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貸していた本

 翌日、咲良は泣きすぎてボーっとする頭で目が覚めた。洗面台で顔を洗い、鏡にうつった顔に苦笑する。赤く腫れた瞼が野暮ったい印象を放ち、泣いたことを主張していた。


「美しい涙って、やっぱりないよねぇ」


 そう口の中で呟いた咲良は化粧水で肌を整え、冷凍庫にあった保冷剤を両瞼にのせた。しばらくこうしておけば腫れも引くだろう。そのままリビングにあるソファーに体を横たえて目を閉じる。

 自然と瞼の裏にあの光景が浮かんできた。池にうつった夕日、そのグラデーション。そのまま記憶が再生されて、目頭が熱くなる。咲良は慌てて大きく息を吸って長々と吐いた。腫れを引かせるために両瞼を冷やしているのに、また泣くだなんて本末転倒だよ。そう咲良は自分を戒めた。リビングに寝そべる咲良はやがて穏やかな寝息を立てはじめた。


 突然家のチャイムが鳴った。咲良は驚き、体を動かしたせいでソファーから転げ落ちる。いつのまにか眠っていたらしいと自分の行動を振り返りながら、髪の毛を手ぐしで整える。咲良は自分の目元に触れ、ひんやりとした感覚を確かめた。腫れが引いていることを願いながら、来訪者を迎えるため玄関へと急いだ。


「やっほー。なんだか久しぶりだね、元気してた?」

 玄関扉が開くのと同時に、鹿子の声が飛び込んできた。ひらひらと右手を振って嬉しそうに微笑んでいる。反対の手には小ぶりの紙袋を提げていた。


「まだ春休みに入って三日しか経ってないよ?」

 咲良は鹿子の久しぶりだという言葉にそう返して笑った。

「いや、ほら。学校があったら平日には毎日顔を合わせるじゃない?何か三日空いただけでも新鮮でさ」

 鹿子はそう言って手にした紙袋を軽く持ち上げて見せた。

「めっちゃおいしいらしいよ?」

 鹿子は紙袋の中を広げて、咲良に見せた。貸してあった本と一緒に小振りな菓子折りが入っている。

「せっかくだから、咲良と一緒に食べようと思って」

 鹿子は咲良と視線を合わせて一瞬真顔になり、ニッコリと笑う。鹿子の様子に目の赤みも腫れも取れているらしいと咲良は確信した。もし朝と同じ状態だったら鹿子がそこに言及しないわけがないだろうと。


「玄関で話し込むのもなんだから、どうぞ」

 咲良は鹿子を招き入れるように家の中を指し、鹿子が歩を進めやすいように身を避けた。

「おじゃましまーす」

 明るい鹿子の言葉が家に響き、それを聞いた母親が「いらっしゃい」と、台所から顔だけを出して返事した。


 鹿子は迷いなく咲良の自室に向かう。何度も咲良の家に訪れている鹿子に今更案内は不要だった。咲良は「先に部屋に入ってて」と鹿子に言い、台所に寄り道した。鹿子と飲むお茶を取りに。


「なにかお菓子でも付けられたら良かったんだけどね、見栄えの良いものが今ないわ」

 母親は2人分のティーカップが乗ったおぼんを咲良に手渡しながら言った。ごめんねと付け足した。


「お菓子は鹿子が持ってきてくれたから、大丈夫だよ、ありがとう」

 咲良は母親の手際のよさに感謝して、お盆を受け取る。緑茶の香りが咲良の鼻をくすぐった。

「そう?足りないようなら買ってきてあげるから言いなさいね?」

 心配そうに母親は頬に手を当て、咲良とおぼんを交互に見た。

「もし必要なら自分たちで買いに行くよ」

 咲良は母親を安心させるように言い、自室に向かった。


 咲良が自室に入るのを待ってましたとばかりに鹿子が口を開いた。

「おかえり、早くお菓子食べよう?」


「まぁま、待ってて」

 咲良は言いながらお茶を置くスペースを探す。引越し準備のためにあらゆるものをまとめたせいで、テーブルもなかった。咲良は鹿子におぼんを預けると積み上げていた荷物の中からミニテーブルを引っ張りだした。そのまま2人の間に置く。

