笑っちゃうぐらいあっけない結末
鹿子との通話が終わるのを待っていたかのようなタイミングでテレビ画面に見覚えのある数式が映し出された。
咲良はその映像をぼーっと眺める。ソファーに身を横たえ、次々に提示される情報をただ景色でも見るように流して行く。
ニュース速報が入った。今、懸賞に出されている数式はミサイルの発射回数によって地球が爆破されることの証明だと分かったという旨のテロップが画面の上に流れる。
「……鹿子の言う通りになっていくんだね」
咲良は自分が二の足踏んだ問題が、余りにも簡単に解決されていく様子をどこか拗ねるような気持ちで見ていた。
ニュース速報のテロップが更新された。その内容は必要なエネルギー量から、地球がミサイル発射のn回目に爆発する確率が算出されたというもの。まるで池に落とした石がその姿を水底に隠してもなお波紋を広げつづけるが如く、情報が更新されていく。
結果からいえば、ミサイル発射をめぐる問題は、笑ってしまうほど簡単に、凄い速さで解決していった。
あつしの出した数式によって、地球を爆発させるのに十分な回数のミサイル発射数が算出されるのに半日もかからなかった。そしてそれがどうやら正しい計算であることをその世界の権威が次々と認めていった。すると、シミレーションでその回数の時にミサイルを発射する国が批判され始める。世界中から地球を爆発させる国として弾圧され始めたその国は、「我が国は例え、ミサイルを打ち込まれても反撃しません」という声明を発表せざるを得なくなった。こうなると今度は、世界の目が反抗意思を持たない国へ、ミサイルを打ち込む準備を進めている国へと向く。無抵抗だとわかっている国へミサイルを落とし、一方的に国力を削ぐことへの批判が殺到した。当然その国も「我が国はミサイルを打ち込みません」と声明を出すより他無くなる。後はその繰り返しだった。
「嘘でしょ」
そう呟いた咲良の目にはニュースが映っている。リアルタイムに変わっていく各国の主張をただ流しているその映像は、編集の時間も取れないほどのスピードで各国の考え方が変わっているのを浮き彫りにしていた。
「あれほど悩んだ時間は何だったの?というか、こんな簡単なことに、世界のだれも気づいてなかったの?本当に?」
咲良は苛立ちとも拍子抜けとも取れる気持ちを空っぽの家の中で吐き出した。
「今、最初のミサイルを発射予定の国が、”ミサイル開発に使う費用を宇宙開発の予算に組み替えた”と表明を出しました。ミサイルのために集めたすべての部品や工作員を宇宙開発に活用すると表明した国はこれで、ミサイル発射予定国の百パーセントになりました。これは事実上、ミサイルの計画自体が白紙に戻されたということを意味しており……」
小綺麗に身なりを整えた女性ニュースキャスターの言葉を遮って、咲良はテレビの電源を落とした。
「っはーーー」
咲良はソファーの上に仰向けに寝転がると大きなため息をついた。喜びよりも困惑の方が大きい。咲良がリビングにある時計を見ると十二時を少し過ぎたところを指していた。一日足らずで大きな問題が片付いた。これで心置きなく咲良は宇宙船に乗り込める。喜ぶべきことだとわかっているのに心が追いつかないでいた。
「なぁんでかなぁ」
咲良が呟いた言葉に腹の虫が答える。冷蔵庫から母親の作り置きを取りだそうとソファーから立ち上がる咲良の耳に家のインターフォンが聞こえた。タイミングの悪さに内心でイラつきながら咲良は玄関に向かう。
「やっほー?咲良、変なところで電話切るんだもん。心配したよ」
鹿子が柔らかな笑みをたたえて玄関に立っていた。
「鹿子……」
突然の訪問に咲良が呆気に取られている脇を鹿子がすり抜けていく。
「今日はドーナッツ持ってきてみた」
小型の紙袋を咲良の目の前に突き出して鹿子が笑う。
「やっぱ、なぁんか暗い顔してるね?」
返事をしない咲良の顔を覗き込むようにして鹿子が言った。
「ほっといて」
鹿子から顔を背けるようにして咲良は言う。自分の口から出た言葉の刺々しさに、咲良はハッとして手で口をふさいだ。
「ほっといたら咲良、自分で解決しちゃうじゃん」
鹿子は咲良の刺々しい言葉に気づいてないかのように自然な口調で言い、まっすぐ咲良の部屋を目指した。
仕方なくその背中を咲良は追いかける。
なれた手つきでドーナッツを開ける鹿子を見て咲良は言うべき言葉を思い出した。
「鹿子、おめでとう。何だか展開が早すぎて頭が追いつかないんだけど。でも、無事ミサイルが白紙にもどったね」
口角の両端に力を込めて咲良が言い切ると、ドーナッツを開封していた手を鹿子がぴたりと止めた。そして感情の読めない目で咲良をじっと見つめる。
咲良は鹿子の視線に何か間違っただろうかと冷や汗をかくのを感じた。
「咲良」
鹿子が静かに口を開く、咲良は後に続く言葉を息を飲んで待待つ。たった数秒の事なのにとてつもなく長く感じた。
「……本当に、咲良は真面目でいい子なんだから。いいよ。聞いたげるから。無理して私に伝えるべき言葉を探さないで」
鹿子はフッと柔らかな笑顔に戻るとそう言って咲良の頭を撫でた。思いがけない優しさに咲良は、口を開いた。
「なんかね、こんなに簡単に解決するならそもそも、私たちが悩む前に解決してて欲しかったの。悩んで適応しようとした私が馬鹿mたいじゃん。だけどミサイル発射が白紙にもどったのは嬉しいことのはずなのに、それを祝えない自分も何か馬鹿みたい」
咲良は一気に言葉を漏らしてから、鹿子の反応を伺うように恐る恐るその表情をみた。
「本当さ、咲良ってば。真面目で、融通聞かなくて、自分に厳しくて、正しくあろうとするよねぇ」
鹿子はそう言って大袈裟にため息をつくと、「おいで」と言って両手を広げた。
咲良はその腕に吸い寄せられるように抱き着く。
「本当、いつか壊れるんじゃないかと気が気じゃないんだよ。見てるこっちはさ」
優しく咲良の髪を撫でながら鹿子が愚痴るみたいに言葉を紡いだ。咲良は、鹿子から香るシトラス系シャンプーの匂いが何だか心地好くてその言葉を目を閉じて受け止める。
「咲良の生真面目さはさ、本当に凄いと思ってるよ」
何も言えないでいる咲良に変わって鹿子が話す。
「いつも、良く頑張っているんだから。咲良は。自分のことをそんなに責めないの」
「頑張ってるんじゃないよ。ただみんなが当たり前に受け入れていることを、受け入れるのが下手なだけというか。みんなが労力割かない無駄なところでじたばたと暴れてるだけな気がしてる。鹿子みたいに自分の意見がちゃんとあるわけでもなければ、大樹みたいに自分のやりたいことがハッキリしてるわけでもない。全然上手に生きられてない」
咲良が静かに吐露するのを鹿子はただ黙って聞き、安心させるように咲良の背を撫でた。




