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毒林檎令嬢と忠実なる従僕 〜従僕を虐げずに可愛がった結果、激重ヤンデレ美青年になるなんて聞いてない〜  作者: 碧水雪乃@『龍の贄嫁』2巻〈上〉1/23発売&コミカライズ連載中
第10章 毒林檎令嬢と王宮のお呼び出し

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1 菫青石の瞳に燻る仄暗い熱


「アルト、いる? 大変なの! 久々にメローナ様からのお呼び出しが来たわ!」

「おはようございます、お嬢様……!?」


 朝起きて一番に、『おはようございます』とエリーが声をかけてくれるより先に届いたお手紙を掴み、私は寝衣姿で部屋の扉を開ける。

 夜勤の護衛騎士と交代したアルトバロンが、エリーが来る一時間以上前からそこに立っていると知ったのは、こうしてメローナ様からの急な呼び出しが早朝に来るようになって、しばらく経ってからだった。


 アルトバロンは部屋から突然出てきた私の姿を認めると、肩を下げながら息を吐いて、彼の着ていた上着を脱いだ。それをぱさり、と両肩にかけられて私は目をぱちくりとする。

 自然と見上げる形になった私と目があった瞬間、彼は困惑気味にそっと視線を外した。


「エリーを呼びますので、まずはお召し替えを。寝衣のまま部屋を出られては困ります」

「あ! ごめんなさい、ついうっかりしちゃって」


 ……ううっ、転生して何年経っても衣服に対する意識が変わらなくて困るわ。


 上質な綿素材でできたレースたっぷりの寝衣は、前世でいうところのお洒落なワンピースに見える。

 普通に外出できそうな衣服のため、起床してすぐにメローナ様から呼び出されたりすると、正常な判断が鈍って時々アルトバロンを困惑させていた。


 むしろ、前世で着ていたパジャマの方が、人前に出にくい気すらするのだから重症よね……。


 私は彼に掛けられた上着の胸元をきゅっと寄せて、寝衣を隠す。

 彼の軍服風のお仕着せは、私のスカートまでをすっぽりと隠した。


「アルトの上着がこんなに大きく感じるなんて、なんだか不思議ね」

「……ええ」


 感情を抑え込んだ彼の平坦な返事の代わりに、黒い狼耳がぴくりと震える。


 彼の背丈はいつの間にかぐんと伸び、今では百七十五センチを越えている。王立魔法学院三年時は、確か百八十センチを超えていた記憶があるから、まだまだ伸び盛りだ。

 そんな彼の上着は、もともと長丈というのもあるけれど、今や私の膝を隠すほどになっている。


「ふわぁ……。あったかい」


 彼のぬくもりが残る上着が全身を包んで、首や腕などの晒された素肌に触れる。

 微睡みの最中に驚きで飛び出してきたお布団みたいに暖かくて、ベッドと睡眠を恋しく思わせた。


 だって、本来の起床時間はまだ二時間先だったんだもの。


「あぁ、このまま寝たいわ……」


 ぬくぬくのお布団に包まれた感触を思い出しつつ、うっとりと呟く。

 すると、目の前のアルトバロンの笑みがピシリと音を立てて固まった。もふもふの尻尾なんか、時が止まったのかと錯覚するほど硬直している。


「は?」


 しかも時間差で、絶対零度の冷たい声音で問われて、「あっ、あっ、違うの」と慌てて返す。


「こんな時に二度寝なんかしないわっ。いくら私が睡眠大好きでも、さすがにねっ?」

「……はぁぁ。危険な勘違いを招くので、先ほどの言葉は僕以外の異性の前では絶対に口にしないでください」

「そんなの大丈夫よ。他の使用人や護衛騎士たちの前では、公爵家の令嬢としてしっかりやってるもの」

「……はぁぁ。そうですね」


 アルトバロンは二回も大きな溜息をついて、険しい表情で眉間の皺を揉む。


「お話をしていては長くなりますから、とりあえずメローナ様からの手紙をお預かりしても?」

「ええ。これよ」


 私は手に持っていたメローナ様からのお手紙をアルトバロンへ渡す。


「それじゃあ至急、エリーをお願いね」

「かしこまりました。旦那様にもご報告しておきますのでご安心ください。お嬢様はエリーが来るまで、決して部屋から出られませんように」

「わ、わかってるわ。もう十五歳だもの」

「十五歳のご令嬢は、こうして寝衣のまま平然としてはいません。あなたに忠実な従僕の前だからと、警戒心がなさすぎるのも困りものだ」


 そんな話をしていると、回廊の遠いところで数人の軍靴の音が響く。きっと見回りの護衛騎士たちだ。

 あの角を彼らが曲がってきたら、鉢合わせしてしまうだろう。


 アルトバロンはすっと私のそばに近寄って腰に手を添えると、覆い隠すようにして部屋の内側に私を押し込んだ。


「ひゃっ」

「……お静かに。彼らの目に触れますよ」


 アルトバロンの低くて甘い声が、小さな吐息とともに鼓膜を揺らす。

 腰に添えられただけだった彼の手がそっと離され、私の唇に人差し指が当てられた。


「誰もが思わず手折りたくなるような可憐な花の姿は、僕だけが知っていればいい」


 彼の表情は、先ほどまでの困惑していたものとは程遠い。

 しっとりと濡れた菫青石の瞳の奥には、なんだか、仄暗く燻る熱がちらついて見える気さえする。

 壮絶な色気と滲み出る過剰な過保護さに、私の心臓がきゅううっと締め付けられた。


「今後はくれぐれも、このようなことがないよう努めてください。……お返事は?」

「は、はひ」

「……では、後ほどお迎えにあがります」


 音もせず静かに扉が閉まる。

 少ししてから、扉を一枚隔てた向こう側で、こちらへやって来た護衛騎士たちがアルトバロンに朝の挨拶をしている声がした。


 アルトバロンの機転のおかげで、彼らに目撃されて、『寝衣姿で出歩く二度寝希望のズボラ令嬢』だと思われずに済んだ。……だけど。


「……びっくり、した……っ!」


 私は呆然と扉を見つめながら、遅れてきた羞恥心で、顔を真っ赤に染めたのだった。



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