異世界旅情TSもの(仮題ひなたBocco‼ 略して鉈矛)二話 就職活動?
昼さがり、ひなたは大聖堂にいた。
王都に存在する、城に次いで大きな建物だった。
実用的に建造された城と比較して装飾の多い、とても豪奢な建築だった。
中央の広い礼拝堂を両側に張り出した梁が支え、その高さを可能としていた。
敷地内には複数の建物があり、多くの神官、信者が出入りしていた。
「似たような環境には似た文化が育つってことか……」
生物学に同じ考え方がある。ニッチとハビタット。例えば底魚のハゼの仲間が分布しない地域にも川底にはハゼに似た形態の生き物がいる。環境が生物のありようを決めるのであれば、文化もまたそうなのかもしれない。
巨大な力を手にしたひなただったが、簡単に切れるカードでないのは自覚していた。やろうと思えばこの町を一瞬で吹き飛ばすこともできる。しかし可能だと主張しても信じる者はいないだろう。その威力を大衆が知る悲劇という経験がなければどんな兵器も抑止力にはならない。
文化、いや、文明を知る必要があった。まだまだ手札が足りない。
仲間を探す前に明確にしておく必要があった。
「ナーゼ司教はどちらに……?」
そもそも突然司教を訪ねること自体が普通じゃないのだろう。
話しかけられた一般神官はいぶかし気な顔を見せたが、襟につけた徽章を見て態度を改めた。
礼拝堂には多くの人が祈りに来ていた。
香が焚かれ、いくつかの楽器が演奏され、神秘的な雰囲気を作り上げていた。
そう変わった旋律でもなく、楽器それぞれは打楽器や弦楽器、構造は一目でわかるものだった。
礼拝堂を抜けると廊下が続き、多くのベッドが並んだ部屋があった。
寝室……? いや、病室に見えた。
中庭に干されたシーツの中には血痕のような染みがあるようなものもある。
通された個室で待っていると一仕事終えたナーゼがやってくる。
「こちらの世界には慣れましたか?」
「世界にも体にもまだまだ慣れないことばかりですよー……」
他愛ない挨拶を交わし本題に入る。
「神聖魔法を教わりたいんです」
魔法のメカニズムはあらかた理解したと思っている。攻撃魔法にしても、生活の利便性を上げる便利魔法にしても、結局はエネルギー変換で原理に説明はついた。
神官の扱う神聖魔法だけがよくわからなかった。
神官が回復魔法を扱うのはゲームではよくある話だったが、行使しているのが同じ魔法であるのなら魔導士が自由に扱えていいはずだ。分業されている意味がわからない。
事実、目の前にいるナーゼは司教であり、高等魔導士だった。
「ほほ、それは素晴らしい! しかし…… マレビトの其方に可能かどうか……」
ナーゼが言うには神官になれるかどうかは才能らしい。信仰心、あるいは神に祝福されるかどうか。
道を間違った破戒僧は神聖魔法が使えなくなるという。
さっぱり意味がわからないが、結論から言うとひなたは数時間にして全ての神聖魔法をマスターした。
厳密にいうとマスターしたと確信した。高等魔法は行使できてしまうと立場が変わる。今目立つことが良い方向へ転がるかはリスクが大きいと判断した。なにせ現状ひなたの魔力は「人並み」と評価されているのである。
魔法の発動に必要なのは意思の力だった。
一滴の水を生み出す魔法であれば、術式は簡単に言うと水を集める内容だった。
教えられたものだと空気中の水蒸気を集めて液体にする、というものだ。
この世界では空気中に水蒸気が存在するなんて知識はないものだから、それは無暗に冗長な記述となった。理屈から言えば同じ術式でも湿潤な地域とカラッカラの砂漠では結果は異なるだろう。水源を明確に池などと指定すれば池の近くでしか使えなくなるかわりに威力は増加した。
そのため水の魔導士は水筒を携帯し、炎の魔導士は油を携帯した。
魔法学の基本は術式をいかに編み出すかであり、実行するきっかけ自体は弱い意思の力で十分だった。
この部分が”神聖魔法”は違うのだ。
同じ神を信仰する大衆の信仰心――意思の力――を束ねて行使に使っていた。
数は力である。行使の力が強力な分、神聖魔法の術式は伝統的な曖昧な記述でよかった。例えば対象の傷を癒す、といった程度の記述である。
