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アリスの記憶  作者: ariya
6/20

5 閉じ込められたので脱出しました

 馬車の中揺らされながらブランはちらっとハートの女王を見た。


「あの、陛下………どちらへ?」


 城に戻る様子でないことにブランは行方を尋ねた。

 女王は応えようとしない。

 ただ鞄を膝に乗せそれを優しく撫でていた。

 その鞄はアリスの持っていた通学鞄。馬車の乗る前に拾ったのだろう。


 ブランが困ったようにそれを見つめていると女王はようやく口を開いた。

 その声はたいへん面白くないという感情が手に取るようにわかる。


 しばらくしてようやくハートの女王はブランの質問に答えた。


「白の魔女の棲家だ」

「ええっ!!」

「あまり行きたくなかったがアリスを攫われたのならばしょうがない」


 本当はレイモンドたちを捕え、白の魔女をおびき出すつもりだった。

 逆にアリスを捕えられて自分がおびき出されてしまった。


 ブランはじぃっとハートの女王を見つめた。


「なんだ?」


「あのアリスとは何者なのですか? 陛下はあの娘に随分執着しておりますが」


「お前、まだ思い出せないのか?」


 ブランは首を傾げる。女王は何を言っているのだろうか。


「いや、良い。気にするな」


(僕がアリスを覚えていればそれで良い。例えアリスが僕を忘れていたとしても)


