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白衣の悪魔

 王国、地下研究室。


 超極秘に作られた研究室には一人の女性が王国の情報一覧を見ながら渋い表情をしていた。

 この場所はこの一人の女性のために作られた場所だ。

 彼女の身分上、表で自由にしすぎると王族の権威が崩壊してしまう可能性があり、彼女自身もそれは望んでいない。そのため、この場所を作って引きこもり、自分が動きべき時のために研鑽を積んできた。


「これは……動き始めたか」


 国同士の戦争の規模ではない。それ以上の存在が一気に動き始める時代がやってくる。

 その前兆として『第三永久機関ザ・サード』ルイン・へリッドがこの国にも生まれた。


 そのピースを集めに王や帝が動き始める。


「初めに動き始めたのはおそらく魔王。ルイン・へリッドを先に確保されたのは痛いな」


 動き始めを察知し、先に私からルイン・へリッドに接触する予定だったが、恐らく……敵に捕獲されているだろう。


 彼の特有魔術の可能性は上位存在を食い殺すキーになる。


「さて、やることが山積みだな」


 かつての聖帝が残したとされる魔道具『グラン・ドラード』の確保。

第三永久機関ザ・サード』ルイン・へリッドの奪還。

 そして……ネズミ狩り。


 いくら魔王といえど、一国からピースを奪うためだけに国を亡ぼしたり、戦争をするのはコストとリスクは大きすぎる。

 こっち側に協力者を作り、内々から攻め、国を崩壊させる一手を打ってくるはずだ。そのために内通者の存在は必須だ。


 今回のランドマーク家の令嬢とお付きのメイドの失踪は手掛かりになるはずだ。

 この事件で得をする人物は限られている。だが、まだ手掛かりが少ない。

 よってネズミ狩りは後回しだ。


 そして『グラン・ドラード』は王族特務騎士団が常に防衛している。魔王の戦力でもかなりの上位と渡り合える戦力だ。こっちも後回しで大丈夫だろう。むしろ、彼らには魔王の戦力を削ってもらうくらいの働きをしてもらわねば困る。


 つまり、私がすべきことは『第三永久機関ザ・サード』ルイン・へリッドの奪還と、こちらの手ごまにすること。ルイン・へリッドの素行はよくない、不真面目青年と聞いている。国宝という地位に甘んじ研鑽を重ねない、甘えた男だと。


 この世界で唯一魔力切れという言葉に縁がない男だ。しかし、戦歴はなく、国宝の名に見合う実績もない。


「戦いが嫌い、ということか」


 このまま彼が戦いに巻き込まれれば、覚悟のないまま利用され、苦しんだまま死ぬことになるだろう。

 彼の因果に見合わない性格。

 どうにか、変わってもらうしかない。


「行くか」


 向かう先は彼が監禁されているであろう地下。数ある魔族の気配が点在するなかでその気配が一番強い場所だ。

 この国の国民は貴族含め魔族を知らない。だが、魔族はこの国でも主に地下で暗躍している。それを主に王族特務騎士団が対処している。それを公表しないのは彼らの存在自体が怪しいのと、全魔族が悪ではないと王族も理解しているからだ。しかし、この国の在り方を考え黙秘している。それは仕方がないことだ。


