お兄ちゃん 石川遥視点
――とっ……とっ……
「……お兄ちゃん、……本当に帰らない?」
「……ごめん。やっぱり今はちょっと……難しいかな」
「……そっか」
お兄ちゃんの住んでいる場所の最寄り駅まで、お兄ちゃんと二人で歩いてきた。その途中は私の中学校生活のこととかを聞かれた。
駅に着いてからもう一度お兄ちゃんに聞いてみたのだけど、お兄ちゃんの返答は家で一度聞いてみた時と変わらなかった。やっぱり、お母さんとお父さんとは話したくないのだと思う。
私と話をしてくれたのは、場所がお兄ちゃんの家だったから気が変わったのだろうか。それとも私が妹だからだろうか。
多分、後者だと思う。昔から、お兄ちゃんは私に優しくて甘かったから。
……もし前者なら、私にそうしてくれたように、お母さん達の事も許してくれるんじゃないか。そうしたら、また家族で一緒に仲良くできるんじゃないか。そんな考えが頭をよぎる。
……『帰らない?』ではなく、『また、家族で仲良く暮らしたい』と言ったら、お兄ちゃんは何というのだろうか。妹の頼みだからと言って、家に戻ってきててくれるのだろうか。
……言えるわけない。妹であることを理由に許してもらった後に、そんなわがままを言えるわけがない。
「ほら、早く行かないともう電車来ちゃうぞ」
「……うん」
「気を付けてな」
「うん。……お兄ちゃん。また、来てもいい?」
「…いいよ。次はちゃんと連絡してからね」
「わかった。……じゃあ、またね」
軽く手を振りながら改札の方へと足を向けると、お兄ちゃんも私に手を上げてくれた。お兄ちゃんは昔のように優しい笑みを浮かべていて、嬉しさのような寂しさのような感情に胸を締め付けられている感覚になった。
改札を通り、お兄ちゃんが見えなくなってしまう一歩手前でもう一度お兄ちゃんの方へと目を向けると、お兄ちゃんもこちらを見ており手を上げてくれた。
電車はすぐにやってきて、開いている座席があったので座ることができた。
今日の出来事が頭の中をぐるぐると駆け巡る。
すごく勝手なことをしてしまった。お母さんとお父さんに心配をかけてしまったし、お兄ちゃんは雨でびしょ濡れになっていた。お兄ちゃんの家に押し掛けてしまったし……もっといいやり方があったと思う。
でも、今日のあったことは、私達にとっていいことだったはずだ。家族には心配をかけてしまったけど、お兄ちゃんと仲直りできたのだから。
……だというのに、どうしようもない不安感が胸の奥に残っている。
……今日、お兄ちゃんはなぜ帰ってしまったのだろう。
不安感に駆られて必死に今日の出来事を思い出す。
ご飯中に、お兄ちゃんがお椀を落として……、確か帰る前『ごめん。あとで電話する』と言っていた。
……私たちが何かしてしまったのだろうか。でも、謝るということはお兄ちゃんは何かを悪いと思っていたんだろうか。やっぱり、まだお母さんたちとは話したくなかったということなのだろうか。……いや、お母さんたち、じゃなくて私たちか。
悪くないのに悪者にされてその上誰にも信じてもらえずみんなに悪者扱いされたら、もう話したくないと思うのは当たり前のことだ。
……あの日、日記を見た時、私は初めてお兄ちゃんの弱い部分を見た。
罪悪感と恐怖心で2ページくらいしか読めなかったけど……あれを書いた時のお兄ちゃんの気持ちを思うと胸が締め付けられる。
あの強いお兄ちゃんがあんな日記を残しているとは思わなかった。ダメだと思いながらも覗いてしまったあの日記には、私が思うような強いお兄ちゃんはいなかった。
あの日記の内容も筆跡も、お兄ちゃんのイメージからかけ離れていてびっくりした。幼少期からのお兄ちゃんのイメージと一致しなかった。お兄ちゃんなら事実を淡々と書き連ねていると思っていた。あんなにぐちゃぐちゃな字で、書き殴られているとは思っていなかった。
あの日記のことを思いだすと、胸が締め付けられると同時に自分はどれだけ自分の持つお兄ちゃん像を押し付けていたのだろうかとも考えてしまう。
お兄ちゃんは私の思っていたより強い人じゃない。誰よりも強くって、どんな問題でも簡単に飄々と解決してしまうような人ではない。それをわかっているのに、どこかで信じられない自分がいる。幼少期のお兄ちゃんと日記から読み取ったお兄ちゃんが、同一人物ではないような感覚だ。
多分、今胸の奥でもやもやとしている不安感はこの感覚のせいだ。
結局、家の最寄り駅につくまで、不安は拭えなかった。
~~~
遥を見送った帰り道。
仲直りできたことは良かったと思う。でも、あれで良かったのかという気持ちもあった。
遥は、一年前何があったのかを知らなかった。遥は澄香に聞いたと言っていた。多分男女の恋愛が絡んだあんな話を、遥には言えなかったのだろう。
遥は、当時本当のことを聞いたらなんと言ったのだろう。……それはわからないけれど、遥に一年前のことを伝えなかった澄香の判断は、正常だし今の俺にとっては都合がいいと思う。
まず、あんな内容の話を遥に知ってほしくない。俺は多分、恋愛はもうしないと思うし、恋愛というものが好きじゃない。でも、それはいいことではないとも思う。遥には恋愛は悪いものだと思ってほしくない。自分の事でもない出来事で恋愛というものに対して嫌なイメージを持ってほしくない。
それと……、多分こっちの方の気持ちが大きいと思うけど……兄としての見栄のようなものを守りたい気持ちがある。昔からかっこいいお兄ちゃんでありたかった。家族から、幼馴染から、友達から、色々なものから逃げてきたやつが、今更見栄も何もあったもんじゃないと思うが、あんな汚い出来事があったと知られないで済むのなら知られたくない。
……いや、でもよく考えたら、すぐばれてしまうだろうか。遥以外はみんな知っているのだから、遥が本当のことを知る機会はいくらでもあるだろう。むしろ、今まで知らなかったことが奇跡かもしれない。だとしたら、誰かが遥に伝える前に自分から伝えたほうがよかっただろうか。
そんなことをぐるぐると考えるが、今遥に電話をする勇気は出なかった。
このまま知られずに済むのなら……。
そんな考えが頭に浮かぶ。……多分いつかはばれるだろう。……次、会ったときに言おう。また来ていいかと言っていたのでそう遠くないうちにまた会えるだろう。その時に、ちゃんと話すことにしよう。
お久しぶりです。
長いこと更新できず、すみませんでした。
一区切りついて、これから更新できそうです。
春から新たな門出なので頑張ります。