数多の信者による信仰で共有された神の恩寵のイメージ内であればその効果は発動した。
その代わりに他人の意思をまとめる強固な信仰心が必要だった。
これが”神の祝福”の正体だった。
神官として徳を積み、信者の代表として行使することを認められること自体が”神官”の共有イメージを作り神聖魔法の行使を可能とさせていた。
仕組みが分かれば信仰心は要らなかった。神官として振る舞い、自分の魔導書にそのように記述しておけばよかった。
神聖魔法の利点はもう一つあった。魔力は消費するが代償が不要なのだ。おそらくは数多の信者から集められた膨大なエネルギーが普遍的に存在して共有されているのだろう。どこに? どんな形で? 気になりはしたが、それを突き止めるのは急務ではなかった。
何にせよひなたは多くの信者の見守る中祝福の儀式を受け神官となった。聖職者の身分を示すローブが授与された。このローブには大体の神聖魔法が文様として織り込まれており”聖句”と呼ばれる術式をその中から読み出すことで行使できた。
ひなたの目的の一つは聖職者になることだった。冒険者の仲間を探すにしても自分には近接戦闘能力はない。魔導士として行動するにはひなたの得た力は大きすぎた。視界全ての存在を蒸発させてしまうような魔法は使い道がなかった。一般的な魔法を行使するにはまだ学ぶ必要がある。鍵開けなどの技能もなかった。
聖職者であればたとえ戦闘になったとしても矢面に立つ必要はない。
もう一つの目的、文明レベルの確認はナーゼやほかの神官と話すことで把握することができた。
第一に確認しなければならない分野は武力と医療だった。
ひなたの授かった宝剣は辛うじて鋼鉄製だったが、城で見た通り青銅製の武器も現役だった。
この世界にまだ銃火器は存在しない。
黒色火薬であれば製造は可能だろう。材料は三つ。硝石、硫黄、木炭。
木炭は普通に流通していた。
硝石は……
宿のトイレを思い出す。
汚物垂れ流しの不衛生な環境は、あまり雨の当たらない土の上に汚物を捨てている場所を探せばある程度の硝石が手に入ることを意味した。
糞尿に含まれるアンモニアは土中のバクテリアにより硝酸カリウムとなる。硝石は硝酸カリウムの結晶だ。
その上魔法が存在するこの世界では単純に化学式を術式にすれば精製できるかもしれない。
ただ、魔導書もインクも高級品なだけに会得できる術式には上限がある。
文字をそこまで細かくできる品質のペンも紙も存在しなかった。白紙の魔導書とインクが無限に手に入るとしてもそう何冊も持ち歩けるものでもない。魔法を行使しての素材生産は余裕のあるうちは切ってはいけないカードだった。
硫黄は温泉に行けばいい。温泉街があることはナーゼから聞くことができた。
ここに来てふと考える。この世界の人類に火薬という力をもたらしてどうなるか。
(これもまだ切れないカードだなぁ……)
子供に包丁を持たせられない、そんな気分だった。
そして医療について。
上流階級に独占される魔法を使った治療を除いてまともな医療は存在しないという結論だった。
経験則による薬学が多少あったものの、まじないや信仰の方が尊いとされていた。
負傷については包帯を巻く、傷口を縫う、程度のものはあったが病気は感染症という概念すらなかった。瀉血、悪い血を抜くことで軽快を図るという現代医学では否定された手法でさえ、人々に敬われる立場の技術だった。
眩暈がした。ファンタジー世界がこうまで生きにくいものだったとは。
幸いマレビトの勇者として恵まれた立場にいるためある程度の生活水準は与えられたものの、この世界の貧困層は飢えと病に苦しんでいるのだ。その上で魔族と戦争している。
これでは兵士は消耗品だろう。生贄の少女の肉体に置換された今の自分に子供のころに打ったワクチン注射の効力は期待できない。
授与されたローブをまとい、暮れなずむ街を歩く。
パンを焼くいいにおいが漂う。港のある王都は海産物も豊富だ。幸い食事のレベルはそこまで貧相なものではなかった。町の外には麦畑が広がる。戦場にならなければ主食は充分まかなえるだろう。
「なんか甘いものが欲しいなぁ……」
