学園の高嶺の華と呼ばれている姫騎士は実は俺の彼女です。
将来、国を支える事になる若者を育成する事を目的にして設立されたこの王立グランド学園には、貴族平民関係無く王国中から優秀な生徒を集めていた。だが魔力量は幼い頃からの英才教育がものを言うため、平民が選ばれる事は過去の前例も合わせると四件しかなかった。
そして運悪く、いや運が良く、今回は俺が平民として学園への入学を許される事になった。
しかし学園の生徒の99,9%が貴族の子息令嬢なこの学園で俺が浮く事は当然で、今日も俺は授業の合間の休憩時間を自分の席に座って読書をしながらやり過ごしていた。
「見てよ、あれ。また一人で本なんか読んでるわよ」
「友達がいないなら自分から話しかければいいのに」
無茶言うな。
どうせお前らも俺が話しかけたら用事がある振りをして逃げるだろ。
「陰湿よね……」
「ちょ、ちょっと、やめときなよ」
「そうだよ、エルド君の悪口を言ったら夜に誘拐されて拷問されるって噂立ってるのよ」
そういえば、先週に俺に悪口を言って絡んできた子爵子息のブタック君の姿が見えないな。
先生によれば
「それって本人がやってるんじゃないの?」
「えー、闇討ちされちゃう?」
「あははっ! 怖い怖い!」
「陰湿魔法で串刺しにされちゃうよ~!」
だから、影魔法だっての。
二人はさらにエスカレートして高笑いをあげ、注意をしに来た他の女子生徒は諦めた表情をして去っていった。
まあ、正しい判断だな。
こいつらは注意なんてしても話を聞かないし、関わっているだけ時間の無駄だ。
また読書の世界に入り込めそうになった時、教室が湧いた。
ああ、いつもの事かと思いながら、その中心人物を見る。
「皆さん、遅刻してしまって申し訳ありません」
遅刻して教室に入って来たのが銀髪の少女、この国の第一王女である ソフィア・レイチェル・シルヴァードだ。
【銀嶺の姫騎士】の二つ名を与えられるほどの剣の腕前を持ちながら、噂では入学早々に学園で五本の指に入るほどの実力だそうだ。
しかし、相変わらずの人気だな。
ソフィアは公務の仕事もしているため、学園に来る時間があまりとれていなかった。
遅刻早退はいつもあり、それらは公欠扱いになっているらしいが、ソフィアだけのビップ対応だ。
それでも誰からも批判が来ていないのは、ひとえにソフィアの人徳によるところが大きいだろう。
「ソフィア様! 本日もお美しいですわ!」
「ふふっ、ありがとう。フェリスさんもとても可愛いですよ?」
「わ、私の名前を……、あ、ああっ、ありがとうございます!」
ソフィアに可愛いと言われたフェリスは顔を赤らめて、喜びと動揺で頭を下げて言った。
このようにソフィアはあまり学校には来ないのに、同級生の名前と顔を完全に把握していた。それだけには止まらず、前回に話した内容をすべて覚えていて、三ヶ月越しに会話を行えるほど記憶力も良い。
しかも高嶺の華のソフィアが自分の事を覚えてくれているだけで、他の生徒は皆嬉しいはずだ。
するとソフィアがちらっとこちらに目線を向けた。
俺がずっと見ていた事がばれてしまい、こっそりと手を振られた。
少しどきどきしながら、俺は本の代わりに教科書を取り出して顔を隠して踞った。
長い休憩の時は教室にいても息が詰まりそうなので、昼食休憩で俺は必ず行く場所があった。
旧校舎の隅にある、歴史教材の保存教室だ。ずっと使われていなかったので最初に来た時には埃だらけだったが、掃除して何とか弁当を食べられるくらいには綺麗になった。あの努力の甲斐があったな、としみじみ思いながら適当な歴史書を取り出して読み出した。
ちなみに俺は弁当は持って来ていない。
ならどこに弁当があるのか、という話になるがそれは彼女が持っていてーーーーー。
「ごめんねっ、遅くなっちゃった!」
そして、扉が開かれて彼女が入ってきた。
その手には弁当が入っていると思われるボックスがあり、
そのボックスを持っていたのは、長く美しい銀髪の髪を揺らす【銀嶺の姫騎士】ソフィアだった。
「今日はお弁当、上手にできたと思うから、いっぱい食べてね!」
そう。俺とソフィアは実は、恋人同士なのだ。
俺の家は昔から特別なゲームを販売する仕事をしているんだが、国王陛下の目に留まったおかげで俺達はよく王宮に招かれるようになったのだ。
もっぱらゲームの発明者である父さんからアドバイスを貰う事がメインだったみたいだが、いつの間にか酒を片手に肩を組んで冗談を言い合うくらいには仲良くなっていた。
そして同年代だからちょうどいいだろうと、おっさん達の安易な考えから引き合わされた俺とソフィアの関係は始まった。
