【短編】絶対零度の白雪姫は毒林檎の魔法使いに解かされる(短編化)
林檎を持った青年を前に、白銀の乙女は告げる。
「貴方を呼んだのは他でもありません。私を、貴方の手で殺してほしいのです」
王国の姫であるスノウ・ホワイトは、王国内で天才との呼び声高い魔法使いの青年、アインを王宮に招いたのだが。
意味の分からない要求に戸惑うアイン。
そこへスノウは目にも止まらぬ速度で氷魔法を発動させ、魔物討伐用に依頼していた毒林檎を奪う。
「この林檎が、トロールですら一瞬で死に果てる即効性の猛毒……。これさえあれば、きっと──」
「おやめ下さい、姫! 俺はそんなことの為にその林檎を作ったわけでは……!」
アインは必死に呼び掛けながら、スノウの氷を解かそうと炎の魔法を発動させる……が、それよりも早く。
シャクリ……。
スノウは目の前で、猛毒の林檎を食べてしまった。
……けれどもスノウに異変は全く現れず、美しい銀髪の少女は無表情に、しかしどこか悲しげな瞳で林檎を見つめていた。
「どうして……俺の毒が効かないんだ……?」
「……私は呪われているの。命と心を凍らせる呪いです」
王国の姫君、スノウ十三世。
その名を継ぐのは、今も昔も目の前の少女ただ一人。
スノウは数百年前、悪魔に呪われた。
老いることも死ぬこともない、不死の呪い。継母の罠に嵌められた少女は、既に死んだ義理の母の嫉妬によって数百年の孤独を生きているのだった。
*
その後、アインはスノウお抱えの魔法使いとして登用された。
アインがその役目を受け入れたのは、スノウの命令に逆らえなかったからではない。
「俺は貴女を殺すのではなく、呪いを解く方法を探します」
「……そんな方法があるのなら、お好きなだけどうぞ。私の時間はいくらでもあるのですから」
研究室を与えられ、気付けば一年が経った。
心まで凍っているなどと口にしていたスノウだが、よく話してみれば、それらは全て彼女の不器用さからくるものだった。
ある日スノウが冷めた紅茶を出した時も、アインの研究が一段落するのが待ち遠しくて早く淹れすぎたせいだったり。
姫と親しくなったものの、呪いの研究は行き詰まっていた。
王宮で過ごす中、いつしかスノウに心惹かれていたアインは、自身の無力さに憤りを覚える。
そこでアインは魔法の一大国家、妖精国の女王に呪いの調査を依頼するも、女王から対価を要求された。
それは、高値で売買される『人魚の涙』を持ってくることだった。
二人は滅多に姿を見せない種族である人魚を探しに、海へ向かう。
「……ですが、私には心当たりがあります」
ぱらぱらと雪の舞い散る海に、氷の姫君は躊躇なく足を踏み入れる。
するとスノウは、突き刺すような海水の冷たさをまるで感じさせない、とても澄んだ歌声を高らかに響かせた。
──なんて綺麗で……悲しい歌なんだ……。
それは、スノウという少女の全てを表現していた。
この少女を救わなくては。
彼女を一人にしてはいけない。
アインはスノウから一瞬たりとも目を離せぬまま、その歌声に耳を傾ける。
歌が終わったその時、海面から何がが顔を覗かせているのが見えた。
人魚だ。
スノウの歌声に引き寄せられた、地上に憧れを抱く人魚の少女である。
人魚は、スノウとアインから地上で暮らす人々の話を聞かせてもらうことと引き換えに、涙の雫を与えてくれたのだった。
懐かしい夢を見た。
子供の頃に出会った、可愛い黒髪の女の子と遊ぶ夢。
──この子は、誰だっけ……?
帰り道、馬車の中で異変が起こる。
眠っていたアインが目を覚ますと、スノウが高熱を出していたのだ。
アインはすぐに近くの町で宿を取ると、町の薬屋から場所を借り、大急ぎで薬を用意した。
慌てて宿に戻ると、ベッドに横たわるスノウが目を覚ましていた。
「私を置いて……どこへ行っていたのです……? お願いです……。私はもう二度と、愛する人を失う感覚を味わいたくないのです……!」
意識が朦朧とするスノウは、心のままに告げる。
『お願い、私を置いていかないで……!』
スノウの言葉と、夢の内容がリンクする。
目の前の銀髪の少女と、夢の中の少女は同一人物。
夢の中のスノウが黒髪だったのは、呪いの効果が現れ始めて間もない頃。
アインは、彼女の婚約者だった王子の転生者だった。
アインは薬を口に含むと、スノウの唇に顔を寄せた。
*
女王の調査結果により、スノウは【愛する者と死別する呪い】にかけられていたと判明した。
姫が人魚の涙を飲めば、呪いは解ける。
しかしその代償に、愛する者との記憶を失う。
「それでも構いません」
「俺達は、何度だって惹かれ合う運命なのですから」
顔も名前も忘れても、絶対に恋をする──