第8話ー内通者ー
第1章ー神隠し編ー
第8話ー内通者ー
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ジスロード国は小国ながらも、周辺国からも警戒される程の軍事国家である。将軍は優秀揃いであり、兵も強兵。まさに軍事力で独立を保っている国であった。
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○ジスロード国○
○とある屋敷○
貴族の屋敷というには少し…いや、だいぶ質素な屋敷の客室で、2人の男女が話し合っていた。
「さて、我々の準備は十分に整いました」
商人に偽装した黒髪の中年の男が、目の前でワインを楽しむ少女に語りかける。
「…こちらも問題ない」
「相変わらず無感情ですね」
偽商人の男は肩をすくめる。
「しかし楽しみですな。この国のこの後を考えると…ゾクゾクする」
偽商人の男は、ニタァと音がしそうな笑みを浮かべる。
「残念なのは、わが国本国の兵ではないことくらいでしょうか。ああ、もちろん結果はしっかり出しましょう」
「…さっさと初めて」
「ええ、ええ…もちろん始めますとも」
男は足元のバックから無線を取り出し、ゆっくりと楽しそうに話し始める。
「こちら作戦本部です。皆さん、これより作戦を開始して下さい。
ーーーさあ、国盗りを始めましょうか」
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○ジスロード国○
○とある街中○
その日、ジスロード国の街は戦火が燃え上がっていた。王都には正体不明の武装勢力が跋扈し、王都各地でジスロード軍と交戦を行っていたのだ。
しかし、突如のことであったため、ジスロード軍は各々の判断で迎撃するのが精々であった。
「全軍出撃‼︎正体不明の武装勢力を鎮圧せよ‼︎」
「グルゥアアア‼︎」
「「「なッ⁉︎」」」
移動していたジスロード軍の分隊。その目の前に、人の2倍はあろうかという黒い毛並みの獣人が現れる。
「じゅ、獣人⁉︎」
「敵は殲滅ぅうう‼︎」
「ーーー⁉︎」
獣人が返り血まみれの戦斧を振るう。防御しようとしたジスロード兵が、悲鳴を上げる暇もなく紙のように吹き飛ばされる。
「我々は第5王女【アンナ・ベアトリーチェ】殿下率いる革命軍である‼︎」
「なッ⁉︎アンナ王女だと⁉︎」
予想外の人物の名前に分隊の指揮官が狼狽え、その部下であるジスロード兵も狼狽える。
「王女殿下…いや、新女王アンナ様の勅命である‼︎
ーーー古きジスロード、滅するべし‼︎」
「ひっ、ぎゃあ⁉︎」
「に、逃げ、ぎゃあ⁉︎」
獣人の嵐のような暴力により、ジスロード兵の命が奪われる。
「ギャハハハハハ‼︎まともに抵抗できる勇者はいねぇのか?ギャハハ‼︎」
「隊長」
「あ?」
黒い毛並みの獣人が振り返ると、返り血で赤く染まっているが元は白い毛並みであろう獣人が、死体を引き摺りながら黒い毛並みの獣人に視線を向けていた。
「そろそろ王城へ本格攻勢をかけなければ、宗主国からの命令が…」
「ーーーおい」
「がっ⁉︎」
白い毛並みの獣人の頭を、黒い毛並みの獣人が右手で掴み上げる。白い毛並みの獣人の頭からミシミシと嫌な音が鳴る。
「俺達は新女王軍だ。宗主国?何のことだ?」
「も、申し訳、ござ」
白い毛並みの獣人がそのまま放り捨てられる。
「しかし、本格攻勢については同意だ。全部隊王城へ進軍せよ」
「は、はっ‼︎」
白い毛並みの獣人が命令伝達のために走り去る。
「(…しかし、まさか他国の兵士として戦う日が来るとはな)」
この戦場に反乱軍として参陣している獣人達は、その全員が外国人部隊…というよりは、とある国の正規兵部隊である。
ーーー【獣人第三王国】。それが彼らの祖国の今の名前である。つまり、彼らは獣人第三王国正規軍の兵士達である。
そして、とある国の属国となった国の兵士達でもある。
「(宗主国にはどう足掻いても勝てない程の差がある。ならば属国の中で地位を向上させるしかない。属国の中で地位を上げるには、まずこの戦いを勝たねば)」
獣人第三王国兵達は、彼らを属国とした宗主国の命令により、新女王軍として従軍し、この戦いに身を投じていた。
そう、全ては属国になったばかりの祖国の地位向上の為に。
「ジスロードの奴らには悪いが、逆らう者は皆殺しにさせてもらうぜ」
黒い毛並みの獣人は獰猛な笑顔を浮かべた。
ーーーさて、一方ジスロード側は。
