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始まりの一歩はこれにて

 扉の先に待っていたのは希望が紙一重で絶望に裏返る、まぎれもない現実だった。


 俺を焚き付けた女性は両腕を失った状態で、俺を待っていた。

 その顔に苦しさなどみじんも見えず、状況が不明瞭になるような不気味さが表情からにじみ出ている。


 対するサリバンに外傷は見当たらない。

 しかし、その表情は追い詰められた狂犬のようだ。


 今の俺を見て、オリビアとともに戦ったときには見せなかった恐怖の表情になっている。

 あの女が何かをしたのだろう。俺はまだ何もしていない。


「俺をなめるなよ」


 そう応えた。


 女に向けて。

 何もかもお前の思い通りに行くと思うな、そういう意味を込めて。


「『第三永久機関ザ・サード』っ! どうやって!?」


 俺の女に対する言葉を自分に対して言ったと勘違いしたサリバンが完全に俺の方に向き直り、戦闘態勢を取る。


 実際、縛られた状態からどう抜け出したか自分でもわかっていない。

 書斎のような空間から抜け出した時には、俺は立ち上がっており、手足の縛りは引きちぎられていた。

 これもあの女が何かしたのだろう。


 だから、言葉は返さない。


 冷静に、術式を構築する。


「何を考えているか知らないが、お前に負けることなどありえない!」


 サリバンが怒気を発すると同時に、額のツノが光る。

 鬼族特有の身体強化魔術だ。

 俺はこれを吸収することができず、瀕死にされ、オリビアも殺された。


「『乖離反転』」


第三永久機関ザ・サード』は大人が勝手に俺の術式を国宝指定したときに決めた術式名だ。


 俺は国宝指定された、魔術を吸収するだけの使い方は捨てる。


「お前の術式はお前に牙を向く」

「お前の術式は効かん!!」


 残像ができる速度で、サリバンが俺に襲い掛かる。


 今まで自分を守る形で展開していた術式とは違い、相手に向かって術式が展開された。


 俺が弟を殺してしまったときの前段階の術式だ。


 この魔術は、相手の術式を破壊し、逆の効果を持つ魔術として再構築する。


 俺の目の前で拳を構えたサリバンの動きが遅くなり、俺に向かって振り上げられた拳は俺でも避けられる速度に落ちた。結果、俺の鼻をかすめるだけにとどまった。


「……お前、何をした? 誇りある鬼族の術式に何をしたぁ!!」

「悪いが、同じ手は二度と食らわない」


 だが、確信した。


 俺ではこいつに勝てない。

 こいつもおれに勝てない。


 サリバンの攻撃は完全に封じた。

 けれど、俺はサリバンに対して攻撃手段がない。


「弟の時の魔術を使えよ」

「……使えない。今の俺じゃ構築できないんだよ」


『魔術吸収』だけを使ってきた今の俺じゃ『乖離反転』までしか使えない。

 力が衰えているのは、自業自得だ。


「ここまでか」


 ふぅ、と女が息を吐いた。


 そして驚きの一言を発した。


「逃げるぞ」


 この状況で、逃げるといったのだ。

 俺をここまで焚き付けておいて、サリバンを放置して逃げるといったのだ。


「逃がすか!」


 当然のごとくサリバンは立ち去ろうとする女に攻撃を仕掛けた。


 俺は手出しをしなかった。

 女が攻撃手段を持っているのか、逃走手段は何なのか、魔術は使えるのか、多くのことを知らなさすぎるからだ。

 両手を失ってはいるが、治癒魔術を使う気配はなく、元々そうであったかのように痛む様子も見せない。


 不気味だが、味方になるであろう人物を試す相手としてサリバンは良い相手だと思った。

