咲良の決断
どのぐらいの時間が経ったのか、咲良と鹿子の間に着信音が流れた。
「大樹からだ」
咲良は自分のスマホを確認して呟いた。出るべきか迷った咲良は鹿子をちらりと見る。
「どうぞ?」
鹿子は何を遠慮する必要があるのかといいたげに首を傾げて咲良のスマホを見た。咲良はスマホの通話ボタンを押して、耳につけた。
「咲良、ニュースを見たか?」
電話の向こうで大樹の嬉しそうな声が響いた。
「うん、ミサイル計画が白紙だってね。なんか一気に状況が変わり過ぎだと思うんだけど、でも喜ばしいこと……だよね」
咲良は隣に座っている鹿子をチラリと見ながら言った。鹿子は首を傾げたままとくに表情を変えずに咲良を見ていた。
「いや、そうじゃなくてさ。宇宙船への乗組員の再選出の話だよ。知らない?」
大樹が訂正した言葉に鹿子が目を大きく開いて反応した。
「ちょっと、どういうことなの!?」
「なんだ、鹿子さんと一緒にいるのか。本当仲良しだなぁ……。どういうことも何もそのまんまだよ。待って。いまネットニュース読み上げるから」
大樹の返事がスピーカーホンにしたスマホから返ってきた。鹿子は大樹の言葉を待ちきれないのか、慌てて鹿子自身のスマホを操作して調べはじめる。
「ミサイル発射計画が白紙で、第二惑星探索の計画予算が大幅に引き上げられたのは知ってるか?」
大樹が咲良の知識を確認するように言葉を紡いだ。
「そのニュースは聞いた、と思う」
咲良が答えると大樹はそっか、と小さく相づちを打つ。
「宇宙船に乗る人って半ば強制的というか、年齢とか肉体の健康度とかそんな数字で選出されてたから、だれも拒否しなかっただろ?今回のミサイル発射計画で、乗船員が署名を集めててさ。”自分の人生を生きるために乗船拒否の権利を主張する”って。それを受けて国が、”乗船員の再選出を始める”って言い出したんだ」
大樹は興奮した調子でまくし立てた。
「だから、咲良、宇宙船に乗らない選択肢が取れるんだよ。俺達別れなくたっていいんだ。……だろう?」
大樹は言いきった後、不安そうに咲良に問い掛けた。
「急に言われてもわからないよ」
咲良は大樹に心情を素直に伝えた。状況が変わって、それに沿う感情をまた整えて、それじゃ今までの生活と変わらないじゃないかという思いが咲良の頭を駆け巡る。
「今はまだ、推定でしかないけれど七割か八割の乗組員が署名するらしい。すでに発射した宇宙船も乗組員の過半数賛成すれば地球に戻ってくるって」
大樹は畳みかけるように言う。
「そう、なんだね」
咲良には大樹の言ってほしい言葉がはっきりと頭に浮かんだ。
「なぁ、咲良?」
祈るような、半ば咲良の返事は確信しているような響きをもって大樹が答を促す。
「ごめん」
咲良の口から出た言葉に咲良自身が驚いていた。鹿子にとっても咲良の返答は意外だったのだろう。咲良の視界の端で身を強張らせるのが見えた。
「俺のことが嫌い、とか?」
電話の向こうで大樹が弱々しく問い掛けてくる。
「……大樹?」
咲良はすこしだけ怒りをにじませて大樹の名前を呼び、大樹の推測を否定した。
「じゃぁ、なんで」
大樹が食い下がるように咲良に言う。鹿子は心配そうに咲良の顔を覗き込んでその真意を推し量ろうとしている。
咲良は鹿子をちらりと見て、微笑んだ。
「なんか、ね。チャンスだと思うの」
「チャンス?」
鹿子と大樹の声が重なった。
「チャンス」
咲良は噛み締めるようにしてその言葉を繰り返した。
「私が、変われるチャンス。周囲の環境に振り回されて感情を整えていくのはもうおしまいにする。新たな環境に飛び込んで、そこで私は、私自身が好きになれる自分を見つけたい」
「自分探しなら地球でもできるだろう」
大樹が咲良を説得しようと言葉を選んでいるのが咲良にもわかった。
「んー、もしかしたらさ、宇宙に落っことして来たかもしれないし。私らしさ」
咲良は茶化すみたいにして言った。
「は?」
大樹が拍子抜けしたような声を上げた。
「産まれた時、私、宇宙旅行行ったんだって」
咲良はそれだけ説明すると通話を切った。
「本当に良かったの?」
鹿子が気遣うように咲良を見て言った。
「うん。わからないけど何だかスッキリしてる」
咲良は鹿子に向かって笑顔を見せた。
「ま、咲良が選ぶなら応援するだけよ」
鹿子はパンッと咲良の背中を叩いて息を吐いた。
「さてと、弟がどうするのか気になるし、私も帰るね。……ドーナッツ、食べ損ねちゃったけど、良かったら食べて」
鹿子は開封してあるドーナッツを指して言う。
「ありがとう」
咲良は頷くと鹿子を玄関まで見送った。
パタリ、と鹿子の姿を覆い隠した玄関ドアを咲良は見て、その場にへたり込んだ。一気にいろんなことが起こりすぎてへとへとだった。
「少しだけ……」
自室に戻る気力も無くなっていた咲良はそう呟いて目を閉じた。
ガチャリとドアの開く音がする。
「ただいまって、うわっ。どうした咲良」
仕事から帰ってきた父親が飛び上がるようにして驚いた声を上げ、すぐに気遣わしそうな表情になった。
「ん?あぁ、ごめん。ご飯食べよう?」
咲良は父親の詮索を避けるように返事した。
咲良と父親の二人は食卓に料理を並べ、向かい合って夕食を食べる。
「父さん、ありがとうね」
咲良は母親の作り置いた最後の煮物を口に運びながらぽつりと呟いた。冷蔵庫にいっぱい作られた料理はまるで計算されていたみたいに今回の食事でピッタリと空になっていた。
「ん。まぁ、1番お礼を言われるべきはきっと、母さんだろうなぁ」
父親は大きな口で味の染みた大根を食べた。幸せそうな顔で味わっていく。咲良は父親が少しからだを斜めにして座っていることに気づいた。いつも母親が座っていた席を視界に入れたくないのだろうなということは容易に想像がついた。
「ん……かもね」
咲良は曖昧に返事する。
「……最新のニュースは、知ってるか?」
父親が片眉だけを大きく持ち上げて咲良に聞いた。
「知ってる」
咲良は短く答える。柔らかく炊かれた人参が舌の上で蕩けた。
「……地下での暮らしも希望制になったらしい」
父親が回りくどく言葉を紡ぐ。
「私は今まで通りで行くつもり」
咲良は父親が気にしているであろうこと、つまり、咲良が宇宙船に乗るのかどうかをサラリと伝えた。
「そうか。じゃぁ、父さんは地上で毎日空をみる生活でも送るかな。もしかしたら、母さんも……とにかくなんだ、その、頑張れよ」
父親は多くを語らないまま、夕食を終えた。咲良はもう一度お礼を言うと自室に戻り、ベッドに横たわった。




