表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

異世界旅情TSもの(仮題ひなたBocco‼ 略して鉈矛)一話 異世界

特殊な環境を踏まえて以下の書式で書いております。

*段落冒頭の字下げは行っておりません。

*スマートフォン環境の読みやすさを重視し、改行増やしております。

*セリフの塊の前後に空白行を設けております。

*シーン切り替えで2行以上の空白行を設けております。

*…や―は区切り約物ではありませんが、約物が前後どちらに掛るのか明確にするため後ろにスペースを設けてある場合があります。

*以上の書式はお声を頂ければ変更するかもしれません。

森のはずれに女の子がいた。

その姿は控えめに言っても美しかった。

肩にそろえた淡い栗色の髪を風に揺らし、黙っていれば絵画のようですらあった。


「さて…… どうしたもんかねぇ?」


少女は世界に存在するはずのない道具、スマートフォンに目を落とし時間を確認する。

ヘーゼル色の瞳は光の加減で緑に見えた。


「まあ、やれるだけやりますかね」


少女は少し口角を上げるとスマホのモニターを切り、立ち上がった。


腰には剣、手には魔導書を持ち、纏ったローブは神官のもの……

という変わったいでたちだった。


時を遡ること数ヶ月前。

少女は男性だった。


それも、この世界ではない地球、日本国にいた。


彼は某国立大学大学院、海洋環境学専攻の研究者だった。

名は三島 陽(みしま ひなた)

海の生物や自然環境、天候などが専門だったが、高校時代には雑学王と呼ばれるほど色んな分野に通じた人物だった。


そんな彼にはけして叶わぬ夢があった。


(エロゲーヒロインになりてーなー……)


それは特殊な性癖だった。けして叶わぬはずだった。


季節は春。時間は朝。

いつもの通学、いつもの通勤電車のロングシート、いつもの車窓の景色、昨日と違うのは天井から吊られたスキャンダル週刊誌の広告が沿線の周遊切符のものに差し替えられた程度である。


風のカドがなくなり花の香りをまとう頃、列車はかまうことなく通勤客や新生活を夢見るはしゃいだ学生を乗せ、心地よくまどろむ陽を揺らしていた。


不意にひゅうと落ちる感覚に驚き目を覚ますと、見慣れた車内に乗客は陽一人だった。


「……なんだ?」


さっきまで全てのシートが埋まっていた。立っている客も多くいたはず……。

列車の端でくたびれていたスーツの推定"朝まで飲んでたおじさん"もいない。

ドア横に立ち、真新しい制服の着こなしを見せ合っていた女子高生たちもいない。

それどころか揺れてさえいない。


シートに触れるとまだそこには隣に座っていた客の体温が残っていた。


「召喚成功だあああああああ!!!!」


外は静かだったがそんな歓声から急に賑やかになった。

陽は立ち上がり窓の外を見ると見たことのない風景が広がっていた。


「マジかよ……」


陽を乗せた列車は一両だけ山の上にあった。

ヨーロッパのような城を囲む城下町が山裾から広がる。

城壁の周囲には穀倉地帯、それは森に囲まれ、海と港、帆船も見えた。

列車のすぐ傍には歓喜に沸く群衆。

誰もかれも見慣れた服装ではなかった。

いや、ある意味見慣れた雰囲気ではあった。

それは現実ではなくフィクションの中で見慣れた光景だった。


「死んで転生してチート能力貰えるんじゃないのかよ……」


窓を見ると数十人の好奇に満ちた視線を浴びた。

貫禄のある老人が民衆を代表するかのように歩み出た。

どうやら彼が「召喚」の術者のようだ。


「よくぞ来られた。マレビトの勇者よ」


驚くべきことに老人は聞きなれた日本語を話した。

いや、日本語に聞こえたと言ったほうが正しいかもしれない。

研究者としての観察眼は持っていた陽だったが、今はそのことには気づけなかった。

何にせよ意思疎通、コミュニケーション上の問題はひとまずなさそうだ。


「異界から来られたばかりで困惑もあろう、こちらへ」


どうやら転生ではなく生身で異世界に来てしまったようだ。

日本に残してきた日常が脳裏をよぎる。

先週採ったサンプルは大学でどうなるだろう。

家庭教師のアルバイト先のあの子の進学はどうなるだろう。

友人は? 両親は?

