007 朕、武王となり、メイドたちと対峙す。
昨日、先王后が伏す間にて、姫王閣下たる朕は、成人の儀に臨むことを告げた。むろん、儀の準備は、大老はじめ臣下に任せる。朕には、成人の儀を前にすべきことがあった。
朝の食事を終えた朕は、親衛メイド6名が待つ玉座の間に向かう。
かつて、歴代の王の画に見下され、先王、先王后、そして、朕が昼の時をメイドたちと過ごしていた時には、ここには、足が冷えないように絨毯がしかれ、つくろぐことのできる椅子や、おやつを食べる小さな食卓や、書き方をお勉強するための机などがあった。むろん、一番奥には、玉座の炬燵があった。要するに先王がご健在だった頃の玉座の間は、小さな王家のファミリールームなのだった。
真っ先に朕が姫王閣下の間に移設された玉座の炬燵を別に、その頃の家具の大半はその間にそのままにあった。が、朕が先王后を見舞い、成人の儀に臨むと宣した時、臣下に玉座の間に残る家具を全て片付けるよう命じた。成人した後は、王としての意思決定などをこの間で行うことが良い気がしたためだった。先王后を見舞い終えた今、朕は、その命が正解だったと分かる。
☆
朕が親衛メイドたちほどではないのだろうが、力持ちとされている小太りな戦闘メイドの二人が玉座の扉を重々しく引いた。
空いた扉より、朕が玉座の間に入る。
朕が親衛メイドたちと、朕につき従い玉座の間に入った総婦長と18名の戦闘メイドたちがひざまずく。
朕は、その姿に頷き、宣言する。
「本日より、この間は、先王を祀る『ゲンプの間』とする。成人の儀までの日、朕は親衛メイドと共に『ゲンプの間』で過ごすこととする。」
「「ははっ!」」
親衛メイド長のユリコ以外に、ゲンプが原父であることを知るものはいまいが、朕が宣言したことに異論などあろうはずはない。
☆
親衛メイドたち以外を下げるよう総婦長に命じ、原父の間で、朕の前にひざまずくのは朕が親衛メイドのみとなった。
かつて玉座の間で、朕に仕えた6名のメイド。絵本を読んでくれたメイド長のユリコ、ホットケーキを焼いてくれたシズカ、けらけら笑う陽気なミカコ、『黄昏の唄』の係のカンマ、しっとりと玉座の扉を開ける係のイープ、そして、幼き朕を横抱きに『だっこ~』してくれたリサ。その後の決戦で当然のごとくに一騎当千の活躍をしてくれた、この6名を、朕が改めて親衛メイドと呼ぶことにしたことを、臣下の者は当然のごとく受け入れた。
朕は、かつて過ごした地の声で言った。
『私、昨日にマーマを見舞った時にね。マーマが何やらブツブツ言うのをずうっと聞いているうちに気づいたの。あなたたちが私にずうっと読んでくれてた、御伽噺って、神聖語とかいうのではなくて、私が以前話してた言葉で書かれているんでしょ。つまり、漢字、ひらがな、カタカナで。』
「ひゅ~っ。」、ミカコが真っ先に反応していつも通りに笑った。
『やった~。』と、リサもいつものようなポーズで両手を上げた。
やはりメイド長顔のままのユリコが
「そうですか。これからいかがしましょうか?」
私は、
「うん、これから成人の儀までは、10日くらい。話す時間はだいぶあるだろうから、まずは最初に試技をしよう。これね。」
ひゅんっ、と、私は、姫王閣下として、身につけていたサーベラを軽く振った。軽くではあっても、メイドたちがはじめていつもの表情を変えるくらいの威力か出ている。
「私ね、以前は、たぶんスペシャル級の剣道少女だったんだ。その私の今の剣、あなたたちにどのくらい通用するものなのかを初めに知っておきたいと思って。それから、あなたたちが何者なのかを私に聞かせて。」
「「かしこまりました。」」
6名が、いつもと同じく声を揃えて応えた。私はサーベラを片手に見下したまま、6人が顔を上げるのを待った。6名ともやる気まんまんだった。特に、カンマの表情はいつも以上に凄みがあった。
