005 朕、観戦し、原父を失ふ。
幸運の日の朝が来た。
朕が国プシと敵国ゲシアとの決戦の日だ。
玉座の間の中庭に出た朕が前にひざまづくは、騎士75名、戦闘メイド60名、うち7名がプシが誇る精鋭という、総勢135名。
朕の横に控える総婦長が、眦を決し、
「我、精霊が加護を受けし本日が幸運の日の決戦の見届人なり。
諸君ら、このプシ国の最高戦力を持って、敵国ゲシアを見事うち破る姿を精霊様にお見せせよ。」
と、檄を飛ばす。
135名は、皆、声を揃え、
「「「はっ!!」」」
と応える。
朕は、頷いた。
戦いのことに口は出さず、ただ精霊の加護を思い頷いてみせるというのが先王の教え。7歳となった朕は、もうしっかりと王としての務めを果たすことができる。
とはいえ、まだ朝は早く、幸運の季節といえど、肌寒い。朕がそう思ったことを見て取ったのであろう。総婦長が、眦を戻し、ひざまづき言った。
「姫王閣下。外はまだお寒うございます。さ、駕籠の中へ。」
すかさず脇にひかえていた侍医が目配せをした。医務隊の者たちがさっと動き出し、駕籠の中を確認し、粗相がないことを確認すると、駕籠の入り口の裾をそっと持ち開けた。兵たちを見下ろせるよう高い位置に作られた姫王壇に登っていた朕は、転ばないよう添えられた総婦長の手に右手を支えられつつ、階段を一段一段降り、駕籠の中へと導かれた。
その間に兵たちは中庭を出て、戦場に向かう準備をはじめる。朕が駕籠の中のちいさな炬燵に足を入れたところで、総婦長が、外に立つ大老と侍医に目配せをした。
駕籠が静やかに、しかし、力強く持ち上げられた。大老は炬燵に足を入れている朕に向かい、
「姫王閣下、ご武運を!」
と、強い声で言う。
思いの外強い、その声を聞いた朕は、大老たちに任せておけば玉座のあるこの城は安心だなと思いながら、頷いた。
☆
総大将である朕を中心に、プシ国軍は歩を進めていく。
朕の炬燵の側に侍る総婦長が決戦の布陣を説明してくれる。前を固めるは精霊の定めに従い、右手に騎士60名、左手に戦闘メイド60名。そして、精鋭である執事長が、朕の駕籠の前を油断なく固める。駕籠を抱えるは、小太りの騎士8名。皆、朕のそばに近う寄ることが許される高貴な家の出の者にして、力持ちさんである。さらに、万が一に備え、駕籠の左右それぞれを3名ずつの騎士が固めている。
朕は、そうかと頷いた。
進軍のあいまに、総婦長が、本日の戦の見立てを説明してくれた。話の中心は、やはり朕が軍の7名の精鋭たち。総婦長は7名すべてと剣や杖を交えた試技を行い、すべての者の隔絶した実力を確かめたという。
「50年に及ぶ戦闘メイドとしての私の経験の中で、あのように隔絶した力を持つ者を見たことはございません。例年、敵国ゲシアは、我が国プシよりも少し多くの軍勢を出して参ります。本日、幸運の日を決戦の日とすると伝えられたゲシアは、例年よりも多くの軍勢を出してくるかもしれません。しかし、敵兵が我が兵の2倍、いや、たとえ3倍の数で襲ってこようとも、あの7名ならば、ちいとも問題にしないものと、この総婦長、確信しております。」
と総婦長は締めくくった。
毎夜聞いている御伽噺よりもだいぶ長く続いた総婦長の話はいささか難しかったが、戦場を前に、朕が眠くなることなどなかった。
(つまりは、50年もの間に戦闘を極めた総婦長が認めた7名は、御伽噺で聞いた、一騎当千というもの。)
そう理解した朕は、朕がプシ国軍の勝利を確信した。
その時、側を固める騎士より、総婦長の下に、執事長からの伝言が届いた。その言葉に、一度数を聞き直したらしい総婦長だったが、もう一度数を聞き直すと騎士を下がらせた。
「姫王閣下。敵国ゲシアとの兵を、執事長が確認したとのことです。」
その後、すうっと息を吸って吐いてしながら、総婦長は静かに敵兵の数を朕に伝えた。
「敵兵は、騎士1050名、戦闘メイド350名とのこと..精強な7名、ならば、何の問題もないかと。」
その言葉は、朕にもわかりやすく、区切り区切りだった。
朕は、頷いた。
(一騎当千として、戦闘メイド6名の方は随分と余裕がある、か。執事長の方も問題なし、と。)
メイドたちの御伽噺を通じ、7歳にして、既に掛け算・割り算という高度な算法を取得済の朕には簡単な計算だった。
