それはまるで奇跡のような
「色々、大変だったんだよー。ここまで戻ってくるの。ここって特地だし、やっと帰って来れた。もうあんなことしないよね? とりあえず、謝って?」
数年振りに再会したユイは外面こそあの頃の面影を強く残している。
だが、その内面は逞しく成長していた。
その変わりように、キョウコも頭が上がらない様子だった。
「えぇ、ごめんなさい……」と頭を深く下げた。
その姿を見て、優し気に目を細めながら、ユイは「うん……もちろん、許すよ」と返した。
「まあ、とりあえず、ざっと3年ぶりに三つ編みにしてよ。昔よりも髪のツヤなくなってるかもしれないけどさー、それとも先にお風呂かなー。キョウコ姉さんとまたお風呂で大暴れしたい、でも、やっぱり一番はアレかな」
ユイはにやにやしながら、キョウコの後ろに置かれているショーケースに入った赤い2足のハイヒールを指さした。
「ちょっとは成長したから、履けるようになったと思うんだよねー……まあ、キョウコお姉さんには敵わないんだけど」
後ろを向いたキョウコを下から上に眺めるユイはスタイルの良さを改めて痛感させられた。
そんなことだとつゆ知らず、キョウコは赤いヒールの話題を続ける。
「約束だったものね……。私はまさか一緒に歩ける日が来るだなんて思っていなかったから――――」
次の瞬間、ユイが彼女の隣に躍り出る。
「んじゃ、とりあえず、履いちゃお! 善は急げってね!」
「ちょっと、タイミングというモノがあるんじゃないの!?」と嗜めようとするが、口をニッと開いて言った。
「そんな暢気なことを言っていると、今度は私が一人でにどっかに行っちゃうかもねー、ニヒヒヒ」
昔のユイとは似ても似つかない小悪魔じみた表情を見て、複雑な表情のキョウコ。
その変わり様は天使が小悪魔に転じたと言っても良いだろう。
だが、決して嫌な気持ちではなかった。
むしろ、そうであるからこそ良かったのだ。
「なんというか……その……こんなにお茶目な子になるとは思わなかったわ」
「幻滅した?」
「いいえ、最高よ」
「そうそう、そう来なくっちゃね。あーそうそう。因みに、ジンも来てるよ」
「あの人、生きていたの!?」
キョウコは素で驚いた。
心のどこかでは亡くなってしまっているものだと思っていたのだ。
「うわー、ひどーい。その言い草、まるで死んじゃったみたいじゃん。まあ、わたしも薄々はそう思っていたけど、生きていたっぽい」
ユイはあっけらかんと話を続ける。
「一年ほど前かな、色々あって再会することになってね。そもそも、今回のこの『キョウコお姉さまドッキリ大作戦~逆襲のユイちゃん~』はベロニカさんとコンタクト出来た時から始まって――――」
二人の話を部屋の外で聞いていたベロニカはエントランスへと向かった。
そこには一人の男が柱に身体を持たれかけている。
エントランスへ繋がる階段を降りると、ベロニカの存在に気付いたようで男は顔を上げた。
ベロニカは軽く会釈をして男に話しかける。
「ジンさん、部屋の外から聞いていましたが、上手く行ったようです」
「そうかい、それならよかった。俺特製の拳銃が功を奏したんだろう……。やはり、サプライズだよな……」
ジンは自ら考案したサプライズがうまく行ったのだろうと推測してしみじみと語る。
だが、彼女はありのままの事実を告げた。
「いえ、拳銃は使用されてはいないようです」
「は? 1週間かけて作ったのに……発砲音と共に銃口から万国旗が飛び出す予定だったのに……!?」
「発想が古いのでは?」と一蹴する。
「まあ、いいか……」
思わぬところでダメージを受けているジンにベロニカは続ける。
「貴方は会わなくてもいいんですか?」
「そうだな……。久しぶりに会えたんだ。姉妹水入らずの時間を野郎が邪魔しちゃ世話ねぇよなって思わねぇか?」
「なるほどー……確かに」
「ユイが俺を呼んだら言っといてくれ、ちょっと車を走らせてくるってな」
そう言って、ジンは車を走らせた。
ジンは車内で考える。
「しかしまぁ……奇跡ってあるんだな」
ユイとキョウコを逃がしたあの後、ジンは命からがらその場から逃げ延びることに成功する。
だが、昨年、遂に組織の人間に追い詰められてしまう。
その時、ユイが率いる特殊部隊が突入し、助けられることとなったのだ。
「あれだけ、苦労したんだから。これから先の人生は幸せに――――って、いや、違うな。苦難に満ち溢れていてもあの姉妹だったらすべて蹴散らしちまうだろうからな」
ジンが車を走らせる。
その先に広がる空は、どこまでも澄み渡る快晴であった。