色々な事を考えたが、解決手段はわからない。

確かなのは今自分は車両ごと異世界に転移されたこと。


やや混乱しながらもドアの横の小扉を開く。

”非常用ドアコック”

いつもの電車のように自動でドアは開かない。

陽は赤いレバーに手をかけ、下げた。

ドアを開けると緑のにおいの風が吹いた。

フィールドワークを中心に研究する陽には馴染みの森のにおいだった。


再び歓声が沸いた。


「電車ってこんなに高かったんだな」


開けた扉から飛び降りるとき、視界の端に荷車に載せられる赤い物体、袋のようなものがよぎる。

それが何かはわからなかった。

それでも本能的にイヤなものを見たな、と思った。


「さあ、こちらへ」


それが何だったのか尋ねようとしたが、タイミングを失いそのまま忘れてしまった。

話を聞こう。


老人は大司教ナーゼと名乗った。

司教であり、高等魔導士だという。


案内されるまま馬車に乗り、城へと向かう。

皮張りの座席は豪華だったが、乗り心地は先刻まで座っていた列車にすぐに戻りたいほどだった。

山を下ると畑が続き、町を取り囲む城壁が見えてくる。

壁の外には粗末な小屋が並んでいる。

人影も見える。

大きな城門をくぐると想像と違わないヨーロッパ風の街並みが続く。

建築は専門外だが木造瓦葺きな建物は見つからない。

もしかするとそんな地域がこの世界にもあるのかもしれないが。

風景は概ね予想どおりであったが、ここに来て一つ思い知らされたことがあった。


「臭いなぁ……」


町に入った途端にヒトの営みのにおいがした。

よく見ると路上には汚物が落ちており、それを気にすることもなく踏みゆく人波が見えた。

衛生面では期待できないと悟った。


(えらいところに来てしまったのかもしれないな……)


