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短編

幼馴染が見つかってしまった

作者: 剃り残し

 天神香乃てんじん かの。フォロー:0人、フォロワー:105,000人。


 携帯の画面に映る香乃のSNSアカウントを見てため息をつく。


 香乃は僕の幼馴染。少し前までフォローもフォロワーも50人程度だった。内訳は高校の同級生ばかり。その50人の内の一人が僕だったのだが、今では105,000人の内の一人になってしまった。


 その原因は、香乃が視聴者投票型のアイドルオーディションに出たからだ。


 100人いる最終候補者の個別動画が公開されるなり、あっという間に再生回数で上位に躍り出てデビュー確実とまで言われている。早い話が、香乃は世間に「見つかって」しまった。


 アイドルの卵ではあるが、もう孵化は目前。それが天神香乃だ。


 友人のフォローを全部外す必要があるのかと思ったけれど、アイドルに男の陰がちらつくとどうしても炎上してしまうので、未然に防ぐための方策は取れるだけ取っているのだろう。


 そんな状況になった僕からは、一つの後悔がどうしても頭のど真ん中から消えてくれない。


 それは、香乃に告白しなかったこと。


 保育園からずっと一緒で改めて言うタイミングも無かった事もあるし、高校ではとある理由から地味眼鏡っ子を装って存在感を消していたため、香乃の可愛さに気づいているのは僕だけという安心感、優越感があったからだ。振られるくらいならこのままで良かった。


 それでも香乃が「見つかって」しまった以上、今後あり得る未来は二パターンだ。


 一つは、本当にアイドルとなって芸能人をしつつ学校に通う未来。芸能界なんて世界だったらイケメンがたくさん寄ってくるだろうし、そもそもアイドルは恋愛厳禁というのが暗黙の了解だ。


 もう一つは、本物のアイドルになれなくても学校のアイドル的存在として輝く未来。僕にあるのは幼馴染みというアドバンテージのみだ。むしろ、これまでの事もあるので恋愛対象として見てもらえないというディスアドバンテージになる可能性すらある。


 帰宅部の僕なんか、サッカー部のエースやバスケ部のキャプテンと並べば吹けば飛ぶような存在なのだから。


 どちらの未来がやってきても僕が告白したところで振られるだけだろう。


 こんな事になるなら部屋でくっちゃべっている流れで好きと伝えておけば良かった。


 今日何度目か分からないため息をつくと、いきなり携帯が震えだした。驚いて携帯から手を離すと、重力によって僕の顔めがけて降ってくる。


 携帯が直撃した鼻を擦りながら画面を見ると、香乃からの電話だった。SNSの繋がりは切れてしまったけれど、さすがに電話帳を消すまではしてなかったようだ。


 緊張のせいで携帯と同じくらい指を震わせながら電話に出る。


「も……もしもし」


赤坂翔吾あかさか しょうごさんのお電話ですか?」


 確実に香乃の携帯から掛かってきたのに声の主は知らない人。


「そうですけど……誰ですか?」


「ちょ! ミリちゃん! ストップストップ!」


 電話の向こうからはガサガサと揉み合う音がする。


「……あ! 翔吾? 悪いね、ミリちゃんがイタズラで掛けちゃったんだ」


 今度は香乃の声。どうも二人でいるらしい。後ろからは「いたずらじゃないですよー」とミリちゃんなる人の声が聞こえる。


 香乃がどこかに移動すると言うと、ガチャガチャと扉を開け閉めする音がした。


「ふぅ……お待たせ。今って大丈夫だった? って、帰宅部の翔吾に聞くことじゃないね」


「帰宅部の香乃に聞かれることでもないけどね。さっきの人は誰なの?」


薬院海璃やくいん みりっているでしょ? 合宿で同じ部屋なんだ」


 薬院海璃も人気上位の人だ。香乃に言ったら怒られそうだけど、オーディションの参加者の中で一番可愛いと思う。


 プライベートの薬院さんと話してしまった。心臓がバクバクと高鳴る。恋というよりは、推しと話せた時の高揚感に近い。


「そうなんだ。それでその薬院さんがなんで電話を?」


「アハハ! ま……まぁ色々とありまして……それよりさ、聞いてよぉ。合宿所のお風呂場があるんだけどね、年上の人がずっと占領してるの! どう思う? 酷くない?」


 何事かと思ったら、ただ愚痴が言いたいだけだったらしい。いつもなら家を出て路地を渡るとすぐ僕の家なので直接話しに来るのだけど、合宿中なので電話に変わっただけみたいだ。


