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圧倒的弱者とおやすみなさい

 人間にとって魔族は忌み嫌われる対象として都合がよかった。

 人種といったカテゴリーからも逸脱した種族の違い。

 人肌の色や骨格のみならず、特異な身体能力や魔力が特徴として現れる魔族。

 自分たちとは違う蔑視の対象として決めつけられ、世界に隔絶を言い渡された。


 その前提ははるか昔に作られ、深く根付いている。

 そう、教えられたのはいつのことだったのだろうか。


「お嬢様、戦闘準備を」

「……了解っ!」


 カイナはオリビアに対して学園内と外で呼び方を変える。それはメイド兼護衛としての役割か、学園の同級生かという役割か、そこにメリハリを出すためだ。


 今の彼女は武闘派のランドマークの令嬢を護衛する手練れだ。


 そんな彼女がかぎ取ったのは守るべき相手に敵意を向ける存在を知覚したからだ。


「下がれぇ!!」


 前衛を担うカイナの右手が俺の身体を後ろに押した。

 俺の身体は意思なく、バックステップを取る。


 そして、俺がいた場所を黒い影が通り過ぎた。

 そして、顔にびちゃっと液体が飛び散った。


「グルルルル」


 その黒い影は毛を逆立たせ、腹からうなり声をあげて威嚇していた。


「カイナちゃん! 大丈夫かい!?」

「……問題ありません」


 俺に注意の声をかけたうえ、敵の攻撃からあ持ってくれた彼女は、問題ないと答えたが、その右腕を左手で押さえ、血を止めていた。


 カイナの気配察知に引っかかった直後に、意図してか、前衛にいる強敵を壁を跳躍することで避け、俺の顔ごと命を奪おうとしてきた相手は黒い毛並みを持つ四足歩行の獣だった。

