んだ。

男は低い声で唸るようにして言った。


「……大事な商売道具なんでな。そう簡単に引き渡すわけにはいかないんだ」


 その後に「だが……」と一言置いて、男は続ける。

「誠意を見せてくれるのであれば、引き渡してやってもいい」


男が言わんとする事を察して表情を崩さずにキョウコは答えた。


「分かったわ、いくら欲しいのかしら?」

「話が早くて助かる、いくらなら出せる……?」

「当分、生活するのに困らない分は用意出来ると思うわ」

「なるほどな、だったらガキは今日中に連れて行け、うるさいのがいなくなってせいせいする。金は……そうだな、用意出来たら持ってこい」


 男が発言し終えると、少女は、再び、俯いてしまった。

キョウコはそんな少女の様子もさることながら、男の発言を訝しんだ。


 お金と引き替えにこの子を譲り受けるという理屈は理解できる。

実際に男はこの少女のことを商売道具と言っていた。

お金を稼ぐ手段がなくなるのであるから、その代替として金銭を要求するのは当然の理屈だ。


 だが、男の言った『用意出来たら持ってこい』という発言が引っかかる。

男はキョウコのことを知らず、名前すら知らない。


 ただ、見た目からして良いとこのお嬢さんということぐらいしか分からないのだ。

それはつまり、キョウコが少女を引き取るだけ引き取って、後は逃げてしてしまえば彼女の身元を知らない男にはもう成すすべがない。


 普通、そうならないために身元を確認するか、もしくは同時に引き渡すといった手法を取るべきなのだ。

それにも関わらず、そう言った男の真意とは何なのか。

……キョウコには粗方、予想がついていた。

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