最初は父さんが国王陛下に呼ばれる時だけ着いていったんだが、俺がソフィアに会いたくなって毎日通う様になったり、二人で王宮を抜け出して探検した事もあったんだが、それはまた別の機会に話すとしよう。
そして一年前、俺とソフィアは交際を開始した。ちなみに二人の交際関係に関しては俺達の両親から許可はもらっているし、なんなら大歓迎みたいで「いつ結婚するんだ!?」と国王陛下から詰められた。
正直、気持ち的にはいますぐ結婚したいくらいだ。
だがソフィアは王族だし、面倒くさい制度が沢山あるのだ。
何よりも平民である俺が王女と結婚したなんて、これからの学園生活が穏やかに終わる気がしない。
せめて学園を卒業するまで待ってほしい、とソフィアに伝えていて大丈夫だと返事も貰っていた。
とにかくこの期間中は自分磨きだ。
ソフィアの隣にたっていても違和感が無いくらいには、しっかりとした男になりたい。
なんて事を考えながら、ソフィアのお弁当を食べ終わった。
授業開始までまだ三十分もあった。
「エルドさん、はい」
現在、俺とソフィアはこの教室を掃除して、床に綺麗なランチマットを敷いて食事をしていた。つまり二人とも床に座っていて、そんな状態でソフィアは自分の膝をぽんぽんと叩いた。
来い、って事だなー。
「ん」
「ふふっ」
俺がおとなしく従って、膝の上に頭を置くとソフィアは可笑しそうに微笑んだ。
「今日は随分と素直なんですね」
「……まあ、頑張ってくれたみたいだし」
今日、遅刻してきた時から気づいていたがソフィアの指には何枚もの絆創膏が貼られていた。
もしかしたら公務で遅刻っていうのも嘘で、実はソフィアは弁当を作るのに苦戦していたんじゃないだろうか。
今日の弁当にはいつも入っていない、俺の大好物が入っていた。
仮にも姫なのだからこれまで料理なんてして来なかったソフィアには少し難しい料理だったのだろう。
いつもソフィアは俺に膝枕や抱き枕にされる事を強要してくるので、まあ今日くらいはごほうびに大人しくするのも良いかな、と思っただけだ。
「大好きです。エルドさん」
「俺もだよ、ソフィア」
さっきはソフトだったが今度はディープな方だ。
下を強引にねじ込み、ソフィアの口内を蹂躙する。
俺の舌にソフィアの味が広がって、とても幸せな気分になる。
ソフィアの方も恍惚とした表情になり、息遣いも荒くなっていた。
このまま俺とソフィアは次の授業が開始されるまでお互いの口内を貪り合ったのだった。
知っているだろうか。
王宮の地下にある、円卓の騎士が座るための“円卓”には十三の席が用意されている事を。
正式に円卓の騎士のメンバーであると公言されているのは五名、他の七名に関してもアーサー自らが任命している。
では、十三人目は誰なんだ?
その議題について、最有力説はアーサーが十三番目の席に座り、円卓の騎士の指揮をとるものだと恐れられて来た。
だが、違うのだ。
十三人目の円卓の騎士はずっと存在していた。
しかし、本人の強い希望で素性はおろか、仲間達にすら素顔を晒していない。
「皆さん、本日はお忙しい中、集まっていただきありがとうございました」
その名はソフィア・レイチェル・シルヴァーナ。
本来の力を封じながら、【銀嶺の姫騎士】と二つ名を授けられた、異次元の怪物であった。
最後の十三番目の席に座り、ソフィアは集まれただけの面々を一望した。
「ちっ、猫かぶりが」
「なにか?」
「なんでもねーよっ」
名義上、円卓の騎士には上下関係は存在しない。
誰もが同じ卓に並び、同じ目線で話し合う事を目的にしているからだ。
それもソフィアが入るまでの話ではあるが。
今の円卓の騎士の絶対的指導者はソフィアである。
ソフィアはその異常なほどの粘着質な性格と圧倒的な実力によって曲者揃いの円卓の騎士を全員黙らせて、円卓の騎士の十三番目の席に座ったのだ。
「本日、またエルドさんに悪口を吐いた輩が現れました」
「て言う事は……」
「教育を実行します」
円卓の騎士の空気が変わった。
各々が嫌そうな、自分にだけは話が回ってくるなという顔をする。
その中で今まで、もっともその役目をやらされてきた男がいた。
「また俺にやらせる気かよ、まあはまり役ではあるがよ」
「いえ、今回は私がやります」
「は? いいのかよ。アンタは学園では“高嶺の華”なんだろ」
円卓の騎士で唯一、犯罪歴がある【狼牙山賊団大頭】ガロウが聞いた。
仮にもソフィアは高嶺の華で通しているのだ。
彼女自身が手を出して、仮にソフィアの裏の顔が広まってしまえば、もうエルドとの学園生活は送れなくなってしまうだろう。
「ええ。私もそろそろ、鬱憤をぶつけたいと思っていましたから」
「ああ……、ご愁傷さまにな。今回の奴」
