二話・最弱の男
ある日、魔王が誕生した。
その魔王は蒼く煌めく《魔眼・静》を持つ奇跡の魔族であった──。
◆◇◆
「さぁ、陛下の誕生を宴を始める前に陛下のお部屋へ──」
「痛ってぇ…!腕掴んだまま引っ張んな分かったから!」
「あぁ…申し訳ありません…。つい興奮してしまい…さあこの部屋になります。」
「おぉ…。」
ギロロスが指し示した大きなドアを開き、リクトは驚愕した。
「おぉ…何て言うか…黒い!暗い!寒いぃぃぃぃ!」
その部屋は広々としているが、なんと埃まみれで綺麗とはお世辞にも言えないものだった。
「っておい、この埃の数々はなんだぁ!?」
リクトはギロロスの胸ぐらを掴み、怒鳴った。
だが、その言葉待ってましたと言わんばかりにドヤ顔で言葉を放つ。
「我が主、魔王様に『誇り(埃)』あれ、といった事でしょうか?」
「こんな時に洒落か!?てめぇ、ぶっ殺───」
「あぁ、あと魔王城内での『暴言』『大声』等は慎むようお願いいたします。」
「はぁ!?ってか俺は魔王なんだろ?お前が決めるよーなことじゃねぇだろ!」
「それには深いワケがあるのです。…ともかく、高貴なる魔族である我々が『バカ』等と暴言を吐いていると、この魔の領域に住む住民たちは不思議がりますからね。」
「ん…?」
「やはり我々は高貴なる種族でありますから──」
突如胸ぐらを掴むのを一旦辞め、考え込むリクト。
「え、ちょっと待て、『魔の領域』ってなんだ?」
「我々魔族が住むことが出来る領域のことです。領域外は人間が支配していますからまだ行けないのですが…。」
(まのりょーいき…か。なるほど。わからん。)
「難しい話だなぁ、つかめんどーな決まり作るなよ…ギロ…あ、なんだっけ?」
「ギロロスです。先王ヘルグ様…言い換えると前の魔王様は冷酷な方で非常に強大な魔王様でございました。」
ギロロスは右手で廊下の壁を指し示すと、そこには大きな古びた壁画が残っていた。
その壁画には巨大で禍々しい剣を持った、一人の魔族が写っている。
その魔族は目が青く、白髪で黒色の鎧を身に着けて果敢に戦っている姿だった───。
それを見たリクトは考えるそぶりをし、はっと何かに気付いたように目を開く。
「…なんとなくわかったぞ、まさか俺もそんな悪魔じみた魔王みたいな男になれって言いたいのか?」
「…だから魔王ですよ貴方様は。」
(…ってか本当にコイツ俺の部下だよな…?なんでこんなに生意気に口答えするんだ?一回思い知らせた方がいいか…。可哀想だなァ。桜山高校番長で魔王の俺にボコボコにされんだからよッ…。)
リクトは内心ワクワクしながら一言ギロロスに対して威圧的に言った。
「あー!?うるせーよ、俺にたてつくのか?魔王様だぞ?お前の身がどうなっても知らねぇぞ?」
「……。」
「はっ、そうやって黙ってていいんだよ、俺は魔王だ!」
両手を広げ、邪悪な笑みを浮かべるリクト。
そんな彼を哀れんだ目でギロロスは見ながら淡々と話し始める。
「…陛下。調子づくのは結構なのですが、陛下に言わなければいけないことがあります。」
「あ?」
ギロロスは下を向き、話始める。
「話すことは二つあります。まず一つは《ギグス・ヘルグ》様の生まれ変わりとしてこれから生きてほしい事。二つ目が貴方様には‘能力が無い’という事を──」
その瞬間、リクトの拳がギロロスの頭を打とうとしていた。
「──口で言うより手で教えた方が良さそうだなッ!!」
「はぁ──。まずは話を聞いてください…。」
(…は?な、なんでこいつ──)
リクトは驚愕した。
放ったはずの拳は頭に直撃せず、ギロロスの指一つで呆気なく止められていたのである。
「は…?」
生前、喧嘩で無敗だったリクトにとって、これが転生して初めての衝撃だった。
だが…渾身の一撃を余裕で受け止められたからといって諦めないのがこの“男”である。
「先ほど言った通り、陛下には───」
「舐めんじゃねぇッ!ボケがァァ!!」
リクトは思い切って瞬時に右足を振り上げ、ギロロスの胴体に向けて蹴りを入れようとした。
その時だった────
「ギロちゃんってそんな暴言吐くことあんのー?まじうけるんだけ…ど、え?」
「あ。」
その時、召使の様な姿をした金髪の耳の長い女が声を聞きつけ、廊下の角から出てきたのだ。
そんな女と目が合ってしまったギロロスは頭を抱えながら呟く。
「『メルフ』…面倒な奴に見られてしまったか…。」
