決別
鮮やかに紅葉した木々を木枯らしが吹き荒んでいく11月。
夕食に混入された睡眠薬によってユイは眠らされたまま、ベロニカが運転する車の後部座席に寝かせられていた。
外にいるキョウコは物憂げな表情で車の窓越しに眠るユイを見つめている。
キョウコの隣で心情を察したベロニカが言葉を発した。
「キョウコお嬢様、本当によろしいのでしょうか?」
「ええ、構わないわ。この娘のためだもの……」
「分かりました。それでは――――」
ベロニカが運転席に座り、程なくして港へ向かって発車した。
キョウコの決断は、ユイを遠くに住む分家に移送することだった。
分家にはユイがしばらく生活するのに困らないだけのお金を既に送っている。
ユイは物覚えの良い子だった。
地頭の良さで生き抜いて行けるだろう。
キョウコはユイがこの家に戻ってくる可能性も考慮していた。
しかし、キョウコの住むこの地区は国の特別地域に指定されている。
許可が無ければ、戻ることは出来ない。
そして、その許可を出すのはキョウコなのだ。
故に、許可を出さなければ戻ってくることは出来ない。
だが、もしかすると、何らかの手段を使って、この屋敷に戻ってくるかもしれない。
そのため、分家には『何故、家を追い出されることになったのか』とユイに理由を尋ねられた時には『邪魔になったから追い出した』と伝えるようにと連絡もしていた。
追い出されたと聞かされ、おまけに簡単には戻れないとくれば、さすがに諦めざるを得ないだろうとキョウコは踏んでいた。
それに、環境面では分家の方が良い。
わざわざ、戻ってくるメリットはない。
この計画は、ユイのキョウコに対する気持ちを裏切ることになってしまい、心臓を握り潰されるような気持ちがしたが、それでも、彼女の将来を天秤にかけるとそちらに傾いた。
「……元気でね、ユイ」
すっかり遠くに行ってしまった車が滲んだかと思うと、目から一筋の線が伸びていった。
キョウコの脳裏にユイとの日々が次々、流れていく。
ユイと一緒にいた期間は短いものであったものの、それでも、本当に幸せな日々であった。
いつまでも一緒に暮らしていたかった。
「幸せになってね、私の、ことなんて忘れてしまうほど――――幸せになってね……」
次から次へと涙が目から零れ落ちて行き、ハンカチで拭っていく。
どんなに拭っても留まりを知らず、溢れては溢れては零れ落ちていく。
ようやく落ち着いた頃にはもう、車の姿は見えなかった。
ユイはもういない。
強い喪失感はあるが、それでも、自分は生きて行かなければならない。
キョウコは決意を新たに屋敷へと戻った。