ペットの剣
朝、玄関のドアを開けて少し歩いた塀の裏。影のところにそれがあった。やけにごつい作りの薄汚れた剣は不思議と悲壮感があふれている。
「「なにこれ」」
その辺に落ちていた枝で剣を続く。当然刃は硬いし、薄汚れてるのは洗えばどうにか落ちそうだ。
私が刃を、双子の弟が同じように一番目立つ装飾の中心にある石を枝でつついた時。それは起きた。
ズブッと枝の先が消えたのだ。
石の中に。
ぽかんと見ているうちに中途半端に刺さった枝がモゾモゾと動いている。なんだろう。どっかで見たことあるなこの動き。
そう思っていれば今度は枝がポスッと吹き飛び落ちた。枝を目で追い結果を見届けてから再度この変な剣へ視線を戻す。
「……あぁ」
なんかに似てると思ったら隣の爺さんが育ててるヤギのべべが葉っぱを食べてる時の動きに似てたんだ。さっきの枝の動き。
「気に入らないから吐き出したのか?」
「…剣なのに?」
私たちの呟いた言葉に応えはない。応えは無いのだが。
徐にお昼用に持ってきた堅パンを少しナイフで切ってチーズとハムを少し中に入れてから石に押し付ける。
本来なら食べ物を無駄にすることはしないが…折角だし試してみよう。
もごもご
やはり即席ミニサンドイッチは石にめり込み、そしてさっきの枝と同じように動き始めた。
それをしばらく見ているとはみ出ている部分が段々と少なくなっていき…やがて無くなった。
「食べた」
「…食べた、な」
二人で顔を合わせてから大きく剣を覗き込む。汚い剣が少し身じろいだ気がする。
「とりあえず洗う?リア」
「洗おうか、リウ」
いそいそと剣を弟と一緒に掴んで引きずっていく。私達は十歳の割に身長が高いと言われていたけれどそれと同じくらいの大きな剣だ。
二人で鼻歌交じりに運んで、井戸の脇に立てかけた。剣が少し震えている気がしなくもなかったけど、そんなはずは無い。だって剣だし。
「リア、僕ブラシ持ってくるね」
「分かった、私はこれを見張っとく」
私たちの家の前に落ちていたし、私たちが見つけたし。もうこれは私達のものだ。
井戸に汲み取り用のバケツを放り込み、縄をよいせよいせと引っ張る。
「もってきたよ、リア」
「水はくんどいたよ、リウ」
二人でそこからは剣を磨くことにした。藁で作ったブラシは剣に傷をつけることは無いだろうし。思いっきり力を入れて洗った。
「「うりゃりゃりゃ」」
『~~~~~~!!』
ふと手を止める。あれ、今なんか声聞こえた?リウを見ると同じように首を傾げていた。気の所為かな。
再度洗うのを再開する。また途中でなんか聞こえたけど気にしなかった。
しばらく磨くとキラキラと白い刀身が出てきて、剣の中心にある石が水を吹き出していた。
どうやら水を吸い込んでしまったらしい。
「なんでも食べちゃうらしい」
「躾が必要かな、リア」
「そもそも剣って躾れるものだったかな、リウ」
思わず目を合わせ水をピューピュー噴水のように吹き出す石に試しに指を当ててみる。なにか障害があると吹き出せなくなるらしい。
もぞもぞと剣自体が震え出した。
少し眺めて指を離すと凄い勢いで水が出されて、剣がガタガタと音を鳴らし始めた。
「どれくらい入るのか試そうか、リウ」
「呼吸はしてないだろうから水を汲む?」
リウに声をかけるとまた井戸に水汲み用のバケツを投げ入れていた。それはいい案だと頷き剣に視線を戻すと地面に引きずったあとができており、その先には剣があった。
元々の場所から動いているように見える。
「リウ…リウ…大変だ」
「どうしたの、リア」
「この剣逃げるぞ」
「じゃあこの縄で井戸に繋いどこう」
リウがポケットから縄をまとめた物を取り出す。それを受け取りやけに豪華な作りに括ると井戸の屋根を支える柱に結ぶ。
確か隣のマークがペットの犬をこうやって家の前に繋いでいたはずだ。
案の定剣は身動きができないらしい。縄がピンと張る位置で震えている。
それを観察していると隣に水入りバケツが置かれた。リウがふぅと息をついている。
「さて、始める?」
「うん、まずはバケツ一杯から」
「じゃあ私は吹きでないように石を抑えようか」
「僕が水をくめばいいんだね、疲れたら代わってくれるならいいよ」
「もちろん」
私が剣を抑えてリウが石に水をかけようとしたところで私達は止まった。
「こら!二人とも何しているの!」
「「あ」」
母さんが来てしまった。私は剣を背に隠してリウがバケツを背に隠す。
「近所の人からあんた達が井戸の水を無駄に───ちょっと二人とも後ろに隠した物を出しなさい」
やばい、既におかんむりだ。
誰だ告げ口したのは。マークか、アロか、タンドか。くそう、後で覚えてろよ。
リウと目を合わせため息をはいて渋々剣と水入バケツを前に出す。
「……水入りバケツはまだ分かるわ、でもその剣はなによ?」
「「拾った」」
「どこで?」
「「うちんちの塀の裏」」