朕が計算を終えた時、外から数多くの叫び声が聞こえてきた。いくさの始まりを告げる鬨の声だろう。
声が大きすぎたので、朕は駕籠の中の炬燵に潜り丸くなった。
「姫王閣下、良くてございましてよ。」と言い、総婦長は、炬燵から出ているところであるらしい、朕の背中を優しくなでてくれた。
☆
気がつくと、朕と総婦長は、駕籠の中で二人寝入っていた。
寝入りながらも総婦長は、朕の右手を支え、朕を駕籠から出した気になっていた。彼女は、
「はて、なぜに私は姫王閣下をかように危険な地へとお連れしたのやら。」
と、まるで起きているような寝言を言ったが目は覚まさない。
朕は炬燵に丸くなったまま、そう言った総婦長の手に支えられ、外に出たような気となった。外では、既に駕籠を地面に置いていた、担ぎ手の8名は脇にひざまづき、いつでも朕を守れるよう、構えていた。駕籠の前には、後ろの手を組み、執事長がどっしりと構え、戦況を見守っている。
その時、朕は何者かにスッと抱え上げられた気がした。その抱き上げられ方が自然で優しいものだったので、朕は久しぶりの抱っこをいやだと拒みはせず、そのまま高所へと抱っこされていった。
こうして、朕は炬燵に丸くなって眠ったまま、高所から戦況を見据えることとなった。
右手の朕が軍の騎士60名は既に、敵の戦闘メイドと交戦を始めていた。敵の戦闘メイドの服は黄色い。戦闘メイドといってもいろいろな服があるものだな、と朕は見て取った。左手の戦闘メイドのうち、側近の精鋭メイド6名を除く者たちも既に前に出て敵を攻めていた。精霊の定めに従い、騎士と戦闘メイドのどちらが敵本陣を攻めるかは王が年少の国が決める。朕より年下の王などいるはずもなく、戦闘メイドが攻めると決めたのは、朕が国プシだった。取り決め通りだな、と朕は見て取った。
精鋭メイド6名は朕の眠る駕籠の近くで、執事長と同じく落ち着いて立っている
朕を空中を抱っこしているものは、総婦長と良く似ている気がする声色で、
「精霊の定めに従い、本年に新たに戦闘メイドとなった者は、皆、殿を務めることとなります。先に出た戦闘メイドが皆倒れることがあるまで、ここを動くことはありません。」
と解説した。なるほど、そのため、朕が側を7名もの精鋭が固めることになっているわけか、と朕は得心した。
その時、右手に黄色い戦闘メイド達が群れをなして現れた。執事長がスッと前に出た。昨日言っていた通り、執事長にとって、これしきの数の戦闘メイドは何の問題もないのであろう。執事長が撫でるように触れるたびに戦闘メイドがパタパタと倒れていった。倒れた敵の戦闘メイドには、総婦長ほどではないにせよ年配の者も多く、朕は敵の戦闘メイドたちに少し同情した。執事長が前にでたことて、朕が騎士たちも勢いを取り戻していた。執事長から離れ一人となった戦闘メイドを3、4名で取り囲んだり、執事長が倒した戦闘メイドが何かを隠し持っていないかと疑ってかその身体を手で慎重に触ったり、黄色い服を引き割いてさらに調べを入れる者など。
ふと気が付くと、左手が騒がしくなっていた。そちらを変えり見た朕は、抱っこする者に、
「あれはなんだ。」と、興奮して問うた。
その者は、朕を空中の抱っこから地上へと降ろし、語りだした。
「精霊の定めに従い、騎士たちは、倒したメイドたちを我がものとすることができます。とはいえ、戦闘メイドたちはいずれもなかなかの強者、そこで騎士たちは3、4名で1名のメイドを囲むのが常道とされております。」
朕は、数が合わない場合はどうするのだと思い、「それで良いのか?」
と問うと、その者は、
「いえ。倒されたメイドたちはしばしば哀れなものです。そうしたメイドの多くは、3、4名の騎士たちに代わる代わる慰みものとされます。そうして気を失ったままその地に捨て置かれたメイドたちは、そのまま凍死したり、獣にその身を喰らわれたりいたします。この地の戦闘メイドの多くはそうして命を落としていきます。」
朕は、わなわなと震え興奮し、その者に言った
「それは、可哀想ではないか!!」
その者がいう、ナグサミとかケダモノとかいう専門用語の方は分からなかったが、凍死という言葉の意味するところは、朕の心に寒気を与える。