まあ、ソフィアが拷問をする時点で噂が広まる事なんてありえねえか。とガロウはもう心配する事をやめた。
「ブランダ。いつもの場所は?」
「空いてるよ」
「それじゃあ、そこを使わせてもらいますね。ガロウ、後始末はいつもの様に頼みます」
「へいへい」
そして円卓の騎士は解散し、各々の本職に戻っていった。
そしてその夜、二人の学園の女子生徒が椅子に縛られた状態で、人が寄り付かない場所にある倉庫に連れられていた。
もっとも二人な何がなんだか理解できていないだろうが。
「ちょっと、何よこれ!」
「私達が誰か分かってこんな事をやっているんでしょうね!」
プライドが高い二人にとって椅子に縛られるなんて屈辱、到底我慢できるものじゃないだろう。
「ふふ。知ってますよ。ブランディさんとフランチェルさん」
そして現れた、思いもよらぬ相手に二人は絶句した。
自分達の学園で高嶺の華として信仰され、そして自分自身も敬愛する姫騎士が現れるとは思ってもいなかった。
「ソ、ソフィア様?」
「どうして貴方が、こんな」
「わかりませんか?」
ソフィアはわかるでしょう?という風に聞いたが、二人は全く心辺りがなかった。
そんな姿にソフィアはため息を吐き、心底軽蔑した目で見下した。
「貴方達はエルドさんに悪口を吐きましたね? それは許されざる、重罪です」
二人は絶句し、確かに昨日、エルドに悪口を言ったことを思い出した。
そして同時に思い出す。
エルドに悪口や暴言を吐いた人間が、何人も行方不明になったり、学園をやめているという事を。
「ご、ごめんなさい!」
「悪気は無かったんです!」
二人は慌てて謝罪した。
だが、ソフィアはもう二人の話を聞くつもりがなく、椅子に縛られて動けない二人の回りをゆっくりと歩いた。
「私は貴方達の命がどうなろうと知った事じゃないんですよ、本当は。いえ、学園の他の生徒や教師、国民も含めてですね」
衝撃的だった。
ソフィアは博愛的で、いつも国民の事を大切に思っていると思っていた。
「だって私にとってはエルドさん以外の命なんて埃ほどの重みもありませんもの」
なんて事も無さそうに言ったソフィアの、二人を見る瞳に感情の欠片すら無かった。
そこら辺に落ちている石と同じような命の重さなんだ。
「でもエルドさんは優しいでしょう? だから、私頑張ってるんですよ。エルドさんが悲しまない様に、貴方達の様な虫けらを殺さないように手加減して教育するのに」
瞬間、二人は足に激痛が走った。
頭を見る事はできないが、足の小指から先の感覚が無かった。
痛い。痛い。痛い。
激痛に苦しみながらも、二人は悲鳴をあげる事すら出来なかった。
それ以上に、この目の前の得体の知れない相手に対する恐怖で身が震えて硬直してしまっていた。
「私の銀魔法は便利なんですよ。自在に形を変えて硬質化できるので、こういう事に便利なんですよ。とても」
ソフィアがそう言うと剣が溶け出して、うようよと触手の様に動いた。
「さあ。始めましょうか」
銀の触手が襲いかかり、二人はようやく悲鳴をあげる事が許された。
しかしこの地獄は終わらない。
続く拷問の末に、二人は生涯で味わう苦痛を一日で味わう事になったのだ。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいエルド様ごめんなさい」
「あ、あへ………………ぁ……ぁぇ…………えへへへへへへへへへへへへへ」
全てが終わり、ソフィアの足元には廃人となった二人が転がっていた。
しかしもうソフィアの興味は二人には無かった。
倉庫を出てから部下に始末を任せ、月夜を見上げた。
「ああ、エルド。もうすぐです。もうすぐ、この世界を貴方の物に」
ソフィアの真の目的。
それは、エルドのこの世界の王にする事だ。
自身と結婚し、まずはこの国の王位継承権を手にする。
それからはとにかく実績を積み、この国の王となる支持率を手に入れる。
少なくとも現国王のアーサーが王位を退くまで、あと十年はあるだろう。
エルドを世界の王にするためにそれまでに他国を滅ぼし、支配下に置かねばならない。
そのために円卓の騎士を乗っ取った。
もうすぐだ。
もうすぐ、円卓の騎士の力を使ってこの世界を滅ぼせる。
侵略戦争?
そんな事をしたら、優しいエルドは苦しんでしまう。
だからこっそりと裏から、少数精鋭で全世界の国々を支配下に置く。
さあ。始めましょうか。
私とエルドのものが小谷を。
「世界で一番、愛しています。エルド」
この重たすぎる愛情はいずれ、世界を呑み込む事になった。
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