図書館の視線
遥が家に来てから、2日経った。あの日は、あの後母親にメッセージアプリで遥が電車に乗ったことを伝えると、俺はもう帰ってこないのかという内容の返信がきた。謝罪と帰るのは難しいという内容のメッセージを送ると、しばらく時間をおいてから了承の返信がきた。
また、逃げてしまったけれど、誠さんにもらった「逃げてもいい」という言葉を思い出すと、少し心が軽くなる。あんな風にはなってしまったけど、取り敢えずは夏休みで一番憂鬱な予定が終わった。
昨日は、疲れが出たのか昼近くまで寝てしまった。普段は絶対決まった時間に起きるので、起きて携帯電話を見た時に11:23と表示されているのを見たときはかなり驚いた。雨が降っていたことで気温が低めだったことで暑さで起きることもなかった。その後は、何もやる気が起きず、やったことと言えば夕飯を作って食べたことくらいだ。
本当に何もしない日は、初めてだったかもな……。
今日は特に予定もなかったので、また図書館に足を運んだ。今日は晴れていたので自転車でここまで来るのはかなり大変だったが、今日はちゃんと暑さ対策をしたので以前来た時よりは幾分か楽だった。
「ふう……」
自動ドアをくぐると外の蒸し暑い空気と室内のひんやりとした空気が混ざる。熱い空気から逃げるように歩きながら横目に本棚を眺める。
夏休みということもあって、一番目立つ場所には課題図書のコーナーがあった。課題図書になっているということはどれも良い作品なんだろう。
別に読書感想文の課題が出ているというわけではないのに、なんとなく気になってしまう。
どれにしようかな……。
少し歩くスピードを落としてどんなものがあるかを一つ一つ見ていく。課題図書は小学生低学年を対象にしたものから高校生を対象にしたものまでいろいろあった。
まあ、無難に高校生用の物でいいだろう。
パッと見て気になったものを手に取って椅子に座る。以前来たときに、なんとなく視線を感じて気になったので、今日は端の方の席に座った。そして、汗をぬぐってから表紙を開いた。
しばらく経ってふと顔を上げた。なんとなくこの前来た時のような視線を感じたからだ。
周りを見渡してみると一人だけ、さっと顔を伏せた人がいた。
あれは……時崎先輩……?
時崎先輩の方を少しの間見ていると先輩は恐る恐る顔をあげた。夏休み前に部活の勧誘を断ったので気まずいけれど、そのまま顔を背けると無視をしているみたいになってしまうので、軽く会釈をしてまた本に目線を落とした。
――カタッ……
数ページ読み進めたところで隣の席に誰かが座った音がした。
「あっ……その、こ、こんにちは……」
「こんにちは……」
「ひさ、しぶりですね……」
「そうですね。夏休みに会うとは思っていませんでした。先輩はよくここに来るんですか?」
「はい。長期休みの時とか読みたい本が学校にない時とかに……」
「そうなんですね」
時崎先輩と話すのはこれで4回目……かな。とは言え、感想を言い合っていた時はそれなりに会話を交わしたので、話しにくさはあまりない。
それにしても……少し身を乗り出して小声でひそひそと話しているとなんだか悪いことをしている気がしてくる。……いや、図書館の読書スペースで話しているのは普通に悪いことか。
話を終わらせる意図を持って体勢を元に戻して読んでいたページを開く。
「あ……、それ、あそこのコーナーに置いてあったやつですよね」
「え。ああ、そうです。今年の課題図書だとかで置いてあったのでちょっと読んでみてます。えっと、先輩のは……」
「これは今実写映画が放映中のやつです!知ってますか?」
わざとかと言うくらいタイトルが見えやすいように本を持っていたので聞いてみると、待ってましたとばかりに答えてくれた。声量も少し上がって、このスペースでその音量だと周りが気になってしまうくらいだ。
「そうなんですね……」
「そ、それでですね……!」
「せ、先輩、ちょっと……」
更に一段階声量が上がったので、人差し指を立てて自分の口の前に立ててそう言うと、先輩は「あっ、すみません」と言ってシナシナと小さくなっていった。
「あの……あっち行きますか?」
「あ、はい、そうですね。行きましょう……」
読書スペースから離れて入り口の近くの方にあるベンチに腰をかけた。
先輩の方を見ると何かを言おうとしていたようでパチッと目が合った。いや、先輩も前髪が長くて目が合っていたのかはよくわからないけれど。先輩はさっと目線を落としたが、すぐに小さめな声で話し始めた。
「その……この本なんですけど、いま実写映画化されていてですね……」
「さっきも言ってましたね。人気の物語なんですね」
「はい。本当に面白い……というか、感動しました。だから映画も見に行きたいんですけど……」
……?行けばいいと思うのだけれど、何かダメなことでもあるのだろうか。年齢制限がついてるとかではないよな……?
「その、ですね……」
「はい」
「一緒に!行きませんか!?」
「……一緒に、ですか?」
「いや、その、私、一緒に映画に行ける友達がいなくて……。石川君ならと思ったんですけど」
あわあわしながら先輩は「その……駄目ですか?」と続けた。
いや、別に一人で行けばいいのでは?
友達がいないと言われても、そもそも誰かと行く必要があると思えないので、何か裏があるような気がしてしまう。
「……えっと、一人で行ったりはしないんですか?」
「ひ、一人映画……。わ、私にはそんな勇気は無いです……」
一人映画ってそんなに勇気がいるのか……。
いや、何に勇気が要るか人それぞれか。俺の感覚だと後輩を映画に誘う事の方が勇気がいると思うのだけれど。
「お願いします!」
うっ……。直球で頼まれると断りづらい……。
こうもストレートに頼られている時に断る理由なく断るのは、優しくないと思う。
それに……時崎先輩とは本の感想を話し合う仲だ。それが映画になるだけだと思うと、正直あまり抵抗はない。
「……わかりました。じゃあ、せっかくなので、本の方を読んでからでもいいですか?」
「あ、はい。勿論です!ど、どうぞ!これ、私の本なので!」
そう言って、時崎先輩は手に持っていた本を差し出してきたので、それを受け取る。
「ありがとうございます」
「い、いえ、私の方こそ、ありがとうございます!」
「えっと……じゃあ、予定を決めるのに必要だと思いますし、連絡先交換しますか」
「そうですね!」
連絡先を交換したあと、このままこの本を読むことにした。時崎先輩は、この後予定があるとかで図書館から出ていった。
……ふう。先輩と映画、か……。後輩と行ったことはあるけれど、先輩と行くのは初めてだな。
そう思った時、中学の時の事が頭によぎった。少し嫌な気持ちになったけれど、それ以上考えないようにして椅子に座る。
……今はこの本に集中しよう。俺が読むのが遅くて映画の予定が遅れていくのは申し訳ない。
出来るだけ速く読もうと思い、俺は『キミに贈る君の詩』と書かれた本の表紙をめくった。
ちょっと一息ついて
こんなにも長い間放置してしまっていたのに、多くの人に読んでいただけてとても嬉しいです。
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