「こんなお外で、炬燵もなしに放りおかれるなんて。」
「はい、その通りです。そして、気を失った残りの戦闘メイドのうち、年若いものや器量が良いとされた者は、戦奴隷として虜囚とされます。戦奴隷の扱いは、国により異なるそうですが、精霊の定めに従い、子をなすことに努めることとされています。」
朕は、
「そんな、精霊の定めで良いというのか?」
と、声を掠れさせて、その者に言った。センドレイという言葉は、御伽噺で聞いたこともなかったが、何か良からぬものであることは間違いないだろう。扱いが異なるとは何だ。オコタも与えられずに、メイドたちが寒い思いをするとしたら、どうしたものか。
その時、朕は、その者により再び空中へと抱っこされたようだった。空から見下ろすと、先に出ていた朕が戦闘メイドのほとんどが倒されていた。既に戦闘メイドたちのかなりは、何かを隠し持っていないかなどと疑っているのであろう敵の騎士たちの手でその身体を探られていた。すでにメイド服の引き裂かれているものもいた。寒そうではないか。朕の心に寒気が走る。
その時、静かに殿を努めていた朕が精鋭メイドの方から、初めて声が上がった。
『しんぱい~。』
いつも朕をお姉さんように『だっこ~』してくれていたリサだった。
そのとおり、朕は心配なのだった。
続いて、ミカコが
「いや~、こりゃ酷いすね~。」
といつもの明るさは保ったまま言った。
そう、これは酷いことだと、朕も思っていた。
イープが怖い顔のまま、ニヤリと笑った。戦闘態勢というヤツだろう。
シズカも無言のまま、敵の騎士たちを睨みつけている。
その時、総婦長が、寝言で、
「姫王閣下、あれは敵王ではないかと、推察いたします。」
と言ったのが空中で抱っこされている朕の耳に入ってきた。
この空中から見ても、遠くにある立派な駕籠のことだろう。駕籠が開き、遠目からもデップりとしていると分かる男が中からゆっくりと出てきてきた。
先王以外の男は全て嫌いなのてあろうカンマが、険しい目でそのデップりの方を見据え、
「蛞蝓風情が。」
と言い、顔を顰めた。
玉座の間の裏手のお庭にでた時、博学のユリコが、葉の裏についている小さな蛞蝓を指差し教えてくれたことがある。とてもちいさかったのでデップりとは思えかったが、確かにその身体は丸かった。あの蛞蝓が凍死せずにそのまま大きく大きく育ったら、デップりとしてくるのかもしれない。
そう思ううちにも、残りの朕が戦闘メイドたちは、周りを取り囲む敵騎士たちによって、前から後ろから棒のようなもので何度も何度も突かれ、倒されていった。
朕が最後の戦闘メイドが倒れるのを見て取った時、
メイド長のユリコが、静かに言った。
「この、下衆が。」
それを合図にしたように、一騎当千の精鋭メイドたちが動きだす。
朕には専門用語であろう下衆の意味は分からなかったが、精霊の定めに従い、ここからは本年に戦闘メイドに加わった、精鋭6名の出番だということは分かっていた。
☆
ゲシア国の騎士、および、おこぼれに預かろうと隣国から集まり決戦に加わった騎士たちは昂ぶっていた。本日が決戦となったことにより、プシ国の戦闘メイドたちに思う存分のことができるのだ。何よりも、わずか7歳の幼女が新王となったプシ国に新たに加わる戦闘メイドたちはきっと若い。思う存分のことをその者たちにできるのは、本日をおいて、他にはない。
プシ国の前衛の戦闘メイドたちを全て倒した騎士たちは、倒した戦闘メイドたちに存分のことをするのは概ね後回しにして、精霊の定めに従い、現れた6名の後衛メイドたちをとり囲んだ。基地たちが6名の容姿に歓声を上げた数分後、騎士たちは
(約束が違うじゃないかー。)
と、地に伏して、泣き叫けぶこととなった。
☆
一騎当千とはこのことを言うのであろう。朕は精鋭メイドたちから、行動でこの四文字熟語の意味を納得してくれた。先程の執事長とは異なり、6名が皆、派手に騎士たちを消し飛ばしていた。飛ばし方は6名がそれぞれのようだったが、飛ばされた騎士たちがその後起き上がってこないことは共通していた。
そして、最も多くの騎士たちを吹き飛ばしていたカンマが、早くもデップりが出てきた駕籠のあたりまでたどり着き、集まってきた側近らしきものを次々と倒すと、最後に、朕は聞いたことがないおそらくは何かの生き物である名をデップりに向け告げて罵った後、デップりを倒した。
