16 旅前の準備その2 心の準備。
ああ~~目が回る~~。
私は袋のネズミというよりは回し車のハムスターという語呂にも器官にも悪い状況になっている。
「リリー今助けるわーーー」
私の檻を転がしては追いかけてくるクマの後ろ側からレクシィの声が響く。
でも……私も助けられてばかりではいられないし……さっきから矢が飛んできてるけどノーコン……。
何か使えるスキルを探して、私も貢献しないと。
えーっと『幻惑の霧』は意味ないし。『悪夢』や『夢内侵入』はクマが寝てないとだし……
『闇の拘束』と『ダークアロー』でどうかな!私の既存スキルも使えるかも。
私は二つのスキルを適当に指でなぞる。
すると身体が少し温まるような不思議な感覚になった後、ステータスの特殊能力に『闇の拘束』と『ダークアロー』が追加された。
「私の200 IQを見せてあげよう」
私はまず……何をすればいいのか分からなくて戸惑う。
「レクシィーーーっ。魔法を使うのってどうすればいいのーー」
「イメージしなさい。魔法に詠唱の概念はないわ。全てイメージよ!」
イメージ……?イメージって言ったってねえ……。
私、心綺麗だし。こんな如何にも悪そうな魔法のイメージなんて……。
私は良く分からないまま、頭の中で黒い物と矢のような物を想像する。
すると、右手の上に何本もの黒い矢が浮遊し始めた。
えー……黒い部分。まさかねー
さっき、魔物たちを虐めてたからたまたま。ね
まあいいや、ここでレクシィと共にクマを仕留める。
「行け!ダークアロー。クマを刺して」
浮遊したダークアローは木の隙間を通り抜けて、クマに当たって地面に飛び散った。
当たって砕けろ……ね。何の効果もなかった。次行こう。
「クマを捕らえなさい!闇の拘束」
私の掛け声とともに、さっき粉砕したと思っていたダークアローが地面から茎のようなものを伸ばし、クマの全体を縛り付ける。
しっかり役に立った。こういう使い方もあるんだ……
「レクシィ!とどめを……レクシィ?」
さっきまで勇ましく矢を放ち続けていたレクシィがクマにも届かないようなひょろひょろの矢を撃っている。
あちゃーメンタルやられちゃってる。
この魔法はこの時に使うためにあったんだね。上手く出来てる。
「惑わして!幻覚」
私が幻覚をかけたのはクマじゃない。レクシィの目。
前に言ってたから、兎を狩るのが大好きだって。
だからクマの認識を同じ大きさの兎にした。
「あれ?いつの間に兎になったの?でも……大きくて美味しそうね!」
元気が出たみたいで良かった。よかっ……。
「飛びなさい!滅びの矢。黒い炎で兎を丸焼きに!」
縛り付けられている兎を追いかけて来ているレクシィの弓にどす黒い色を纏った矢が見えた。
これは早く逃げないと私も丸焦げに……。あれ。厳重に結ばれてて開かない。
「焼きなさい!黒炎の矢」
レクシィの弓から放たれたどす黒い矢が兎に刺さり、大きな爆発を起こす。
☆★
危なかった……。ダークアローが枝を斬り落としてくれなかった今頃、クマみたいに丸焦げに……。考えるだけで恐ろしい。
私がこじ開けた木の檻は矢の炎が燃え移って、静かに燃えている。
「うぅ……リリ。無事だった?あ……無事なら良かったわ。へへへ……」
自分が倒したものの正体にお気づきのようだね。
そう。それはクマ。ごめんね。
「クマ……を街に持って帰ろうか……」
私は絶望の表情を浮かべるレクシィの背中をさすって。クマの方へと歩く。
なんとなく後ろからレクシィがついてきている気がした。
☆★
「えぇ……こんなクマ。どうやって倒して、どうやって持って帰って来たんだよ……」
半信半疑の態度でこの場を訪れたエルミアさんが驚きの表情を露わにする。
私たちはあの後、街の前まで私の収納バッグでクマを運んだ。
その後にクマを地面に放り出して、エルミアさんに報告して今に至る。
レクシィは未だに落ち込んでいる。
「はい。私たちの手柄ですよ。これは賞賛に値しますね」
「確かにこいつは指名手配級だが……。逃げ足が速いだけだ。攻撃力はそんなに高くない」
え?何それ。こういうのは普通ささぁ……村の人からわーきゃー言われるんじゃないの?
