鹿子と大樹
咲良は鹿子のSNSを見た。咲良のスマホに見慣れた鹿子のアイコンが表示される。最新の投稿を捜し当てた咲良は、体中から力が抜けていくのを感じ、小さく笑う。そこには、淳の日記に影響されたのだとわかるシンプルな文言が並んでいた。
『地球の爆発を止めよう!』
鹿子らしい、説明をすっ飛ばした端的な表現だ。咲良は、「なるほど」と小さく呟いた。大樹はこれにびっくりしたのか。確かに事情を知らなければ驚くだろうなぁと、声を出して笑った。知り合いだからこそ、鹿子の発言に驚くが、一般市民がこの程度の発言をしたところで、なにか大きな問題に繋がるとは思えない。その内、他の投稿に埋もれていくだろう。鹿子のことだ、下手に対立しようものなら意固地になる可能性が高い。ほっておくのが得策だろうと思われた。
大樹に何と言って心配しなくて良いと伝えるのか、咲良はそれを考えながら、ブラウザバックしようと指を動かした。だけど、鹿子のその発言に数百人が反応しているのに気づき、その動きが止まった。
鹿子はどこにでもいる普通の女の子で、普段SNS投稿しても反応は数件つけば良い方なのに。
咲良は眉にしわを寄せながら、反応している人たちを辿った。見知った友人の反応が一割程度。残りの半数以上が鹿子を馬鹿にしたような批判的な内容。残りは鹿子を宥めるような、すでに決まっていることに対して声を上げるリスクを説くものだった。その中でごく一部ではあるが持ち上げるように賛美している者がいた。
咲良は唇を噛んで、鹿子を賛美する人のアカウントを探る。鹿子を持ち上げているのは、今の政府に対して不満を抱えた人々のようだった。
咲良は慌てて鹿子にメールを送る。「淳の日記最後まで見た」と。間をおかずに鹿子から電話がかかってきた。
「いや、淳さんの日記にリアリティがあったのは認める。けどさ、SNSはやり過ぎ。なんか、変に過剰反応してる人たちもいるしさ。穏やかじゃないじゃん。怖いよ。鹿子、わざわざ危ない場所につっこんで行ってどうするの?」
咲良は鹿子が口を開く前にまくし立てる。それを鹿子は黙って聞いていた。咲良が言い終えた後、酸欠で頭がくらりと揺れる感覚に襲われた。
鹿子は小さくため息をついて、落ち着いた声で言った。
「穏やかじゃないってなに?危ない場所につっこんでいく?ねぇ、私はただ、ミサイル発射を止めたいだけなんだよ。危ない場所につっこまないでいたら自分たちの居場所を奪われるだけじゃん。黙って、攻撃されるのを受入ろって?攻撃されたくないって発信することはさ、愚かなことなの?黙って痛みをこらえて、大事にしていたものが次々に壊されていくのを見てろって?それが大人になるってこと?自分の中で静かに解決して、聞き分けの良い態度を取るのがそんなに大切なの?」
鹿子の声は問い掛けて来る内容の強さに反して、終始静かだった。しかし、咲良は鹿子の言葉に意思の固さを感じずにはいられなかった。こういう声を出す時、鹿子は決して折れない。そのことを咲良は長い付き合いで分かっていた。それでも、咲良にしたって折れるわけにはいかない。言葉を選びながら、頑なな鹿子に届けと願い、放った。
「でもさ、周囲の声と反する思想は、過激化すると争いの元になるじゃん。現に、鹿子の発言を否定してる人が殆どだし。少しだけいる鹿子の発言を応援してる人たち、いろんなところで問題を起こしてるでしょ」
「そうだね」
電話の向こうで鹿子が頷く気配がした。咲良は伝わったのだと思って、ホッと息を吐いた。
「だったら、そんな危ない主張しないでよ。そもそも、地球が爆発するなんて、あるわけないでしょ」
咲良は鹿子が考えを変えると期待して諭すようにゆっくりと言った。
「……咲良、ただの水でもね。長い年月をかければ岩を穿つことが出来るんだよ」
鹿子が静かに返した。想像していなかった言葉を返されて咲良は首を傾げた。
「一度ミサイルが落ちたらその連鎖は止まらないって言われてるでしょう?地球にそれだけの刺激を与えつづけて壊れない保障なんて、ないよ」
鹿子は態度を変えず、言い切る。その主張に咲良は言葉を詰まらせた。真っ向から否定できるだけの材料を咲良は持っていない。
「それでも、ミサイルの発射まで後、数日しかないんだよ」
鹿子の気持ちを変えるのには弱いと分かっていたが、咲良にはこう答えるしかなかった。
電話の向こうで、鹿子がフッと笑うように息を吐く。
「逆よ、咲良。まだ間に合う。ドミノが作られていても、最初の一枚を倒さなければ、ドミノ倒しは始まらない。まだ、ミサイルは発射されてない」
やる気に満ちた、鹿子の言葉が咲良の胸を突き刺した。
「ただの一般人の力無い人間になにが出来るの?」
咲良は、力無く言う、ほとんど敗北宣言だった。
「咲良、咲良はさ、地球を離れるんだから、気にしなくて良いよ」
気遣うように、鹿子が優しい声を出した。
「はぁ!?」
咲良は渾身の怒りを込めて鹿子にそれだけ言う。目を剥き、馬鹿にするなという思いが頭の中いっぱいに膨らんでいた。
「咲良、怖いって」
鹿子はヘラリと茶化すような声のトーンで言った。
「いや、なに?へー?はっ?ふぅん。そお、そんな風に言っちゃえるんだ?」
咲良は初めて、怒りのあまり言葉にならないという体験をしていた。
本当は、ここまで来ていきなりの仲間ハズレはないだろうと言いたかった。鹿子一人で背負い、咲良にはその気持ちを少しも背負わせてはくれないのかと、問いただしたかった。鹿子が傷付くのを、傷付けられるのを見てなんにも感じないと侮っているのかと両肩を掴んで揺さぶりたい気持ちになっていた。
咲良は心の中に渦巻くそれらの感情をうまく言語化できないまま、口だけが動いて意味が伝わらない言葉を鹿子に伝える。
「咲良はさ、注目度が違うよ。宇宙船に乗る人って、宝くじに当たるよりも確率低いんだよ。ってか、殆どの人は年齢や体質で宝くじを引くことさえできない状態なんだよ?その中で選ばれているのに、こんなことに関わってるってなったら、私が受けてるバッシング所の話じゃないでしょう」
今度は鹿子がまくし立てる番だった。鹿子が咲良を気遣い、守ろうとしているのは明らかだった。
「ふぅん」
咲良は、不機嫌そうに言い、そのまま電話を切った。
鹿子からの折り返し電話がかかって来るのを警戒しながら、咲良は自分のSNSアカウントにログインする。そして、鹿子が投稿した『地球の爆発を止めよう』という言葉を引用し、そこに言葉をつけ足して発信ボタンを押した。
『鹿子は私の親友です。』
直後にかかってきた電話を咲良は鹿子からだと思って発信者の名前を見ずに応答した。
「勝手に、部外者になんてさせないから」
「部外者?なぁ、わざわざ炎上してるところに突っ込んでいくなよ」
大樹のあきれた声が咲良の耳に届いた。




