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無二の親友

「私、本当はさ。旅立つ咲良になにかプレゼント贈れないか、何なら贈れるだろうかってずっと考えてたの」

みたらし団子を食べ終えた鹿子が一息ついて言った。肩まである髪を人差し指でくるくると巻いて弄ぶようにしている。ちょっと照れている時にする鹿子の癖だ。咲良はその癖を見るのが好きだった。鹿子の心の柔らかい部分に触れさせてもらっているようで、鹿子にとって咲良が特別な存在だと実感できるから。


「うん?」

咲良は鹿子が次に紡ぐ言葉を促しながら、こし餡の団子に手を伸ばす。その動きを見た鹿子は、気に入ってくれて嬉しいよと呟いた。


「だけど、宇宙船の中にある個人のスペースって自分の体分しかないんだって弟に聞いてさ」

指に巻付けた髪の毛をクルクルと解きながら鹿子は言う。


「うん」

咲良は頷いて、がらんとした自室を指し示すようにぐるりと見渡した。


「咲良がさ、いろんな物を整理して身一つで行くのなら、下手な品物は邪魔になるよね……と、思った」

鹿子は手を膝に置くと目を閉じて言い終え、長く息を吐いた。


「正確には、一つだけ持って行けるよ。自分の心のよりどころになるような品物をね。長旅で、心身ともに健康に過ごすために必要だと判断したもの」

咲良はそんな鹿子の肩をポンポンと叩いて少しだけ情報を修正した。鹿子に説明しながら咲良は、何を持って行くのか決めてなかったことに気づく。手放すことにばかり集中していて、その先でどう生きるかの準備を忘れていた。


「一つだけ……じゃぁやっぱり。私が咲良にあげられるのはさっき伝えた覚悟だけだね」

鹿子は目を開けてジッと咲良を見る。


「うん、すごく、嬉しかったよ。ありがとう」

咲良は精一杯微笑んで見せ、手にしたこし餡の団子を一つ、鹿子の口におしこんだ。もぐもぐと忙しなく食べた鹿子は団子を飲み込むと言った。


「たとえ、世界中が咲良を悪く言っても、絶対、絶対味方だから」

まるで自分自身に言い聞かせるみたいに鹿子が、絶対と繰り返す。


「絶対って言葉を使う、鹿子を見たのは初めてかもしれない」

あまりに何度も繰り返される言葉に咲良は思わずそう茶化した。

「うん。絶対なんて、普段は使ってなかったよ。いつか嘘につながるって思ってるからさ。でも、この言葉は嘘にしないよ」

鹿子は真剣な顔で言い、「何だか大袈裟な感じ。ここだけ見たらきっと、私が咲良にプロポーズみたいに見えるね」と大きく口を開けて笑った。


「鹿子の、そういう姿勢にいつも助けられてきたよ。ありがとう。今この瞬間、全世界の言葉でお礼を言いたい気持ちは嘘じゃない」

咲良は精一杯言葉を選んで自分の心に近いものを返した。言葉を返した側から不安になる。本当は同じ言葉を返した方がよかったのかもしれない。けれど、咲良には、鹿子と同じだけの覚悟が出来るだろうか、とためらう気持ちがあった。そのぐらい、鹿子の渡してきた気持ちは誠実でずっしりと重たい。そして、同じだけの重さを返せない咲良は、そんな自分をすこしだけ情けなく思った。


二人の間に沈黙が横たわる。


夕日が部屋に差し込んできて、二人が一緒に過ごせる時間が残り僅かなのを静かに告げる。咲良はその赤さに焦り、なにか、話題は……と頭の中で探した。その時、スマホが通知で震えた。ちらりと確認した画面には大樹が画像を送ってきたとでている。それが横目に見えたのだろう、鹿子がぽつりと呟いた。


「……ズルズルと別れを引き伸ばすのは良くないよ」そう言って鹿子は腰を上げる。

「そろそろ帰らなきゃ」


「うん……」

名残惜しい気持ちを咲良は言葉にしない。鹿子の言葉は大樹と咲良の関係だけでなく、鹿子と咲良の関係のことをも指しているのは明らかだったから。


「じゃぁ、ね」

咲良が鹿子を玄関まで見送った時、ふと淳の日記を思い出した。あの前向きな記事はもしかしたら鹿子の弟にとっても力になるんじゃないだろうか。咲良のその気持ちは確信というより、そうあってほしいという願いかもしれなかった。


「ねね、今ちょっと気になってる日記があるんだけど」

そう咲良は言って、自分のスマホに淳の日記を表示させる。鹿子が見やすいようにスマホを渡して、受けとった鹿子が中の文字を目でたどって行くのを見守った。同じ本を見ても感想が合わない鹿子が、淳の日記を読んだらどんな感想を持つんだろう。ひょっとしたら今、咲良はとんでもないお節介をしてしまっただろうかとすこし不安になった。


「ふぅん」

咲良からスマホを受けとった鹿子は玄関口に腰かけた。咲良が読んでいた部分を読み進めていき、時折、読んだ感想を声に出す。句切のいいところまで内容を読んだらしい鹿子が、書かれた日付を指差して目を丸くした。


「え、これ。最近書かれた話かと思ったら千年も前の話なの?……にしては書いてあることが今の状況と似てるよね?お偉いさんがミサイルぶっ放すのは、ゲームと間違ったんじゃなくてもっと政治的な意味合いが強いけどさ」

咲良はその言葉に頷いた。

「でも、五十年は生きられる宇宙船の開発とか、地下で暮らすとか、宇宙船の乗り組み人数とかは妙に一致するんだよね。出発日も、他の人に言わないようにって言われてるし」


「だけど、棺桶だなんて。そんな不吉なこと書かれると、ちょっと胸がざわざわするね」

鹿子は言いながら途中のページを飛ばして最後のページを表示させた。

「あ、ちょっと、私まだそこまで読んでないんだから、ネタバレはしないでね?」

咲良が慌てて鹿子に注意する。

「えへへ、こういうの我慢できなくて。つい最後のページ読んで、また一から読んじゃうんだよね」

鹿子はいたずらっぽく笑う。

「もう……」

咲良は怒ったような声を出して鹿子の手元から視線を外した。物語を順番通りに読みたいタイプの咲良は鹿子が読み終えるまでその表情だけを見て待つことにする。

読みはじめこそ、鹿子はニコニコと笑って物語を楽しんでいるように見えた。しかし途中で、スッと目を細めたかと思うと、スマホ画面に食いつかんばかりの距離まで顔を近づける。その表情から笑顔が消え、変わりに唇をかむ鹿子。


「どうしたの?」

咲良は鹿子の表情が変わったことが気になって声をかける。鹿子は咲良の問い掛けには答えず、スマホの表示画面を待受に戻してから咲良に返した。


「あの日記、咲良は最後のページ見ないほうがいい」

青い顔で鹿子が言い、ふらりと立ち上がった。

「ちょっと、私、考えなきゃいけないことができたから、これで帰るね」

豹変した鹿子の様子に驚きつつ、咲良は慌てて靴を履いた。

「ちょっと、体調悪そうだよ、送る」

「いや、止めて。一人で頭を冷やしたいの」

強張った声で、鹿子は拒否した。その声があまりに冷たくて咲良は靴を履いたまま動きを止めた。


「じゃあさ、何かあったら、連絡して?返せる限りは、返すから」

咲良がようやくかけた声に、鹿子は反応することなくドアを開ける。そのまま鹿子は遠ざかって行った。

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