 よく見れば獣も顔に傷を負っている。

 おそらく、カイナが武器とする短剣がつけた傷だろう。

 彼女はただでやれるほど安い相手ではないのだ。


 獣が俺たちを威嚇してる間に、カイナは持ち前の治癒魔術で止血を済ませている。


 偶然にも獣を挟み撃ちにできる位置になっている。


 俺の装備は片手で振り回せる程度の重量の盾と、刃渡りが肩から指先までの長さ程度の剣だ。

 魔術を学んでいるとは思えない者の装備だ。もちろんこういったスタイルで戦う者も一定数いるが、体が大きかったり、耐久力に自信がある者だけだ。俺はそうではない。


 そんな俺の後ろでは、土性の杖をオリビアが構えている。体にまとっているローブは防刃性にも、対魔力にも優れた加工が施されている。

 彼女の役割は魔術による大規模攻撃とカイナのサポートだ。


 カイナは、投げナイフにもなる短刀と、首を切断するための短剣を装備している。

 魔術の適性が治癒に偏った彼女が選んだ戦法は、肉の壁といってもいい。優れた身体能力と回復力を武器に前衛の役割を全うする。


 ガウッと獣が吠え、動いた。


 それを合図に三者三様動く。


 獣はカイナの右腕を出血させた牙で、今度はオリビアに襲いかかった。野生の勘とでも言うのだろうか、1番危険な相手を察知したのだろう。


 しかし、この間合いにおいて1番危険なのはオリビアではなかった。


 獣の攻撃を防がん、と立ちはだかった俺の盾と獣の牙がぶつかり合い、小高い音がなったと同時、獣の首は宙を舞っていた。

 切断面から血が吹き、俺の前で力なく獣は崩れた。


「カイナさん、ありがとうございました」

「……いえお気になさらず」


 謝罪を文面上は受け取ってくれてはいるが、目が合わない。

 起こっているのだろうか? まぁ仕方がない。まだまだ油断していたのだ、俺の失態だ。


「っ! 来ます」


 カイナが一瞬険しい表情を見せた後、獣が現れた方向を向いて構えた。

 カイナの声を聴くと同時に俺とオリビアも構えをとる。

 カイナほどの危機察知能力がなくても、身に迫る脅威を全身で感じていた。


「さぁて、私のペットを無残な姿にしてくれた礼はどうしましょうか」


 気配に応じて全力で構えている俺たちと違って、現れた男は無防備だった。

 俺たち三人の合計魔力量の数倍を保有し、身体能力もカイナと同程度以上はあるだろう。そう感じさせるだけの圧力が放たれていた。


「……魔族」


 男から放たれている圧力はもちろん保有戦力が桁違いというのもあるが、目に見えて圧迫感を与えるものが男の額にはついていた。

 それは立派なツノだ。


 魔族の中には鬼族という、濃密な魔力が結晶化したツノを額から生やし、種族特有の身体強化魔術を使うことができる種族がいると聞いたことがある。

 目の前の男はその特徴に当てはまっていた。


「私は破牙王の従僕、サルバンと申します。魔王様の命令にてこの国の地下に潜んでおりました。見たところこの国の先方隊というわけではなさそうです。安心して殺せそうだ」


 直接あてられた殺意に体がこわばり、自然と足が一方白に下がってしまう。


 怖い。


 生まれて一番の危機的状況。


 命が丸裸にされている、そう感じる。


 場の雰囲気にのまれ、身動きが取れない。


「ルインッ! お嬢様を連れて逃げなさい!!」


 そんな場を切り裂くようにカイナがサリバンとの距離を詰めた。


「っ、はい!」


 カイナへの信頼とサリバンへの恐怖がいとも簡単に固まった体を動かした。


 敵に背を向け、オリビアの手をとり、走る。


 運が良かった。

 ここはまだ入り口に近く、地上に出れば助かるかもしれない。

 ここは冒険者ギルドの近くだ、助けが来るかもしれない。


 走り始めてから十数秒経っただろうか、息が荒くなってきた。

 暗闇ではあるが、入り口が近くなってきているのは感じる。


「燃えよ」

「危ないっ!」


 とっさにオリビアが魔術で迫りくる炎との間に土壁を作るが、爆炎はその勢いで土壁を破壊した。


 ーー万象、匠の技よ

 ーーその身に迫る数多の犠牲よ

 ーー秘術を前に理に還れ


 俺の心臓を中心に術式が展開される。

 この王国にある魔術特化の学園で特待生として歓迎されている理由。

 突然変異ともいえる術式の特異性を、国は『第三永久機関ザ・サード』という異名を付け、国宝として迎えた。


「ルイン君っ!」

「逃げますよ!!」


 そんな俺専用の術式が活路を開く。


 オリビアが土壁を作り、足止めをし、魔術の行使を促す。

 そして、そんな土壁を破壊するために使われた火魔術を俺が防ぐ。


 進む足は遅くなったが、俺たちは冷静さを取り戻し、順調に出口への距離を縮めている。


 そして、これを繰り返している間に、この通路の耐久値も減ってきている。天井からパラパラと小石が落ちてくる頻度が増えてきている。

