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待ち合わせ

 翌朝、咲良は目覚めてすぐにお弁当の支度を始めた。大樹の好みを考えながら、弁当に詰める食材に味付け調理していく。粗熱が取れるのを待って、から揚げ、卵焼き、プチトマト、混ぜご飯のおにぎり……と弁当箱に詰めた。ウインナーをタコさんの形にし、星型のニンジンを詰め込んだところで少し子供ぽいだろうかと悩み、作業の手が止まる。昨日食べた芸術品みたいな料理が思い出されて、弁当の出来に自信が持てなくなっていた。やっぱり綺麗な形のお弁当を買って持っていこうか、と気持ちが揺らいだ。咲良は弱気な自分の心をギュッと目をつぶって追い出す。

「どうか楽しい時間になりますように」

 咲良は小声でそう願いを口にしてから、お弁当の蓋を閉じた。


 お弁当の準備を終えた咲良は時計を確認した。今、家を出ると約束の時間より早く着いてしまう。咲良は時間調整のために淳の日記にアクセスし、読んでいた記事の続きを探した。


『いよいよ、宇宙船に乗る日がやってきた。乗組員の誰にも見送りの姿はない。出発時の混乱を避けるために、いつ誰の乗った宇宙船が発射されるかといった情報は秘匿されているからだ。一機の宇宙船につき、乗組員は三十名ほど。義務教育での一クラス分と同じ人数だ。多くの人が集団生活において経験したことのある範囲なら、健全な精神を保ったまま探索の旅を続けられるであろうという計算の元に決められた人数。宇宙を漂い、新たな惑星を見つけだすなんてまるで子供の見る夢物語だ。でも、大人が本気で計算し、向き合えば夢物語は実現可能な目標に変わる。これまでバラバラに道を極めて来たように見えた人類の英知が、第二の地球を発見するという目的に集結していく。乗組員の誰もが、その期待を嫌という程背負っていた。それはメンバーの誰もが宇宙船に乗り込む入口で立ち止まり、地球で過ごす最後の景色を目に焼き付けるような動きをすることからもわかる。』


 咲良はリビングのソファーにごろりと体を横たえ、真剣な目で日記を読んでいく。見送りのない出発なら誰にも涙を見せずに済むから丁度いいかもしれないと咲良は考えた。


『幸か不幸か、俺は両親を見送った後だった。それに、地球上では嫁はおろか、恋人さえもいたことがない生活を送っていた。涙ながらに別れを惜しむような親しい友人もいない。こんな段階になって気付いたが、俺は天涯孤独とか言うものに近い暮らしをしていたのかもしれない。だからか、見送りがないことが寂しくはない。むしろ正直に言ってしまえば、俺だけが誰にも見送られない現実を見せつけられずに済んだ安堵の方が大きい。それでもやっぱり、宇宙船に乗り込む入口の前で足が止まった。茶色の荒野に所々、緑の植物が点在する地球最後の光景を見る。何も置いていかないのに、何かを置いていくような離れがたさが広がっていた。俺はそこから逃げるように宇宙船に乗り込む。天涯孤独であることは、乗組員の条件には関係ない。乗組員の中には当然、両親や恋人や親友がいる者もいるだろう。そういう人は俺の何倍もの離れがたさを感じていたのだろうか。宇宙へと上がって行く時に感じた重力は、おそらくそういう人たちの思いなのだと聞かせられれば、納得してしまえるほど、何もない俺にも、引力は強く作用していた。小さな窓から見える景色が漆黒に染まってからしばらくは、誰も口を開かなかった。重力から解き放たれた体が妙に頼りなくふわふわと浮かぶのは、地球へ心を置き去りにしたせいなのかもしれない。』


 心情がたっぷりと表現された文章に、淳がようやく宇宙船に乗ることの実感が湧いたのだと分かった。咲良は随分と流暢な文章になったなと思いながら読み進める。


『やがて、誰かの腹が大きく鳴って、食事を取ろうということになった。俺が最初に食べたのはおにぎりの宇宙食だ。水を入れてしばらくするとふっくらとした米が食べられる。味は案外普通だった。コンビニなんかで売られているおにぎりとの違いを俺は表現できない。けれどまぁ、宇宙食おにぎりのおいしさを詳細に語ることが、後世に残すべき内容かと問われると、その必要性を感じないと答えざるを得ない。それでも食事の話を持ち出したのは次の言葉を書きたかったからだ。よく言うだろう?同じ釜のめしを食べた仲とかなんとか。一緒に食事を取ったおかげなのか、三十人全員と持ちつ持たれつで生活できたことをしっかりと記しておきたい。俺達の宇宙船は平和そのものだ。縁起でもない話だが、俺がよく読んだ小説なんかだとトラブルや食料難でやれ仲間割れだ、殺し合いだと物騒なことが起きたものだから。そうではないこともあるのだと記録を残そうと思った。全員の腹が満たされた頃に、ぽつりぽつりと自己紹介が始まった。全員の名前をただ列挙していっても仕方がないだろうから割愛するが、男女比でいうと女性が二十五人に対して男性が五人。これは、種の保存を考えてあえて偏らせた数字だ。現代において未だ生殖器を代替できる技術はない。つまりはそういうことだ。新たな惑星で、産めよ増やせよ。単純な割り算をすれば俺一人に五人の女性が割り当てられる計算になるが、体が大気圏を突破したところで生来の気性が変わる訳もない。ハーレムを許される環境に置かれても俺は結局、奥手のままだった。』


 咲良はふんふんと小刻みに首を動かした。他の物語と比較して結論が書かれているあたりに不安を覚える。多くの場合、平和は壊れるものだ。淳という人物には幸せになってもらいたいと咲良は思っていた。どうかこの結論が最後まで変わりませんようにと願った。

 ふと、何かを引きずる音が聞こえてきて咲良はスマホから顔を上げた。リビングの入口から母親と掃除機が顔を覗かせ、「掃除しても良い?」と咲良に尋ねる。掃除の邪魔にならないようにと咲良は自分の部屋に避難することにした。ガランとした自室の風景に、どこか借り物のような感覚を覚えながら、咲良は自分のベッドに横たわった。日記の続きを読もうとスマホに視線を落とし、何の気なしに視界に入った右上の時刻表示にドキッと心臓が跳ねる。今すぐに自宅をでて、待ち合わせにぎりぎり間に合うかどうかの時間だった。

 咲良は大慌てで着替えて、待ち合わせ場所に向かう。一度玄関を出てから弁当を忘れたのに気づき、引き返したせいで待ち合わせ場所に着いた頃には約束の時間を十分ほど過ぎていた。


「よぉ、女の子は何かと準備に時間がかかるからしょうがないって?」

 先に待ち合わせ場所についていた大樹がからかうように言い、それに答えて咲良は頬を膨らます。

「もー、意地悪言わないでよ」と甘えた声を咲良は出し、軽く大樹の腕を叩いた。大樹は多少待たされたぐらいで怒らないことを咲良は知っているし、大樹も咲良からどんな反応が返ってくるのか分かっていて軽口を叩いていた。


「なんかいいな、その顔」

 大樹は目を細めて眩しそうに咲良を見、その頭を撫でた。大きな手が咲良の髪を愛おしそうに撫でる度、咲良は自分の中にある寂しさや不安を溶かしてもらっているような心地がした。


「じゃ、行こうか」

 咲良の頭をひとしきり撫でた大樹は、満足した様子でその手を咲良に差し出した。咲良は頷いてその手を握る。二人は揃って、山へと足を踏み入れ、頂上を目指して歩きはじめる。

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