今日は特に頭を使った。脳で消費されるのはブドウ糖だ。頭脳労働には甘味は必須となる。
「そういえばこの世界に来てから甘いものって食べたっけ……?」
明日は仲間の前にスイーツを探そうと思った矢先、嫌な予感がした。
宿に戻り、忙しく料理を運ぶウェイトレスの獣人の少女に尋ねる。
「砂糖って…… ありますか?」
「はい!? 専門的なお薬は薬屋さんにお願いしますぅう!」
「やっぱりかああぁぁぁぁあ!!!」
嫌な予感は的中した。
この世界に食品としての砂糖はまだ存在しなかった。
同時刻。王都から北方、穀倉地帯を抜け、湿原を抜け、森を抜けたところにそびえ立つ古城があった。
かつては人間が築城した前線基地であった。現在は魔族の手に落ち、魔族の前線基地となっていた。
森から古城の間の平野が最前線となっていた。人間側もこの城を落とす決め手に欠け、魔族側も森を超えて湿原を抜けた上で戦闘する兵力は持っていなかった。
ゆえにこの一線で戦争は膠着していた。
財を持たない人間は街に住まないという選択をした者も少なくなかった。貴族から搾取されることのない代わりに危険に晒される選択、自給自足の小村で暮らす者も多かった。
あるいは亜人と呼ばれる種族やその混血。最も忌み嫌われた人間と魔族の混血もまたその構成員だった。
そんな村が今日も一つ燃えて消えた。
魔族は基本的に生産活動を行わず、略奪により糧を得ていた。
彼らにとって村は放置していれば生えてくる資源だった。
住民は無残に皆殺しにされた。魔族の兵士が使役する最下層の魔獣は住民の死肉さえ食料とした。
上位魔族はその圧倒的魔力により略奪した資源を独占していた。
古城の主、ミリムはひなたと変わらない背丈の、まだ幼い少女だった。
燃えるような赤い髪と、耳の上に生えた角、皮膜の翼とムチのようにしなる尻尾が人あらざる生物であることを物語っていた。
身に合わない玉座に座る、実力主義の魔族の社会にとってそれは実力者であることを意味した。
「今度の村には…… あったの?」
金色の瞳が見つめるのは琥珀色に輝く瓶。愛おしそうにそれを開けると一滴口にした。
「……無能」
刹那、視線も合わせなかった部下の首が宙を舞った。どさっと首の落ちる鈍い音が響く。
彼もまた、村を襲撃する一軍を任される程度の実力者であったはず。
血濡れのミリム、紅蓮のミリム、周辺国からは物騒な二つ名で恐れられた彼女は視線を動かすこともなく、部下の首を斬って捨てた。
「そのゴミ…… 片づけて……」
他の部下がけして視線を合わさぬよう骸を運ぶ。首を失った胴体からは脈動に合わせ血が流れ、叶うはずもない生にすがるように呼吸を続けていた。それはぴゅうぴゅうと不安な音を立てていた。
彼の骸もまた魔獣の餌となった。
「はぁ…… 冬に焼いた村にあったコレ…… どこ焼けばあるんだろう……」
ミリムは名実ともに魔王軍ナンバーワンの大将軍だった。
何しろ彼女は魔王の娘だった。実は現時点で魔王は病に伏し、次期魔王の座は彼女の手にあった。
魔王軍も一枚岩ではなかった。魔王は多くの妃を囲い、子を設けるのが当然だった。
男性であれば同時に100人孕ませることも可能だが、女性が100人の子を孕むことはできない。
まだ幼い女王ミリムの誕生を喜ばない者も数多くいた。
他の魔王の血族はことごとく人間との戦争で消耗していた。
幼いころより戦功が求められる魔族ゆえの損耗だった。もちろん人間側も多くの流血を代償としたが、そのことを認識できてはいなかった。現実魔王軍は人間との戦争に疲弊していた。
病もあった。魔族もまた生物だった。それは先ほどの骸が生命活動を示していることから明らかだった。
人間との混血が可能であることも証左であった。骨格的に翼に相当する器官が人間にないだけでDNAを比較することができたなら人種程度の違いしかなかっただろう。
魔族もまた医療技術を持たなかった。魔族は生まれつき強大な魔力を持っていた。
仕組みとしては神聖魔法と似ていた。
発動に要求される意思の力が個人で人間数千人~数万人に等しかった。
それゆえに魔族は人間とは比較にならない高度な魔法を行使できた。