 魔術師が苦手とする身体能力が高い相手であり、並みの魔術師を優に凌駕するだけの魔術適正を持つ、戦いにおいて人間を大きく上回るスペックの持ち主だ。


 魔術を吸収することができる俺相手の時とは違い、女を襲うために両手から火魔術を放ち、女に襲い掛かる炎を煙幕替わりにし、女の側面から掌底による攻撃を仕掛けた。

 そのツノは光を放ち、鬼族の特有魔術と火魔術を同時展開している。

 女の身に、身体を人骨のみにするほどの灼熱と、抵抗感なく頭蓋を割るほどの腕力が襲い掛かる。


 そして。


「何を放心している? 早く地上に戻るぞ」


 何もなかったかのように、その場に一人立っていた。

 地下室に響き渡る悲鳴などどこ吹く風といったように、興味なさげな瞳で、もう一言。


「破牙王の眷属。この国に攻め入るつもりなら、最低限幹部クラスを連れてこい、殺しがいがない、そう伝えろ」


 サリバンは何が起こったか理解できていない。もちろん俺もだ。

 だが、結果としてサリバンは四肢を失い、女は両腕を取り戻していた。

 屈辱を与えられたサリバンは怒りの形相で女を睨むが、痛みで声は出せず、四肢がないので動けもしない。


 こうして、女の完全勝利で戦いは終わった。


 女の力の底は見えず、衰えた自分の限界を知った。


 そして、自分では倒せなかった相手がただの兵士であり、これからさらに別格の強者が送り込まれてくる。


 驚くことに、次の言葉は自然と口から出た。


「俺に戦いを教えてくれ」


 地上への道を歩いている中、前を歩く、今日出会ったばかりの名も知らぬ女性に向かって。


 そして女性は歩く足を止め、振り返った。


「いい心がけだルイン・へリッド。これから私のことは師匠と呼べ、礼儀を欠かすことは許さん。弟を守りたければ神をも殺すだけの強さを身に着けろ、これからの時代にフィットしろ。お前は強くなれる」


 弟のため、自分のため、俺は強くならなければならない。


「私の名はノワール・ブラッド。神を殺すためにお前を鍛える」


 女はノワール・ブラッド、俺の師はノワール・ブラッド。


 そう考えると、なぜか頭が痛くなった。

 心に広がる期待と不安、今は強くなること以外関係ない。



 ◇



 地下での戦いが終わったころ、地上


「そこをどけ、ギルド長」

「どきませんよ、副団長殿」


「平民ごときが、口の利き方に気を付けろ」

「なるほど、今朝の知らせは貴族様のお家騒動の一環でしたか?」


 冒険者のバリケードを抜けてきたのは……なんとか騎士団の副団長だ。

 名前は……忘れた。

 そこそこの腕前だった気がする。


「あの小娘は、この国で間違った存在だった。我らがランドマーク家の恥さらしが」

「ほう、隠そうともしませんか」


 お? これはいけるやつか?


「お前は反逆罪で極刑だ」

「ふふ、これは役得ですね」


 互いに剣を抜き、向き合う。


 ギルド本部の前だが、万が一の時のために全員避難はすんでいる。


 そう、暴れても何も問題はない!


 そもそも俺は強いやつと戦える機会が増えそうだったから、ギルド長になんてものにもなったのだ。

 毎日毎日、書類の山と雑魚どものしりぬぐいさせやがって。


「うっぷん晴らしに付き合ってもらいますよ!」


 副団長が持つのは業物の両刃剣、俺が使うのは片刃の細身の刀だ。


 俺が使う剣は扱いが難しく、使い手もめっぽうすくない。

 だが、うまく使いこなせば普通の剣よりも数倍の切れ味を生み出せる。


 抜き身の剣を腰に構え、その構えのまま距離を詰める。


 たいして副団長は下から斜め上に剣を振り上げた。

 剣には、かまいたちのような鋭い切れ味の風魔術が螺旋状に纏われている。


(このまままともに斬ろうとするとはじかれてしまいそうですね)


