おまけ ハートの王子様
あるところに優しい王がいた。王の治める国は豊かで平和、王も民を第一に考える素晴らしい方であった。
しかし、王には未だに妃も子もいない。跡継ぎについて考え始めた大臣たちは多くの美しい娘を集め見合いさせたが王は全く見向きもしなかった。大臣たちはこのことに頭を痛めた。
そんな王の心を射止めたのは赤いドレスを見に纏った美しい女性。美しいだけでなく気品も気高さも兼ね備えた女性を王は一目見て心奪われてしまう。
王はすぐにその女性を妻とした。
大臣も民もこの美しい妃の誕生にたいそう喜んだ。あとは二人の間に元気な跡継ぎが生まれるのを待つばかり。
そして皆の願いが叶い、ようやく王子が誕生した。
優しい王と美しい妃の間に王子が生まれた。
王子はすくすくと育ち、勉強も武芸も魔術もたいそおう優秀な成績を残した。ちょっと我儘な面があるがそれは子供らしく可愛いものと城の者たちは微笑ましく思った。
誰もが王子が王になる日を楽しみにする程に。
優しい王に美しい妃に将来有望な王子………この国は安泰だと誰もが確信した。
城の中はいつも幸せで満ち溢れていた。
しかし、幸せは長く続かなかった。
王は崩御し、王子はそれ以降塞ぎこんでしまった。ようやく部屋を出て来たと思えば自分は大人になりたくないと言い自ら成長止めの魔術をかけてしまう。
それは城中の魔術師が解除しようとも難しいもの………
大人になることを拒んだ王子に大臣たちはどうしたものかと頭をかかえた。そこへ現れたのは美しい妃。
彼女は王子は父の死に立ち直れていないのだと解釈した。そして王子が立ち直るまでに時間が必要とも。
その間美しい妃が女王となり、代わりに国を治めればいいと提案した。
大臣たちはそれに首を縦に振り頷いた。それが一番良いと判断した為だ。そして王の証である杖を妃に………いや、女王に渡した。
その日から悪夢がはじまったのだ。
優しい王が愛した美しく気高い妃は女王としての実権を握った途端豹変してしまったのだ。姿は美しくとも心の醜い非道な女性へと。
彼女は毎日高い税を民に強制し、納めることができなかった者を次々と処刑していった。兵役を出したかと思えば他国へと進行を命じ、戦争をしかけた。
馬車で街を闊歩しては美しい娘を見て嫉妬し、彼女を裁判にかけた。ありもしない罪を着せて。
さすがに非道すぎるこの行いに大臣たちは女王を諌めた。しかし、女王を諌めていない大臣たちはすでに女王の虜になってしまっていた。
女王を怒らせた罪として諌めた大臣は次々と処刑されていった。
あとからわかったことだが、女王は魔女だったのだ。赤い衣を纏った恐ろしい魔女。
部屋に閉じこもり大人になることを拒んだ王子は実は女王によって暗示をかけられていたのだ。大人になるのを嫌がるように。
この王子にかけられた暗示をとくべく城の魔術師がなんとか試みようと思ったが恐ろしい魔女の暗示を解くことは不可能である。
人々は絶望した。
そんな日々が過ぎていく中城に突然現れた少女がいる。
この少女がこの悪夢を終わらせることになろうと誰が予想できたであろうか。
少女は女王のタンスから現れて来たのだ。
自分のタンスから登場した少女に女王は怒り彼女を処刑するように命じる。
少女は何とか逃げ出して、城の中を廻った。
そして少女が行きついた場所は大人になることを拒んだ王子の部屋。
少女は王子に話しかけた。
王子は当然少女に身構え心をなかなか開こうとしない。
そんなアベル王子に窮した少女は王子の壊れたおもちゃを見つけては修理しては王子に見せた。
ひとつめに直したのは白いうさぎのぬいぐるみ。次は野うさぎのぬいぐるみ。次は眠り鼠のぬいぐるみであった。
最後に紳士の人形………紳士の髪はあまりにぼさぼさでひどい有様だったので少女はシルクハットを作って被せてあげた。
王子は自分で壊したおもちゃが少女によって直されて行くのを興味津々に見つめていた。
でも、段々飽きて来た王子は退屈だと言えば少女は修理作業を続けたまま物語を聞かせた。それは王子が聞いたことのない内容のものである。
少しずつ王子は少女自身に興味を示す様になった。
明るく笑い優しい声で物語をする少女に王子は心惹かれていくのを感じる。
王子は少女がいくつか聞くとなんと彼女は本来の王子の年齢よりも二つも下なのだ。なのに外見は自分の方が幼い。
王子はいつまでも子供のままの己を恥ずかしく思うようになった。女王によってかけられた暗示である大人になりたくない想いは気づけば大人になりたいものへと変わっていった。
どんな魔術師でも解けなかった暗示を気づけば解けてしまっていたのだ。
大人になろうとすることを拒んだことを恥ずかしく思うと同時に王子は自分を子供としか見ていない少女に苛立ちを覚えた。
そうした時間が経つと城の者が少女を見つけ、女王が鬼の勢いで王子の部屋へとやってきた。
女王は少女を捕え裁判にかけてしまった。
罪状は女王と王子暗殺の為。
その罪に少女は濡れ衣だと叫ぶ。しかし、どんなに無実を叫んでも無駄である。
この国のルールはもはや女王のもの。
例え無実であろうと女王が罪人と言えば罪人なのである。
裁判所にいた者たちは少女の不運を憐れんだ。
怒った少女はそんな中毅然として言った。
堂々と女王を詰り、こう言ったのだ。
自分が偉いからと全て自分の思い通りになるように仕向け罪のない者を裁いているあなたは女王なんかじゃない。
ただの独裁者だ。そんなあなたはいずれ自分のしてきたことで身を滅ぼすことになる。
少女の言葉に激怒した女王はすぐに少女を死刑と宣告する。
少女は処刑台に立たされ、ギロチンに拘束される。
それに女王が自ら剣を取り少女の首を切ろうとした。
そこで騒ぎが起きた。
騒ぎは何だと女王が聞くと裁判所の周りがハートの軍隊で固められているのだ。
何でだと聞くと王子が動かしているとのこと。
王子は先ほどまで十に満たない子供の姿であった。しかし、皆の前に現れた彼は亡き王と同じ雰囲気を持ち、女王に似た美しい容貌を持つ大人の姿であった。
彼はずっとかけられていた大人になりたくない呪いに打ち勝ち大人になったのである。
女王は即座に捕えられ、幽谷の城へと幽閉の身となった。
王子は急いで処刑台へ行き少女を救おうとしたがすでに少女の姿がない。
話によると少女によって修理されたおもちゃたちが命を持ち動くようになり、少女を助け城を出たのだという。
王子は国中少女を捜したが少女は見つからなかった。
そして、城中に散らばった少女に修理してもらったおもちゃを拾う。白うさぎのぬいぐるみである。
彼は少女のことを全く覚えていなかった。まるで生まれたての赤ん坊のように記憶が真っ白である。
王子………王はその白うさぎに勉強させ、家臣にした。
そして彼に命じた。
少女を捜し出すようにと。




