7 白い魔女の城で探索します
「じゃぁ、直してあげるから大人しくしなさい」
アリスは膝をつき座りこんで、ブランを膝の上にのせた。
それに合わせて女王はアリスの傍に座り込み、じっとアリスの手先を見つめる。
だんだん近づきアリスの肩に自分の顎をのせる。
「ちょっと重たいわよ」
「アリスの裁縫を見たいんだ」
「しょうがないわね。また変なことしたら許さないからね」
「ん」
子供のように頷く女王にアリスはくすりと苦笑いする。
鞄から取り出した裁縫道具でブランの破けた腹を直そうとする。
「あた………あたた」
ブランはちくちくと縫い始めるアリスの手つきに痛そうに反応する。
「もっと丁寧にせんかいっ」
「黙れ、ブラン。アリスに直してもらっているんだ。本来ならば死刑ものなんだぞ」
何ともすごいアリスへの持ち上げ具合である。
さすがにアリスも呆れてしまった。
「ねぇ、女王様」
アリスはこの世界の人間ではないとはいえ一応相手は女王ということなので様付けで呼んでみた。
それに女王は少し唇を尖らせて拗ねたように言う。
「僕のことはアベルと呼んで欲しい」
「え?でも、一応女王様………王様でしょ?」
呼び捨てにするには抵抗があった。
「いい。アリスだから許す」
女王アベルは甘えるようにアリスの肩に擦り寄る。
その仕草は本当に子供そのものである。
「私、あなたとどこかで会ったのかしら。あまり記憶がないのだけど」
「………覚えて、ないんだな」
アベルは悲し気に俯いた。
「え?」
「良い。アリスは覚えてなくても僕が忘れなかったからそれで良い」
まるで以前アリスが来たような口ぶりである。
そういえば先ほどのマリオンの言っていたような気がする。
「僕は忘れなかった。一度もアリスのことを忘れなかったんだ」
早く大人になりたかった。
昔は大人になるのが嫌で仕方なかったけど。
大人になることを拒んだけど、アリスに出会って大人になりたいと思った。
大人になることを拒むのをやめた。
アリスに相応しい大人になることを目指して。
「でも、うまくいかない。今の僕が果たしてアリスに相応しい大人なのかわからない。でも、アリスに会いたかった。アリスと一緒になりたかった」
その悲しげな声にアリスは忘れてしまっていることに申し訳なさを覚える。
アベルの言うことは嘘じゃないと思った。
アベルはアリスに対して嘘は言わないと感じる。
自分はアベルとどういう出会いをして別れたのだろうか。
「ごめんなさい。あなたのこと覚えていないの」
思い出すとか気の利いたことを言えればよかったが、アリスはただ事実だけを述べた。
「それはアリスが悪いんじゃない。こことアリスの世界はあまりに違うからアリスが帰ってしまったら忘れてしまうということは何となくわかっていた」
「ふうむ、相変わらずへたくそやな」
ブランは腹の縫った後を確認してアリスにけちをつける。
それにアベルがヒールでブランに示す。ブランは慌ててアリスに礼を言う。
「けど、まぁ………ありがとさん」
「とりあえず早く元の世界に戻してくれる?」
「ならん。一応裁判を開くし」
(さっきの女王様の一言で無罪放免に……ならなかったのか)
「それにここじゃ俺の世界の門を開く時計の力は使えんのや」
ブランはそう言い、懐から懐中時計を取り出す。
それがアリスをこの世界へ連れてくる時に使った魔法道具ということだ。
懐中時計は壊れてしまったかのように止まっている。
「はぁ………これからどうしよう」
アリスは不安そうに呟く。それにアベルは答える。
「ここから逃げるしかないだろう。いくら僕でも白の魔女の棲家では自由が利かない」
どういう意味だろうとアリスは首を傾げた。
「ここでは僕は魔法が使えないんだ」
「そもそもあなたは魔女じゃないでしょ」
「別に魔法を使えるのは魔女だけではない。王族としてのたしなみとして習うこともある」
アベルは細剣を取り出し、アリスにみせる。
その姿は何とも凛々しく惚れぼれとする。
「いざとなればこの剣でアリスを守るけど、腕力は女のもので本来の力が発揮できない。レイモンドやマリオン相手では苦戦するのは必至だ」
(剣構えたところ格好良い)
いくら男の子でも今は女の子の彼にときめくとは。
でも、こんなに綺麗なんだから男の姿はさぞかし格好いいのかしら。
少しアベルに興味を抱いてしまう。
それはミーハーな興味なのか、それとも別のものなのかアリスにはわからない。前者の方が強い気がするが。
「ねぇ、その呪いって解く方法てアマリアが解く以外ないの?」
アリスの言葉にアベルは意外そうに眼をぱちくりとさせた。
「さぁ、呪いもいろいろ種類があるから。場合によっては解く為の装置があったり………まぁ、アマリアに解いてもらうのが確実だ」
アベルにとってここは何があろうと来るのは嫌だった場所である。
理由は先に述べた通りここは白の魔女の領域。
白の魔女にとって有利で白の魔女以外の魔法使いの力は削減される。
対面するのであれば自分の拠点となるハートの城であろう。
今回ここへ来たのもアリスを救出するのが目的だったから。目的を果たした今はすぐにでもここから出たくて仕方なかった。
「じゃぁ、アマリアさんにお願いしたらいいんじゃない?」
「それで元に戻してくれるならはじめからこんな呪いはかけない」
アマリアの要求はひとつ。アベルの嫁になることだ。
しかし、アベルは頑なに拒んでいる。
「アマリアさんてそんなに嫌な人なの?」
「振られた腹いせに女になる呪いをかけるような女だぞ」
確かにそんな強引な女性は嫌かもしれない。
「じゃぁ、さっき言っていた呪いを解く装置は?」
「さぁな………あるとしたらこの城のどこかにあるんじゃないのか?」
アベルが決して来ないここに置くのが一番最適だ。
「じゃぁ、ちょっと捜してみましょうよ」
突然の提案にアベルは声を失った。
「折角ここまで来たのでしょう。だったらちょっと捜してもいいんじゃないかしら」
「だが」
アベルは一刻も早くここに出た方がいいという。
「あなたはそのままの姿でいいの?」
それを聞いてアベルは苦い顔をした。
男でありながら女の姿というのはとても苦痛だ。それを今目の前に想い人がいてこんな姿を見られるのも本当は嫌で仕方なかった。
だが、アリスに会いたくてただそれだけでずっとアリスを捜していたのだ。
実際は臣下に捜させていたのだが。
アリスに見られたくないという自尊心よりもアリスに会いたいという欲求の方が勝ったとはいえ、やはりこの姿をアリスに見られ続けるのは辛い。
「わかった。少し捜そう………でも、やばくなったらすぐに逃げるぞ」
「やばくなったらって。よく考えたら私何もされていないのに、白の魔女は別に何か害をなそうというわけじゃないんじゃ」
結局何もされないまま藁だらけの部屋に放り込まれただけであった。
「アリスはわかっていない」
「白の魔女・アマリアは僕と結婚してハートの女王の座につきたがっているんだ。でも、僕が愛しているのはアリス一人、つまりアマリアにとって君は邪魔で仕方ないということさ」
アマリアがアリスに何かしないというのは断言できないということ。
「だから絶対に僕から離れては駄目だよ」
元はアベルがアリスを好きだからと散々アマリアに言って振ったのが原因なのだが。アリスはそのことでアベルを責める気は不思議と起きなかった。