進む道程
サリバンに勝利(?)した俺たちが地上に戻ると一人の男が出迎えてくれた。
俺でも知っている有名人、ギルド長だ。
いつも疲れた顔をして焦燥しているイメージだったが、今はなんだかつやつやしているように見える。
「ご無事で何よりです」
「ネズミは現れたか?」
「近衛騎士団副団長と……ランドマーク家当主が」
ギルド長は何かを思い出したのか少ししゅんとした表情を見せた。
「そうか、ご苦労様」
師匠はそう反応しただけだった。
すでに俺からオリビアの叔父がサリバンとつながっていたことを告げている。
そして今、さらに大物の名前が出た。
オリビアの父親だ。ランドマーク家の当主を引き継いだタイミングで前線からは退き、弟が近衛騎士団の副団長として軍事的立場を守ってきた。
しかし、弱いわけもなく、全盛期は弟とよく比べられる強者だった。
ここで恐ろしい仮説が立てられる。
もし、副団長に用事があって投手がたまたまこの場に現れたのならば何も問題はない。
しかし、当主も魔族とつながっていた場合。
オリビアは実の父にも殺されたことになる。
そんな容赦のない残酷な現実が突きつけられるのだ。
「ネズミの狙いがまだ分からない。もう少し泳がせるとして、もう包囲を解いてくれ」
「分かりました。他に頼みはないんですか? 戦いとか?」
どうやら師匠は俺が思っているよりも大きな権力を持っているらしく、ギルド長を従えている。
一方のギルド長はどうやら、戦いたいようだ。表情が物語っている。
バトルジャンキーという噂は本当だったらしい。
「少し時間を置けば、今先鋒を送りこんできた勢力以外にも介入してくる別勢力が現れずはずだ。その時は自由に戦うがいい」
「いい時代になってきましたねぇ」
いつでも呼んでください、そう言ってギルド長はギルド本部に入っていった。
「ぼさっとするな。ついてこい」
「はい!」
ギルド本部から離れ、久しぶりに日差しを浴びながら歩く。
来た道を戻るような経路を黙って歩く。
しばらくすると、学園が見えてきた。
とても新鮮に見えた、たった数日ぶりなのに。
学園を出入りする人々は前と変わらないように見える。
今までもオリビアに巻き込まれ、冒険のようなことをしたことは何度もあった。
しかし、今後、そんなドタバタ劇を演じることはない。
もう、どこにもいないのだ。
「次に私が現れるまでは学園で過ごせ。今のお前にできることは戦闘になれることだ。努力を怠るなよ」
「そんな悠長なことをしている時間はあるんですか!? それよりも弟に会わせてください!!」
「お前の弟は国外ですでにこの戦争に参戦している。お前にはまだ前線で戦う力はない。会いたければ強くなるんだな!」
優希が遠くの地で戦っている。
それが事実かどうか確かめる手段はない。
魔族が平然と住んでいる異国で戦い抜く力もなければ、優希を探す方法もない。
「わかりました。次に会うまでに強くなります」
優希に会う。
オリビアやカイナの仇を討つ。
この国を魔王から守る。
やらなければならないことはどれも今の俺には手が余るものばかりだ。
理由をつけて立ち止まっている時間はない。
「これからは世界の支配者になろうと、別次元の化け物が動き出すぞ。聖魔大戦がはじまるまでに力を蓄えておけ。ルイン・へリッド、お前は強くなれる」
頭を下げ、師匠を見送る。
「この学園の頂点くらいはさっさと取らないとな」
学生に負けているようではすぐに死んでしまう。
幸運なことにこの学園にはオリビアやカイナを超える実力者もいる。
最低限の土台を作る場所としては最適だろう。
師匠が見えなくなったあと、俺まず学園のシャワー室に向かった。
何をするにもまずは身支度と腹ごしらえだ。
寮の備え付けのシャワーで汗と汚れを落としている時に、服に血が付いていないことに気がついた。
サリバンと初めて戦った時に吐血や裂傷など、血を多く流し、服は血塗れになったはずだ。