頭を抱える母さんの後ろから父さんが走ってきたのが見える。急いで可愛く見える角度で目をうるませると走ってきた父さんに顔を向けた。
「「ねぇ、この子飼っていいでしょう!?世話もするしお散歩も毎日行くから! 」」
「う、あ、…わ、わか」
「バカ!頷きかけてないでよ!」
母さんに邪魔された。もう少しだったのに。
「こいつ真っ黒けに汚れてたの洗ったんだ…」
「お腹すいているみたいだったからパンも分けてあげた」
「今から水をあげようとしてたところなんだよ」
悲しげに足元を見ていれば母さんがショックを受けている。
「自分のご飯を分けた…!?」
「…エリー落ち着いて、問題はそこじゃないと思う」
父さんが私たちに目線を合わせる。
「いいかい?剣は食べないし、水も飲まない、ましてや散歩にだって行かないんだよ」
「「でも」」
「ペットを飼いたいならもっと他の子にしよう。隣の家みたいに犬を貰ってくるのがいいだろう?ほら犬の方が可愛いし」
そういった父さんの発言に抗議するように剣が跳ね始めた。
「「え…」」
「いっちょまえに可愛い枠に行こうとしてるのかな、リア」
「タイミング的にそんな気がするな、リウ」
二人でこそこそと剣の元にいき、試しに褒めてみた。
「よく見たら豪華で綺麗」
「石もつやつや」
「刀身も真っ白だし」
「傷もなさそう」
「かっこいい」
「かわいい」
適当に二人で褒めてみると今度は照れたのかもじもじしだした。
やっぱり面白いぞこの剣。
きらきらした目を再度父さんと母さんに向けると二人は真っ青な顔をしていた。
「…りょ、領主様ぁぁぁ!」
父さんが領主様を呼びながら走っていく。父さん足遅いし鈍臭いのに平気だろうかとリウと二人で見送っていると案の定遠くでコケていた。
「…元いた場所に返してきなさい」
「「元いた場所うちの塀の裏だよ」」
「遠くに捨ててきなさい!!!」
「「やだ!!!」」
母さんとぎゃいぎゃい揉めていたらしばらく経つと領主様の馬車が私達の前に止まった。随分と早い気がする。こんなに早いのは山賊が出た時以来初めて見た気がする。
「……グロウが血だらけになって来たと思えば…これは本物か」
井戸に縄で繋がれた剣に手を伸ばす領主様。慌てて二人でそれを遮るように立ち睨みつける。
「「勝手に触らないで」」
「領主様になんて口聞いてるの…!このおバカ!」
母さんにゲンコツをもらい、いじけつつどく。もちろん繋いだ縄は解けにくいようにしてある。
「君たちが見つけたんだね?」
「「うん」」
「家にあったと?」
「「家の塀の裏に落ちてた、真っ黒だった」」
二人で声を揃えて言うと領主様が頭が痛そうに空を見上げている。この仕草は知ってるぞ。うちの父さんが母さんにお小遣い減らされた時に良くしてた。
「…恐らくだが、これは聖剣だ」
「「せいけん?」」
「あぁ、良く物語に書かれているだろう…魔王に対抗する為の聖なる剣…見た目も文献と合致するし、何より動くそうじゃないか」
リウと顔を見合わせる。聖なる剣?これが?
差し出されたもの全部口にしちゃうこれが?隙を与えたら逃げようとするこれが?
「幸い魔王は目覚めてはいないし、国自体平和だ。だが聖剣は確か数百年前に行方不明になったそうでな、まぁ、遅くとも動くことが出来る意思ある剣だからいずれ持ち主にたるものの前に現れるだろうという話で纏まっていたらしい」
縄で繋いだのは正解だったらしい。やっぱり逃げるんだ。
「…つまり、その…なんだ」
「「?」」
「二人の前に姿を表したということは二人のうちどちらかが持ち主なんだろう」
どちらか。まぁたしかに剣は一つだし、そういう話になるのか。でもまぁ
「私達はずっと一緒なので」
「どっちとか僕達には関係ないです」
じぃっと領主様を見上げてみる。母さんが絶句しているし、父さんは包帯だらけ。
「…とりあえず目の届く範囲にはいて欲しいからまずは引っ越しか」
────引っ越しした先は領主様の庭に作られた小さい家だった。母さんと父さんは泡を吹いて倒れたりしてたけど私とリウは正直真新しいものばかりで楽しかった。
領主様からも許可は出たので、あの聖剣は無事にうちの子になった。
「「ポチ、ご飯だよ」」
名前はポチだ。
好き嫌いは激しいし、たまにびったんびったん跳ねるけど、なかなか面白く可愛いやつである。
なんでこんな話を思いついてしまったんだろうか。
リア10歳
双子の姉
茶色い髪に左に泣きぼくろ。少し男っぽい喋り方。
リウ10歳
双子の弟
茶色い髪に右に泣きぼくろ。少し大人しい話し方。
グロウ28歳
双子の父
苦労人、ポンコツ、ドジっ子の親バカ。
エリー26歳
双子の母
しっかりした性格。面倒見がいい。心配事は双子のイタズラ。
領主様??歳
真面目でのほほんとした気のいい領主
最近飼い犬と聖剣が威嚇しあってるのを止めるべきかどうか悩んでいる。
ポチ
双子のペット。聖剣らしい。
時々夜泣きするらしい。