そのことを確認し終えた朕が反対側を見ると、既に執事長が、敵の戦闘メイドを全て倒し終えていた。倒れている戦闘メイドのうち総婦長に年が近そうな者の多くが黄色いメイド服を着たままであることに朕は少しホッとしたが、年が若そうな戦闘メイドの中には服を剥ぎ取られ、騎士たちかそのままで身体検査をしている様子が空中からも見て取れた。抱っこされたままその様を見ていた朕は、寒気がした。「もうよい。」と、朕は抱っこを振り払い、うたた寝をしていた駕籠の中に戻り炬燵に丸まった。
☆
その刹那、朕と炬燵は、先程、抱っこされていたところよりも、もっともっと高いところにあった。下には黒々としたものに囲まれた、小さく青白い陸地があった。
「あれは、プシチャク。」
朕はつぶやく。
そう、下にある陸地は、大老と総婦長が仰々《ぎょうぎょう》しく朕に手渡した、精霊の定めの書の表紙に描かれていた、精霊の統べる地プシチャクの形だった。朕は、そのプシチャクはなんとなくとても大きなもののように思えていたが、そうではないようだ。それに、あの青白さは、冷たくて、朕が嫌いな氷という奴なのだろう。プシチャクは青白く光る氷に覆われていた。そして、たぶんもっと冷たい黒々したものに取り囲まれていた。
ただ、朕は今度は炬燵の中だったので、寒気を感じることもなく、ただ、そうなのだな、とその小さなプシチャクの地を見ていた。
【吾には、もう時間が残されていないから、最後の希望の、でも今はまだ小さき君にプシチャクという世界を見せてしまうよ。】
朕に誰かが話しかけてきた。炬燵ごと朕を大きく抱っこした者なのだろう。
この幸運の季節、プシチャクの地では、今みたばかりのものと似たような戦争がいくつもいくつも行われていた。朕は、それはいけないことだ思っていたが、大きく抱っこされたままに見ると、戦争を得意げにおこなっているものたちは、皆が皆、ただちっぽけだった。
【世界を見せてしまいながらも、吾には、もうこの地の未来を導く力はない。ここから先は、君と吾が古き友に託す。本当はゆっくりと君とお話がしたかった。ごめんね。】
炬燵と朕は、それからしばらくの間、大きく抱っこされたままだった。フルキトモとやらは何者かなどと思いながら、朕は温かな炬燵に潜り込みながら、小さなプシチャクの地を見つめ続けた。
☆
朕は、朕がプシ国の初陣を観戦し、その後、大抱っこされ、幸運の季節のプシチャクの地を見た。
朕は、そして、精霊の定めの下にある戦争というものが嫌いとなった。けれども、成人となる12歳までに、精霊の定めの下で、幸運の季節を5度経験することとなった。それは、プシ国にとっては、一騎当千の者たちが五度の決戦で隣国を破り、朕がプシ国を併せ6国を支配する王となることを意味していた。
一騎当千の者たち、朕が精鋭メイドたちは、その間も夜な夜な御噺を続けてくれた。朕は、御噺を一騎当千のメイドたちに読んでもらいながらも、御伽噺の登場人物のような一騎当千の者たちは何者なのかを考え始めるようになっていた。プシチャクには、朕が精鋭メイドと騎士長の他に、一騎当千の者はいるのだろうか。仮に、一騎当千の者と、一騎当千の者とが戦うことになったら、どうなるのか。
あの朕と炬燵を大きく抱っこくれた者が見せてくれた光景は、朕がこの世界についていろいろと考えはじめるきっかけとなった。先王が幼き朕に与えてくれた小さな幸せは、もう、今の朕の手にはない。
それから5年、朕がまもなく12歳という頃、博識のユリコが「トーテムとタブー」という不思議な御噺を読んでくれた。そう、今やその温もりの記憶も薄れた先王は原父となり、もうこの地にはいらっしゃらない。朕は、大きく抱っこくれた者を、【大抱っこ様】と呼ぶようになっていた。【大抱っこ様】はきっと精霊ではない。【大抱っこ様】は原父でもなかったが、先王のやさしさを少しだけ感じさせてくれた。
先王が玉座の間で与えてくだされたやさしさ、【大抱っこ様】がプシチャクの地を下に少しだけ再現してくれたやさしさ、そのやさしさに報いるに、私はこのプシチャクを救わなければならない。12歳を前に朕はそう決意した。