戦いの途中邪魔されたリクトは、声を荒げて後ろを振り向いて言葉を言い放つ。
「おいテメェ!戦いの邪魔すんな!」
「『テメェ』じゃないよ!アタシはメ・ル・フ!ここのお手伝い的な?…ってかさっきのアンタの声だったんだぁ…まじうける。んで、見ない顔だけど、見た感じ魔族っぽいっからギロっちゃんの部下、とか?」
リクトは『部下』という言葉にピクっと反応すると、声を荒げるように言った。
「…ちげぇ…俺は桜山高───いやこの城の主…魔王ギクス・リクト様だッ。」
「え?え、え、え!?!?見えな~い!」
メルフは手を自身の口にあて驚いた表情でリクトを見る。
「おい、化粧品のテレビショッピングみたいな反応やめろ。」
「え、何それ。」
「は?俺なりのツッコミだ──」
「リクト様、少しこちらへ」
「いてててッ離せぇぇぇ!!」
「メルフ、お前は掃除でもしてなさい。」
「え~、わかった~。」
ギロロスはリクトの腕を強引に引き、メルフに聞こえないように小さな声で話し始める。
「陛下、横暴な態度を控えてください。お願いします。」
「…あ?そんなに大事かよ、魔王の威厳とかよ。」
「…大事ですが、それだけじゃありません。私と部下の二名しか魔王様の復活を知らない訳でして。」
「あー、あの二人か…。ってか大々的に復活祭みたいなのやればいいじゃねぇかよ。みんなでワイワイして──」
ギロロスは哀しそうな表情で目線を合わせずに一声出す。
「それは…現段階では無理な話です。我々魔王軍はヘルグ様が封印されてから衰退していき、幹部たちは反乱を起こしました。そして現在に至るまで、この大地の名である『エルグ大陸』では多数の勢力に分かれ、にらみ合いを起こしてきました…。まずは東に位置するは我々魔王軍、北には聖剣オーバーの人間の使い手が居るとされる“エルグ王国”。西には元魔王軍の反乱軍の竜人族。中央には元々我々の領土である古城に住む“最凶の吸血鬼”。南には先王ヘルグ様のご子息、『ギクス・ファートム』の帝国がございます。そんな中で大々的に復活祭を行ってしまうと…それらの勢力は我々に対し、一点に集中してしまうでしょう。」
「随分と話が長ぇな…でもお前、宴がどうこうって──」
「それは…すみません。復活した事で興奮してしまっていて…。というか、攻められる以前に陛下の正体がばれてしまうのがマズイのです。」
「は?俺は魔王だろ?何がマズイってんだよ。」
ギロロスは大きく息を吸った。
そして、吐く。それを二回繰り返し、再び口を開く。
「かつての魔王様は強大すぎたのです。」
「…ん?」
「貴方を異世界から呼び出した時点で覚悟をしていましたが、貴方はあまりにも──」
「──無力すぎる。」
「…は?」
「怒りで溢れるのは分かります。今まで負けなしの無敗の統率者である貴方が、いきなり自身が無力だと思い知らされるのですから。」
「…ッ。」
リクトは思い出した。
ギロロスに放った拳が呆気なく抑えられたことを──
「…転生とはいえ、能力値は何故か生前の『赤城陸斗』様、貴方のままなのです。それを他の勢力が耳にするとどうでしょうか…。“魔王は偽王”だと罵られ、最悪の場合───」
「なッ…なんでだよ…。おかしいだろ…ラノベとかなら──」
「理由は…分かりません。これから原因を探るつもりではあります。…かくして陛下、私には貴方にお願いがあります。」
ギロロスはリクトの片手を両手で掴み、目を合わせ、こう言った。
「『魔王ギクス・リクト』として、このエルグ大陸を…争いのない大地に変えてください…。」
リクトはギロロスの両手を振り払い、後ろを向いて言った。
「…何が偽王だ。何が跡を継ぐだ。」
「……。」
「簡単に言ったら俺が強くなりゃいいんだろ…?」
「はい…?」
「俺が弱いってのは充分分かった。俺は難しい事は分からねぇけど、その分強くなりゃ皆納得するんだろ?」
ギロロスはその言葉を聞くと、笑ったように声を出す。
「陛下はなんというか…」
「あん?」
「頭はよろしくないみたいですね。」
リクトは後ろを振り向き、怒り狂う。
「テメェ今なんつった!!目玉ギロチン野郎ッ!!」
「ギロロスですよ。」
ギロロスは安堵と共に苦笑いでそう言った。
(貴方はなぜ逃げようとしなかったのでしょう。いきなり転生し、責任を課されようとも逃げようともしない姿は最弱の魔王であり、最強なのかもしれないですね。貴方は。)
◆◇◆
そして──その会話をひっそり聞いていた者が一人、動き出した。