どうやって人の心を動かすのか
「このままでは四人でお茶をしたこの空間も、跡形もなく消え去るのでしょうね」
強張った表情であつしは言い、店内を見渡した。照明に照らされた内装は変わらずキラキラと光っている。咲良にはそれが、別れの涙で光っているように見えて、首を振った。
「皆さん。この件にもう一歩、踏み込む勇気はありますか?」
あつしがテーブルに身を乗り出して咲良達三人を順番に見つめた。その目に宿る意思の強さを感じた咲良は反射的に頷きそうになる。その動きを止めたのは大樹の言葉だった。
「何でそんなにあっさりと信じるんですか?というかそもそも。たまたま咲良の顔に見覚えがあったからといって、SNSをつき止めて監視までするのは変でしょう?なにが目的ですか?俺達を騙そうとしてるんじゃないですか?」
大樹が尖った声で、話の腰を折るようにあつしに問い掛ける。挑むような目をした大樹にあつしはおかしそうに笑いながら答えた。
「さては大樹くん、ニュースなんかは見ないタイプですね?」
あつしは言い終えると澄ました表情で動きを止めた。まるで証明写真を取る時のように。
「あっ」
あつしの行動に反応したのは鹿子だった。目を真ん丸に見開いて口をぱくぱくと動かした。鹿子は、あつしを指差した後に咲良を指差し、またあつしを指差して、一人納得するように何度も頷いた。
「何だよ。一人だけで納得するなよ」
大樹が不機嫌そうな声を出し、鹿子を睨む。咲良は大樹を窘めるように名前を呼んだ。面白くなさそうな顔をして大樹は頬を膨らませる。
「むかい あつしで検索したら出てくるよ」
勿体つけるように鹿子は言った。咲良と大樹の二人は鹿子の言葉を聞いて素直に従い、スマホで検索をかける。そこには『向井 淳、宇宙船の乗組員』との検索結果が顔写真とともに載っていた。その顔写真に写っている顔はテーブルを挟んでいるあつしとそっくり同じもの。
「……ものすごい偶然もあったものですね」
大樹が苦虫をかみつぶしたような顔で言った。
「自分以外の乗組員の事が気になるのは当たり前ではないでしょうか?もちろん表立ってそんなことをするのはマナー違反かもしれませんが」
あつしは、「ご納得いただけて嬉しいです」と大樹を見ながら言葉を締めた。咲良は、心の中で自分以外の乗組員を気にする余裕はなかったなぁと振り返る。
「でも、だとしたら。なおさら。こういうことで声を上げるリスクの方が高いんじゃないですか?」
大樹は疑う姿勢をくずさまいとするように、あつしをまっすぐ見据えて言葉を紡ぐ。
「それで背負うリスクと、この空間がゴミの山になるリスク。どちらも同じぐらいの痛みですから」
あつしは口を真横に引き延ばして微笑んだ。全く笑っていない目がその苦悩を物語っている。
「えっと、もう一歩踏み込む勇気、というのは?」
これ以上、疑いの質疑を繰り返すのは時間がもったいないと思った咲良は、話題を進めるように聞いた。咲良の顔を見たあつしは頷き、真剣な顔で短く言い切った。
「ミサイルの発射を、止めましょう」
一瞬、時が止まったかのような静寂が四人の耳を支配した。地球の爆発を止めようとSNSに載せた鹿子でさえ、口をぽかんと開けてあつしを見ている。
「そんなの無理に決まっているでしょう」
薄布が降りてきたみたいな静寂をカッターでも滑らせるようにして大樹の声が裂いた。
「決めつけは良くないですよ。チャレンジしたわけでもないのに」
あつしは微笑む。あつしのティーカップに添えられた手が小刻みに震えている。
「最初のミサイル発射まであと四日しかないんですよ。あつしさんにとってみれば、もっと短いでしょう?」
椅子を鳴らして立ち上がった大樹は怒りを滲ませた声で、「宇宙船に乗り込むんだから」と言った。咲良が宥めるように大樹の名前を呼ぶ。大樹は鼻を鳴らして席に座り直した。
「そうですね。どの道、地球を離れる身ですからね。ここが瓦礫の山になろうが、埃が降り積もり朽ちていこうが変わりはないのです。それを私がこの目で見る訳じゃありませんから」
大樹の言葉を正面から受け止めるように頷いたあつしは目を細めて鹿子と大樹を見た。
「鹿子さんは、元々現状に懐疑的であったから淳の日記に心動かされて、行動した。大樹さんは何故、今ここに座っているんです?」
「咲良が、危ない目に合わないようにするためだ」
よどみなく答えた大樹の言葉にあつしは口笛を吹いた。青春ですねと眩しいものでも見るような顔をして呟く。その反応に馬鹿にされたと感じたのか、大樹が今にも飛び掛かりそうな表情をする。咲良は三人のやり取りをハラハラと見守り、大樹が飛びかかる前に阻止しようと座っている足に力を込めた。