 そこからも、洗濯機がいつまで経っても開かないだの、宿舎のドライヤーのコンセントが遠いだのとつらつらとどうでも良い愚痴を聞かされる。


 肝心の練習については守秘義務があるとかで何も話してくれない。


 僕としては、香乃と話しているだけで満足なので別に話題は何でもいいのだけど、慣れない共同生活でかなりストレスが溜まっているみたいだ。


「そういえばSNSは全部フォロー外したんだね」


「あー……うん。そうだね。でももう消すかも」


 さっきまで明るかった香乃の声が一気に暗くなる。


「どうしたの?」


「いやぁ……まぁアンチっていうのかな。結構な数のアレなメッセージが来るんだ。さすがにメンタルやられちゃうよね」


 何となく、これが電話のきっかけだったんじゃないかと思い始めた。


 香乃はいつもこういう悩みを話の最後に持ってくる。そのせいで深夜まで話し込むことになったりもするのだけど、これも同件に思えた。


「有名人って大変だね……」


「デビューしたらもっと大変になるけどね。デビュー出来るかも分かんないけどさ。そんでさ、中学の時の事、覚えてる?」


「ん? あぁ……忘れる訳ないじゃん」


 香乃が高校では地味眼鏡として過ごすきっかけとなった出来事。それは中学の時のイジメだ。


 僕が知った時はかなり壮絶なところまで来ていたらしく、水面下で女子達からの攻撃を受け続けていたらしい。それこそ誹謗中傷のような主観的な罵倒ばかり。


 イジメのきっかけは香乃が可愛すぎるあまりに嫉妬された事。話を聞いた時はなんて馬鹿な人達だと思ったが、クラスどころか、学年の男子のほとんどは一度は香乃の魅力にやられるのが通過儀礼だったので、他の女子たちが嫉妬するのも分からなくは無かった。


 結局、イジメと言う名の誹謗中傷に耐えかねた香乃は授業中に錯乱し、綺麗なロングヘアを工作バサミで切り落とした。


 当然大騒ぎになりイジメの件も明るみに出て、それからは香乃をイジめていた女子達も大人しくなった。


 とはいえそんな人達と同じ高校に行きたいはずもなく、香乃は地元からかなり離れた高校に通うことになった。香乃の選んだ高校は偏差値が高かったので僕の親も「香乃の護衛になれ」と言い出してしまい、やむなく僕も同じ高校へ通っている。


 香乃が「見つかる」まで僕が人生で一番後悔していたのはあの時助けられなかった事。


 多分、今も心無い誹謗中傷で同じ悩みを抱えているはずだ。


「別にさぁ、ブスとか言われても傷つかないんだよね。だってブスじゃないし。でも、ちょっと振り付けミスしたら叩かれたりさ、ああいうのがキツいんだ。歌も踊りも未経験で下手なのに人気になりやがってって言われてもね。可愛いくてごめんねって感じだわ!」