 そもそも魔族の気配を探れるのは私の特性と、王族特務騎士団が保持している魔道具だけだ。

 王族特務騎士団には『グラン・ドラード』の守護を最優先にと言い渡している。

 だからルイン・へリッドの奪還は私にしかできない。これは私の役割だ。


 手に持つ王国の情報の一覧を同じ冊子が並ぶ本棚に立てる。

 部屋用の白衣から外出用の白衣に着替える。


 地下研究室の鍵をかけ、地上につながる階段を進む。


「おや珍しい。外出されるのですか?」


 そこにいたのはこの国の王だった。

 豪華な装飾が施されたマントを羽織って、腰が悪いのを補うために杖を支えに立っていた。


「国王。時が来た」

「……そうですか。私にできることがあったら遠慮なく言ってください。この国のためなら何も惜しみませんので」

「頼りにしています。敵はおそらく魔王。内通者に暗殺されることだけは気を付けて。では」

「よろしくお願いします」


 この男は強い。王の器として時代に負けない大きさを持っている。

 この先の戦いに負けない因果の強さも持っている。


 魔王ごときに崩される国ではない。



 貴族の住宅街を歩く。

 すれ違う人々は私の外見を訝しく観察し、自分にとって利益にならなそうだと目をそらす。損得という一つの価値観に縛られ、鳥籠を自ら作る貴族という人種。

 私はその生き方を否定するつもりはないが、窮屈だと思う。

 階級が、その地位が生き方を決めてしまう。そんな人生はつらいと思う。


「研究者の方ですか?」

「ええ、より良い国にするためお互い頑張りましょう」

「はい! 応援しています」


 話かけてきたのは貴族の子供だった。

 愛国心。その育みはいいものだ。


 貴族街を抜け、冒険者の姿が見え始める。


 泥臭い人間がこうも多い場所はこの国でも多くない。


 目的地のほぼ真上に位置する建物、冒険者ギルド。

 私がその扉を開け、足を踏み入れると同時に酒息混じった声がやみ、何事もなかったように再び喧騒に包まれる。

 このような場所に私のような白衣を着た女性が訪れるのは物珍しいのだろう。


「姉さん、こんな場所になんのようだい?」


 こうして興味本位で声をかけてくる者もいるが、無視して通り過ぎるとそれ以上声をかけてくるものはいなかった。

 この時間帯にこの冒険者ギルドで飲んでいるやつらは大したことがないやつらばかりだ。

 私のようないかにもといった格好の危険分子に近づこうとする変わり者はいない。


「本日はどのよ」

「ギルド長と話をしにきた」

「名前をお伺いしても?」

「白衣の女とでも伝えろ」

「……かしこまりました」


 冒険者ギルドの受付嬢というのも大変な仕事だ。

 厄介者の荒くれ者を相手に毎日対応しなければならない。


「お待たせしました。上へどうぞ」

「ありがとう」


 そんな受付嬢の後についていき、二階にある部屋の一つに通される。

 派手な装飾はなく、質素だが頑丈なつくりの実用性にたけた部屋だ。ギルドらしい。


「ギルド長。頼まれごとをしてくれ」

「貴方様はいつも急だ。なんでも言ってください」


 その部屋に座っていたのは、荒くれものをまとめる立場にあるギルド長だ。

 平民のであり、魔法適正は中の上といったところだが、武具の扱いが卓越しており、若いながら一つの界隈の長になるまでに至った。

 今はひげが似合う男になったが、この席には青年の外見であったころから居座っている。


「ここら一体、2ブロックほどを完全封鎖してくれ。貴族であっても誰も近づけないでくれ」

「それはまた、めんどうな仕事を。僕自身の力を借りるということではないので一安心ですが」

「敵の戦力が不明だ。お前には地上を頼みたい」


 魔王の部下ということしかわかっていない戦場に貴重な戦力を連れていくわけにはいかない。

 もしこの男が魔族と手を組んでいたとしたら、地下で挟み撃ちにされる可能性もある。常にすぐそばにおくのは危険すぎる。


「わかりました、お気をつけて。君、今すぐ準備にかかりなさい。報奨金はBランク依頼と同等で」


 話を聞いていた受付嬢が頭を下げ、部屋を出ていく。


「強行してくるやつがいたら紙にでも控えておいてくれ」


 私が動いていると察知しているとは考えられないが、もしネズミが気づいていたとしたらここにやってくるだろう。


 私も部屋を出て、下に降りる。

 一階では緊急でギルド長から出された依頼に歓喜の声をあげている冒険者たちがいた。

 道を外れたといってもいい彼らは何よりも金を大事にする。信頼できるわけではないが、ギルド長がうまくやるだろう。


 裏手の路地を歩き、その先で地下につながる扉を見つけ足を止める。

 魔族の強い気配は今もこの先にある。


 扉を開き、階段を降りようとしたが、途中で折れ曲がっていた。血も残っている。

 ここで戦闘があったのは間違いない。

 ルイン・へリッドがまともな戦いを展開できたとは思わないが、ランドマーク家の令嬢とメイドがいたのなら少しは持ちこたえたのかもしれない。


 腐臭が強くなる方向に進んでいくと、おびただしい血が壁についた場所にたどり着いた。


「オリビア・ランドマークか」


 死体はすでに腐っているが、皮肉にもその装備品はそのままだ。


 彼女もいい才能を持っていた。それだからこの男尊女卑が強い王国で魔術学園の生徒会長にもなれたわけだが、彼女も先に待つ魔族相手には何もさせてもらえなかっただろう。


「火系統の魔術か」


 もう少し進むと、壁が一帯焦げている。


 相当な火力だ。人を燃やすなど朝飯前だろう。

 だが、ルイン・へリッドとの相性は悪い。良い試金石になるといいが。


 そのままさらに奥に進む。

 すると突き当りに地上にあったものと似た扉があった。

 そして、気配はすぐそこに在る。


「邪魔するぞ」


 扉を引き開けると、角をはやした男がいた。

 こちらを見て驚いた顔をしたが、すぐに戦闘態勢に入った。


「……どちらさまで?」

「どの魔王の部下だ?」

「質問を質問で返すとは、愚かな」


 言葉とともに男が展開した魔術が起動し、炎の槍が目の前に迫る。


 部屋の狭い入口に逃げ場はない。


「炎の生成、形状変化、操作、良い魔術だ」


 逃げ場がなかったので、左手を差し出した。

 槍の形状は私の掌を貫くことなく、燃え広がった。

 そのおかげで、水系統の魔術で左手を消火したときに骨だけになっていたのは肘までだった。


「この白衣は対魔術に対しても対物理い対しても最硬なのだ。お前の魔術でも燃えていないだろう?」

「……死にに来たのか、女」

「侵入者に対して心配とは、ずいぶんと余裕だな?」


 サリバンは女を前に油断しているわけではない。むしろ警戒心を高めていた。

 左手は高度な治療系魔術を使わなければ元の機能を取り戻せないだろう。


 しかし、恐れない。ひるまない。

 それが当たり前のことだといわんばかりの態度で、変わらず入口に立っている。


 本能が危険だと告げていた。


「王国特務騎士団か」


 思い当たるのはこの任務にあたる際に、特記戦力として警告された組織だ。

 その組織は人間が収める一国の騎士団でありながら、聖王の部下と同程度の危険性を秘めていると評価されていた。


「私が? 違うな。今の私にそこまでの戦闘力はない。しかし、鬼族の部下を持つ魔王といえば限られている。例えば、蛇腹王、地懐王、破牙王。ふふっ、正直者は嫌いじゃないぞ? 破牙王の部下よ」


 今まで無表情だった女が笑顔を見せた。

 腕を燃やされたときにさえピクリとも動かなかった表情筋が口角を持ち上げていた。


「『心刻侵入メルト・ブレイン』」

「動くな!!」


 再び女に炎の槍が襲い掛かる。


 魔術の発動を阻止できたとは思えないが、声に反応して体が動いた。


 先ほど、左腕を奪った魔術に対し、女は右腕を差し出した。


「落ち着け、サリバン。お前の相手は私ではない。なぁ? ルイン・へリッド」


 骨の両手を持つ悪魔は、笑顔で、青年に声を投げかけた。


 そして、応える声があった。






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