「それで、覚悟があったとしたら、どうしたらいいの?」
焦れた様子で鹿子が問い掛け、大樹を視線で刺した。鹿子にしてみれば話の流れをせき止めてばかりの大樹の言動は面白くないだろう。
「地球が爆発するなんて、与太話です。普通の人は耳を貸そうともしません」
それまでの立場をひっくり返す言葉を吐くあつし。
「時間をかければ信じる人もいるかもしれませんが。馬鹿みたいな話を真偽が分からないままで真剣に聞いてくれるのは、その話の発信者を大切に思っている人達と……」
あつしは大樹、鹿子、咲良の順に顔を見つめて言葉を切った。
「娯楽として、そういう話を楽しむ人達……俗に言うオカルトやら、未確認飛行物体、つまりUFOやらを好むタイプの人ですね」
あつしはそういうと胸元から一枚の紙を取り出してテーブルの真ん中に置いた。
「これを、投稿してほしいのです。大樹くんに」
あつしに名指しされた大樹は、紙を自分の手元に引き寄せて見た。文字をたどる大樹の顔がだんだんと変化していく。眉間にしわが寄り、眉尻が下がった。困惑している様子だ。鹿子が大樹の手から紙を奪い、目を通す。鹿子もやはり大樹と同じ表情をして、咲良にその紙を回してきた。
そこにはかろうじて数式だとわかる物が記されていた。数字よりもアルファベットや特殊記号の方が多い数式。それが女性を彷彿とさせる丸文字で書かれている。
「これはなんですか?」
咲良があつしに問い掛ける。学校で習ってきた程度の知識では解き方の見当すらつかない。
「地球が何回ミサイルを受けたら爆発するのかを示した計算式です。火薬の爆発規模を算出する式を元に作りました。解けた人は、鹿子さんが言っていることがただの与太話じゃないと確信するでしょうね」
「これを作ったってことはあつしさんは信じてくれるんですか?」
鹿子がテーブルに身を乗り出して聞いた。その目がキラキラと輝いているのは、おそらく初めて自分の主張を肯定してくれる人を見つけたからだろう。
「えぇ。なんどか計算し直して、式を作り直してみても、導き出される答えは同じでしたから。こういう計算が好きな人だったら、そう長い時間をかけなくても解けるでしょう」
あつしは、ティーカップに残り少なくなっていた紅茶をあおると、大樹をまっすぐに見つめた。
「この数式を否定できたら、彼女が正気に戻るかもしれない、とそんな雰囲気の言葉とともに書き込んでください」
「解いてみてほしい、じゃダメなんですか?」
鹿子が口を挟む。咲良も同じ疑問を抱いてあつしを見る。
「パンドラの箱って知りませんか?開けちゃダメって言われた箱を開けちゃった女の子の話。人は禁止されたことをしたくなるものなんですよ。普段の生活では理性が蓋をしていますが、インターネットだとその理性は緩む。さらに、人助けという大義名分を与えれば……ついつい動いてしまう人は少なくありません。そして、人間は自分で導き出した答えにこそ盲信する」
あつしは悪巧みをするような表情をした。
「君達はとても素直な目をしているから、こういうやり方には抵抗があるかもしれない。無理にとは言わないよ」
「その例えだと、私たちが開けるものから飛び出すのはあらゆる災厄ですよね?」
咲良はあつしを見て言った。
「まぁ、ね。見渡す限り、現状に不満を持っている人なんていないでしょう。現に、鹿子さんや咲良さんへの反応のほとんどが諌めるようなものだったり、時には罵倒だったりしないかい?そういう人達にとって私たちがしようとしているのは、最悪の行動だろう。だから、君達はパンドラになる覚悟を決められるか?という決断を迫られている」
あつしは空のティーカップへ視線を落とし、小さく息を吐いた。
「箱の底に残ったのは希望でしょう?やりますよ。私、地球が爆発するなんて嫌です」
鹿子が席から立ち上がり、きっぱりとした声で宣言した。
「大樹さんがやらなくたって、私がやる」
「……半日だけな、というかそもそも俺そんなにSNSやってないし、見る人少ないと思うけど」
鹿子の勢いに押されるようにして大樹が同意した。
「好都合です」
あつしは親指を立てて大樹に向ける。
「鹿子さんの言葉に吸い寄せられた人が、咲良さんの言葉を読み、さらに大樹さんの発言にたどり着く。これほどの労力を割く人なら何とか計算式を解こうとするでしょう。最初のドミノは倒された。ゴールまであとは加速するばかりです。その結果が私たちの望むものか、それとも現状の延長線上にあるのかはわかりませんが」
あつしはそう言い終えると、「紅茶のおかわりはいかがですか?」と空気を和らげた。