気付かないうちに師匠が落としてくれたのだろうか。
気になる謎はいくつもあるが、全て師匠の魔術ということにしておこう。
流石に洗濯くらいはしておかないと気持ち悪いので、新しい服に着替える。
とりあえず学園室に報告を入れたあと……生徒会室に向かうつもりだ。
身辺整理という訳では無いが、自分の状況もハッキリさせたい。このまま生徒会に居座るのか、キッパリ辞めて放課後は学園外で鍛錬するのかを決める。
何度も言い聞かせる、感傷に浸る暇はないのだと。
寮を出て、生徒が授業を受ける学生館を抜け、教員のための管理館に足を運ぶ。
最奥の部屋の扉をノックし、中に入る。
「2年、ルイン・ヘリッドです。ご報告があり、ここに来ました」
「……あの方話は聞いておるよ。まあ座りなさい」
そこにはこの学園を収める学園長である一人の老人が座っていた。
いつも元気のある顔ではないが、少しやつれているように思う。
かつては宮廷に勤める第一線で戦う力を持つ魔術師だったと聞いている。
名前は確か、カメル・ブラッド。
そう、ブラッドだ。
「学園長は師匠と血縁関係なのですか?」
「何がきっかけになるか分からないものですね。ついこの前までは生きた屍のような生活を送っていた君が、まるで新たに目覚めたみたいです。君のいう師匠とは血縁関係はありませんが、元々孤児だった私が貴族としての位を王に授かった時に名をもらったのですよ」
今までの記憶はもうはっきりしている。
それでも、生きてきた実感はぼんやりとしていて、弟との思い出など、限られてた記憶以外は宙に浮いている感覚だ。
俺は、生きた屍という言葉の通り、惰性で生きてきたのかもしれない。
「報告はすでに聞いているので大丈夫ですよ。オリビア・ランドマークやカイナさんのことを気に病むことはありません。君は前だけを見て、進み続けなさい」
「……はい」
この言葉は気休めなどではない。
事実として、この先の戦いのために立ち止まっている時間など俺には許されないのだろう。
「生徒会についてですが、少し学園の在り方を戦いに向けて一変させます。今までの役割は育成機関でしたが、今後は実戦部隊として戦いに参加する前提の授業を開始します。そのため、生徒会は完全な実力主義とし、5名で構成しなおす予定です」
「魔王との戦いのことを公にはしないんですよね?」
「ええ。それはまだ時期尚早です。まだ土台を作る期間といったところです。話を戻しますが、生徒会を作り変えるために、学内の生徒全員によるランキング戦を開催します」
ランキング戦。
今の俺の目標として、その戦いを勝ち抜くことはちょうどいいかもしれないな。
「しかし、そのための準備にはまだ時間がかかりますので君には別の国に行ってもらいます」
「別の国、ですか」
「はい。この世界には王国のほかに、大国として帝国と魔導国家ザハードがあるのは知っていますね? 君には1か月ほど帝国に行ってもらいます。目的は帝国にあるコロッセオで行われている闘技大会での修行です」
もちろんほあkにも小国があるのは知っているが、大きな国は帝国と魔導国家ザハードくらいだ。その2国についてもほぼ鎖国状態のこの国では内情を学ぶことはない。
闘技大会についても初耳だ。
「闘技大会というのはタイマン戦とペア戦の2部門がある、誰でも参加自由の腕試しの場所です。毎朝、その場に行って登録さえすれば戦うことができます。経験不足の君にはもっとも適した場所でしょう」
「そこで力をつけ、この学園のランキング戦に参加するのが当面の予定ですか」
「いや、君は帰ってきたらこの学園のトップの生徒を倒してもらえれば大丈夫です。学園のことは気にせず帝国で戦ってきなさい」
無慈悲に突き放したともとれる言葉だが、学園長の目には俺がしっかりと映っている。
俺のことを考え、最短で強くなるための方法を告げている。この学園でのランキング戦に合わせ力をつけるのでは遅いということだろう。
「わかりました。強くなって帰ってきます」