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敦の嘘

「それで、私達は何をしたらいいんですか?」

 咲良は自分と鹿子を順番に指差して聞いた。

「……そうですねぇ」

 あつしは唇に人差し指を当てて悩むような顔をした。

「得には、ないです。すでに倒れたドミノの駒が後の動きに干渉できないのと同じで、鹿子さんと咲良さんはその役目を終えてます」

 あつしの返答を聞いた鹿子がもどかしそうに言った。

「でも、じゃあ。この事態をただ黙って静観してろってことですか?それじゃ今までと何も変わらないじゃないですか」


「淳の日記が鹿子さんに作用し、咲良さんが関わり、私に伝わって大樹さんが波紋を広げる……今のところ順調ですよ、大丈夫です。鹿子さんが動くことで、周囲の興味が鹿子さん自身を傷つけることへ逸れるのは避けたいのです。できれば、しばらくは鹿子さんも咲良さんもSNSを見ないほうがいいでしょう」


 あつしが穏やかな調子で鹿子と咲良を気遣かった。その言葉が咲良の胸に染み込んで思わず頷きかける。ここまで話してきて、あつしが咲良や鹿子や大樹のことを尊重しているのはずっと感じていた。まだ短い付き合いだけれど、あつしの言う通りに動けば、間違いないんじゃないか……そんな風に咲良は考えた。


「淳の日記?」

 鹿子がいぶかしむように言い、あつしを見る。鹿子の声に宿った不穏な空気に咲良は我に返った。

「えぇ、咲良さんのスマホに表示されていたでしょう?」

 あつしは、何かおかしなことを言っただろうかと悩むような顔で、鹿子へ問い返す。咲良も鹿子がどうしてそんなにピリピリしているのか分からなくて様子を伺う。

「咲良、ちょっと、あつしさんに見せた日記の画面見せてくれる?」

 鹿子が緊迫した声で手を差し出してきた。咲良は言われるがままに表示して、鹿子に渡す。


「やっぱり、ない、よね……」

 咲良のスマホ画面を確認した鹿子が辛そうな声を上げる。眉尻を下げ、悲しそうな顔のまま鹿子はスマホを咲良に返した。

「なんで、知らないフリをしたんですか。最初に嘘つかれたんだって分かってしまったら、もう、あつしさんを信じられない。初めて理解してくれた人だと思ってたのに」

 責めるような強い口調で鹿子が言った。スマホをポケットにしまっていた咲良はその声に驚いて鹿子を見る。今にも泣き出しそうに鹿子の目が潤み、強く非難する光をともしていた。


「嘘?」

 訳がわからないという顔であつしが首を傾げ、鹿子に説明を求めた。

「あつしさん、なんで、私たちが見た日記が”淳の日記”だって言いきったんですか?」

 鹿子は声に怒りを滲ませている。


「え、それは見たからじゃないの?」

 咲良は鹿子の怒りに怯みながらも口を挟んだ。感情的になっている鹿子をなんとかして宥めたい一心だった。

「ないんだよ。一瞬見ただけでわかるような場所に、”淳の日記”なんて表記」

 鹿子の言葉に咲良は、慌ててスマホを確認する。見慣れたトップページ、鹿子の言う通り淳の日記という表記はなかった。でも、もしかしたら会話の中でそういうことを言ったのかも知れないし……咲良がそう考えた心を鹿子が読んだかのように言葉が紡がれる。


「そしてね、あつしさんへ説明した時は”個人の日記”って言ったの。あつしさんは、内容を知らない様子で、日記の内容を要約してほしいと言ってたよね。なのに、”淳の日記”だって断言できるのおかしいでしょう。なんで?」

 咲良は席を立ち、興奮している鹿子の背に立った。気持ちを落ち着けるように鹿子の背を撫でながらあつしの返答を待つ。


「……あー」

 あつしはそう言ったきりおし黙った。引き攣った笑顔を浮かべ、頭を掻く。目が泳ぎ、下唇を噛んでいる。その態度の全てが、鹿子の推理を肯定していた。大樹が信じられないモノを見るような目をしてあつしを見ている。咲良はどうすれば良いのかわからなくなった。誰も口を開かない。