   ◇◆◇


 真っ白な部屋に入って来たレイモンドに白い服を纏ったメイドの少女たちがわらわらと現れる。


「レイモンド様、お帰りなさいませ」


 金髪の小柄なメイドが声をかける。


「お茶は何になさいますか?」


 茶髪の小柄なメイドが声をかける。


「ああ、アールグレイを淹れてくれ」


 そう言うと茶髪のメイドがさっさと部屋を出て行ってしまった。

 その後に、金髪のメイドはずるいと言いながら追いかけていった。


「レイモンド様にアールグレイを淹れるのは私よ!」


 その声にくすくすと部屋の奥から少女の笑いが聞こえてくる。


「相変わらずの大人気ね。レイモンド」


 白のドレスを身に付けたの少女は無垢な笑顔を見せる。


「あんなに少女たちにもてもてなのにむっつりしちゃって」

「ええ、ハートの女王にお茶会を邪魔されましたので」

「それがなくてもいつもむっつりさんでしょ」


 少女はおかしげにくすくすと笑い続けた。


「アリスを連れて来たのでしょう。アベルに引き渡さずにおいてくれて感謝するわ」

「それはマリオンです、アマリア様」

「マリオンには後でたっぷりご褒美をあげるわ」


 アマリアと呼ばれた少女はレイモンドの頭を撫でてやる。


「でも、マリオンがそうしなくともあなたはアリスを連れて来てた」


 違うかしら?というアマリアにレイモンドはそういう契約ですので、とのみ応えた。


「まぁ良いわ。白無花果のジャムを作ったの。どう?」


「お茶が入り次第頂きましょう」


 しばらくしてメイドがお茶を淹れに来た。


 お茶を淹れ終えたらレイモンドの前にティーカップを淹れた。

 それにレイモンドは礼を言う。するとメイドは頬を朱に染め部屋を出た。


 差し出されたお茶を口にして、レイモンドは一息つく。

 それを見計らってアマリアが尋ねた。


「で、どうなの?」


「何をでしょう」


「もう、とぼけないでよ。アリスよ、どうだった?」

「思ったより普通の娘でした」

「そう………あまり興味はなさげのようね。何でアベルはそんなのに夢中なのかしら」


 少女は不思議そうに首を傾げる。


「まぁ、いいわ。レイモンド、準備をして。アベルを歓迎する準備よ。アリスがここにいるのだからアベルは来るわ」


 絶対にアリスとアベルを一緒に出会わせては駄目よ。


「わかりました。アマリア様」


 少女の命令にレイモンドはただ二言だけ言って頷いた。

 無駄のない完璧なしもべにアマリアは満足げに笑った。


   ◇◆◇


「うん………」


 目を覚ますと自分が藁のベッドで眠っていたのに気づいたアリスは身を起こす。


「ここは?」


 確か女王やら軍隊やらがわらわら出てきて、と思い出した。

 その先を思い出してかぁっと顔を赤くした。


 何だったのだ、あのマリオンという男は。


 初対面の淑女にキスをするなど酷い男だ。


 アリスは許せないと藁を叩きつけた。

 しばらくして傍に動く何かに気づいた。


 鼠の耳と尻尾を持つ少女である。

 少女は藁のベッドの中で身をくるめて気持ちよさげに眠っていた。


「あなたは?」


 アリスはその少女の身を揺すりながら起こそうとする。


「むにゃむにゃ………なぁに。マリオンにしては優しい起こし方ね」


 藁のベッドで寝ていた少女・セラは目をごしごししながらアリスを見つめる。


「私はマリオンじゃないわ。あなたは誰?」

「マリオンじゃない?」


 少女はぼんやりとしながらアリスを見つめる。


「じゃぁ、あなたは誰なの?」


 相変わらず寝ぼけているようである。


「私、私はアリスよ」

「アリス? ああ、アリス………」


 セラはぐらりと身を崩しそのままアリスの胸の中に潜り込む。


「ちょ、ちょっと」

「おかえり、アリス。本当にアリスなんだね」

「おかえり………てどういうこと?私はあなたを知らないわよ」


 アリスの言葉にセラは聞いているのか聞いていないのか想像外のことを口にした。


「アマリア様の恋敵になってて一時はどうなるかと心配したわ」

「は?私が恋敵?………というかアマリアて誰よ」

「アマリア様は、白の魔女よ。噂くらい聞いているでしょ」


 セラはようやくアリスの胸から放れゆっくりとした口調でアリスの問いに応える。


「知らないわ」


 何故ならアリスはこの世界に来てまだまもないのだ。

 右も左もわからない世界でアマリアという女性の恋敵にどうしてなるのだ。


「そもそもアマリアと誰を奪いあっているのよ」

「ハートの女王」

「は?」


 思いもしない答えにアリスは間抜けな声をあげた。

 ますます意味不明である。

 女王ということは女性であろう。

 どうしてアリスがアマリアと女性を奪いあっているのだ。


「じゃなくて、ええと………ハートの王子? でも、今は女王?」


 セラは耳をピンピンと動かしながらどうだったけと首をゆらゆらとさせる。声は相変わらず寝ぼけている。


「どういうことか説明してくれる? いえ、まずはここはどこかを教えて」


「んー、ここは白の城よ。白の魔女の居城」


 つまりここはアマリアの城のどこかというわけか。

 周囲をぐるりと見渡すがこの部屋は藁だらけで本当に城なのかと疑いたくなった。


「そう、で、あなたは?」


「私は………セ、ラ……」


 名乗ったセラはかくんかくんと首を上下させてばたりと藁のベッドに蹲って寝転がってしまった。


「ちょっとまだお話の途中でしょっ!!」

「むにゃむにゃ………眠いから寝かせてよ」

「もうっ」


 そのまま眠ってしまったセラにアリスは苛立った声をあげる。

 とりあえずアリスは藁のベッドから起き上がって周囲を見渡す。

 部屋いっぱいに藁で敷き詰めて、まるで動物を飼う為の部屋なのではと思ってしまう。


「と、とにかく他に誰かいないか捜しましょう」


 誘拐されたようなものなのにアリスはこの城にいるセラ以外の人物を捜す為部屋を出ようとする。

 部屋には鍵がかかっていた。

 開けようと思ってもドアには鍵穴があるのみ。鍵を捜さなければならない。


「んー」


 少女の胸についている鍵の首飾りを見てあれではないだろうかと思った。

 それはあまりに簡単すぎではないか。

 アリスはごそごそと藁の中を探ってみた。奥の方で藁に隠された箪笥を見つける。


「お」


 アリスは箪笥の中を開けると、銀色の鍵を見つけた。


「これを使ってみましょう」


 それを鍵穴にかけるとあっさりとドアは開いた。

 案外簡単だったな。

 アリスは廊下を走り、人を捜し始めた。

 思ったより広く長い廊下に途中でため息をついてしまった。


「? ………この声は」


 少し休憩していたアリスの元に足音が聞こえて来た。

 それも二つ。

 耳を澄ませば会話が聞こえてくる。


 先ほど聞いた声だ。

 黒い帽子の紳士男のレイモンドと突然現れたマリオンという青年の声。


 マリオンの声を聞きアリスは頬を引きつれた。

 さっきまでつい忘れていた衝撃的な場面を思い出したのだ。

 口と口を重ねたはじめてのキスを突然現れた何者かわからない少年に奪われてしまったことを。

 思い出したら心の底からふつふつと怒りが湧いてくる。


「くっそー、一発ぶんなぐって」


 そう思いながら声の方へ走ろうとするが、後ろから腕を掴まれアリスはぎょっとした。


「え、なに………もがっ」


 後ろから手で口を封じられ、アリスはその者にずるずると近くの部屋の扉の方へと引きずられてしまった。


「くっくっくっ」

「さっきから不気味だぞ。その笑い」


 マリオンの笑みにレイモンドはため息をついてやめるように言う。


「だってさ。思い出しただけで笑えるんだよ。あのハートの女王の顔!」


 マリオンの言葉に反応してか、アリスの口を塞ぐ手に力がこめられる。

 当然息苦しくなるアリスはもがくのだが、相手は全く微動だにしないのだ。


 隠れているアリスたちに気づかないマリオンはそのままレイモンドの肩に腕を置く。


「な、やっぱりアリスが来ると面白いことが多いな」


 やっぱり、とは何のことだ。


 もがきながらもアリスは思った。

 この世界に来たのははじめてのことなのに、セラといい彼らといい以前アリスがこの世界に来たような口ぶりである。


「あの時もハートの女王がおかしかったわ。ああ、今の女王とは別人だけど。レイモンド、お前もそう思うだろう」

「確かに興味深いものだった。しかもハートの女王に裁判で勝った者はあいつが初めてだからな」


 レイモンドの口から出た興味深いという単語にマリオンは楽しそうに笑った。


「今度の茶会のお茶うけは決まりだな。ハートの女王の悔しがる様を想像するだけでぞくぞくするわ」

「あまり悪趣味なことはするなよ」

「おやぁ、それはどういう意味かな? 大事なアリスを傷つけるなとか??」


 マリオンはにやりと笑う。それにレイモンドはぎろりと睨みつける。

 レイモンドに憧れる白の魔女のメイドたちがこの目を見れば怯えてしまうだろう。

 しかし、マリオンは全くレイモンドの睨みは痛くも痒くもなさげに笑った。


「大丈夫さ。アリスに危害は加えないから。ただちょっと付き合ってもらうだけさ」


 本当かと不審げにレイモンドはマリオンを睨む。


「でもさ、お前も思っているだろ? ハートの女王なんかがアリスと一緒になるのは嫌だって」

「あまりべらべらうるさい。その舌を切ってやるぞ」

「それは勘弁」

「ああ、そうだな。紅茶のうまみがわからなくなる。それは可哀想だ」

「そっちじゃないって、この紅茶魔人!」


 マリオンはべしっとレイモンドをはたきつっこみを入れた。

 二人はそのまま廊下をすたすたと歩き去っていく。


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