肉体もまた強靭だった。幼児であってもその気になれば岩を砕くくらい容易にできた。
その王者たる魔王の血を継ぐミリムは現時点で魔族における最強の1個体であった。
ミリム当人はその自覚なく、無邪気に暴力を振るっていた。
立場や王権争いに興味はなかった。
求めれば欲しいものを奪うことができた。そういう生き方をしてきた。
全ての存在は自分を満足させるために存在している、そう信じていた。
物心ついたときから欲しいままに奪い、戦っていたらこの古城に軍を率いて立っていた。去年のことだった。
それでも今手にしているものは二度と手に入ることはなかった。
それは春に人間の村を襲ってもあるはずのないものだった。
王都。夕食の賑わいが終わり、厨房には使用済みの食器が積み上げられていた。
ひなたもまた、今朝水揚げされたサワラの香草焼きに舌鼓をうち、溶けたチーズで下唇をやけどしそうになり、焼きたてのパンをほおばり、茹でたアスパラガスに生ハムを巻いて、少しえぐみのあるワインを飲みほした後だった。
「嬢ちゃん、こっちにまだあるぞ」
宿を利用する冒険者たちから可愛がられる程度馴染んでいた。小さい体には以前ほどの量は入らなかったがいつ死ぬともわからない冒険者、少女が食べる姿は彼らの荒んだ毎日のオアシスにもなっていた。
ひなたもまた似たような立場なのは皆わかってはいたが、ついつい食べさせたくなってしまう愛嬌を持っていた。
(生贄に選ばれるような身分でも食べるものには困らなかったのかもしれないな)
死せざる戦士の剣の効力によって復元された肉体であるなら栄養状態も復元されているはずだった。それでもひなたは痩せておらず、健康だった。
健康は何にも代えがたい財産であることを確認した以上、食べることをおろそかにするわけにはいかなかった。
「あの…… ひなたさん!」
あらくれどもに「もうおなか一杯だ」というジェスチャーで答えたひなたに声をかけたのは獣人の少女。
「ん? どうしたんですか?」
「高価なお薬はないですが、これでしたらまだちょっと…… これも安くはないのですが」
少しだけですよ、と差し出されるスプーンに首を傾げたが、これは試食ということなのだろう。
ぱくっとそれに食いついた。
「ん…… 甘い。あっ、はちみつはあるんですね!」
内緒ですよ、と大事そうに調味料棚にしまわれるその瓶の中身ははちみつだった。
春、ミツバチたちはやっと咲き始めた花から蜜を集める時期で養蜂業があったとしても採蜜の時期ではない。
そしてそれはミリムが見つめる琥珀色の液体それそのものだった。
(火薬は危険かもしれないけど、砂糖はあってもいいかもな……)
そろそろ生活資金の調達も必要だった。食事しながら冒険者たちに仲間に入れて貰えないか頼んでみたが、ことごとく断られていた。可愛がられてはいたが、その分心配もされ、結果的に大きな障壁となっていた。マレビトの勇者というややこしい立場と実績のない新米神官ではまだお荷物になるだろうという評価を覆せはしなかった。
(魔法で作るのは最終手段…… とりあえず明日は港に行ってみるか……)
部屋に戻り、服を脱ぐ。
この世界で入浴の習慣は一般的ではない。この宿にお風呂はない。
陽は潔癖でなく、山籠もりも平気だったが美少女の肉体となった今、悪臭を放つのは許されないことだった。そのため毎日寝る前には体を拭いている。
朝三往復して汲んできた水瓶から桶に水を取り、窓に干しておいたタオルを浸ける。それは綿製だったが愛用していた今治タオルとは比較にならないゴワゴワだった。水を含むといくらかは柔らかくなる。
カーテン越しに月光が差し、灯りのついていない部屋に白いひなたの肢体を浮かびあげる。
男子が女の子になったら試したいことランキング50位くらいまではきっと全てやりつくしたと思う。
”違うトコロ”は存分にいじくり倒し済だった。
部屋にしつらえてある大きな鏡を見ると自分の裸体は美しかった。いまだにニヤついてしまうものの、それ以上の興奮はなかった。
陽は紳士でもあった。美少女を愛で、美少女になりたい変態ではあったが確かに紳士であった。凌辱は趣味ではなかった。ひなたは自らに欲情することはなかった。