「アンナ殿下が謀反だと⁉︎馬鹿を言うな‼︎」
「兵達を一度王城へ集まろ‼︎」
指揮所となっていた王城の詰所は、突然の襲撃に大混乱を起こしていた。その理由はいくつかある。
「どこから敵が湧いてきたのだ⁉︎」
「分かりません‼︎」
そう、突如として現れた新女王軍の侵入経路である。検問を行う兵士達も無能ではない。この規模の武装勢力を易々と王都の中に侵入するというのはおかしな事である。
「先程から、正体不明の敵が新女王を名乗るアンナ殿下の軍であるとの報告がッ‼︎」
「そんな馬鹿な事があるか‼︎あんな王家からも冷遇されているアンナ殿下が、謀反なんて起こす戦力があるわけないだろうが‼︎」
何度も入る新女王を名乗るアンナの情報。新女王軍も全く隠していないその情報は、王城では誤報であると判断されていた。
理由はアンナという王女が、母親が流浪の民で身寄りが無く、その母親も死去しているために、アンナに協力する勢力があると思われなかった事。更に少ない収入で孤児院などの支援を行い、市民達や兵士達から王家の慈愛の象徴とされていた事もつながっていた。
つまり、王女アンナ・ベアトリーチェは無力だが優しい王族という評価であり、今回の一件にまるで結びつかない人物評価をされていたのだ。誰もが王女アンナが首謀者だと信じなかった。
「第二分隊全滅‼︎隊長含め全員戦死‼︎」
「第五小隊残存部隊と第四小隊が、第四区画にて防衛線を構築中‼︎戦況は劣勢とのこと‼︎」
「第五区画突破されました‼︎防衛に当たっていた部隊が第四区画に敗走中‼︎」
「第二分隊が王城に到着‼︎」
戦況は劣勢であった。強兵であるジスロード軍よりも強兵である獣人の新女王軍の奇襲が成功していたのだ。
「こうなれば国王陛下だけでも…‼︎」
その瞬間、指揮所のドアが吹き飛ぶ。
「ガハハハ‼︎一番乗りぃ‼︎」
「くっ、賊が」
現れた新女王軍の獣人兵士達に兵士達が武器を構える。
「俺らは新女王軍‼︎新女王アンナ様の勅命である‼︎皆殺しダァ‼︎ガハハハハハハ‼︎」
「なんだと⁉︎ぐぎゃぁッ⁉︎」
「し、将軍‼︎ぎゃあッ⁉︎」
あっという間に指揮所の中が血塗れとなる。
「後は国王と王族5人…女は流して構わんとのことだが、男は必ず殺せ。赤子であろうと確認してだ」
「「「「はっ‼︎」」」」
後に【ワインの夜】と呼ばれるこの事件により、ジスロード国の王都は瞬く間に陥落した。しかし、アンナ率いる新女王軍は一部の王族を確保できなかった。
逃げ延びた王族達は地方領主や逃げ延びた軍人達に、新女王軍への反撃。そして王都奪還を訴えた。
「ジスロードが亡国になるなどあり得ない‼︎国民や立ち上がれ‼︎国が奪還された証には望む褒美を与えよう‼︎」
この訴えに利益で反応したのは地方貴族達である。
実際のところ、王都陥落の際に多くの権力者が死亡していた。それは国の重要スポットについていた国の重鎮達もであった。つまり、空席となった重要スポット狙いの反応であった。
さらに、ジスロードにおいて地方貴族はよく言えば安定した、悪く言えば出世の可能性のない立場であった。この内乱は、数少ないであろう出世のチャンスであった。
地方貴族は出世のチャンスに飛びついた。
「今すぐ王都を奪還するのは不可能だ…地方貴族も王族も何も分かってない」
地方貴族に対して、王都から逃げてきた軍人や文官達は否定的反応を示した。それはあまりに残党軍が不利な状態にあったからである。
王都から逃げ切った正規軍はもはや軍とも言えない状態であり、地方貴族の領軍が合流したところで、短期間で組織された多組織連合軍など烏合の衆に過ぎない。
つまるところ彼らの意見は、すぐの反撃は不可能ということであった。
ーーー対して、新女王軍はその勢力を拡大させていた。
「新女王陛下に忠誠を」
王都及び王都に近い都市は新女王軍に臣従した。それは軍拡に熱心で民を顧みない王家への反抗であり、アンナの人徳からのものであった。
中には、民衆によって新女王反対派の領主が殺されるという騒ぎまで起きた。
こうして軍事国家ジスロード国は"新女王軍vs残党軍"という形で国土を2分割された。奇しくもそれはかつての東西ドイツや南北朝鮮のようであった。
「くくくっ、さてはて…残党軍のお手並み拝見とさせていただきましょうか?まあ、新女王軍には我々がテコ入れするわけですがね」
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エンド