「ありゃ、手間かけさせてゴメンね」

 鹿子が言いながら準備されたテーブルにおぼんと持ってきた菓子折りを置く。

「このぐらい手間でも何でもないよ。私が早くに準備しすぎてるせいだし」

 咲良が気にしないでと返すと、鹿子が愚痴るように口を滑らせた。

「弟もさ、咲良ぐらいちゃんと準備進めてくれたら、家族の誰もヤキモキしないで済むのに」


「いや、でも準備を進められない気持ちもわかるよ。自分のものほとんど持っていけないんだもん」

 咲良は正直に胸のうちを打ち明ける。鹿子はそんな咲良をチラリと見て菓子折りを開けた。

「まぁねぇ、捨てたくないものも捨てなきゃいけないのか……って弟も言ってる」

 静かな口調で同意しつつ、菓子折りを開ける鹿子の手は止まらない。ぱりぱりと包装紙を外していた鹿子の手元にこし餡とうぐいすあん、みたらしのたれが乗った団子串が顔を出した。咲良がサッとみたらし団子を手に取り、頬ばる。その様子に鹿子はフッと鼻を鳴らし、不敵に笑う。


「残念、売れ行きの一番人気はうぐいすあん、なんだなぁ」

 鹿子は言い、ゆったりと緑色の団子を手に取る。そして、手にした団子を自慢するように咲良の目前に差し出して見せた。


「ま、たくさんあるから食べ逃すことはないけどね。余るようなら咲良の家族で食べてたっていいんだし」

 鹿子はミニテーブルの上に残った団子を指す。まだそれぞれの団子が数本ずつ残っていた。

「うん、ありがたくもらうよ」

 咲良は頷いて団子をかじった。もちっとした触感と甘じょっぱいタレの味が口の中に広がる。タレがサラリと喉の奥に流れ、口の中に残った団子の甘味をじっくりと噛み締める。その様子をじっと見ていた鹿子が感心したような声を出した。


「咲良って本当、団子のCMに出られそうなぐらい美味しそうに食べるよねぇ」


「だって本当に美味しいんだもん」

 照れたように咲良は目を伏せて答えた。団子をさらに食べ進めようとした咲良の髪がサラリと肩から流れる。団子に髪がかかりそうになって、咲良は団子を口にくわえて腕につけていたシュシュで手早く髪の毛をまとめた。


「そういってもらえると、団子も、団子に生まれたかいがあるってものよねぇ」

 鹿子は嬉しそうに頷いてしみじみと言う。そのまま咲良が貸した本の感想を語りはじめた。咲良は団子を食べながらそれを聞く。鹿子が読み取った作品のメッセージと咲良が読み取った作品のメッセージが違っていて小さく驚きの声を上げた。咲良も鹿子もお互いに自分の読み取りがあっているのだと主張しあい、何度か本を開いて二人で首をひねった。


「同じもの見てるのに感想がこうも違うって、面白いね」

 咲良の主張に添う文章も、鹿子の主張に添う文章も本の中に確かにある。一人で読んでいた時に気づけなかったそれを共有できることが咲良はなんだか嬉しくなった。


「本当にね。一人で読んでた時は綺麗にまとまってスルスルと読めたのに、咲良とこうして話してたらなんだかよくわからなくなって来たよ。良い意味でね。一度だけ読んだんじゃもったいない本だね」

 鹿子が咲良の言葉を肯定し、何度も頷く。


「もし、読み返したいなら、あげようか?」

 鹿子の言葉に咲良はそう返した。

「……引越先狭いらしいもんねぇ。やっぱ、本みたいな小さいものでも持って行くの厳しいんだ?」

 鹿子は一瞬ハッとした顔をしてから、そう続けた。

「うん。まぁ……」

 咲良はしまったという思いを返事にのせて、手にしていた団子の串をごみ箱に捨てた。

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