応援をしよう
「いらっしゃいませー」
今日はカフェでのバイトの日。来るのは実家に行った日に客としてきた日以来だ。
誠さんと美智子さんには大丈夫だったかと心配そうに聞かれた。大丈夫だと答えると、美智子さんは「そうかい?」とまだ心配そうにしていた。誠さんは……妹と和解できたということを言ったわけでもないのに、「良いことがあったのなら、よかった、よかった」と言っていた。察しがいいのは、この店を経営していて身についた洞察力なのだろうか。
なんだかんだで、この2人にはとても助けられているな。この店との縁は、本当に幸運だったと思う。
「ありがとうございました。またお越しくださいませ」
お客さんを見送った後、食器類を片付けながら、俺は昨日時崎先輩に薦められた本のことを考えていた。
『キミ君』や『キミ詩』と呼ばれているらしい『キミに送る君の詩』という物語は、今まで先輩に薦められたものとはまた毛色の違った。今まではミステリーかSFの作品だったけど、今回の小説は恋愛もので……悲恋の物語だった。
バンドを組んでいる主人公の渉とヒロインのいのりは、活動を続ける中で、二人は恋人となる。バンドとして売れることはできていなかったが、二人は幸せな日々を送っていた。しかし、いつからかいのりの物忘れが激しくなり、同棲している家の近所で迷子になってしまう。病院での診断から、いのりの記憶はこれからも徐々に失われていき、余命は長くても5年ほどだということがわかった。本人の希望によりバンド活動を続けていたが、それも難しくなり彼女は作詞の活動に没頭するようになる。そんなある日、いのりが失踪し……。
と、読んだ部分の物語の大筋はこんな感じだ。
心理描写が上手く、ヒロインの書く歌詞に込められた想いや主人公の苦悩が丁寧に描かれていた。
まあつまりは……続きが気になって気になって仕方がない。
俺は初めて、早くバイトが終わってほしいと思った。
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家に帰ってすぐに『キミに送る君の詩』を読み進め、4、50分くらいで読み終えた。体感だと20分くらいの感覚だったのだけれど……、いつの間にか時間が経っていたのは久しぶりだった。
「はー……」
この、本を読み終えた後の余韻が残っている感覚が、最近は好きになってきている。
失踪したいのりは、渉と出会った場所である、とある路地裏で見つかったが、渉のことを認識できなくなっていた。ヒロインの母は渉に新しい人生を歩んで欲しいと言っていたが、渉はいのりのそばを離れなかった。渉はいのりが書いた歌詞をもとに、作曲を始めた。いのりの作詞のペースが速く、曲にできていなかったものに音を乗せていった。
1年ほど経ったころ、いのりの書いた歌詞が無くなった。最後の曲が完成した。これまで、曲が完成したら、すぐにいのりに聞かせていた。
しかし、もう今ではバンドを組んでいたということすら、いのりは覚えていなかった。
最後の曲を聴かせた後、いのりから目線を外すと「いいじゃん。……今度こそ売れるかな」といのりがつぶやく声が聞こえた。
いのりが曲について話したのはそれが最後だった。いのりが亡くなった後、渉は出来上がった曲を発表した。その結果、渉たちが作った曲は多くの人の目に留まり、多くの感想が届けられた。
「……」
最後の曲は、本当にいのりに届いたのだろうか?渉視点では微かに声が聞こえたと書いてあったが、その言葉はいのりの母には聞こえていなかったように書かれていた。渉だけに届いた声というのは、渉の願望が作り出した幻聴ではないだろうか。……なんて考えてしまう俺は、少しひねくれているかな。
映画ではどんな風に描写されるだろうか。
映画ではどのような解釈ができるかと考えていると、だんだんと映画が待ち遠しくなり、時崎先輩に早速連絡をした。
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「あ、いたいた~!」
時崎先輩との映画は4日後ということになった。メッセージアプリでの連絡で丁寧に句読点を使っているのが、個性が出ていて少し面白かった。
そんな連絡をした翌日に、俺は宮本さん、小畑さんのふたりととある駅で待ち合わせをしている。
「おはよう。石川君」
「おはよう。今日も暑いね」
「ね~。曇ってればよかったのに」
「熱中症には気をつけないとね」
「今日は特にね」
本日の気温は33℃を超えている。
今日は、有輝が出場するバドミントンの大会の観戦に来たのだ。バドミントンは風があると競技ができないので、体育館内はかなり暑くなる。だから、できればあまり気温が上がらないでほしかったのだけど……まあ、どうしようもない。
宮本さんも言っていたが、熱中症には細心の注意を払おう。
「よーし、じゃあ、出発~」
「「お~」」
小畑さんが拳を挙げたので、俺たちも拳を小さく上げた。
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有輝は俺に気を使って、来たくなければ無理しないでくれと言っていた。バドミントンがらみの場所に行くと、知り合いがいる可能性が高い。そのことを、心配してくれていた。
正直、知り合いがいるかもと考えると行きたくない気持ちもあった。でも、うちの学校は地元からかなり遠いこともあって、地元の高校とは地区が違うし、何より、友達の応援には行きたかった。
……知り合いに会いませんように。
そんなことを考えながら、宮本さんたちと歩いていると、会場の体育館に着いた。
2階の観客席へとのぼるとシャトルを打つ音とシューズの音が響いていた。湿度が高く、熱気に包まれており、不快感と同時になつかしさがこみ上げてきた。
「すごいね……。あ、ひんやりするタオルあるけど使う?」
