燕尾服の男
咲良はレストラン近くで行き交う人をぼーっと見つめていた。その誰も咲良のことなど気にしないで目的地へと足早に歩いている。
アカウント上で四桁の反応があっても、現実世界での注目度が変わるわけではないんだなぁと咲良は息を吐いた。
「なぁ、本当にどうしちゃったんだよ、咲良」
背中からかけられた言葉に咲良が振り向く。心配そうな顔をした大樹が右手の平を咲良に向けていた。咲良はその手の平を軽く叩いてハイタッチする。パンッと小さな音が手の平で弾けた。これぐらい簡単に悩みや寂しさもはじけてしまえば良いのに、と咲良は思った。
「ん?どうもしないよ?ただ、連絡が来たから行こうかなって思っただけで」
咲良は目一杯口角を上げ、不自然な笑顔で返した。
「それだよ。咲良のSNS見て連絡してきたとか怪し過ぎるだろ。俺の知ってる咲良なら会おうかな?じゃなくて怖がって連絡自体を消してたと思うぞ。というかそもそも、あの時俺ら名乗ったっけ?」
大樹は咲良の両頬を手の平で包み、ムニムニと揉みながら問い掛けた。まくし立てるように紡がれた言葉の全てが咲良を案じたからこそでたものだと咲良はきちんと分かっていた。大樹の目が不安そうに揺れていたから。
「……宇宙船に乗る人の名前と顔写真は公開されてるでしょ?」
咲良は燕尾服の男から聞いた説明を思い出しながら言った。頬を揉まれるがままに言葉を発したせいで、所々発音がおかしくなったが咲良は気にせずに続ける。
「私たちが食事に行った時、私の顔に見覚えがあったんだって。飲食店ってお客さんの顔を覚えて接客していく必要があるらしいよ?だから、調べているうちにたどり着いたんだって説明はされた……よ?」
「あぁ……なるほど?」
大樹は咲良の頬から両手を離して唸った。一応、理由はあるのかと、ブツブツと呟き考え込むように腕を組む。大樹に揉まれた咲良の頬がじんわりと熱を持っている。咲良は大樹の様子を見ながらそっと自分の両頬に手をやった。そんなに、無理しているのがバレバレなわかりやすい表情をしていたのかと考えた。
「イチャイチャタイムは終わりましたかね?」
少し離れたところから鹿子の声がして咲良と大樹はそろって声がした方を見た。あきれた表情の鹿子は、「本当にお熱いこって」と両手の平を天にむけて肩をすくめてみせる。口元がからかうように半月を描いていた。
「いや、イチャイチャというか、これは……」
大樹がモジモジと弁明するのを咲良は横目で見て、鹿子の手を取り、その目を覗き込む。鹿子のSNSに書き込まれた沢山の反応が鹿子を傷つけてはいないかと心配だった。その思いをどう伝えようかと咲良は迷い、結局自分の提案に乗ってくれたお礼の言葉だけを口にした。
「私の急な誘いに乗ってくれてありがとうね」
咲良は鹿子の目に悲しみが浮かんでいないのを確認すると、大樹の顔を見て、同じようにお礼を言った。
「むしろ、声かけてくれてありがとう。どっちかと言えば、私がSNSに書いたことで巻き込んだようなもんだし」
鹿子は申し訳なさそうに頭を掻いて言った。
「でも、淳さんの日記を見せなかったら鹿子は行動しなかっただろうからさ、やっぱり巻き込んだのは私だよ」
咲良が目を伏せて言う。
「……俺がどんなに引き止めても聞く耳もたなかった咲良の心を動かしたのが鹿子さんの行動って、ちょっとこう、ジェラシーというか、羨ましいというか」
大樹が鹿子と咲良の間に何とか入ろうと口を挟んだ。
「……そりゃどうもすみませんね。大樹さん。私、咲良とは長い付き合いだもんで」
鹿子は口先だけで謝り、歯を見せて挑発するように笑う。咲良との仲を誇示するかのように、咲良の腕をギュッと胸の辺りに抱く鹿子。
「あはは。えっと、じゃ、行こうか」
咲良は笑いでごまかして、鹿子と大樹の話題を本来の軌道に戻そうと声を上げた。先導するように足を踏み出す。大樹と鹿子が返事をして咲良の後に続いた。
三人が連れたってしばらく歩いた先に、三日前に見たレストランと同じ外観が見えてきた。
「なるほどねぇ。咲良、好きそうだわ」
レストランの外観を見た鹿子が感心したように目を輝かせ、咲良を見る。
「料理もおいしかったよ」
咲良がそう返事をしたところで、レストランのドアが開く。三人の視線がドアを開けた燕尾服の男に注がれた。燕尾服の男は柔らかく微笑み礼儀正しくお辞儀をしてから、中へと招き入れるように手の平を店内へと泳がせた。
「本日は急なご提案にもかかわらず、ありがとうございます」
「い、いえっ」