「さすがは副団長」


 視線が交差する。


 そして剣が交差した。


 キィンと鋭い音がして、折れた剣が宙を舞った。


「……何をした」


 折れた剣を持つ男は、それを成した男に尋ねた。

 決して、気を抜いたわけではなかった。

 目の前の男は憎たらしいながらも、力は認めざるをえない。


「魔術を使ってきたから、俺も魔術を使っただけですよ」


 そして不敵に笑い


「これで終わりじゃないですよね?」


 そう言った。


 距離が縮まり、戦いは再開される。



 ◇


 同時刻、王城地下金庫室



 破牙王とて、この作戦をサリバン1人に任せているわけではなかった。

 だが、今の今までその作戦に参加していたもう1人の魔族は国外に潜伏していた。


 その理由はサリバンを捨て駒としてでも、王国の主戦力を見極めるためだ。


 そして、その男は王国の戦力を未知数、聖王軍と同じ対応をすべきだと考えていた。

 だが、己が誓いを立てた主君は、無理でした、という言葉で、帰還を許してくれるような性格ではなかった。


「サリバンには悪いが」


 その魔族の魔術は空間系魔術という、希少性の高い魔術系統だった。

 監視や潜入には持ってこいの魔術系統である。


 サリバンに付けておいた盗聴の術式で、状況は把握している。急がなければ、サリバンを赤子扱いに出来るほどの魔術師がここにやってくる。


 その魔族は目的の一つである魔道具の奪取のため、王城の地下の隠し金庫室にいた。


 この場所がわかったのもサリバンの協力者と、空間系魔術のおかげだ。

 協力者に魔道具と接触させ、魔道具の魔術反応を空間系魔術で感知できるようにした。協力者が魔道具と接触した時点で魔術は発動し、魔道具をどこに隠そうが、場所が特定できるようになったのだ。


 魔道具を成果に城へ帰ろう。

 王に助言を致し、任務を終えよう、そう考えていた。


「待て、魔族」


 しかし、何の障害もないわけがない。。

 この場所にも当然ながら戦力が配置されているであろうことは予想済みだ。


「まさか、貴方一人で私から魔道具を守るおつもりですか?」


 私の前に立ちはだかったのは少年だ。

 それもたった1人。


 私とてこの世の頂点に近いお方の眷属である。

 サリバンほどの直接戦闘力は無くても、たかが人間1人に負けるほど軟弱ではない。


「ここに現れた時点で程度が知れる。俺一人で十分だ」


 少年の言葉によるとここに求めている魔道具は無さそうだが、私の空間系魔術ではここを示している。

 現在この瞬間もだ。


「どうやら、嵌められたみたいですね」


 空間系魔術で魔道具を確認した時は、感じるその大きな力から間違いないという判断を下したが、偽物を掴まされたようだ。


 この世に全く同じ魔術反応を示す魔道具があるとすれば、量産型のような全く同じ作りと術式が刻み込まれたものだけだ。

 国宝を超えるレベルの魔道具が複数あるとは考えられない。


 よくあるような1枚の布の形の魔道具と聞いていたので、別物とすり替えられた可能性は十分に考えられる。


 しかし、ここにないのであれば別の場所を探すまでだ。


 この少年から感じる魔力量は私の足元にも及ばない。

 少年の腰には剣が1本あるが、私の空間系魔術の前に近接戦闘は無力だ。警戒するほどのものでもないだろう。


「残念ですが、別の場所を探すしかありませんね!!」


 魔族が手を前に掲げ、術式を発動させる。

 狙い通り少年の頭上の空間が裂け、予め繋げておいたマグマ地帯の溶岩が空間を超え、少年に向かって流れ落ちる。


 さらに少年の前方にも同じものが発生する。

 その空間の裂け目から出てくるものはなかったが、前進し魔族と距離を詰めるという選択肢が消される。


 距離を保って戦うという方針に従う魔族と、その先制攻撃によって魔族の狙い通りの動きしかできない少年、形勢は魔族優勢と思われた。


「偽・絶盾」


 しかし、少年の術式発動とともに結界が展開され、魔術である空間の裂け目はもちろんのこと、物理現象である溶岩さえも侵入不可能な空間が生成された。

 そのまま少年は前進し、前方にあった空間の裂け目も結界に触れることで搔き消えた。


(移動式でありながら魔術的、物理的にも抵抗力を持つ結界だと!?)


 魔族の内心は穏やかではなかった。


 魔族は自分でも思っている通り、魔力量はさほど多くなく、空間系魔術を直接攻撃に使えるほどの技能もない。

 そんな彼にとって空間の裂け目が結界一つに破壊されたのだ。

 空間系魔術に適性が偏った結果、それ以上の攻撃となると自分の魔力量では無視できない魔力が必要となる。


 撤退、その二文字が魔族の彼の頭に浮かんでいた。


「お前たちの主は勇者様が滅してくださる。その手助けができたのは幸運だった。ーー偽・絶剣」


 少年は狂信者と言えるほど、伝承にある勇者を妄信していた。

 あらゆる理不尽に抗い、魔族の王どもを一人残らず滅殺し、神の世界へと旅立った英雄。

 そんなおとぎ話に憧れ、魔王を討つために戦い始めた。


 その頭の中に兄という存在が介入する余地など皆無である。


 そんな少年は、まるで勇者かのように、聖剣がごとき存在感を持つ剣を振るった。



 地下には塵一つ残らなかった。





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