「まあ、自分の体だもんな」
本来のこの肉体の持ち主が望まぬ死を遂げたであろう事実も複雑な心情にさせていた。また、何より生きることを考えると趣味に耽る余裕はなかった。
「どんな子だったのかなぁ」
同じ姿をしていたであろう少女。自分が召喚される代償として生き血を抜かれた生贄の少女。
既に手に入れていた魔法学の真理からそれは必要のない犠牲だったことは分かっている。
命、あるいは処女、そういったものに代償の価値があると信じられていた。
そのような価値観を明日覆す。そんな影響力を持っていない無力さを感じたが、嘆くよりは前向きだった。
「もしこの子を知る家族や友達がいたのなら大事にしてあげたいな。」
代わりになってはあげられないけど、彼女の人生も背負って生きていこうと思った。落ち着いたら調べてみよう、そう思った。
雑巾拭きと大差ない要領で体を清めると簡素なナイトウェアに身を包み、ベッドに倒れこむ。軽くなった体はぽすんと頼りない音を立てて弾んだ。
翌日。
ひなたは朝から港にいた。朝食はサンドイッチにして包んでもらっていた。少し行儀が悪いがつまみながら歩くのも悪くない。
ゆでたまごとマッシュポテトのペーストにマスタード、アンチョビの塩味が効いていて、潮風と相まって海はより青く見えた。
「確か大型帆船があったんだけど……」
この世界に来たとき見た風景。港には二本マストの大型帆船が見えた。火薬がない以上、大砲を積んだ軍艦は存在しない。船を使った戦闘があるのなら船首からぶつけて乗り込むようなスタイルだろう。戦うためのものが存在しないなら大型船はきっと長距離航路の交易用途だろう。南米原産のジャガイモは既に作物として伝来している。あの不確かな地図でも南方が熱帯と書かれていたことから王都は北半球だと判断していい。南方航路があればサトウキビもあるかもしれない。薬品としての砂糖は存在するんだから、なんらかの問題で多く輸入できないのだろう。それを知識でなんとかできないか、そう考えていた。
港に停泊する船は多くが小さな漁船で港は水揚げされたばかりの魚がはねていた。
漁業も発達しているとは言いづらかったが、王都の需要は充分満たしているように見えた。
まだ腹に縞の出ていないカツオが行商人に渡される。さっぱりとした初カツオ、あの鮮度なら刺身でもいけるな、と思った。
今朝の買い付けを終え、桶いっぱいの海産物を前に一息つく行商人のおじさんに声をかけた。
「南方と交易している船はありますか?」
「なんだ、嬢ちゃん。ここいらは漁船だけだよ。交易船ならケト商会の奴らに聞きな。」
「ケト商会?」
「ああ、南方交易を牛耳る連中だよ。おっと、お前さん神官さんかい。だったらローブは脱いでいったほうがいいかもしれんな」
それはどういう意味か尋ねようとすると「連中は異教徒なのさ」とシンプルな理由を先に答えてくれた。
「ありがとうございます! 行ってみます!」
チップとして銀貨を数枚渡そうとすると「子供からは受け取らない」と断られた。半人前扱いというわけではない。同じ年ごろの娘さんがいて、受け取るのに抵抗があるそうだ。こういうおじさんには幸せに過ごしてもらいたいものだ。日本になかった習慣もそろそろ慣れてきていた。自然に出していたサイフに自ら驚きながら、脱いだローブとともに背負い袋に仕舞った。さて、大型帆船を扱う商会とはどんなものか。子供扱いで門前払い、という事態は避けたい。サトウキビが手に入らなくても何か仕事が欲しかった。勇者としての実績を積む前に経済的に破綻しそうだった。
「よし」
おじさんに教えてもらったケト商会の建物はお城より大聖堂より小規模なものだったが、それらより遥かに大きな建物に感じた。なんのコネもないアポもない小娘の売り込みに大企業が応えてくれるわけはない。それは日本人の感覚だった。正面から交渉なんてしない。まずは情報を集めよう。
(異世界での最初のクエストがコレかー)
魔物を倒してチュートリアルおしまい、なんていう甘い環境は用意されていない現実を噛みしめた。
ミリムちゃんはきっと予想どおりの立場に落ち着きます(ネタバレ)
宜しくお願い致します。