「まあ……世の中そんなに甘くはない。で。何であいつはあんなに落ちこんでるんだ?」
「その……弓が当たらなかったみたいで。幻覚で兎に見せたら……」
「なるほど……大体、分かった」
エルミアさんは少し頭を抱える。
この人は人の心を見透かしたり、状況把握は得意みたい。
戦闘で培ったのかな?
「今ならいけるか……お前。あいつから旅に出ないかと誘われたみたいだな」
あーそのこと。エルミアさんにはまだ伝えるつもりは無かったんだけど。
パルン隊長路線で伝わったのかな?
「はい。そうですけど」
「行く気はあるのか?」
「正直、まだ迷ってます。でもほとんどは決めてます。ただ少し冒険への不安が……」
これは本当の話。私はもしかしたら冒険した先で亡くなってしまうかもしれない。
冒険とはそれくらい過酷なものだとどっかの漫画で読んだことがある。
それに……わくわくな事だけじゃなくて、辛いことも……。
「いいもの見せてやる。こっちに来い」
エルミアさんがクールな目で私を手招きする。
私、一体どこに連れて行かれるの……。
私はエルミアさんと共にしばらく森の中を歩く。
ここは懐かしい。確かレクシィが最初に案内してくれた森。
すると、ずっと先まで続いているのだと思った森の景色が、ある場所を超えた瞬間に変わった。
「着いたぞ。ここが隠された場所の世界樹だ。亜人や妖精の中でも限られた者しか入れない。昔に精霊が傷つけられたからな」
世界樹。ファンタジー民の憧れの地。でもどうしてこんな所に?
「ついてこい。上に上がるぞ。ここにも昇降板はある」
私とエルミアさんは一緒に誰も見張っていない世界樹の内側に入り込み、その中にあった小さな緑色の昇降板に乗る。
一体、エルミアさんは私に何を見せるんだろう。
数十分近く昇降板で上に上り続け、昇降板が止まる。
私の気になっていた答えは昇降板を出た瞬間に分かった。
「どうだ?綺麗だろ。これが世界の景色だ」
よくは見えない。私は目が悪いから。でも……ここは相当高い。宇宙に届くくらいに。
そうじゃないと。360°広がる森や各国の街らしきものは見えないから。
きっと周辺の国家。または街何だと思う。
「すごい……ですね……」
「私も旅をしていた。まあ、お前らとは違う旅だけどな。そんな酷い旅でも世界の景色は美しかった……と思う」
酷い旅?エルミアさんも旅人だったの?それもかなり過酷な道を進んだのかな?
「私は盗賊団の切り込み隊長だった。亜人の差別社会ではそれしか道はなかった」
エルミアさんはパイプに草を入れ、魔道具のようなもので火をつける。
「あぁ……そうだったんですか」
私は同情しながらも、身の安全のために少し距離を取る。
「ここは良い展望台だな。まあ、太い枝の上だからあんまり動くと落ちるぞ」
あぁ……。あまりの世界の美しさで落ちる危険という物を忘れちゃってた。
私は震える足を畳み、枝の上にゆっくり座る。
私の様子を見たエルミアさんは鼻で笑った後に話を続ける。
「まだお前は若い。それにレクシィも若い。あとお前らは人間だ。こんな美しい世界を旅しないんてもったいない。そのうえで聞く。レクシィと旅に行って来たらどうだ?」
エルミアさんが手に持ったパイプを私にかざして、問う。
「今ですか……?」
「あぁ!もちろん決めるまでは帰れないぞ」
エルミアさんはとっても強引。でも私も心の中では薄々分かっている。自分がどうしたいかなんて。
なら私のいう事は一つかな。
「次の街への道のりを安全に移動できるような荷車を用意してくださいね。歩いて移動なら絶対にお断りです!」
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