帰宅と出発
朝日の眩しさに咲良は目を覚ました。今日は咲良が宇宙船に乗る前日、地球ですごせる最後の日だった。前日までのドタバタが嘘のように何も誰からも連絡がないまま、平和な時間が過ぎていく。
咲良はベッドから起き上がる気力もないまま、最後の半日は第二惑星探索の必要性についてネット検索して過ごした。
ガチャリと玄関ドアが開く音がしてようやく、咲良は重い腰を上げ、玄関に向かう。
「ただいまー」
妙にはつらつとした母親の声が玄関に響く。
「おかえりー」
咲良はほとんど感情のこもらない声で母親を出迎えた。大袈裟に別れを演出してしまったせいでどんな顔して受け入れればいいのか戸惑っていた。
「いやー……まさか、こんなことになるなんてねぇ」
母親は照れ臭そうにそう言いながらドサリと荷物を玄関に下ろした。ちょっとした旅行にでかけて帰ってきたという程度の荷物量。
「これからも、よろしくね」
母親は、咲良が宇宙船に乗るのを辞めただろうと確信しきった声で言った。
「……母さん、私は、予定を変えないよ」
咲良は下唇を噛んで、答える。
「え!?」
母親は目玉が転がり落ちるんじゃないかと思うほど目を見開いて驚きの表情をし、咲良を見つめた。
「なんかね、今まで周囲の状況に気持ちを何とか合わせようとしてきたんだけど」
咲良は自分の心の中にあったもやもやを一つずつ掬い上げるようにして母親に伝えていく。
「宇宙船に乗るのだって最初は嫌だったし、今だってウキウキ、ワクワクしているわけじゃない」
咲良が続けた言葉に母親は首を傾げた。
「なら、取りやめにしたってだれも咲良を責めないわよ?」
「そう。だけどね。もう地球環境がめちゃくちゃなのは母さんも薄々感じているでしょう?」
咲良は、さきほどまで調べていたネットの記事から情報を持ち出して説明する。
「まぁ……半年もの間外出ができないなんて、私が子供のころには考えられなかったものねぇ」
母親は頷くと、リビングを指差した。
「とりあえず、ゆっくり座って話しましょう?ココアでも入れるから」
咲良はその提案にしたがってリビングの席に座る。母親がお湯をケトルで沸かせるのをぼんやりと見つめながらどう話しをしようかと頬を掻いた。
「それで?」
母親は咲良の前にココアを置きながら促した。
「うん……」
咲良はココアの入ったマグカップの口に蓋をするように両手を乗せた。手の平をじんわりと水蒸気が濡らしていく。
「まぁ、五年だし、ちょっと長めに学校にでも言ってると思えば良いか」
母親の呟いた言葉に咲良は驚いた。
「え?五年?五年ってなに?」
「あら?知らなかったの?ミサイルの件で予算が余ったから、中継地点作る話」
母親は平然として答えた。
「知らないよ」
咲良は肩に入っていた力がヘナヘナと抜けて行くのを感じた。
「ミサイル発射が取りやめになったのは知ってるの?」
母親が情報を整理するように咲良に問い掛けた。
「うん。知ってる。それで予算が宇宙探索に裂かれて、宇宙船の乗組員の再選出が行われてるって」
咲良はマグカップのココアを吹き冷ましながら一口含む。甘さが口内に広がり染み込んでいった。
「それよ。再選出。当初の予定だと、地球に帰ってこない予定だったからね。適任の範囲もかなり絞られていたでしょ?健康と、年齢と病歴やDNAまで見て、生物学的に優れた人のみ」
母親もココアを飲み、続けた。
「それがミサイルを打ち上げる分の燃料が余ったから、往復できるようになったんだって。……で、五年の時間制限ができたってわけ」
咲良は母親の説明を聞いて椅子の背もたれに身を投げだす。随分と、人の覚悟を無駄にしてくれるものだ……と咲良は心の中で愚痴った。
「ところで何で辞退しないのかを聞いてなかったわね」
母親はココアが半分ほどになったマグカップを両手で包むようにして身を乗り出した。
「私今日まで、流されるままに生きてきたなと思って。自分の行動を自分で決めずにただ、与えられるものに自分を合わせて何となく過ごしてきたなぁって」
そこまで言った咲良は母親をちらりと見た。母親はうんうんと優しげに頷く。
「だから、さ。やってみたいなって。最初は押し付けられたことだったけど、第二惑星を探すってつまり、自分の生きる世界を探すってことでさ。世界に振り回されるんじゃなくて自分で生きる世界を決めたいな……なんてことを考えてたんだけど」
咲良はの言葉は最初こそ勢いがあったものの、尻すぼみに小さくなっていった。
「五年、かぁ」
結局、世界の方が咲良を良いように扱っているという感覚が咲良を悩ませた。
「ふふふ」
母親は咲良の姿をジッと見て嬉しそうに笑う。
「なに?」
居心地の悪さを感じた咲良は乱暴な声を出した。
「いえ、咲良、大きくなったなぁって。気をつけていってらっしゃい」
母親は目を細めてそう言い切ると空になったマグカップを洗いに台所に立つ。
「いって来ます」
咲良はそう返事して残りのココアを飲み干す。
しばらくして父親が帰宅し、咲良と両親は変わらない時間を慈しむようにして過ごした。
「いよいよかぁ」
ベッドに仰向けになった咲良がつぶやく。大樹や鹿子に連絡したい気持ちが咲良の頭をぐるぐると回ったが、そう何度も別れの挨拶をしたくなくて結局、目を閉じた。




