再会
コンコンコンとノックが鳴り響き、過去に入り浸っていたキョウコを現実に引き戻す。
「失礼します」と声が聞こえた。
新しい使用人は男のようだ。
だが、その声は不自然に低い。
変声機でも使用しているのかとキョウコは勘繰ったが、まさかね……とその可能性を打ち消した。
そんな輩をベロニカが通すはずが無いと思ったからだ。
「どうぞ」とキョウコは返答した。
ドアを開けて中に入って来た男はガッシリとした体格で30代ほどであった。
シワひとつないスーツを身に纏っている。
「あなたは――――」
その顔には見覚えがあった。
3年前、ユイを保護していた人物。
ジンであったからだ。
キョウコが驚愕する間もなく、ジンは「久しぶりだな」と簡単に挨拶をすると、ジャケットのポケットに手を入れ、拳銃を突き付けた。
「目的は何……?」と動じることなく、冷静に相手に探りを入れる。
「すまないな、やはり消えてもらわなければならなくなった」
ジンは淡々と答えた。
「そう……久しぶりにしてはなかなか物騒な再会になったわね」
「ああ、そうだな」
「一つだけ教えてもらってもいいかしら」
「なんだ?」
「どうやって、ベロニカを突破したの?」
「それはこいつで始末したに決まっているだろ」
ジンは得意げな表情で視線を拳銃に移す。
キョウコは深いため息を吐いて、話を続けた。
「あなたの言っていることはおかしいわ。射殺したのであれば発砲音がないとおかしいもの。だけど、ベロニカの声がした後、あなたが入ってくるまでの間に発砲音はしなかった。そして、その拳銃にサプレッサーは付いていない。つまり、答えはおのずと二つに絞られる。ベロニカが私を裏切ったか、それ以外の手段であなたが彼女を始末したか」
「……お前の予想はどちらなんだ?」
「それを聞くのはどうかと思うんだけど、私の予想では、ベロニカが私を裏切ったと考えるのが妥当だと思うわ。ポケットに拳銃を入れると、裾が重みで振り子のように揺れるのよ。彼女が見過ごすはずがない。屋敷に入れさせないはずだわ。だけど、現に私の書斎まで案内している」
「惨めだな。執事に裏切られることになって」
ジンは口の端を吊り上げながら、吐き捨てるように言った。
キョウコは全く意に介さず、続けざまに言った。
「だけど、彼女が私を裏切ることは有り得ない。とするなら、別の目的があると考えるべき。そう、例えば、サプライズのような、ね?」
その途端、ジンが大きな声を上げて笑い始めた。
その声には音割れのようなノイズが走っている。
ジンと名乗るこの者が変声機をしようしているのは明白であった。
「アハハッ!! いやぁ、スゴいなぁ、やっぱり!!」
その者から発せられた素の声は低音の男声などではなく、女性とも男性とも取れる中性的な声質をしている。
「いつから気付いてた? もしかして、入って来た時から?」
プシューという空気が抜ける音がしたかと思うと、ジンの身長がだんだんと縮んでいく。
そして、最後に自らの顔を摘まんだかと思いきや、それを勢いよく剝ぎ取った。
本当の姿が露わになり、キョウコの目の前で歩いていって、少し屈みがちにいたずらっぽい表情で言った。
「この顔、忘れちゃった?」
「忘れないわよ、忘れるわけないじゃない……!」
忘れるはずがなかった。
忘れたくても忘れられなかった。
そこにいるのは、ユイだったのだから。