4 アルトを幸せにする最適解
だってだって。転生した今だからわかるけど、この世界の魔法理論上『殺害による魔法契約の破棄』は、私が死ぬだけじゃなくてアルトバロンも対価が発生して大変なことになるよね?
とくに主従契約は裏切りを許さないためのものだ。従者が主人よりよほど技術が優れていて魔力的にも格上でないと、契約破棄は成功しない。格上だろうと、破棄には相応の対価が必要になるだろう。
となると、アルトバロンの寿命があと数年になるとか、片腕が持っていかれるとか、臓器不全になるとか……最悪命を落とすこともあるはず、だよね?
「ええっ、ちょっと待って。本当に最適解なのそれ!?」
ゲームだったら幸せいっぱいのスチルだし、どんなにアルトバロンが寿命を削っていようが見る限りはハッピーエンドにしか見えないけど、現実世界で同じことをやったらハッピーエンドのその先がお先真っ暗なんですけどっ!
主従契約は主人であるティアベル主導で破棄を行えば対価は発生しない。
だが、わがまま放題に育ったせいか『わたくしが世界で一番愛されるべき』だと信じて疑わない悪役令嬢が、アルトバロンを手放すはずがなかった。
むしろ契約で縛った状態で命令して、無理やりにでも追放先へ連れて行こうとしたはずだ。
それでも世界中で方法を探せば、どうにかしてティアベル主導で主従契約を破棄できただろうに。それを行わなかったのは、聖女様と過ごすための時間を費やすのが惜しかったというのもあるだろうが。
……多分、きっと。
「元主人への哀れみ……?」
あんなに酷いことされたのに、主を手にかけた責任を負おうとするなんて……。なんてまっすぐなの、好き。彼のそんなところに聖女様も惹かれたんだろうなー。
……って、いやいやいや。だからこそ、幸せを眼の前にして必要のない自己犠牲に走るのはよくないと思う。
「お願いだから、もっと穏便な契約破棄の方法を探してよぉぉぉ。ちゃんと幸せになってぇぇぇ」
私は両手で顔を覆って、感情のままにベッドの上でゴロゴロと左右に寝返りを打ちまくりながら叫ぶ。
あらゆる手法で暗殺される側の身としては、アルトバロンには契約破棄の対価や反動はゼロの状態で正しく幸せになってほしい。
「うーん。この先、一体どうすればいいのかしら……」
今のところ暗殺される理由のひとつである〝主従契約〟をすでに済ませてしまった私は、このままいくと十年後に確実に死ぬ運命にあるわけだけど……。
とりあえず、原作のように魔法薬を盛って違法な番契約を迫って、
『これでアルトバロンの身体は永遠にわたくしのもの。うふふふふっ』
なーんてメンヘラ悪役令嬢ムーブをかます予定はないので、番契約破棄ルートによる暗殺を心配する必要はないだろう。
心配すべきは主従契約破棄ルートによる暗殺一択。
だからと言って、今すぐ主従契約の破棄を告げてはアルトバロンと聖女様の出会いを阻止することになりかねない。それは絶対にしてはいけないことだ。
だって聖女様以外の誰がアルトバロンを幸せにできるというのだろうか。
「残念だけど、悪役令嬢の私ではないことは確かね」
でも暗殺はされたくないし、させたくない。
「…………それなら、もう、私が責任を持って『最高の契約破棄』ができるようにアルトバロンを導くしかないのでは?」
そうよ。アルトバロンが誇れるような、清く正しく立派な主人に私がなればいいのだ。
「彼を私が傷つけて、私が原因のトラウマを植え付けさえしなければ、暗殺されたりしないはず」
まあ、私がアルトバロンを傷つけたり、虐げるなんて絶対にあり得ない。
同意のない番契約なんてもってのほかだし。
むしろお姉さんポジションからアルトバロンをめちゃくちゃ可愛がりたい。お砂糖たっぷりの林檎のコンポートくらい、とろとろくたくたになるまで甘やかしたい。
それから『自立できる年齢になったら主従契約の破棄はいつでも受け付けます』って折を見て伝えて、私たちの間にあるものは安心安全な主従契約であることを宣言する。
これなら聖女様の従者になりたくなった時も、私に一声かけてくれたらすぐに契約破棄して職場変更できるし。学生時代の間にスムーズな将来設計ができるだろう。
「うんうん、そうと決まれば徹底的に努力するのみね」
そうすればアルトバロンが本当の意味で幸せになれる!
「暗殺しなくていい、されなくていい。そんな〝パーフェクト契約破棄〟を十年後に必ずや実現してみせるわ」
たーくさん可愛がって甘やかして大切にして、最後はきっぱりお別れして! アルトバロンをハッピーエンドに導くんだから!
私はベッドから飛び起きると、グッと拳を握りしめて気合いを入れた。
ふと窓の外を確認すると、太陽は地平線の近くまで傾き、雲は薄く赤みを帯びてきている。
「……えっ、もう夕方!?」
慌てて時計を確認すると、置き時計の長針は十七時を指している。アルトバロンと引き合わされた家族だけのお誕生日会から、半日も眠っていたらしい。
こうしちゃいられないわ。今夜はお客様を招いて行われる誕生日パーティーもあるのに。
お父様はきっとアルトバロンを公爵令嬢の新しい従者としてお披露目するはずだ。しかし肝心のアルトバロンとは全然交流できていない。
だけどパーティーの開始時間まで、あと一時間くらいじゃ――?
コンコンコン、と控えめに扉をノックする音が聞こえて思考を中断する。
「どうぞ」
返事をすると、私付きのメイドであるエリーがほっとした様子で入室してきた。
「ああ、良かった。お目覚めのようですね、ティアベルお嬢様。体調はいかがですか?」
「体調は良いみたい。エリー、あの……アルトは?」
「お呼びしましょうか? 外に控えていますから」
そう言って、彼女はアルトバロンを呼び入れた。
「失礼いたします」
主人の私室に初めて足を踏み入れたというのに、彼は八歳の子供らしく部屋を見回したりはしなかった。
形の良い唇は真一文字にひき結ばれており、凍てつく美貌は相変わらず警戒心で満ちている。
前世の記憶より幼いアルトバロンの声は、ゲームで悪役令嬢に接する時と同じように無感情だ。私を拒絶しているのだろう。
しかし、もふもふの尻尾はピンと立ち、狼耳は所在なさげにぴくぴくと左右に小さく動いている。
契約時は悪魔のように仄暗い懐疑心を爛々とたたえていたが、主人となった人間が突然目の前で卒倒したことは、少なからずアルトバロンの心に何か影響を及ぼしたらしい。
「ごめんなさい、アルト。初日から困らせてしまったわね」
「いえ。僕は気にしていませんので」
アルトバロンは取り付く島もない様子でツンと澄まして目を伏せる。
だが、しばらくしてから彼はどこか戸惑ったように視線を彷徨わせると、「……お加減いかがですか」と静かに口にした。