「でも、でもさ。あつしさんの話、別におかしな理屈は言ってなかったよね」

 沈黙に耐えかねた咲良が口火を切った。


「だけど、この人自身は、何をするとも言ってない」

 大樹は冷ややかに吐き捨て、あつしを指差した。


「何か、理由があったんでしょう?納得できる理由を教えてください」

 鹿子がすがるような声で言った。


「んー……参ったなぁ」

 あつしは薄く笑うと頬を人差し指で掻いた。胸の前で腕を組み、派手に首をひねっている。


「ふざけないで答えてください。”淳の日記”の存在を知ってたんでしょう?なんで知らないフリをして話しをしてきたの?」

 鹿子が机を手の平で打った。バンッと大きな音が店内に響く。その音の大きさに咲良は首をすくめ、体をちぢこませた。


「……私が書いたって言ったら、信じる?」

 あつしは鹿子の気迫に降参を体で表すように両手を上げて、白状した。鹿子と咲良、大樹の間にぽかんとした空気が一瞬漂い、そして、まだ嘘をついて言い逃れをしようとしているのかと、警戒が強まった。


「そりゃ、名前は同じですけど……でも、書かれたのは千年も前ですよ?」

 咲良が困惑を隠さずにあつしへ言葉を返す。咲良が背をさすっていた鹿子の体に力が入る。怒りなのか失望なのか分からないがその体は小さく震えていた。


「……そうですね。二千年に書いたって書式を載せたから。しっかりと細かなところまで見る人なら、あれが実はごく最近投稿されたものだって気づけるんですけどね。あの日記、最初から最後まで読んだ人いますか?」

 落ち着いた様子であつしは言い質問を投げかけた。咲良が小さく手を挙げて、それに答える。

「淳以外に固有名詞出てこなかったでしょう?」

 あつしが重ねた質問に咲良は、そういえばそうだったと思い出す。大樹と鹿子の視線が、咲良とあつしを往復している。


「この数式を解いてから、私はどうすれば良いか考えたんです。たくさん。本当にたくさんのシミレーションを繰り返しました。宇宙船に乗る身の私がこの数式をただ発表したところでバッシングを受けておしまいだろう。”宇宙船に乗る人間が、悪戯に不安を煽っている”って言われてしまえばだれもこの数式の価値に気付かないまま情報は埋もれます。この数式を発表しなければ、ミサイルの発射は止められません。そうなれば、間違いなく、このままでは地球は滅ぶでしょう。そういう確信が私にはあるんです。でも、私自身に危険が迫っている訳でもありませんからそのことをまともに受け取ってくれる人なんて、いないと思ってました」

 一気にそう語ったあつしはフゥーッと長く息を吐いた。ゆっくりと目を閉じ、まるで処刑を待っているようにうなだれる。


「……と、いう訳で、私が作り上げたドミノはここでおしまいです。ゴールまでたどり着くことなく、ただの与太話として忘れてください」

 うなだれたまま、あつしは力無く言う。そこに声をかけたのは大樹だった。


「自分がしたいことの為に……仲間を集うのは、勇気がいるよな。それがうまくいかないことだって、あるよな」

 大樹がゆっくり噛みしめるように言葉を発していく。そこに強く思いがこもっているのは、大樹自身がバスケットボール仲間を集めるのに苦労し、挫折した経験があるからに違いなかった。鹿子が大きく息を吸ったのを感じて、咲良は鹿子の言葉を待った。


「……大人って狡いんですよねぇ。何時だって、自分の考えを隠して子供を思い通りに動かそうとして来る。都合の悪い発信をする子供には同調圧力や疎外感で口をふさぐ。そんな大人の背中を見て育つ子供は、大人になるって大多数に自分の完成を合わせて行くことだと学ぶんです」

 鹿子の言葉もまた、鹿子の体験から来るものだった。二人の言葉と同じ重さの言葉を咲良は持たなくて、ただあつしを見た。


「数式に、間違いはないんですね?」

 やがて大樹が覚悟を決めたように言った。


「あぁ」

 ちらりと、一瞬期待するようにあつしの目が輝く。しかしすぐに目を伏せた。

「大樹さんがそれを投稿すれば悪戯にあなたを傷つけて面白がるような反応が返ってくるでしょう。そのリスクをひた隠しにして行動させようとしたのです。同情はいりません」

 あつしが力無く言った言葉を大樹は、スマホを操作しながら否定する。


「俺にこの数式が書けないことを、俺の友達も家族も分かってる。俺、勉強の中でも数学がてんでダメだからさ。……だから、もしこの数式がでたらめならこの店の住所とともに”騙された”って書き込んでやるよ」

 言い終わった大樹が手にしたスマホ画面を、あつしに見せ、それから鹿子と咲良に見せた。そこには、『彼女を元にもどす為、この数式がでたらめである証明を手伝ってください』という書き込みが咲良の発言の引用とメモの写真付きで投稿されていた。


「……ありがとう」

 あつしは静かにそう言うと、自分の連絡先だと言って三人にアドレスを渡した。

「困ったことがあれば、できる限り力になろう」


 あつしのその言葉を最後に、咲良と鹿子、大樹の三人は店を後にした。


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