私はニヤリと笑い、親衛メイドたちに聞いた。
「この中で、サーベラの腕が一番下なのは誰?」
『わたし~』と、リサがぶれない調子でポーズを決めた。
「じゃあ、私のリハビリ相手、その1はリサでお願いするね。」
そういった私は、「私は準備万端だから、みんなも準備して。」
と続け、プシ国の掟やらのため、武装が許されていなかった6名に、外に出て防具を身につけ、サーベラを持参するように促す。
☆
部屋に一人残った私は、やる気まんまんで準備運動をしながら、思い出したかつての記憶をもう一度噛みしめる。今の私に蘇ったかつての記憶は、ここでの朕と同じく、12歳の時のもの。ここでは姫王閣下な私は、かつては下町に住む強気な全力お嬢様なのだった。
前年の11歳の春、つまり小学校5年生になった時に、私は剣道をはじめた。力をこめて動くの楽しくて、私はやる気まんまんで強くなっていった。そんな様子を見ていたパパは、その冬のクリスマスプレゼントに剣道場を贈ろうと言ってくれた。パパからのクリスマスプレゼントは数ヶ月がかりのものだった。執事に命じて夏休み明けに庭に生えていた一番大きな木を切らせ、その跡地にその木をふんだんに使った剣道場を立てさせたのだ。最後には、私が小5のセンスでプチかわいく仕上げ、その剣道場で朝稽古をはじめるようになった。なんでも、パパはまもなく中学生となる娘の私にふしだらな眼差しが注がれるのを避けたかったらしい。剣道場のそばには姉と私が使うことになった水泳場も作らせていたから、まぁ、そういう考えの人だったんでしょうね。本宅、離れ、茶室にその25メートルプールとか剣道場とかを作ってもまだ、庭で軽くジョギングできるスペースはあったくらいだから、下町では目立っていた家だったのかな、と。
朝稽古は、たいてい執事と行っていた。若い時は、警視庁に務めていて家のボディガード役を兼ねていた執事は、本格的な剣道指導ができた。まぁ、その時の動きをどのくらい、この身体が思い出してくれるのかしらね。軽く動いてみた感じだと、いい線いってそうな感じがするんだけれどね。
☆
訓練用の防具を身につけ、サーベラをその身に刺した親衛メイド達6名が戻ってきた。後ろには、総婦長がオロオロしながらついて来た。プシチャクの人たちは感情がわかりやすいところがいい。6名がサーベラを刺したまま、原父の間で私と対峙することを心配しているのだろう。
先程、成人の儀まで『ゲンプの間』は、私と親衛メイドのみの間とすると、宣言したこともあって、総婦長は、『ゲンプの間』の前にかしこまっていた。開いたままの扉の向こうには、万が一に備えたのか、なかなかの腕の戦闘メイドが廊下に10名ほど、先に続く中庭には30名以上控えている。
それを見て取った私は、まずは、総婦長を安心させてやることにした。私は手を軽く振って、室内で前に控える親衛メイド達6名を左右に分けた。そして、玉座の石扉の近くまで歩み、皆に聞こえるように、
「朕は、成人の儀を行うに先立ちて、先王がゲンプに導かれ『武』をまといし。今や、姫王は武王となった。」
と大きな声で言った。
「「「ははっ!」」」
精霊の加護厚い姫王閣下である私がそう宣言したのだ。皆、私が武王になったと受け止めていた。
「総婦長、前に。帯刀を許す。朕が身体を打たんとしてみよ。」
かつての記憶を取り戻す前の姫王閣下は、8歳の頃から、総婦長の剣術指南を受けていた。今の私の目からすると、姫王閣下の腕はヨチヨチレベルだった。私は姫王閣下として剣術をすることの意味をわきまわることができていなかったし、総婦長の指導も頼りなかった。
総婦長は今の今まで自身が姫王閣下の剣術指南であるつもりだろうが、おママごとのような稽古をやっても意味はないことをはずはここで示しておく。
