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第二十六話:勇者フリオの最期

「ぐっ、あ、あぁぁァァァ!!」


 フリオの上半身をすっぽりと覆い隠したアルスは、自分に食いつかれて悲鳴を上げる怨敵を持ち上げて上を向く。


「ぎっ……ギ、ァァァ!!」


 その動きによって胴体へとめり込んだ牙が、特製の鎧ごとフリオの背中や腹を更に傷付けた。


「やめっ、やめ、ろぉ……っ!」


 アルスの口内では、口の端から血を流し始めたフリオが喚いていた。


「たのむ、助けてくれ……っ!」


 その顔には苦痛が浮かび上がり、ジットリとした汗が頬にまで流れている。


 だが次にフリオに襲いかかって来たのは、まさに絶体絶命と化した今の状況よりも更に絶望感に満ち溢れるような感覚だった。


「ぐっ……あっ、あ……っ!?」


 自分の体が淡い光を放ち始めて、突然身体中から力が抜けていくような倦怠感にまみれ始めていたのだ。


「なっ……なんだ、これはよっ……!?」


 ジタバタと最後の抵抗を見せていた足はゆっくりと力を失ってダラリとぶら下がり、更にズブズブと腹の牙が潜り込んで来る。


「が、はっ……!」


 ついにフリオは大量の血液を口から吐き出し始めた。

 だがそんなフリオに対して、アルスは更なる追い討ちをかける。


「ぐ、ぐはっ……! あっ、あぁ……っ!」


 アルスは上を向いたまま自らの口を少しだけ開き、フリオの身体全てを口内へと飲み込んでしまったのだ。

 

 そして人間一人が入るには充分過ぎるスペースの中で、アルスはフリオから「力」を奪い尽くしていく。


モゴ……モゴ、モゴ……。……ブッ!


 汚らしい物を少しだけ咀嚼するように口の中で味わったアルスは、ソレを兵士達のいる下のフロアに吐き出した。






ドチャッ…………


「……う、あっ、あぁ……!」


 フリオがアルスによって喰いつかれるのをただ見ている言葉しか出来なかった兵士達は、自分達の目の前に落ちてきた物がフリオだとすぐにわかった。


「……助け、て、くれぇ……」


 龍の唾液塗だえきまみれになって自分達に救いを求める「勇者」の姿に、兵士達が示した反応は一つだ。


「……ひっ、ひぃぃぃ!!」

「駄目だぁ、逃げろぉぉぉ!!」


 自分達が普段リーダーのように崇めていた勇者の惨状に恐れをなした兵士達は血相を変え、一刻も早く脅威であるアルスと、力尽きようとしているフリオに背を向け走り出したのだ。


「おま、え、ら……」


 腹と背中から大量の血を流すフリオは、その光景をみて小さく声を出すことしか出来なかった。


 それは結局、兵士達がフリオへ対してどれ程の忠誠心を持っているかを表していた。






「畜生、あんなの相手してられるか!」


 そして助けを求める勇者から逃げ出した兵士は、他のバリスタを指揮するように命じられた隊長の一人だった。


「はあっ、はあっ、やべえ、糞っ……!」


 息を切らしながら砦の内部に向かって全速力で走り続ける。


 目指すは自分を助ける仲間を呼べる場所。


――――グルル……!


「ひ、ひっ、ひぃっ!」


 後ろから絶望のうなり声が聞こえる事に極度の恐怖を覚えた兵士は、限界以上に体をフル稼働させて目的の場所に辿り着いた。


「おいっ! やばいぞ、助けは来るんだろうな!? 早くしないと俺達、皆殺しにされちまう!」


 乱暴に扉を開け放ちながら入ったのは、砦の中で唯一王国との迅速な情報をやり取り出来る場所。


 中では一人の兵士が機械に向かって叫んでいた。


「俺達は今反逆者のアルスに襲撃を受けて、壊滅寸前なんだ! 早く、いや今すぐ、こっちに救援を送ってくれ! さっさと来ないと、次はお前らなんだぞ!? わかってんのか!?」


 そこは配置された「魔導通信機」がある、砦の伝令室だ。


「何をまごついてやがる! 貸せ!」

「おい、邪魔するな!」


 自分を無視する兵士に苛立ちを覚えた兵士は、力尽くで伝令担当の兵からマイクを奪った。


「俺はこの砦の防衛隊長の一人だ! あの化け物は、途中でドラゴンに姿を変えちまった! 何でもいいから救援をよこしやがれ!」


 先程の兵士と全く同じような言葉をマイクに向かって声を吐く防衛隊長の一人。


「……おい、あれ……!?」

「……マジ、かよ……」


 だが必死に救援を乞う二人の王国軍人は、背中の方から光が溢れているのを見た。


 たった今隊長の一人が走って来た道の先から溢れて来ており、、まるで朝日間近に来ているかのようだったのだ。




 二人の男がその光を見る、少し前。


「ぜーっ、ぜーっ……!」


 勇者フリオは生まれて来てから、一番の窮地きゅうちに立たされていた。


「ゴフッ、ゴフッ!!」


 口からは大量の吐血。

 背中と腹は燃えるように熱かった。


「な、なぁ……アルス、聞いてくれよ……」


 涙を流し始めてアルスに話しかけるフリオだったが、目の前の暴威はついに憎い敵が命を落とそうとするのを見ているかのようだった。


「……ホントは俺、ゲフ、ゲフッ! ……お前の妹がが、昔死んじまった俺の妹に似てたんだよ……。だから、妹が殺されてお前の気持ちはよーくわかるんだ……。大切な家族を奪われる、兄貴の気持ちって奴はさ……」


――――。


 その言葉に、アルスは一瞬だけピクリと反応する。


 その言葉は真っ赤な嘘だった。

 フリオには兄妹など一人も居ないし、もしも本当に居たならばフリオ自身の栄光にとって邪魔な存在になっただろう。


 フリオにとって、大切な物は自分の幸福以外には無かったのだから。


「……もう、俺は助からねぇかもしれねぇ……。けど、何とか見逃してくれよ……。俺だって、妹を失った仲間なんだぜ……」


 フリオは脳を限界まで回転させて、目の前で鋭い眼光を見せるアルスの殺意を薄れさせようと画策かくさくする。


 だが、そんな言葉にアルスが示したのは狂気すら感じられるような低い声だった。


――――モシ、ソウナラ


「……ぜーっ、ぜーっ……」


――――ジゴクデ、フタリノイモウトニアヤマッテコイ


 その言葉と同時に、フリオを見下ろすアルスに付いた胸の傷跡辺りからは光る物が生み出され始めた。


 それはアーシアがアルスに放った時のような、強力な魔力を感じさせるエネルギーの塊。


「……ちく、しょう……! ちくしょぉぉぉぉ!!!」


 それを見て最期の雄叫びを上げたフリオは、砦を崩壊させるのに十分な程の威力を持つ光の中に消えていったのだった。

残り一人!


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