正直見知らぬ世界に少し心躍らせていた自分を反省する。

ナーゼは”勇者”と呼んだ。

少なくとも自分に戦闘が求められていることは想定される。

そこに命の保証はない。

持ち込めた武器などない。防具もない。


ソーラーパネル付きのモバイルバッテリーがスマートフォンの電源は暫くはもたせてくれるかもしれないが、当然画面の表示は圏外を示していた。


国王との謁見の前にこの世界の説明を一通り受ける運びとなった。

1500年前から数代に渡る魔族と人間の戦争、人間はこの世界を一週間で創造した神の子孫であること、魔族は神と敵対する悪魔の子孫であること。

到底天体一つを網羅していると思えない周辺が不確かな”世界地図”の果ては海で途切れていた。

北の”魔界”は魔族の大陸だと書かれている。


魔法についても説明を受けた。

そう、この世界には御多分にもれず”魔法”がある。

その使い方は予想外に容易なものだった。


”術式”と呼ばれる魔法の仕組みを魔導書に筆記し、それを行使しようとする意志と読誦によって発動する。

手本として見せてもらった”一滴の水を生み出す魔法”を陽は一発で発動することができた。

高度な魔導士は高速詠唱や無詠唱での発動も可能だが効果は劣る、と教わった。

魔導書の所持はただ持っていればよく、他人に奪われないよう自分しか読めないように暗号のように記述するものらしい。

その素材は羊皮紙が一般的であり、白紙の魔導書もインクも庶民には手にすることのできない高級品のようだ。

つまり一部の特権階級に独占されるものであった。


魔法を行使するための魔力は個人差があり、使いすぎると疲弊し、完全に尽きると命を落とす。

大がかりな魔法の発動には代償として生贄すら必要になる。


「勇者様の魔力量はごく人並みですね……」


ナーゼはキッチンスケールに虫メガネを付けたようなヘンテコな”魔力計”をテーブルに置くと少しがっかりしたように言った。

陽は自分に莫大な魔力がないことを絶望している余裕はなかった。

それよりも浮かんだ疑問が気になった。


「あの召喚は魔法じゃなかったのですか?」


自分がここにいる理由。召喚自体が魔法によるものなら車両ごと転移させられたのだ。

その代償は軽くはあるまい。それを心配した。


「当然あれは大がかりな魔法の集大成によるものだった。七人の魔導士が生贄の血で地面に術式を描き三日三晩読誦し代償とした」


何か突き放される絶望を感じた。

その言葉を信じると自分がこの世界に来るために少なくとも一人の生贄が死んだことになる。

文明が未開であることは認識していたが、人命を軽視する倫理観の社会という現実を突き付けられ、寒気を覚えた。

魔族と戦争をしている以前に、明確な階級社会があり、基本的人権の尊重なんて存在しない。

生まれの卑しい者は奴隷とされた。

”人間”以外の種族もまた命を軽んじられる存在だった。

運ばれていくイヤなもの、あれは生贄の亡骸だったのだ。


王との謁見を緊張している場合ではなかった。

招かれた勇者である以上相当な粗相があったとしても手荒な真似はされまい。

異界の民で文化を知らないことも考慮されるであろう。

だから王への謁見にガチガチになる必要はない。

それよりも中~長期に見て自分の立場、命を保証されるものはないことが恐ろしかった。

陽は格闘技の経験すらなかった。

暴力を振るう他人を野蛮だと見下すふしすらあった。

これからは自分自身の手によって勝ち取らねばならないのだ。


(えらいところに来てしまったんだな……)


アリアカザール王国国王、デントカザール八世は予想通り魔王の打倒、戦争の旗印になることを要求した。

だが、木刀やこん棒一本で旅立てと放任するほどの狭量な王ではなかった。

国内限りではあるものの騎士相当の身分を保証する徽章と白紙の魔導書、そして城の宝物庫や武器庫から武器を選び所有することが約束された。


豪華な装飾のあるランプシェードがゆれる炎に影を落とす絨毯の廊下を歩き、階段を下り武器庫を覗かせてもらう。

刀剣類は整理されていたが、あまり質のよいものではなかった。


「こんなもので戦争しているんですか……?」


ナーゼは首肯するだけだった。

鋼鉄製と思われるものはごく一部、青銅製の武器が多くを占めていた。どれもこれも重たく、使えそうになかった。


(古墳時代くらいか……?)


次に宝物庫を見せてもらった。こちらにある武器は全てなんらかの魔法が付与されているという。

魔導書に記述するのと同じ要領で武器に術式を刻み付けることで魔法が付与される。

しかしその武器を用いることは即ち毎度代償が必要であろうことは想像に難くなかった。


見張りの兵士からは羨望と嫉妬の視線が向けられる。

一般兵士には触れることも許されない宝物を頂戴できるんだ。ここの選択は失敗できない。

ひとつひとつ慎重に術式の解読を試みる。

下手に手にとってうっかり口に出してしまうと発動してしまうかもしれないのだ。

陽にとっては恐怖でしかなかった。


「これは……?」


一振りの剣に目がとまった。他の宝物に比べて使われた痕跡がない。


「それは今は亡き大賢者ダハの遺した試作品だろう。死せざる戦士の剣と伝わる」


意を決して鞘から抜く。

それは細身ながら鋭い刃がついた片刃の剣でマグロの解体などで見る包丁を小さくしたようなものだった。

復元術式――?