総婦長と、ついでに、総婦長の右後ろにいた総婦長の右腕的な親衛メイドのギアの方も、『ゲンプの間』に上げた。
私は、かつての女子剣道部 部長の時の口調で、
「総婦長、朕の身体を打ちこめっ。」
と命じた。
総婦長は、姫王閣下に強く命じられたことに驚きつつも、しばしの躊躇の後、サーベラで私を突こうと動作を起こす。いつも通りで、今の私のからすると隙だらけの動きだ。私は、小手で、即座に総婦長の手をうち、サーベラを落とさせた。呆然とする総婦長。
後輩指導と同じ要領で、
「ギア。許す、朕に打ちこめっ。」
と、次を促す。
親衛メイドのギアもはじめは、やんごとなき私に打ち込むことにしばし躊躇していたが、やがて右に回りだす。中学時代の私に気圧された相手がやりがちな動きだ。
(来たっ。)
それなりに戦い慣れてはいるのたろうが、やはり隙だらけのギアに対しても同じように小手でサーベラを落としてやった。
ギアは打たれた手を押さえ俯き、廊下から中庭までの戦闘メイドたちは静まり返っていた
「両名は、もはやしばらくの間は、満足にサーベラを振るえぬであろう。
よし、次は親衛メイド、リサ。」
石扉のところまで下がっていた総婦長が何かを言おうとしたが、私は黙って頷いた。姫王閣下、改め、武王閣下の頷きの前に臣下が話せる言葉などない。
☆
リサが前に出た。
ここからは、本気の立ち会いだ。リサだけでなく、姫王閣下時代に見てきた親衛メイドたちの剣技は尋常でない。リサの突撃が私がいた日本でも同じようにできるならば、警視庁で剣術指南をしていた、執事の、佐藤か、斎藤も、遅れを取るのではないかは取らないだろう。あれ、私の記憶はあいまいなところがあるのかな? 幼少の頃からよく知った執事、私に朝稽古をつけていた執事の名前が思い出せない。スズキだったかもしれない...
まぁ、名前など些事だ。私はひとまず目を瞑った。
心が静まったことを見て取った私は、目を開けて、
「お手柔らかに。」
と、皆に立ち会いの開始を告げた。
サーベラを下段に構え、前に立つリサ。
現代的な剣道ではありえない構えだが、リサがそこから人には不可能なはずの動きで突撃し、サーベラを薙ぎ敵を払うを知っている。
上段、中段に構えを取る並の剣士では、あの動きに対抗できないはずだ。
中段を得意とし、時として下段に構えることもあった、かつての私。その記憶を取り戻したばかりの今の私だったが、軽く動いてみた感じでは、ブランクを感じないどころか、かつての私の倍以上の速さで動くことができている。なぜだか理由はわからないが。
リサが軽く左前に歩き出した。先程のギアよりも素人っぽい動きだが、リサはこれからだ。
リサの身体が一瞬で大きくなる。
『突き~っ』
ぶれないノンビリした口調で話しながらなのだが、いきなりの7連撃だ。声を出す前に2撃、声を出しはじめた後から5撃。
私ははじめの3撃を交わしてから、サーベラをおろし、4撃は全て弾いてから、距離を取る。
「ふんっ。」
アドレナリンが一気に出た気がする私は、声を出して気合を入れた。
そこからは、得意の中段から、小手、面、小手と攻め、リズムを掴んだ。そして、リサが烈破の詰めを見せ、私の腰元に低くつめよろうとするところを交わし、サーベラでリサの胴をしたたかに打って一本を取った。
スピードではリサの方が上のようだったが、剣道に真剣に取り組んできた私のほうがサーベラさばきは上のようだった。
「ここまでとするっ。」と私は言い、試技の場を収めた。
「「「ははっ!はっ!」」」
リサと私の立ち会いのレベルの高さに驚いていたのであろうか、戦闘メイドたちの御意は少し乱れていた。
私は石扉の方を向き、そのようなことは構わないと鷹揚に合図した。そして、総婦長に目で合図し、戦闘メイドの全員を下がらせた。
☆
武王デビューのデモンストレーションは終わった。
親衛メイドたちとの濃密空間が始まる。