そう言って宮本さんが、タオルを両手にタオルを持っていた。事前に暑いから気を付けてねと言ってはいたけど、わざわざ俺と小畑さんの分も持ってきていたらしい。
「わーありがとー!」
早速小畑さんは早速タオルに顔を押し付けていた。
「いいの?」
「もちろん」
そう言うなら、遠慮なく貸してもらおう。
「ありがとう」
……別に匂いを嗅ごうとしたわけじゃないけど、宮本さんから受け取ったタオルはすごくいい匂いがした。
しばらく観戦していると、有輝がコートに入っていた。
「あ、あれ、阿部君だよね」
「お、ほんとだ。頑張れ~!」
声が聞こえたのか、有輝はこちらに目を向けると軽く手を上げて答えてくれた。
「お、おぉ……。なんかかっこつけてない?」
「いや、集中してるんじゃないの?」
その動作が、小畑さんにはそう見えたらしい。俺も宮本さんと同意見だ。……というか、あそこでぶんぶんと手を振ってこたえる方がおかしい。
「いやそうだろうけど……。ね、石川。相手強そう?」
「うーん……。うまいと思うけど。今の練習みてるだけじゃそんなにわからないかな……」
適当なことを言わないほうがいいと思ってそう答えたけど、相手はかなり上手そうだ。ヘアバンドをつけた怖めの顔をした人で、体格もいいし、スマッシュの威力もありそう。
……うーん、どうなるかな。
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その後、みんなで一喜一憂しながら、有輝を応援した。
結果は……、残念ながら有輝は負けてしまった。かなり善戦していたと思う。でも、相手のパワーに対応しきれなかったという印象だ。
「あやー、残念だったねー……」
「ね。相手の人強かったなあ」
有輝もこの前よりも上手くなっていた。相手の人は体格や雰囲気からして、1つ上の人なんじゃないかと思うし、次に生かせることが多い試合だったんじゃないだろうか。
「阿部君もすごかったね……。私があんなに動いたら、絶対倒れちゃうよ」
「美月は運動あんまりだもんねぇ」
宮本さんたちは、そもそもあんな速い球を打ち返せるのがわけわからないとか、飛ぶと思った方向にとんでいかないことがあるのはどうやってるんだろうとか、そんなことを言って盛り上がっている。
……負けちゃったかあ。……なんて声をかければいいだろう。
昔から、こういう時に声をかけるのは苦手だ。他人が敗退していく中で、自分は残っていることが多かったから、そんな状態でなんて言えばいいのかわからなかった。何を言っても、お前にはわからないだろと言われてしまう気がするのだ。
今は自分が出ているわけでもないし、自分が出ても勝てるわけでもない。でも……やっぱり、苦手だ。
「うーん、じゃあ、ちょっくら労いに行きますか!」
そう言って、小畑さんが移動しようとする。
もう2歩目を踏み出しているところで、申し訳ないけど、今行っても有輝には会えないはずだ。
「あ、多分負け審……負けたら次の試合の審判やらないといけないと思うから、すぐには会えないと思うよ」
「え、そうなんだ」
そう言う事なので、もうしばらくここに居ないといけない。有輝になんて声をかけるか、その間にちゃんと考えないとな……。
「うーん、じゃあ私、ちょっとお手洗いに行ってくるね」
小畑さんはそう言うと、早歩きでトイレの方へと行ってしまった。
一応、俺も宮本さんも返事をしたけれど、小畑さんには届いてなさそうだ。……まあ、試合の途中では抜け出しづらいよね。
宮本さんと二人になる。
小畑さんがいると、小畑さんがよくしゃべるので、いなくなって宮本さんと二人になると、急に静かになったように感じる。2人でいつものカフェに行くときとあまり変わらないし、居心地が悪いとかではないのだけど。
「ね、石川君もさ、ああいうフェイント?みたいなのできる?」
「割と得意な方だったかな」
「あの強く打つと思ったら前の方に落ちてくやつ」と言いながら身振り手振りで伝えようとする宮本さんの姿は、とても可愛らしかった。実は結構テンションが上がっているみたいだ。
カットスマッシュの打ち方を簡単に説明すると、宮本さんは軽く手を振りながら、俺が言った動きを真似していた。少しの間「こうかな?」と言いながらやっていたけど……、うん、まあ、結構難しいよな……。
少しして、宮本さんがこちらに顔を向けた。
「石川君、阿部君とバドミントンやったことあるんだよね」
「そうだね。ゴールデンウィークに」
あの時は何とか勝ったけど、もう今は勝てないかなあ……?俺の方の体力はあまり変わってないし、有輝はあの時よりも上手くなってた。
まあ、有輝はほぼ毎日バドミントンの練習をしているわけだし、勝てなくて当たり前と言えばその通りなのだけど。
「……見てみたいなあ」
えー……。今やったら絶対負けちゃうしなあ……。
「近くだと迫力凄そうだし」
「ああ、確かに、ここから見るよりはね」
俺と有輝が本気で対戦してるのを見たいってわけではないか。ちょっと思考が選手寄りになってるな。
みんなでバドミントンやりに行きたいって話か。
そうなると有輝はせっかくの休みの日にもバドミントンすることに……、この前「全然大丈夫」って言ってたわ。じゃあ、大丈夫か。
「予定合ったら4人で行きたいね」
「うん。……ちなみに……」
ちょっと言いづらそうに宮本さんがつぶやく。
「うん?」
「それって……球、見えるの?」
自分の前髪をちょいちょいと触りながら宮本さんが言う。
「あー……、まあ、一応。この前有輝とやったときはピンで止めたけど」
「そうなんだ……」
ああ、もう慣れすぎて忘れてた。まあ、軽くやる分には問題ないかな……。
そんなことを考えながら、宮本さんと小畑さんにちゃんと顔を見せたことが無いことに、少し寂しい気持ちになった。