大樹が上ずった声を上げた。二度目とはいえ慣れない扱いに緊張しているのだろう。右足と右手を同時に出して咲良と鹿子を先導するように大樹がドアをくぐる。そのあとに咲良が続き、燕尾服の男の側を通り過ぎるときにぺこりと頭を下げた。咲良は視界の端で鹿子が同じようにするのを捉える。
流れるようにテーブルへと案内された三人は揃って天井から床まで輝かんばかりに磨き上げられた内装をうっとりと見回した。
「まるでお姫様のお城みたいでしょ?」
咲良は鹿子に共感を求め声をかける。
「わかる!」
鹿子が何度も頷いて咲良の肩を叩いた。
「私もこの場所を気に入っているんですよ」
ワンテンポ遅れて入ってきた燕尾服の男が三人に向かって声をかけた。手元のトレーにはティーポットとチューリップの形を模した形のティーカップが人数分乗っている。全体の色は白地で呑み口の辺りだけほんのりと紅を指したように桃色をしたそのカップが一つ、咲良の目の前に置かれた。
「あぁ、えっと。私、名前をむかい あつし、と申します」
燕尾服の男はそう名乗りながら、紅茶を大樹や鹿子にも注いで目の前に置いていった。咲良の頭に淳の日記が浮かんだが、その可能性を否定するように首を振った。千年も前に日記を書いた淳と、あつしが同一ではないだろう。妙な一致もあったものだなと思いながら鹿子を見ると鹿子も咲良を見ていた。どうやら似たようなことを考えていたらしい。
「大杉 大樹です」
大樹の声にハッとして咲良と鹿子も名乗った。
「あ、どうぞ」
咲良はあつしが立ちっぱなしであることに気づいて椅子から立ち上がる。あつしに席を譲ろうと自分の座っていた椅子を指した。
「あ、すみません。ついいつもの癖で……」
あつしは首を振ると、近くの椅子を持ってきて咲良の隣に座った。いざとなるとなにを話せば良いのか分からず、咲良は助けを求めるように鹿子を見た。鹿子がその視線を大樹へとパスするように視線を逸らす。四人の目の前に注がれた紅茶の香りだけが、ティーカップの花から立ちのぼる。咲良はティーカップを手にして一口飲んだ。深い味わいを彩っていた香りが鼻を抜けていく。
「えっと、それで早速本題なんですが」
口火を切ったのはあつしだった。膝の上に握りこぶしをおき、スッと背筋を伸ばして話しはじめる。
「地球の爆発を止めようと言い出したのはどちらですか?」
そう問い掛けたあつしは、鹿子と大樹を交互に見た。
「はい」
鹿子が小さく手を挙げた。
「あぁ、やっぱり。女性のアカウントだろうなと思ってましたから予想が当たっていて嬉しいです。ときに、過去の発言ログを拝見しましたが、これまで政治的な話は一切してないですよね?どうして急に?なにか転機みたいな事があったのでしょうか?」
落ち着いたトーンで問いを重ねていくあつしの目は真剣そのものだった。
「笑われるかもしれませんが……」
鹿子は言いよどみ、咲良を見た。咲良は淳の日記を表示させたスマホをあつしに渡す。
「これは……なんですか?」
咲良からスマホを受け取ったあつしはチラリと画面を一瞬だけ見て、すぐに咲良の顔を見る。首を傾げるあつし。
「個人の日記です。日付は二千年台なんですが、今の状況とすごく似ていて。……いえ、これがただのフィクションである可能性が高いのはわかっているんですが」
咲良は早口に説明した。咲良はあつしに説明しながら、大樹をチラリと見た。大樹の目には戸惑いの色が浮かんでいた。ウェブの情報をむやみに信じないことは、小学生でも知っている常識だ。淳の日記を元に行動するからには咲良が裏付けを取っていると思っていたのだろう。
「そうなんですね……読む時間が惜しいので、要約していただいても良いですか?」
あつしはそういうとスマホを咲良に手渡した。その願いを受けて鹿子が頷き口を開く。
「最後のページに地球が爆発すると書かれていたんです。私、元々ミサイルの件は否定的に考えていて。でも、ニュースや周りの友達もそのことを当たり前に受け入れてたから、嫌だと思っている私がおかしいのかと思ってました。その日記に書かれているリスクを読んだ瞬間、私の考えをちゃんと声にだそうと思ったんです。ここで声を上げないと、きっと後悔するって」
大樹の大きなため息が聞こえた。「安直過ぎるだろ」大樹の小声が鹿子の言葉の切れたタイミングで、空間にはっきりと響いた。鹿子は物言いたげに大樹を見たが反論する言葉が思いつかないようで、すぐに視線を落とした。
「えぇ、その行動によって咲良さんが動き、私のところまで情報が届いたのはすごく幸運でした」
フォローするようにあつしは微笑み、紅茶を一口飲んだ。
「皆さんもどうぞ。なかなかおいしいですよ」
ティーカップから唇を離したあつしが三人に勧めた。紅茶の温かさが場の空気を緩めるのを咲良は感じた。




