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エピローグ 更新されたあつしの日記。

『あぁ、今俺の胸は一杯だ。とにもかくにも、お礼を言わせてくれ。いや、まずはこの日記自体に嘘があったことを詫びなくてはならないだろう。俺はこの日記の最初に、”どんな記録を残しておけば後世の役に立つのか検討もつかない。後の世に残すことで俺の生きた時間が少しでも意味のある物になる、なってほしいのかもしれない。”と書いた。だけれどこの表現は正しくなかった。この記事は三千年に更新されたように表示をするから、ここまで読んだ人ならもう気づいているかもしれない。二千年にかかれた日記というのは真っ赤な嘘だ。俺が綴っていたのは”三千年のこの世界で本来の迎えるべき地球の結末”だった。信じなくても良いが俺は、未来を見ることができる。どういった訳か、時間を巻き戻す能力も持っていた。……だけど、それだけだ。俺には未来を変える力も、世界を動かす勇気もなかった。何度も何度も地球が爆発しては、時間を巻き戻してきた。俺一人だけが知っている地獄。繰り返される決まりきった物語。そういった時間を生きる中で気が狂わない気力は才能といえるかもしれないが、それが何になる?俺は、誰も知らないこの地獄の繰り返しを止めてほしかった。誰でも良い、俺にできない大きな責任を誰かに押し付けたかった。自分よりもぐんと年下の少年と少女によってそれは成し遂げられた。ありがとう。ニュースでは数学の権威が数式を発見したおかげで、ミサイル計画が白紙になったと報じられているのをみたことだろう。だが、その数式を最初に世界へ投げかけたのは、無名の少年だ。まぁ、最初に嘘をついたこの日記の言葉を君が信じるかどうかは別にどちらでも良い。

とにかくこれで俺は心置きなく、宇宙船に乗れる。新たな未来が見えたんだ。俺に見えた物が本当に未来なのかどうか、それを証明する術はない。だけど、俺は。人類が危機に直面するとわかっていて対処せずに放置することなどできない。弱虫で何の行動もできないくせに、全人類が幸せになってほしいと、図々しくも願い続けているんだ。気が遠くなるほど長い間。特定の大切な人がいない俺だから、できることなんだと思う。誰もが平等に笑っていて欲しいと願うことは。願いつづけることは。

地球の危機は今回が初めてではない、と書けば、君は驚くだろうか?繰り返し、繰り返し何度もいろんな要因で壊れてきた。俺はその度に願い、祈り、諦めなかった。何故こんなことを書くのかというと、柄にもなく俺自身の頑張りを誇ってみたかったからなんだ。自分よりも年下のヒーロー達を尊敬し、少々嫉妬もしている。俺にはできなかった一歩をまだ若いヒーロー達はちゃんと踏み出した。ただひたすらに救ってほしいと願いつづけただけの俺の言葉を聞き、自分のリスクを省みずに行動してくれた。今回地球を救った三人の名前を記しておこう。鹿子、咲良、大樹の三人こそ、ヒーローと呼ぶに相応しい。本当にありがとう。地球と俺を救ってくれて。


そして、この日記がただのフィクションへと昇華した世界に生きる君に、お節介ながら言わせてくれ。朝日が昇ることを疑わずに済む日常をどうか大切にしてほしい。君がただ当たり前に生きるその世界は奇跡の連続の上に成り立っている。もちろん君がそれを知覚することはないけれどね。


それでは、そろそこの日記もおしまいにするよ。これからも君達が素晴らしい日常を送っているのを宇宙から見守っている。』


咲良はあつしに見せられたメモ用紙から視線を上げた。

「ちょっと、言葉選びがキザ過ぎませんか?」


「この文章がアップロードされるのは私たちが旅立った後だからね。ヒーローの活動は格好よく綴っとかなきゃ」

あつしはいたずらっぽく片目をつぶる。咲良は小さく笑ってから、気を引締めるように口を真一文字に結んだ。


「本当に未来が見えるんですか?」

咲良はあつしのどんな些細な表情の変化も見逃さまいと目に力を入れた。


「さぁてね。ただ数学が趣味の変人かも」

あつしは瞳の奥を隠すようにくしゃりと目を細めて笑った。


「整備不良の宇宙船はこの中のどれかなんでしょうか?」

咲良は不安げに窓から、外に並ぶ他の宇宙船を見渡した。

「ん……多分、大丈夫。その宇宙船の事前チェックもかつてないほどにうまくいった。ミサイル発射が食い止められたのかどうかが、キーだったんだよ」

あつしは安心させるように咲良の肩をポンと叩いた。


「離陸五分前……」

機械的なアナウンスがあつしと咲良の背中を押す。二人はそれぞれ宇宙船の決められた席へと座り、シートベルトを締めた。咲良は持ってきた母親のレシピノートを胸にギュッと抱きしめて発射の時を待つ。


「十秒前、九、八、七……」

アナウンスが正確に時を刻む。


「ゼロ」

その言葉が咲良の耳に届くとともに強く体を取り残されるような感覚が襲ってきた。地上が遠退き、水色の景色がやがて漆黒に染まる。おもちゃでよく見たのとそっくりな地球が、窓の外にまるで月のように浮かぶ。


