第一話:平和な兄妹の旅立ち前夜
息を殺して、耳を澄ませる。
「……」
俺は村から少し離れた森の中で、獲物を待っていた。
「……」
「スキル」によってウサギのように伸びた耳をピンと立ち上げたまま、俺は地面に身を隠している。
辺りは日が差し込まなくて暗かったが、何の問題も無い。
すぐ横に生えた雑草が頬に当たってくすぐったい以外。
「……そこだっ!」
「ピィッ!?」
のそのそと姿を表した小さな動物を、変化させた大きな腕を伸ばして強引に掴み取る。
バタバタ手の中で暴れまわる感触を確かめながら、その足を抑えて腕を戻した。
「ふぅっ。これで今日の晩飯が取れたな」
そして立ち上がって、今日の収穫であるソレに止めを刺した。
俺が獲物を肩に担いで歩いていると、遠くの方には村が見えてきた。
だがその入口には人影があって、俺はその正体をすぐに察する。
「おーい! にいさーん!」
手を振っているのは、俺の妹であるエルマだ。
狩りに出た俺を心配して、今日も出迎えに来てくれていたのだろう。
「……おーい! 見てくれ、仕留めたぞ!」
俺は高々と仕留めた獲物を掲げ、よく見えるようにしてやった。
それを見て三つ年下のエルマは満面の笑みを浮かべて、両手まで使って俺に手を振る。
「やったねー! すぐに準備するー!」
俺の名前はアルス、十八歳。大陸の小さな村に暮らす、只の一般人だ。
妹のエルマは背も小さくて長い髪が更に子供っぽさを見せる女の子だったけど、あれで料理と裁縫は一人前だ。
早くに両親を無くしてしまった俺たちだったけど、兄の俺が狩りをして、妹のエルマが家の事をする。
そうやって兄妹仲良く暮らしていた。
エルマが料理の準備をする為に村の中へと消えていったのを見送るが、そのまま入れ替わるようにして別の人間が出て来た。
「おぉ、アルスー! 今日も早いじゃねーか!」
小さい時からお互いをよく知る幼馴染のエリックは、気の良い奴だ。
精悍な体つきを生かして、村の家や家具の修理を生業にしている。
「ははっ! これも神様の思し召しって奴さ!」
俺は笑いながら声を返すが、当のエリックはまだ距離のある俺の方を見て突然笑い出してしまった。
「なんだよー! 何がおかしいんだ!」
腹を抱えて笑う幼馴染におかしさを感じて、俺もつい笑顔で問いかける。
だが、遠くから指された指を見て「あっ」と間抜けな声を出してしまった。
俺の頭の上には、ピコピコと揺れるウサギの耳。
しまった、腕だけしか戻してなかった。
「ブハハハ! お前、いつからそんな可愛い耳を生やしたんだ! ヒーヒー!」
ついに笑い転げ出したエリックに、俺は憮然としながら足を進める。
入り口に付いた俺の前には、狂ったようにもんどり打つ親友の姿があった。
「ヒッ、ヒー! アハハハ!!」
「そのまま勝手に笑い死んでくれよな……」
俺はそのまま村へと入る。
だが、いい加減笑うのをやめたエリックは俺の肩を掴んできた。
「ホラホラ、怒るなってアルス! 狩りの役には立ってるみたいんじゃねーか、大人だってこんな速さでは帰ってこねーんだからさ!」
「次に言うことはわかってるぞ、エリック」
「可愛さまで上がるんだから、神から授かった『スキル』サマサマだよな! ウハハハハ!」
もう一度大きく笑い始めたエリックは、そのままバシバシと俺の肩を叩いて来る。
「もう好きに言っててくれ……」
ポリポリと頬を掻いた俺は、そのまま妹の待つ家へと向かった。
「ああ、待てよアルス! 聞いたぜ、俺も話をさ!」
ピタリと足を止める。
「お前、王都に行くんだって? 村中が噂してるぜ」
「……ああ、そうだよ」