刀身に刻まれた術式を判読しようとした瞬間、視界は虹色に反転した。


「は?」


陽の視点では一瞬目が眩んだだけだった。

手にした剣が少し大きくなったような気がした。

ナーゼと兵士はその瞬間を目撃した。

虹色の光に包まれた陽は一瞬にして少女の姿となっていた。


「うぉぇ?」


なんだか自分の声が高い。

視線も一瞬前より低い。

見えていた上の棚の品が見えない。


「勇者様!?」


二人も動揺していた。

その姿は奴隷から選抜され半年この城で暮らし、先刻召喚魔法の代償として命を落とした少女と瓜二つだったのだ。


「え? マ?」


近くに立てかけてあった鏡に映った姿を見る。

そう、陽は女体化願望があった。

性同一性障害ではない。

それはオタクのひねくれた性癖だった。

かわいいヒロインになりたかった。

男が好きだったわけではない。

ある意味ではナルシストだった。

他人に恋愛感情を抱いたことがなかったわけではないが、自分自身と恋愛したいとさえ思っていることも珍しくなかった。

その深層心理が宝剣の無詠唱発動を招いたのだった。


「マジかああああああああああああ!?」


かわいらしい声が城内に響く。

後にこの世界の歴史に伝説として刻まれる勇者ひなたちゃんの冒険がこうして幕をあけるのだった。




ひなたは術式を解読していた。


「死せざる戦士の剣……」


司教ナーゼも言っていた。魔導士はその術式を奪われないよう分かりにくく記述する。


「復元術式、とは読めるなー」


宝剣を手にしてから既に三日が経っていた。

剣の魔法で背中まで伸びてしまった髪は肩で切ってしまった。

王から城下に当面の拠点とすべく宿の一室が割り当てられていた。

衣服は動きやすく、それなりに上等なものを数着あつらえてもらった。かわいさ重視には念を押しておいた。

宿の一室、となったのは城の部屋を貸すのは体裁上できなかったらしい。

宿は冒険者ギルドを兼ねており、独特の賑わいを見せていた。

ギルドは万人から依頼を受け冒険者に斡旋する。

冒険者はそれをこなすことで糧を得ていた。

必要ならここで仲間を集めなさいということだ。

三階建てで一階は酒場になっており、二階以上が客室。

三階の角部屋を借り上げてもらっていた。

ここまでは元の世界でゲームなどで学んだ通りの環境だった。

一つだけ想定を遥かに超えたものがあった。


「ちょっとトイレ……」


部屋を出てカギをかける。

宿主にはトイレに行くときにもカギをかけることを注意されていた。

部屋を空けた隙に何か盗まれても不用心な方が悪い、それがこの世界の常識だった。

廊下を歩きその部屋の扉を開ける。

すぐに悪臭が鼻をついた。


「うぇ」


下水は整備されておらず、かろうじて個室ではあったものの陶器の容器がひとつ置いてあるだけだった。

要するにおまるである。

そしてその中はいくらかの先客の汚物が入っていた。


「うえぇ……」


研究の一環で生物の糞尿には慣れているつもりだった。

しかし人間のソレとわかるとその上に自らのモノをふりかけるのに抵抗があった。

その上ターゲットをスナイプできるノズルともバイバイした慣れぬ我が身であった。

立ったまま放出すると当然流体はふとももを熱く伝う。

しゃがむと汚物にまみれた容器に足が触れそうで嫌だった。

しかもこの容器は”満たした最後の人が棄てる”ルールだった。

控えめに言って触りたくない。ゴム手袋なんてない。

多くの人は素手でそれを運び、軒下やどぶ川に棄てていた。

横着な人は窓から投げ捨てていたが、それでも誰かに咎められるものではなかった。

そして容器は洗われることもなく再び設置された。

ソリッドなら”誰かが棄てに行った後”を待つ余裕もあった。しかしリキッドはそうもいかなかった。


(女の子って我慢できないもんなんだなぁ)


二度シーツに新しい地図を描いて最初に魔導書に書き込んだのは水分を乾かせる術式だった。


(しかしこの剣……)


備え付けられたぼろ布で拭く気にもなれず、手持ちの手ぬぐいで始末した後自室に戻る。


(チート能力貰えないと覚悟したけど……)


それなりに頭脳は優秀なほうだと自認していた勇者の解読は確信に至っていた。


――復元術式

所有者の肉体をスキャンし、記憶を持続させたまま肉体を復元する。

時間の単位は今一つわからなかったが――そもそもこの世界には時計がなく皆日の巡りに任せ暮らしているのだが――例え致命傷を負おうがそれより前の肉体を復元すれば死ぬことはない。

なるほど、死せざる戦士の剣。

その仕組みであればこの姿も納得できなくはない。

おそらくは生贄の少女は城にいた頃にこの剣を抜いてしまったのだろう。

その時にスキャンされた肉体が次に手にした自分に対して復元された。

そう考えると一応筋は通る。

しかし、その経緯も、なにより代償が何かわからなかった。


(これを振るえるのなら無敵の戦士になれるのかもなぁ……)


理屈は分かったが剣なんて振るったことはない。

包丁なら三枚おろしくらいはできるけど……


考えに詰まったひなたは空腹を感じ食事をとりに一階に降りた。

夕刻、最も賑わう時間帯には少し早く、夕食の支度をしているところだった。


「あ、まだ早かったですか?」

「はい! へ? ひゃっ!?」


不意に声をかけられたウェイトレスの獣人の少女は手に抱えたリンゴのカゴを床にひっくり返してしまう。

彼女は奴隷身分だったが冒険者に拾われ、宿の主人に育てられていた。


(うむ。ドジっ子ねこみみ良きかな……)


「いたた…… ごめんなさいっ!!」


少女を見守る親のような眼差しで愛でてみても、現実は自分の方がはっきり言って幼い。

立ち上がった背丈は確実に負けている。


(萌えてる場合じゃないな、手伝おう)


床に転がるリンゴを拾うと研究者の性か、無意識に知っているリンゴの映像がよぎる。


(ふじ? つがる? 紅玉…… いや、この世界にはそんな品種はないか……)


小さくなった体では思いのほか多く持てない。

つい多く拾おうとして落としてしまう。


(落ちるリンゴ…… ニュートンのリンゴ…… 万有引力……)


