くだらない物語
くだらない物語があった。
とある小川に人語を喋る小鳥が住んでいる。
その小鳥は悠久の時を生き、多くの人々が生まれ、育ち、死んでいくのを見守った。
しかし、その小鳥は心の綺麗な者の前にしか現れない。
けれど、もし小鳥に会うことが出来たのならば。
必ず大きな幸運が訪れる。
下らない物語だ。
私は冷たい川の水を浴びながら皮肉気に笑っていた。
どこにでもある物語。
人間が勝手に作り、勝手に語り、勝手に忘れていく。
どれだけの時間が経とうとも人間の身勝手さは変わらないことだろう。
ふと、私は視線に気づく。
そちらを見れば人間の幼子が私をじっと見つめていた。
纏った衣服は水にまみれ、膝小僧の辺りに小さな傷が出来て血と川の水が混じり痛々しい。
私は彼の隣に行って尋ねた。
「転んだのか」
「うん」
「一人か?」
「ううん、兄ちゃんと一緒」
私は首を伸ばして辺りを見回すも近くには他の人間の姿はない。
ちらっと幼子へ目を向ければ物珍しさに奪われていた痛みと独りきりの恐怖が心に戻ったのか、既に顔が歪み始め今にも泣きそうな表情になっていた。
「落ち着け、坊」
私は笑うと少年を見上げた。
「ここは遊び場からそう離れていない。直にお前の兄は来るだろう」
川に反射した光に照らされた表情が少しだけ明るくなった。
「けれど、待つ間は退屈だろう」
「うん」
「ならばくだらない物語を話してやろう」
人の子の泣き声は実に耳障りだ。
そう知っている私は数え切れないほど口にした人間の物語を口にした。
「とある小川に人の言葉を喋る鳥が居た」
遠くから人の声がして、先ほどまで私を見下ろしていた幼子は勢いよくそちらを向いた。
「お前の兄か」
「うん」
耳の奥にまで響く水の流れる音が心地良い。
私は幼子の肩に飛び乗ると物語を結ぶ。
「本当にくだらない物語だ。私はこの小川に住んでいない」
幼子が兄から視線を外し私に言った。
「けれど、喋ることが出来るよ」
「鳥とて人の言葉を話すさ」
幼子は虚をつかれたような表情をした後にぽつりと言った。
「兄ちゃんが来るまで僕と話してくれた」
「まさか、それを大きな幸運とでもいうつもりか?」
言って私は舞い上がる。
高く、高く。
見上げた少年が見えなくなるほどに。