 他の人を推している人からすれば、顔だけで人気になっている香乃の事が許せないのだろう。そのせいで自分の推しがデビュー出来ない可能性もあるのだから。


「薬院さんとか、他の参加してる人にどうやって割り切ってるか聞いてみたら?」


「聞いたんだけどさぁ、皆メンタルが鬼強いんだよね。そんな事で悩んでたらこれから先もやってけないって……そりゃ分かるけど、辛いもんは辛いんだぁ……」


 ため息混じりの声が聞こえる。部屋で話している時はこんな風に話が煮詰まると冷蔵庫を漁って甘い物を香乃に渡すけれど、離れているのでそれも出来ない。


 香乃は確かに昔のトラウマもあって誹謗中傷に敏感だが、決してメンタルが弱い訳じゃないと思う。


「辛いなら辞めるのも手じゃないかな。そもそもいきなりオーディションに出るって聞いたからビックリしたけど何で出ようと思ったの?」


「翔吾、アイドル好きじゃん」


「それだけ?」


「それだけだよ」


「あ……そうなんだ」


 誰々に憧れていた、とか、小さい頃からの夢だった、とか、そんなありきたりな理由では無かった。


 香乃の嗅覚は鋭く、僕が部屋中に隠しているアイドルの写真集を確実に見つけてくるのだ。だからアイドル好きと知られているのは分かる。


 それにしても、僕がアイドル好きだから、というのはいまいちピンと来ない理由だった。本当は何か他に理由があるのだろう。


「まぁ……理由は置いとくとしても、無理はし過ぎない方が良いよ。また前みたいに……その……」


「もうおかっぱ頭はしないよ。伸ばすの大変だったしね」


「それならいいけど……アイドルみたいにキラキラしてるのも素敵だけどさ、僕はいつもの地味眼鏡スタイルも好きだよ」


 それを最後に香乃からの返事が無くなる。ツーツーというビジートーンは聞こえないので電話は繋がっているはずだ。


「お……おーい。香乃?」


 ドアの開く音、ドタドタという足音が遠ざかっていくように聞こえる。


「……ヤバ……ミリちゃん! ヤバ……」


 何やら香乃が騒いでいるのは分かるけれど、如何せん電話口から離れすぎていてよく聞き取れない。


 少しするとまた誰かが携帯を持ち上げた音がする。


「香乃は寝ちゃいました。それではおやすみなさい、翔吾君」


 家族以外で薬院さんにおやすみと言ってもらえる人は香乃と僕くらいだろう。


 薬院さんのトーンからして香乃も元気そうだし、幸せを嚙みしめながら眠りについた。






 一か月後、週末の昼下がり。部屋でボーっとしていると部屋の窓が叩かれる。香乃が遊びに来た時の合図だ。合宿がひと段落したのだろう。


 窓の錠を開けると、ガラガラと窓を開けて香乃が部屋に入ってきた。玄関から入ってくるのは稀なので驚かない。動画で見たキラキラしている姿ではなく、ジャージに度がかなり強く目が小さくなる眼鏡、一本結びの地味眼鏡スタイルだ。


「おっす! オーディション辞退してきたわ! あ、情報公開は来週だからまだ他の人には秘密ね」


「えぇ!? このまま――」


 このまま続けていたら香乃はアイドルになれていたはずだ。それを蹴ったのだから、やはり誹謗中傷に耐えかねたとか、何かしらの事情があったに違いない。無神経に「このまま続けてたらアイドルになれてたじゃん」とか「勿体ない」なんて言えるはずがない。


「このまま……だと大変そうだったもんね。お疲れ様」


「ありがと。どう? 地味眼鏡スタイルの私だよ」


 オーディションで披露していたダンスを踊りながら聞いてくる。初めに比べてダンスがかなり上達していて驚いた。このまま努力していたらデビューしても客前で披露できるクオリティだっただろう。


「いつも通りだね。似合ってるよ」


「そうじゃないって! その……好き、なんでしょ? これが」


「え? あ、うん……そうだね」


「え? あれ? もしかして私の早とちり? 好きってそういう好きじゃなくて……」


 香乃は一人で顔を赤くして俯く。


 何となく察してしまった。僕が何気なく言った「好き」が恋愛的な好きだと勘違いしていたらしい。


「やっぱりそうだよね。翔吾ってアイドル好きだし、結局キラキラしてる子が良いんだよね……何のために辞退したんだぁ……デビューしたら翔吾に好かれると思ったのにぃ……」


 香乃が頭を抱えその場でうずくまる。香乃の言うことを真に受けるなら、僕のため、つまり僕だけに見つけてもらうためにオーディションに出ていた事になる。過去のトラウマもあるだろうに辛い事をさせてしまった。今度は僕がそれに応える番だ。


「い……いや! 香乃の事、好きだよ。アイドルになったら恋愛が出来なくなるから、言えなかった事をずっと後悔してた!」


 顔を上げ、僕を見上げてくる。


「それは……本当? 本当の本当!? ミリちゃんよりも!?」


「もちろん。ずっと好きだったよ。付き合って欲しい」


 どういう流れで言えばいいのか十年くらい悩んでいた。言ってしまえばそんなに難しい事じゃなかった。


 それは、香乃も断らないという安心感があったからだ。僕の言葉を聞いて嬉しそうにはにかむ香乃を見ていれば良く分かる。


「嬉しい! 翔吾、好きぃ!」


 香乃が勢いよく抱き着いてくるので、後ろにあった机に手をつく。かなり机に体重をかけてしまい、その拍子に机から何かが落ちてきた。


 それは、今回のオーディションのコラボグッズだった。よりによって、薬院さんがプリントされているクリアファイルだ。


「あれ……これ……コンビニとコラボしたクリアファイル……ミリちゃんじゃん! 私のは!?」


「あ……あるよ。好きな人だからね」


 僕がそう言うと、香乃は持ち前の嗅覚で自分のクリアファイルがどこにあるのか探し始めた。


 教科書の隙間、ベッドの下、タンスの中、机の引き出しの中、ありとあらゆる場所に隠していた香乃がプリントされたクリアファイル総勢十枚。一番の推しなので当然だ。


 ババ抜きで手札が溜まった人のようにクリアファイルを広げながら香乃がグフフと笑っている。


「やっぱり私って可愛いなぁ」


「ほっ……ひょんもっが一番だけっね」


 僕のあまりの嚙み具合に香乃が大笑いする。


「やめときなって。そういうきざなセリフは似合わないから。それに、十分想いは伝わってるよ」


 クリアファイルと同じ、左目を瞑るウィンクをしながら香乃は僕に微笑みかけてくれた。

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