頭の中にひらめきが満ちた。

なんでそんな簡単なことに気づかなかったのか。

アルキメデスがエウレカと叫んだ科学者の至上の愉悦がひなたの全身を駆け抜けた。


「ありがとう! 君!!」


リンゴを返された獣人の少女はお礼を言おうとしたときに逆に言われて動きが止まった。


「実証しなきゃ!!」


ひなたはきょとんとした顔の少女を残して階段を駆け上った。

その頭に浮かんだ仮説……


――地球(もといたせかい)の物理法則E = mc2はこの世界でも通用する。


確信があった。

よく考えればこの世界に存在する食べ物はひなたの見知ったものだった。

”リンゴ”という植物が存在していること自体気づくべきだった。

異世界ならもっと見たこともない食材に溢れているはず――もちろん食べなれない虫などが食卓に上がることはあったが――なのにリンゴはリンゴであってイワシはイワシ、ワインはぶどうから作られていた。


百年ちょっと前にアルベルト・アインシュタインが提唱した特殊相対性理論、その仔細は物理学専攻じゃないからわからない。

ただ、質量とエネルギーが等価であることは理系の大学院生なら誰でも学んでいる。

昭和の戦争で広島の街を焦土に変えた原爆の核分裂反応で失われた質量はたったの0.7gだと推定されているらしい。

小学校の修学旅行で行った広島の街は少なくともこの王都よりは広かった。ウランやプルトニウムを使わなくてもその変換がこの世界で可能だとしたら……


「チート能力…… あったかも……!」


その夜、大気が揺れた。

空にあった雲が消失し、星空が広がったことはほとんどの国民が気づかなかった。


「あは…… あははは……っ……」


人類が手をかけてすらいない(ことわり)だった。

生贄なんて要らない。

変換は術式さえ成り立っていればドミノを倒すようにきっかけを与えるだけでいい。

教わった”術式”はその記述のほとんどが装飾語で占められていた。

シンプルに記述すればその効果は絶大だった。

視界いっぱいの空を撹拌するエネルギーの代償は予想通り一滴の水すら必要なかった。

たかが雲ひとつ、と思うかもしれない。ひなたの行使した魔法は付近一帯の気圧の均衡を求めたのだ。

台風をひとつ消した、と言えばわかりやすいかもしれない。広範囲の天候を操るエネルギーは莫大なものだ。

それを今為した。

”差”はエネルギーである。

下り坂にボールを置けばひとりでに転がる。

天候もまた気圧差によって生まれる。高気圧から低気圧へと風は吹く。

今回はそこに逆のエネルギーをぶつけてみたのだ。

これが可能であるならば、エネルギーを取り出すことも可能だろう。

等式であれば変換は魔法によって自在だった。

ただ”知る”だけで誰でも手にできるであろうその力の前にあまりに脆弱な世界だということに恐怖はあった。

それでも明日の命も知れない環境を覆す力を得たことは大きな安堵をもたらした。

ひとまずこの術式は読まれたとしてもこの世界の存在には当面理解できないイコール発動できない。

制限もある。”代償”と呼ばれるリソースの素性を術者は理解していなければならなかった。

水分を蒸発させるだけなら水を水として理解するだけでよかった。

もっと高度な、水の質量をエネルギーに変換する術式には水素原子、酸素原子、それぞれの原子核を崩壊させエネルギーとし、低気圧から高気圧へ逆流する効果をぶつけるまで記述しなければならなかった。

つまり成分の不確かなゴミは代償にできなかった。

物理を勉強したくなったがこの世界には参考書も存在しない。

不確かなこともまだまだあった。

組み上げたドミノ倒し”術式”を発動させるリソースは不明だった。

どこまでの物質を自分の術式の代償に組み込めるかも分からなかった。

ただ、これだけでも充分、発見の悦びは研究者として何ものにも替えがたかった。


(忙しくなるぞ……)


課題は山積していた。

魔法によって手近になったものの、核兵器同様手に負えない力ではあった。

制御方法は全く分からなかった。

既存の術式を学ぶ必要がある。

魔法の研究だけに全ての時間を費やすわけにはいかない。

勇者としての実績がなければいつまでもこの部屋にもいられない。


(近接戦闘に長けた仲間がまず欲しいな……)


あれやこれやとやるべき事が浮かび、興奮に眠れない夜は更けていった。

異世界モノの末席に並ばせてもらえれば、と思います。

初めての投稿なので改変するかもしれません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