「お前が神様からスキルを授かったのはスゲーと思うけどさ、勿体ないぜ?」
「何が」
「考えてみろよ! お前のソレがあったら、もっと大きな獲物だって狙えるんだ。どう考えたって、村に残ったら腹を空かす事は無いぜ?」
俺は今度はパシパシ肩を叩いてくるエリックに、今の心境を伝える事にした。
「それも思ったけどな。でも、俺は神から与えられた力を人の為に使いたいんだ」
「馬鹿だなぁ。魔王軍だって、あの山の向こうにいるって聞くけど侵略なんか一度もして来ねぇじゃんか」
エリックはそのまま村の壁向こうを指す。
その先には遥か遠く、ほんの小さな山々がある。
少しだけ空気が黒くなっている地平線の向こうには、俺たち人間を脅かす魔王の軍勢が支配する地域があるとの事らしい。
「それでもさ。この力があったら、ひょっとしたら勇者達の仲間達にもしてもらえるかも知れない。だったら、試してみたいんだ」
「へーへー。じゃあお前の妹は、俺が面倒見てやるしかねぇのかね?」
「妹は連れて行く」
「はぁ!? ……マジかよ?」
「ああ。実はここだけの話、妹にもスキルがあるんだ」
「……はぁー……」
エリックは合点が行くような行かないような、微妙な顔で声を漏らした。
少なくとも、お前の嫁にはやらないからな。
そして、その夜。
ぎゃあぎゃあ喚きながら晩飯まで食っていったエリックを追い返した後、俺はエルマと最後の話し合いをする事にした。
「……大丈夫か? 明日には出発だぞ」
「うん……」
食事の片付けをするエルマは、どこか気分が落ちているようだ。
「不安なら残ってもいいんだ。もしも勇者達の仲間にしてもらえたとしても、待ってるのは戦いの日々だろうしな。……エリックだって、助けてくれる筈だ」
「ううん。そうじゃないの」
「じゃあ、どうしたんだ」
エルマは俺の方を向いた。
その目に涙を溢れさせている。
「兄さんが、死んでしまうんじゃないかと思うと心が苦しいの」
「エルマ……」
「私も困っている人の為になるよう、勇者様のいる王都には行きたいわ。その道中、例え命を落としてしまってもね。でも、兄さんには……」
「……」
俺はその肩をそっと抱き寄せて、頭を撫でてやった。
エルマは俺の胸に顔をうずめて、小さく嗚咽を漏らす。
「大丈夫だ、エルマ。俺たちなら、きっと世界を救えるさ。この世界は俺たちが知らないだけで、多くの人が魔王軍に苦しめられてる。それを一緒に打ち倒してやろう」
「……うん……」
そして俺たちは、いつものように同じベッドに横になる。
「痛てっ」
「大丈夫、兄さん?」
「ああ。どこかで切ったらしい」
隣のエルマに気遣いながら、俺はモゾモゾ体を動かす。
肩の辺りに小さな傷が出来ていた。
狩りの途中で切ったんだろう。
傷というのは厄介なもので、俺の『スキル』を使っても直せない。
変化させても、そのまま残ってしまうのだ。
「見せて」
エルマは俺の傷口に手を当て、目を閉じる。
その瞬間、肩に小さな光と温かい感覚が伝わってくる。
「……」
みるみるうちに傷は消え、跡形もなくなった。
これが妹の『スキル』、癒やしの力だ。
「ありがとな、エルマ。この力は、きっと皆の為になる」
「兄さんこそ。戦いの時には、怪我だけは気を付けてね」
「ああ」
俺たちはそのまま、村で最後の一晩を過ごした。
明日は出発。
この村から丸一月程の距離にある、大陸中央部の王国に旅立つ日だ。
もうちょっと描写を濃くした方がいいかな?
サクサク話を進めたくはありますが。
一応追放されるのは二、三話後ぐらいの予定。
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