「飛行が安定しました。ベルトを外し、自由にしてください」

プログラムされた声が聞こえて咲良はベルトを外す。背を反らして伸びをした。宇宙にきたのだという実感はイマイチない。これから実感して行くだろうかと考えながら、固まった筋肉をほぐすために咲良は大樹すぺしゃるを始めた。


「いち、に、さん、しー」

小声でカウントを取りながら体を動かす。重力のない空間では少し力を込めただけで体の上下が回転したり、手をプラプラさせた勢いで宇宙船の端まで飛ばされたりする。ちょっと工夫が必要だなぁと咲良は内心で考えた。


「地球が綺麗ですね?」

耳慣れた声が咲良の鼓膜をくすぐる。咲良は聞こえるはずのないその声に耳を疑った。慌てて振り向いたせいで首の勢いに合わせて体が移動し、声の主にぶつかった。


「おいおい、大丈夫か?」

咲良の頭の上から、気遣うような優しい声が下りてきた。


「なんでいるの?大樹」

咲良がその顔を見上げて驚きを言葉にする。


「鹿子さんの弟が、宇宙船の乗組員の代替者を探してたから」

大樹は歯を見せて笑いながら説明した。


初めの計画では、新たな惑星を見つけだすまで地球に帰らない予定だった宇宙船。しかし、今では五年周期の探索計画に切り替わっている。ミサイル計画が白紙になったおかげでミサイル発射と国の再建に裂く予定だった資金分を、宇宙ステーション、つまり宇宙船と地球を結ぶ中継地点の建設費用に当てられるようになった。地球を飛び出しておしまいの計画から、往復する計画に切り替わったことはすぐに全世界に知らされた。ミサイル発射取り消しの謝罪が流れはじめてすぐ、第二惑星の探索計画変更のニュースも流れた。それを受けて半ば強制的に宇宙船に乗り込む予定だった人々のほとんどが乗船を拒否しはじめる。政府は予想外のこの事態に慌てた。どうにか乗船員を確保したい政府は苦肉の策として乗組員から推薦を募ることにした。


「……っとここまでは、咲良も知ってる?」

説明の言葉を区切るようにして大樹は咲良の反応を待つ。咲良が頷くと安心したように大樹は言った。


「まぁ、鹿子さんの弟と咲良が同じ宇宙船に乗るのかどうかは賭けだったけどね」

大樹は照れたように笑うと急に顔を真面目な表情にする。


「咲良、地球が綺麗ですね?」

大樹は宇宙船から見える地球を指差して、再び言った。その顔は緊張で強張っている。


「格好つけちゃってまぁ」

咲良は込み上げて来る笑いを押さえながら茶化した。


「咲良」

大樹が上擦った声でもう一度名前を呼び、咳ばらいした。そして恭しく手を差し出す。

「俺と、結婚してください」

差し出された大樹の手には手の平サイズの箱。咲良がそれを受けとった後も、握手を待つように手を差し出したまま俯きじっと固まる大樹。箱を開くとそこには小振りのダイヤモンドがついた指輪が入っていた。


「時間が無くて、母ちゃんが父ちゃんからプロポーズされた時にもらった指輪を借りてきた。挙式は五年後の地球でどうかな?」


「……はい」

咲良は返事をするのと同時に大樹の手を取る。どこかから雫が落ちてきて、宇宙船の床を濡らした。


「泣くなよ」

顔を上げた大樹が咲良を抱きしめ、頭を優しく撫でた。咲良は大樹の胸に顔を押し付けるようにして「泣いてない」と意地を張る。


少し離れた場所から口笛を吹く音と「お熱いこって」という鹿子の声が聞こえた。チラリと咲良が視線をやるとあつしのニコニコとした表情が見えた。手には小型の通信機器、そこにプロポーズおめでとうのカードを持った鹿子が映っている。


「茶化さないでよ」

咲良は急に恥ずかしくなって大樹から離れるとぶっきらぼうに言う。

手放さずに済んだモノを順番に見て、込み上げて来るものを必死で抑える。


「幸せになろうな」

大樹の言葉に咲良はただ頷く。


窓の外に映る地球がだんだんと遠く、小さくなってく。青々としたそれは、まるで月のようにしばらく咲良の乗る宇宙船を追いかけた後、見えなくなった。


「ねぇ、空気に呑まれて思わずさ、プロポーズ受けちゃったけど。段階飛ばし過ぎじゃない?」

咲良はいたずらっぽく笑いながら、大樹の横腹をつついた。


「咲良が、ものすごい速さで俺を置いていこうとするから、これぐらいしっかりと手を握らないとまたどこかに飛んでいっていしまいそうだからな」

大樹は咲良の手元にある箱から指輪を抜き取ると、左手の薬指にはめた。そのまま大樹は咲良の左手に口づけてニカッと笑う。

「……もしかして、返事はやまったかも?」

一縷の不安は早すぎるマリッジブルーなのか、それとも真実なのか判断がつかないまま咲良は呟いた。咲良の左手薬指で、少し大きめの指輪がキラリと光るのを観念したように見つめる。


「ま、後悔はさせないよ」

上機嫌な大樹が愛おしそうに咲良の頭を撫で、その温もりに咲良は丸め込まれる自分を感じながらも受け入れていくのだった。


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