 ここまで大きな騒音を立て続ければ、おそらく……地上も異変に気が付くだろう。


「まさかこの地下で国宝を拾えるとは思ってもいなかった。まだ計画の途中だが、先に手に入れておくのも悪くない」


 鬼のツノが光を放つ。


 今まで感じていた威圧感が一瞬、男のいる通路へと吸い込まれた。


 そしてーー内臓に拳が突き刺さるのを感じた。


 声にならない音が口から血とともに吐き出される。

 視界の端にオリビアが映った、けれども体はその姿を置き去りに吹き飛んでいく。

 視界にとらえた自由奔放な彼女の表情は驚愕と恐怖に彩られ、直後……消滅した。

 壁とサリバンの手に挟まれたオリビアの頭は抵抗感なくつぶれてしまった。つぶれてしまった。


「せんぱっ! がはっ!!?」


 俺の身体は入口から降りている階段に背中が打ち付けられ、破壊し、地面に転がった。


 もう、俺しか残っていない。


 だが、目的の入口には戻ってきた。


 もう自分の命の心配だけしている場合ではない。このままでは国が亡ぶ可能性まである。

 これは俺に負えるものではない。

 近衛騎士団、王家直属騎士、最高レベルの戦力をぶつけるべき相手だ。


「目的はなんだ?」


 鬼族特有の身体強化魔術を使われた以上、俺に勝ち目はない。

 入口がすぐそこにあっても、俺が手を伸ばそうとした瞬間に腕を吹き飛ばされるだろう。俺の手が届くことはない。


 ならばできることは、時間稼ぎだけだ。


 できるだけ情報を引き出し、地上からの救援を待つ。


「ふむ、アイツ以外の話し相手も久しぶりだ。気分もいいし、話してやろう。魔王様は遂に魔帝の一角を崩す決意をなされた。そのためにこの国に伝わる魔道具と、聖帝の隠し子、さらに国宝『第三永久機関ザ・サード』、この三つの確保が私の目的だ」


 魔王や魔帝なんて存在は御伽噺で出てくるような存在だと思っていた。

 聖王や聖帝はあくまで人間となる種族から選ばれている以上、存在はある程度知られている。


 ただ、その伝説の存在が、同等以上の伝説の存在と戦争を始めようとしている。

 その手札の収集のために、ここで違法薬物を栽培しているのか。

 そこにどんな繋がりがあるのかは俺には分からないが、これは……事故だ。


「さて、何か質問はあるかね??」

「……なんのための違法薬物の栽培なんだ?」


 頭に血が回っていない。

 質問を考えようとしても、思考が止まる。

 情報をもっと引き出したいが、優先順序が分からない。


「ふふ、はっはっはっ!!」

「何がおかしい?」


 返答はサリバンの吹き出すような笑い声だった。

 俺の口からは、ためらうことなく疑問の声が出た。


「そうか、これはアイツが仕組んだハプニングだったか! そこで首から上がミンチになった女はランドマーク家の令嬢だったか。ふっふっふ、これだから人間は下等生物なのだ」

「なんだと」


 サリバンのおもちゃをも弄ぶような視線に怒りは沸くが、言い返す覇気が出ない。血が足りない。


 だが、こんな状態でもオリビアとカイナの死は仕組まれたものだったとわかる。


 さっき事故だと言ったのは訂正しなければならない。

 王国の薄暗く、民衆には見せていない汚い争いと、魔王という最悪の相手が望むものが、最低な形でマッチングしてしまったのだ。


 歯を食いしばりながら思考を止めず、次の一手、一矢報いるための方法を模索する。


 そして、その時は来た。


 ガチャという見た目古びた扉が開く音が聞こえ、見上げた先には地上から差し込む影があった。


「ふむ、どうやら上手くいったようですね」


 そこに立っていた男を俺は知っている。騎士らしく鎧を纏い、整った顔で冷めた目をした冷徹な男を。


「くっそ、ジュバ・ランドマーク」

「哀れですね、『第三永久機関ザ・サード』。しかし、我が姪も最期の最後で役に立ってくれたようだ」


 安心したとでも言わん表情をする男に怒りが沸き起こる。

 カイナとオリビアに違法薬物という偽の情報を流し、俺を連れてくることまで計算に入れて、サリバンと遭遇させた男、ジュバ・ランドマーク。

 彼は近衛騎士団の副団長を務め、ランドマーク家当主の弟にあたる人物だ。


 歳は白髪が目立つようになってきた50代ほどだが、その肉体は未だ鍛え上げられたまま維持されている。ランドマーク家の高い魔術適正も持ち合わせた武闘派だ。


 ここにこの人物が現れたこと、それは俺にとって敗北を意味する。


「1回死んどけ」


 そう残酷に告げ、振り下ろされる刃を避ける。


 その力は残っていなかった。




 次の日、王国にはランドマーク家の令嬢とお付きのメイドの失踪と、誘拐の可能性が知れ渡った。

 その誘拐事件の容疑者第一候補として、ルイン・へリッドが挙げられていることを本人はまだ知らない。

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